「たくさんある」は魅力になる。でも、「一つに決める」は別の仕事だ。ジャムの実験から、選びやすさの設計を考える。
旅先の店で、ジャムの棚を眺める。
いちご、あんず、いちじく。見たことのない果実の名前もある。瓶が並ぶ景色は美しく、どれも少しずつ気になる。
一つを手に取り、隣の瓶も見る。
こちらは酸味が強いのだろうか。朝のパンには何が合うだろう。せっかく買うなら、もっと珍しいものがよいかもしれない。
しばらく迷い、瓶を棚に戻す。
「また、あとで来よう」
選べるものが多いことは、うれしい。それなのに、決められない。
この小さな出来事は、商品の売り場だけでなく、料金プラン、営業提案、ウェブサイトでも起こりうる。
選択肢を増やすことは、いつ顧客の助けになり、いつ負担になるのだろうか。
1.有名な「ジャムの実験」は、何を示したのか
選択肢の多さを語るとき、よく紹介されるのが、Sheena S. IyengarとMark R. Lepperによる、2000年発表の研究だ。
その中の店舗実験では、試食台に並べるジャムを、6種類と24種類に分けて比較した。
24種類の台は、通りかかった買い物客の約60%を引き付けた。一方、6種類の台に立ち寄ったのは約40%だった。
ところが、その台に立ち寄った人のうち、対象のジャムを購入した割合は、6種類の条件では約30%、24種類の条件では約3%だった。faculty.washington.edu
| 試食台の条件 | 通行客が立ち寄った割合 | 立ち寄った人が購入した割合 |
|---|---|---|
| 6種類 | 約40% | 約30% |
| 24種類 | 約60% | 約3% |
※特定の店舗・実験条件で得られた結果。立ち寄り率と購入率では、割合の分母が異なる。
種類の多さは、関心を引いた。しかし、その関心が購入へ進むとは限らなかった。
ここに、マーケティングの面白い問いがある。
見たくなる売り場と、決められる売り場は、同じとは限らない。
ただし、この結果を「商品は6種類にすれば売れる」という法則として使うことはできない。
2.「少ないほど売れる」には、続きがある
選択肢の多さが、決定の先延ばしや満足度の低下などにつながる現象は、「選択過多」や「選択のオーバーロード」と呼ばれる。
しかし、研究全体を見渡すと、結果は一様ではない。
2010年のScheibehenneらのメタ分析は、公表・未公表の50実験、63条件、計5,036人のデータをまとめた。その結果、平均的な効果はほぼゼロで、研究間には大きなばらつきがあった。Oxford Academic
これは、選択過多が存在しないという結論ではない。
選択肢が増えると困る場面もあれば、困らない場面、むしろ選びやすくなる場面もある。すべてを平均すると、単純な方向性が見えにくかったのである。
その後、2015年のChernevらのメタ分析は、99件の観測、計7,202人のデータを分析し、選択過多に関わる四つの要因を整理した。選択肢の複雑さ、判断課題の難しさ、好みの不確かさ、そして判断にかける労力を抑えたいという目的だ。chernev.com
問いは、「何種類が正解か」から、もう一段深くなる。
誰が、どんな状況で、何を比べて選ぶのか。
3.選べない原因は、数だけではない
同じ20種類のコーヒーでも、選ぶ人によって負担は変わる。
好きな産地や焙煎度が決まっている人なら、目当ての豆を見つけやすいかもしれない。
初めて買う人には、産地、精製方法、焙煎度の違いが分からない。選択肢が豊富でも、自分に合うものを探す基準がない。
さらに、時間も関わる。
休日にゆっくり探すなら楽しめても、出勤前に同じ比較を求められたら、負担になりうる。
2015年の研究が整理した四つの要因を、身近な場面に置き換えると、次のようになる。Wiley Online Library
| 要因 | 負担を考える場面の例 |
|---|---|
| 選択肢の複雑さ | 商品ごとに特徴が異なり、優劣を比べにくい |
| 判断課題の難しさ | 短い時間で、多くの項目を確認する必要がある |
| 好みの不確かさ | 自分が何を求めているのか、まだ分からない |
| 労力を抑えたい目的 | 詳しく検討するより、手早く決めたい |
※右欄は、研究の枠組みを実務に引き寄せた例。
顧客が迷っているとき、商品を減らす以外にも、改善できる点が見えてくる。
比較軸をそろえる。用途を示す。最初に確認する項目を絞る。
選択肢の数を変えなくても、選ぶために必要な仕事を減らせる可能性がある。
4.「探す楽しさ」と「決める難しさ」を分けて考える
品ぞろえの豊かさには、価値がある。
知らなかったものを発見できる。自分の細かな好みに合う商品へ出会える。店の専門性を感じられる。
一方、一つに決める段階では、比較の手がかりが必要になる。
この違いから、実務上は「すべてを見る入口」と「候補を絞る入口」を用意する方法が考えられる。
たとえば、ジャムの売り場なら、全商品の一覧に加えて、次のような案内を置く。
「甘さを控えたい方へ」
「ヨーグルトに合わせたい方へ」
「初めての方に、味の違いが分かる三つ」
これは、同じ工夫がどの店でも売上を増やすと示されたものではない。研究を踏まえた、検証するための設計案だ。
大切なのは、店側の商品分類を、そのまま顧客の選び方と見なさないことだ。
つくり手には原料や製法の違いが重要でも、買う人は「朝、何と食べたいか」から考えているかもしれない。
その二つをつなぐのが、売り場の言葉や写真の役割になる。
5.営業提案も、選択肢を渡すだけでは決まらない
この視点は、営業にも応用できる。
顧客の要望に応えようとして、十通りのプランを用意する。対応できる幅を示し、自由に選んでもらう。
しかし、受け取る側には、新しい仕事が生まれる。
どの案を、何の基準で比べればよいのか。価格の差は、成果にどう関わるのか。自社では何を優先すべきなのか。
たとえば、動画制作の提案なら、「制作できるもの」の一覧に加えて、目的との関係を示せる。
| 顧客の目的 | 提案の方向 | 比較するときの確認点 |
|---|---|---|
| 商品の使い方を理解してもらう | 実演を中心とした説明動画 | 見せる手順、必要な尺 |
| 企業の取り組みに関心を持ってもらう | 現場と人物を軸にした映像 | 誰の、どんな変化を描くか |
| 複数の媒体で継続発信する | 本編と短い展開版の制作 | 掲載先、更新頻度、運用体制 |
※実務への応用例。
選択肢を示すときに、「この目的なら、まずこの案をお勧めします」と理由を添える。
そのうえで、何を優先すれば別の案になるのかも説明する。
これなら、顧客は自分の条件と照らし合わせながら判断できる。
提案の価値には、できることの多さとともに、相手が選べる状態まで整理することも含まれている。
6.クリエイティブは、違いを見つける手がかりになる
商品の数を絞っても、見た目も説明も似ていれば、比較は難しいままだ。
「高品質」「こだわり」「プレミアム」。
どの商品にも同じ言葉が付いていたら、顧客は何を頼りに選べばよいのだろう。
ここで、写真、コピー、情報の配置が役に立つ。
たとえば、食品なら食べる場面を見せる。道具なら、使用時の大きさや動きを見せる。サービスなら、どんな課題を抱える人に向いているかを示す。
表現を考える前に、伝えるべき違いを定めることが必要だ。
| 顧客が迷う理由 | 表現で支えられること |
|---|---|
| 違いが分からない | 同じ項目で比較できる説明 |
| 自分の用途に合うか分からない | 使用場面の写真や具体例 |
| 専門用語が難しい | 日常の言葉と図による説明 |
| どこから見ればよいか分からない | 読む順序が分かる配置 |
| 推薦を信用してよいか迷う | お勧めする理由と条件の明示 |
目立つ表現で関心を引き、具体的な情報で判断を支える。
その流れまでつくると、クリエイティブは「商品をきれいに見せる」ことから、選択を助ける仕事へ広がる。
7.選択肢を減らしたら、何を確かめるべきか
選びやすさを改善するとき、購入率だけを見て判断しないことも大切だ。
商品を減らせば、決めやすくなる人がいる一方、欲しいものが見つからなくなる人もいる。
候補を絞って紹介した結果、購入後に「別の商品も見たかった」と感じる顧客が出るかもしれない。
だから、変更したあとには、いくつかの面から確かめたい。
- 売り場やページに関心を持った人は増えたか
- 購入や申し込みへ進んだ人は増えたか
- 欲しい条件の商品を見つけられたか
- 購入後の満足や返品に変化はあったか
- 初めての顧客と、詳しい顧客で反応は違うか
また、商品数と同時に価格、写真、配置まで変えれば、何が影響したかを判断しにくくなる。検証では、できるだけ変更点を整理したい。
「少なくしたから成功した」で終えず、誰の、どんな迷いが減ったのかを見る。
その理解が、次の改善につながる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
棚いっぱいの瓶を前に、迷う。
その時間が、楽しい日もある。何も決められず、疲れてしまう日もある。
同じ人でも、いつも同じように選べるわけではない。
だから、品ぞろえを増やすとき、その向こうにいる人の時間や知識まで考えたい。
詳しく見たい人には、奥行きを。
手早く決めたい人には、手がかりを。
まだ好みが分からない人には、試せる入口を。
店員が「何と合わせて召し上がりますか」と尋ねる。
それまで遠く見えていた瓶が、朝の食卓につながる。
選ぶ自由は、選べるように支えられたとき、もっと使いやすくなるのだと思う。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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