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日本の職人と伝統|47都道府県・三重編

藍色や朱色、白色の糸を掛けた丸い組台と、傍らの組紐を描いた水彩画。「一本の紐に、いくつもの手がある。」の文字が添えられている。
藍色や朱色、白色の糸を掛けた丸い組台と、傍らの組紐を描いた水彩画

一本の紐に、いくつもの手がある。——三重・伊賀組紐、糸を組み、暮らしへ渡す仕事

藍色の隣に、白い糸がある。
その間を、もう一つの色が斜めに渡っていく。

組紐を近くで見ると、色は表面に描かれているのではなく、糸そのものの行き交いから生まれていることに気づく。

指先ほどの幅に、順序がある。繰り返しがあり、その繰り返しを続けてきた手がある。

三重県伊賀市を中心に受け継がれてきた「伊賀組紐」。

帯を締める一本にも、手首に添える一本にも、糸を選び、色を整え、組み上げる仕事が重なっている。

その細い形の向こうに、どんな人の時間があるのだろう。

Contents

古い技術が、伊賀の産業になるまで

組紐の古い歴史と、伊賀で産業として育った歴史。
この二つをたどると、受け継ぐことの姿が少し具体的になる。

伊賀市の資料には、江戸時代の組見本や、甲冑に使う紐をつくった仕事が記されている。明治の廃刀令を経て武具に関わる仕事が衰えるなかでも、技法は人形などに残されたという。

その土地で、1902年、江戸組紐の技術を身につけた廣澤徳三郎が工場を開設する。伊賀で本格的な生産が始まる、大きな節目だった。[1]

伝統という言葉から、同じ場所で同じ仕事が途切れず続く姿を思い浮かべることがある。

しかし、伊賀の歩みには、外で学んだ技術を持ち帰り、もう一度、土地の仕事として育てる動きがある。

誰かが覚えていること。
それを、ほかの誰かも仕事にできること。

技術が産地になるまでには、その間をつなぐ時間が必要だったのだろう。

組み始める前にも、職人の仕事がある

色鮮やかな糸が組台に掛かっている。
その姿を見ると、ここから製作が始まるように感じる。

けれど、糸はすでに、いくつもの工程を通っている。

三重県の紹介では、伊賀組紐の製作は、糸割り、染色、糸繰り、経尺、撚りかけ、組みという六つの工程に大きく分けられる。組み方や仕上がりに応じて、使う組台も変わる。[2]

どんな一本にするかを考え、そのために糸を用意する。

完成品からは見えにくい準備が、組む仕事の前にある。

私たちは工芸を見るとき、形が生まれる瞬間に惹かれやすい。手が動き、少しずつ紐が伸びていく場面は、その仕事を想像する入口になる。

そこから、まだ組まれていない糸へも目を向けたい。

その色は、どこで決まったのか。
この長さの一本をつくるために、何を整えてきたのか。

問いを一つ増やすと、見えている手仕事の奥行きも変わってくる。

木の台が、糸の表情を変えていく

組台は、ただ糸を置くための道具ではない。

伊賀組紐を手がける「くみひも平井」の解説によれば、丸台では、組み上がった紐が台の中央から下へ伸びていく。糸を締めながら組むことで生まれる、組み目の表情がある。

一方、高台では、左右に掛けた糸を動かし、ヘラで打ち込んで目を整える。多くの玉を使い、複雑な模様を表せることも特徴だ。[3]

同じ糸でも、どの台で、どう組むかによって、目指す姿は変わる。

道具の形には、それを使う手の動きが織り込まれている。職人は、その仕組みを理解しながら、一本の紐へと仕事を進めていく。

出来上がった模様は、装飾であると同時に、糸が通ってきた道筋でもある。

そう考えて見直すと、小さな組み目の一つひとつが、手の動きの記録のように見えてくる。

工房の外にも、組む人がいた

伊賀組紐の歴史には、工場だけでなく、家庭で組む人の存在がある。

三重県の県史資料は、養蚕が盛んで生糸を得やすかったことなどを背景に、組紐の仕事が家庭の内職としても定着したと伝えている。技術を身につけた女性が、嫁入りの際に組台を持っていったという話も紹介されている。[4]

その記述からは、道具が住まいのなかにあり、手に覚えた技術が、家計を支える仕事でもあったことがうかがえる。

工芸品として店に並んだ一本から、その暮らしは見えにくい。

誰が組んだのか。
どんな時間のなかで、その仕事をしていたのか。

産地の歴史を知ることは、作品としての美しさに加えて、仕事として技術を担った人々に目を向けることでもある。

手仕事を次へ渡すなら、教える場とともに、覚えた技術で働ける場も必要になる。

その両方を考えるところから、継承の話は始まるのだと思う。

和装の一本から、今日の持ち物へ

伊賀組紐は、帯締めなどの和装小物として親しまれてきた。

三重県組紐協同組合は、伝統的な技法を受け継ぐ製品とともに、ストラップやアクセサリーへの展開も紹介している。伊賀くみひもセンター「組匠の里」には、ブレスレットやキーホルダーを製作する体験もある。[5]

着物を着る機会が少ない人にも、手に取る入口がある。

色に惹かれる。
身につけてみる。
その組み目が、どう生まれたのか知りたくなる。

工芸との関係は、そうした順番でも始められる。

一方、小さな製品になれば、それだけで仕事が続くわけでもないだろう。

どこに使うのか。どんな服や持ち物に合うのか。価格と、その背景にある仕事を、どう伝えるのか。

形を変えた先でも、使い手との接点を丁寧につくる必要がある。

「きれい」の先に、仕事を伝える

組紐の色や模様は、それだけでも目を引く。

けれど、「きれいですね」という感想から、つくり続ける仕事へつなぐには、もう少し言葉が要るのではないか。

使っている糸。
組んだ台。
模様が生まれる仕組み。
仕上がるまでに通ってきた工程。

それらが分かれば、使い手は、色柄と一緒に仕事も受け取れる。

贈り物なら、相手に伝えたい話が一つ増える。
自分で使うなら、何気なく触れる組み目に、つくる手を思い浮かべられる。

こうした背景が、選ぶ理由になる可能性がある。

そして、製作に見合う対価が届き、次の注文につながること。技術を学ぶ人が、その先に仕事のある暮らしを思い描けること。

それもまた、一本の紐の未来を考えるうえで、欠かせない視点だろう。

EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

伊賀組紐の資料を読んでいて、嫁入りの荷物とともに組台が運ばれたという記述が心に残った。

道具を持っていく。
覚えた仕事を、次の暮らしへ持っていく。

その台の前で、どんな日々があったのだろう。

工芸の歴史には、名を知られた職人だけでなく、一本ずつ組み続けた人の生活もある。

完成した紐を眺めると、その時間は細い形のなかへ収まっている。色を選んだ仕事も、糸を整えた仕事も、組み目を重ねた仕事も、使う人の手元では一本になっている。

次に組紐を手にするとき、模様を少し近くで見てみたい。

交わる糸の向こうに、それぞれの仕事を思い浮かべながら。


参考資料

  1. 伊賀市「伊賀組紐による歴史的風致(上野城下町)」
  2. 三重県「巡ろう!三重の文化観光:大阪・関西万博(伊賀くみひも)」
  3. くみひも平井「組台について」
  4. 三重県「高いシェア誇る『伊賀の組紐』」
  5. 三重県組紐協同組合「組匠の里」

※本記事は自治体・関係機関・事業者の公開資料をもとに構成しています。現地取材・職人への直接インタビューは行っていません。

文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal

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