糸をたどれば、田んぼと旅の記憶がある。
――水戸納豆とそぼろ納豆に息づく、茨城の発酵文化
箸を持つ手を止めると、細い糸が光を受ける。
小さな豆を混ぜ、茶碗のご飯にのせる。米粒の間に納豆が入り込み、ひと口ごとに、大豆の旨味とご飯の甘さが重なる。
慌ただしい朝にも、見慣れた風景だ。
その身近さゆえに、考えたことがないかもしれない。
なぜ、水戸は納豆のまちになったのか。なぜ、小さな豆が使われてきたのか。そして、稲わらに包まれたあの姿は、何を伝えているのか。
茨城の発酵文化をたどると、いつもの朝食の向こうに、川のある土地の暮らしと、鉄道に乗って味が広がった歴史が見えてくる。
小さな豆の向こうに、川がある
水戸の納豆の特徴として、まず挙げられるのが「小粒」だ。
その背景には、水戸市の北を流れる那珂川と、その流域の農業がある。
農林水産省の解説では、水戸藩が那珂川の氾濫に備え、台風の時期より前に収穫できる早生大豆の栽培を奨励したと紹介されている。その小粒の大豆をおいしく食べる加工品として、納豆が使われるようになったという。maff.go.jp
川は、土地を潤す。同時に、暮らしを脅かすこともある。
そこで何を育て、いつ収穫するか。農作物を選ぶ判断には、味や収量だけでなく、無事に収穫を迎えるための工夫も含まれていたのだろう。
小さい豆を、小さいまま、おいしく食べる。
発酵という技術が、その土地で育てられる作物と、日々の食事をつないだ。
小粒の納豆は、ご飯によく絡む。いま私たちが口にしている食べやすさの奥には、川と付き合いながら続いてきた農の歴史がある。
藁の包みは、田んぼから来た
水戸納豆と聞いて、稲わらを束ねた細長い包みを思い浮かべる人も多いだろう。
「藁苞(わらづと)」と呼ばれる包みだ。
水戸には、源義家が奥州へ向かう途中、藁に包んだ煮豆が自然に発酵し、納豆になったという伝承が残る。ただし、水戸市も明記しているように、納豆の誕生には諸説がある。この話を、そのまま発祥の確定した歴史とすることはできない。水戸市ホームページ
それでも、この伝承が豆と藁を結びつけていることに、目を向けたい。
畑で採れる大豆と、米を収穫したあとに残る稲わら。食べるものと包むものが、農の営みから得られている。
藁の包みを眺めていると、納豆が、田畑のある暮らしの中で育まれてきたことを実感する。
現在の製造では、こうした姿を受け継ぎながら、衛生管理の技術も重ねられている。茨城県は、藁苞を蒸気加熱する処理方法を研究・開発し、藁苞納豆の製造を支えてきたと説明している。kouchou.pref.ibaraki.jp
昔ながらの姿を残すために、製造の方法を磨く。
手元に届く藁の包みには、そのための仕事も含まれている。
豆を蒸したあとに、つくり手の仕事が続く
納豆づくりでは、蒸した大豆に納豆菌を加え、容器に詰め、温度や湿度を管理した室で発酵させる。その後、冷却と熟成を経て仕上げる。農林水産省は、発酵から熟成までの温度・湿度の管理が、おいしさを左右すると紹介している。maff.go.jp
大豆が納豆になるまでには、待つ時間がある。
けれど、その時間は、ただ置いておけばよい時間ではない。菌の働く環境を整え、豆の変化を見ながら、次の工程へ進める。
食卓では、ふたを開け、混ぜれば食べられる。その手軽さに至るまでに、つくり手が引き受けている仕事がある。
同じ納豆でも、豆の粒の大きさや硬さ、香り、糸の引き方に違いを感じることがあるだろう。
いつもは醤油やたれをかける前に、ひと粒だけ味わってみる。噛んでいくと、発酵の香りの奥に、大豆そのものの味があることに気づく。
慣れた食べ物を知り直す入口は、そんな小さなところにもある。
納豆の名前を運んだのは、鉄道だった
水戸の納豆が広く知られるようになる歴史には、駅が登場する。
水戸市によると、1889年、小山と水戸を結ぶ鉄道の開通に合わせ、駅前広場で納豆が販売された。小粒大豆を使った納豆が乗降客に評判となり、水戸名物として知名度を高めていった。その後、1936年には常磐線水戸駅のホームで本格的に販売され、人気を呼んだという。水戸市ホームページ
家で食べていた味が、旅人の手に渡る。
持ち帰った包みを開き、家族と食べる。水戸で買ったのだと話す。そのとき、土地の名前と食べ物の味が、ひとつの記憶になる。
水戸納豆の広がりを考えると、発酵の技術だけでは説明しきれないものが見えてくる。
おいしくつくる人がいる。その味を旅人に届ける場所がある。そして、気に入った人が、次の誰かへ伝える。
駅は、人を運ぶ場所であると同時に、土地の味が外の世界と出会う場所でもあった。
藁の包みを手に列車へ乗り込む人々の姿を想像すると、納豆が少し旅の食べ物に見えてくる。
切り干し大根と出会って、もうひとつの味になる
水戸を中心とする県央地域には、「そぼろ納豆」、または「しょぼろ納豆」と呼ばれる料理がある。
納豆と割り干し・切り干し大根を合わせ、塩や醤油などで味をつけたものだ。ひき肉のそぼろが入っているわけではない。うちの郷土料理:農林水産省
箸でつまむと、小さな豆の間から、大根の細い切れ端が現れる。
豆のやわらかさのあとに、大根の歯ごたえが来る。噛むたびに食感が変わり、ご飯をもうひと口、食べたくなる。
この料理には、納豆を長く食べるための工夫がある。農林水産省は、秋に収穫した大豆で納豆をつくり、近所や寺などに配る際、残ったものを食べ続けられるよう、大根と合わせて漬けた背景を紹介している。うちの郷土料理:農林水産省
発酵させた豆に、乾燥させた大根を合わせる。
それぞれに手をかけた食材が、台所でもう一度出会い、別の料理になる。
納豆ができたところで、工夫が終わるわけではない。そこから先にも、おいしく食べる方法がある。
そぼろ納豆の小皿には、食材を使い切る経験と、味の組み合わせを楽しむ感覚が、いっしょに盛られている。
包みを支える人にも、目を向ける
藁苞納豆を受け継ぐには、納豆をつくる技術だけでなく、包む藁を用意する仕事も必要だ。
農林水産省は、稲わらの生産や藁苞加工の担い手の減少に伴う供給不足と、それに対し、農家による稲わらの生産・乾燥や、福祉施設での加工を組み合わせる取り組みを紹介している。maff.go.jp
納豆の材料表示を見るとき、私たちは大豆に目を向ける。
けれど、藁苞納豆には、包みをつくるための材料と手仕事もある。
稲わらを確保し、乾かし、形を整える。その仕事があって初めて、見慣れた姿で売り場に並ぶ。
郷土の食べ物を残すということは、こうした周辺の仕事も続けられるようにすることなのだろう。
次に藁の納豆を手に取ったら、豆を味わう前に、包みを少し眺めてみたい。
それは、米を収穫したあとの田んぼから届いたものでもある。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
納豆は、あまりに身近だ。
冷蔵庫にあり、忙しい朝に助けられ、気づけばまた買っている。けれど、水戸納豆の歴史をたどると、そのひと包みの見え方が変わってくる。
小さな豆の向こうに、川のある土地がある。
藁の向こうに、稲を育てる仕事がある。
水戸という名前の向こうに、駅で納豆を買い、どこかへ持ち帰った人々がいる。
そして、そぼろ納豆には、できあがった食べ物を、さらにおいしく食べようとする台所の手がある。
よく知っていると思っていたものにも、まだ見ていない風景がある。
明日の朝、納豆を混ぜるときは、いつもより少しだけ、豆の姿を見てみたい。
箸の先から伸びる糸が、遠くの田畑までつながっているように感じられるかもしれない。
参考資料

