競技場からストリートへ。歴史、顧客インサイト、マーケティング、PR、クリエイティブ、ブランディングから読み解く、二つのブランドの競争。
朝、玄関でスニーカーを選ぶ。
今日は長く歩くから。
このパンツに似合うから。
好きな選手が履いていたから。
理由は一つとは限らない。履き心地に惹かれたはずなのに、いつの間にか、その靴が似合う自分を想像している。
ナイキとアディダス。
競技者の足元を支えてきた二つのブランドは、いまや競技をしない人の暮らしにも深く入り込んでいる。
なぜ、走るための靴が、憧れや所属、自分らしさを表すものになったのか。
その歴史をたどると、マーケティングの重要な仕事が見えてくる。
商品の性能を、人が生きる理由や、日々の選択と結びつけること。
ただし、物語だけでブランドが続くわけでもない。足に合うこと。買える場所にあること。価格に納得できること。そして、履いた経験が期待に応えること。
二社の競争は、そのすべてが交差する場所にある。
1.歴史的背景|両社の出発点には、競技者の具体的な課題があった
アディダスは1949年、アディ・ダスラーによってドイツで設立された。1954年のサッカーワールドカップでは、西ドイツ代表が同社の取り替え式スタッドを備えたスパイクを着用し、優勝した。大舞台での活躍は、ブランドを広く知らせる機会になった。adidas Group
一方、ナイキの前身であるブルーリボンスポーツは、1964年にフィル・ナイトと陸上コーチのビル・バウワーマンによって創業された。初期の事業は、日本のオニツカ製ランニングシューズの輸入販売だった。バウワーマン自身も、競技者のための靴の改良に取り組んでいた。NIKE, Inc.
ここで見落としたくないのは、両社とも、最初から抽象的な「生き方」を売っていたわけではないことだ。
どうすれば、よりよく走れるか。
どうすれば、足元の道具が競技を支えられるか。
ブランドの根には、使用する人の具体的な課題がある。
大舞台で選ばれることには、広告露出に加えて、「厳しい条件のなかで使われる道具」という信頼をつくる働きがある。ただし、選手の勝利を靴だけの成果と考えることはできない。技術、練習、身体能力、戦術など、多くの要因が重なっている。
それでも、観客にとって、足元のブランドは成果と結びつく手がかりになる。
性能への信頼が、憧れの入口になっていった。
2.エア ジョーダン|「誰が履くか」が、商品の意味を広げる
1985年、エア ジョーダンが発売された。マイケル・ジョーダンの存在と結びついたこのシリーズは、ナイキを考えるうえで欠かせない。nike.com
シグネチャーシューズには、選手の名前が付いている。
だが、顧客が受け取るのは、その名前だけではない。
プレーの記憶。
勝負の場面で見せる姿勢。
その選手が、自分の時代に与えた印象。
それらが商品と重なることで、靴は、競技用具であると同時に、憧れに触れるものになる。
顧客インサイトを仮説として言葉にするなら、こうだろう。
「同じ能力は手に入らなくても、あの人に近づく感覚は持ちたい」
「自分も、何かに挑む側でありたい」
ここには、有名人を広告に出すことと、商品そのものに人物の物語を組み込むことの違いがある。
広告の契約期間が終われば接点が薄れる場合もある。しかし、人物と結びついた商品が継続し、その歴史が受け継がれれば、顧客は後からでも物語に参加できる。
もっとも、過去の名声だけで未来が保証されるわけではない。
2025年に発表されたエア ジョーダン40では、ナイキは競技用シューズとしての技術革新を打ち出している。過去を記念する商品と、現在の競技者のための商品。この両方を持つことが、シリーズを続けるうえで重要になる。NIKE, Inc.
憧れを継承しながら、その憧れを支える性能も更新する。
ブランドの歴史は、保存するだけでは続かない。
3.アディダスとRun-D.M.C.|顧客の文化が、ブランドをつくり替えた
アディダスの歴史には、異なる方向から商品価値が広がった場面がある。
1986年、ヒップホップグループのRun-D.M.C.が「My Adidas」を発表した。バスケットボール向けに生まれたスーパースターは、彼らのスタイルとともに、ストリートの象徴として存在感を強めていった。adidas Group
ここでは、企業が決めた用途を、人々の文化が広げている。
競技のためにつくられた靴を、音楽を表現する人が履く。
その姿に共感した人が、自分の日常に取り入れる。
商品は同じでも、履かれる場所と、語られる意味が変わる。
この出来事から学べるのは、「音楽と組めば売れる」という一般論ではない。
顧客がすでに商品に与えている意味を、企業が見つけられるか。
企画書のなかで想定した使われ方だけを正解とすると、新しい価値の芽を見逃すことがある。
反対に、顧客の文化を理解せず、見た目だけを広告に借りれば、その文化を支える人々との距離が露わになる。
ブランドは、企業が一方的に完成させるものではない。使う人が意味を足し、それに企業が応答することで育っていく。
この構造は、地域の工芸や食品にも通じる。つくり手が想定していなかった使い方のなかに、次の顧客との接点が見つかることがある。
4.顧客インサイト|人は、同じブランドに異なるものを求めている
ナイキを「挑戦」、アディダスを「文化」と分けると、理解しやすい。
しかし、それだけでは両社の事業を捉えきれない。両社とも競技用の商品を開発し、日常で着用される商品を持っている。
顧客の側にも、複数の欲求がある。
| 購入する場面 | 顧客が求めるもの | ブランドに必要な応答 |
|---|---|---|
| 大会に向けて練習する | 自分の走りや競技を支える性能 | 用途に合う設計と、納得できる根拠 |
| 通勤や旅行で履く | 歩きやすさ、合わせやすさ | 日常で実感できる使いやすさ |
| 好きな選手のモデルを買う | 憧れとの接点 | 人物と商品に一貫した物語 |
| 好きな服装に合わせる | 自己表現、周囲との共感 | 色、形、文化的な文脈 |
| 運動を始めようとする | 最初の一歩を踏み出す安心 | 初心者を遠ざけない提案や体験 |
この表は、消費者調査の集計ではなく、購入場面を整理するための分析である。
一人の人が、複数の行を行き来することもある。
大会では機能を重視する人が、休日には形や色で選ぶ。長く運動から離れていた人が、好きな靴をきっかけに歩き始めるかもしれない。
顧客を「スポーツ好き」「ファッション好き」と固定してしまうと、その変化が見えにくくなる。
誰に売るかと同時に、どんな場面の、どんな気持ちに応えるかを考える必要がある。
5.クリエイティブ|「挑戦しよう」の言葉も、時代に合わせて伝え直す
ナイキは1988年に「Just Do It」を開始した。そして2025年、「Why Do It?」を通じて、その精神を新しい世代に届け直す取り組みを発表した。
同社はこのキャンペーンで、偉大さを結果だけではなく、挑戦する選択として捉えている。また、失敗への恐れによって、一歩を踏み出しにくい若者の状況にも触れている。NIKE, Inc.
ここには、長く使われてきたブランドメッセージの難しさがある。
企業にとって意味が明確な言葉でも、新しい世代に同じように届くとは限らない。
「やってみよう」と言われて励まされる人もいれば、すでに十分頑張っていると感じる人もいる。挑戦を促すには、動けない理由を理解する必要がある。
アディダスの「You Got This」も、プレッシャーへの応答を軸としている。2025年の展開では、コーチや親、仲間など、周囲の人々が前向きな影響を与えることに焦点を当てた。news.adidas.com
この二つを本稿の視点で比較すると、次のように読める。
ナイキは、挑戦を選ぶ本人の意思を照らす。
アディダスは、その人を支える周囲との関係を照らす。
両者とも、競技者を励まそうとしている。ただし、物語の焦点が異なる。
クリエイティブの仕事は、抽象的な「応援」を、人物、場面、言葉、音、編集によって具体化することにある。
誰の、どの瞬間を描くか。その選択に、顧客理解が表れる。
6.ブランディング|定番を守ることと、流行を追うことの間で
スニーカーには、最新の技術を求められる商品と、過去の形が愛される商品が共存している。
アディダスは、サンバ、ガゼル、ハンドボール スペツィアルなどを主要な定番商品群に位置づけている。2025年の年次報告では、色や素材、デザインに新しさを加えながら、供給も管理していると説明している。adidas Annual Report 2025
ここには、ブランド運営の緊張関係がある。
多くの人に買ってもらいたい。
それでも、選ぶ楽しみや特別さを失わせたくない。
過去の形を守りたい。
同時に、今の服装や生活にも合っていてほしい。
定番の強みは、知っている人が多く、安心して選べることだ。一方、同じものを出し続けるだけでは、新しい顧客にとっての理由が薄れることもある。
逆に、変化を急ぎすぎれば、その商品を選んできた人が大切にしていた特徴を失う可能性がある。
したがって、問うべきは「変えるか、変えないか」だけではない。
どこを残せば、その商品だとわかるのか。
どこを変えれば、今の暮らしで選びやすくなるのか。
定番とは、時間が止まった商品ではなく、選ばれる理由を更新し続ける商品なのだろう。
7.PR|人の力を借りるブランドは、その人の行動とも結びつく
アスリートや音楽家との協業は、ブランドを新しい人々へ届ける。
その人物の活動が話題になるたび、商品が見られ、名前が語られる。広告枠の外でも関心が続くことは、大きな強みだ。
しかし、その関係にはリスクもある。
2022年10月、アディダスはYeとの提携を終了した。反ユダヤ主義的な発言や行動が、同社の価値観に反すると説明し、Yeezy商品の生産終了などを発表した。adidas Group
この事例は、コラボレーションを露出量や売り上げだけで判断できないことを示している。
協業相手の知名度は、注目とともに、その人物に対する評価もブランドへ運んでくる。
どんな価値観を共有するのか。
問題が起きたとき、何を基準に判断するのか。
特定の人物や商品への依存を、どこまで許容するのか。
これは広告部門だけの問題ではない。経営、商品計画、契約、在庫にも関わる。
PRとは、話題を増やすこととともに、社会のなかでどのような関係を結ぶ企業なのかを、行動で示す仕事でもある。
8.マーケティング|顧客との接点は、自社だけで完結しない
ブランドが強ければ、自社の店やアプリだけで売れるのだろうか。
直販には利点がある。商品説明やサービスを設計しやすく、顧客との関係を直接育てられる。
一方、小売店には別の役割がある。
複数ブランドを履き比べる。
店員に用途や足の悩みを相談する。
最初は知らなかった商品に出会う。
顧客にとって、その比較の場自体が価値になる。
ナイキの2026年5月期通期決算では、卸売売上高は前年比6%増の約275億ドルだった一方、直販売上高は6%減の約177億ドルとなった。増減率はいずれも報告通貨ベースである。investors.nike.com
この数字だけで、直販という仕組み全体の失敗を断定することはできない。商品構成、地域、来店やアクセスの動向なども関わる。
それでも、ブランドとの関係を深める場と、新しく見つけてもらう場を、両方考える必要があることはわかる。
企業が直接売りたい場所と、顧客が選びやすい場所は、いつも一致するとは限らない。
マーケティングは、広告でつくった期待を、購入と使用の体験までつなぐ仕事である。
9.市場動向|二強を比べるだけでは、未来は見えない
両社の事業の動きを、対象期間を明示して確認してみよう。
| 指標 | ナイキ | アディダス |
|---|---|---|
| 掲載する通期実績 | 2026年5月期 | 2025年12月期 |
| 連結売上高 | 約464億米ドル | 約248億ユーロ |
| 前年比・報告通貨ベース | 横ばい | 5%増 |
| 注目する動き | 卸売が増加し、直販が減少 | アディダスブランドの競技向け売上が為替影響除外で15%増、Lifestyleが12%増 |
出典:両社の通期決算発表・年次報告。決算期間、通貨、事業範囲が異なるため、そのまま市場シェアやブランド支持の比較には使えない。investors.nike.com
アディダスの数字は、ストリートでの人気だけを見ても、競技向けの商品だけを見ても、事業全体を説明できないことを示している。
そして、競争相手は両社だけではない。
Onは2025年通期の売上高が前年比30.0%増となった。HOKAも、親会社Deckersが2026年3月期決算で成長の継続を報告している。investors.on-running.com
ただし、これらの成長を、そのままナイキやアディダスから奪った売り上げとみなすことはできない。市場の拡大や販売地域の広がり、新しい顧客の獲得もあり得る。
ここから読み取れるのは、大きな知名度を持つブランドでも、個別の用途や体験では、別のブランドが選ばれる余地があるということだ。
企業全体の強さと、目の前の一人にとっての最適解は、同じではない。
10.未来の戦略|憧れの入口と、続けられる場所をつくる
ナイキとアディダスの歴史には、優れた選手、印象的な広告、音楽との接点、長く売れる商品がある。
その実績を並べると、後から参入する企業には余地がないようにも見える。
しかし、人の生活は変わり続ける。
競技力を高めたい人。
健康のために歩きたい人。
周囲と比べられることに疲れた人。
運動を始めたいが、何を選べばよいかわからない人。
ブランドが答えるべき課題も、変わっていく。
今後の戦略を考えるなら、三つの問いがある。
一つ目は、憧れを、参加できる体験につなげられるか。
スターを見て心が動いた人が、最初の練習や、仲間との活動へ進める。その道筋まで設計できれば、広告と実際の生活の距離が縮まる。
二つ目は、商品の違いを、本人が実感できる言葉と体験で伝えられるか。
高性能という言葉だけでは、初心者が自分に必要かどうか判断しにくい。用途、履き心地、価格を納得して選べることが重要になる。
三つ目は、過去の資産を、新しい世代の経験に変えられるか。
昔の選手を知らなくても、その靴を好きになれる。歴史を学ぶだけでなく、自分の服装や暮らしのなかで、新しい意味を足せる。
その余地を残すことが、ブランドの継承につながるのではないだろうか。
ナイキとアディダスの競争から学べるのは、広告表現の巧みさとともに、性能、憧れ、文化、販売、使用体験を、一つの関係として育てることの難しさである。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
スニーカーの底は、歩くほどに減っていく。
けれど、その靴で過ごした時間は、少しずつ増えていく。
初めて走り切れた距離。
好きな音楽を聴きに行った夜。
誰かと並んで歩いた道。
企業が届けた物語の上に、履く人自身の記憶が重なっていく。
ナイキとアディダスの歴史をたどると、ブランドを長く育てることは、企業の言葉を広めることとともに、人が自分の経験を重ねられる余地をつくることなのだと感じる。
憧れを抱く。
手に取ってみる。
履いて、動く。
その経験から、また選ぶ。
その一つひとつがつながったとき、ロゴは、その人にとって固有の意味を持ち始める。
人は、スニーカーにどんな自分を託すのか。
その答えは、広告のなかにも、玄関の一足にもある。
本稿は両社の公式資料・決算発表などに基づき、史実と編集部の分析を組み合わせています。顧客インサイトや未来の戦略に関する記述は、本稿としての仮説・考察です。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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