海のない県は、閉じられた土地なのだろうか。
群馬県の地図を見ると、西と北には山々が連なり、南東には関東平野が広がっている。県土のおよそ3分の2を山地・丘陵地が占め、人口の多くは平野部に集中する。
一見すれば、山に囲まれた内陸県である。
しかし実際の群馬県は、東京、新潟、長野、北陸、栃木、茨城を結ぶ交通網が交差する、極めて開かれた土地である。
群馬県を理解する鍵は、山に囲まれていることではない。
山から水が生まれ、その水が平野をつくり、平野を通って人・物・技術が移動してきたことにある。
群馬県は、「閉じられた内陸」ではない。
山、水、交通、産業が重なることで形成された、関東北部の結節点なのである。
群馬県は、関東平野の「北西の入口」にある
群馬県は関東地方の北西部に位置し、北は新潟県と福島県、西は長野県、東は栃木県、南は埼玉県と接している。
県の北部と西部には、谷川岳、赤城山、榛名山、妙義山、浅間山周辺などの山岳地帯が広がる。一方、南東部には関東平野が開け、前橋、高崎、伊勢崎、太田、館林などの都市が連なっている。
この地形が、群馬県を大きく二つの空間に分けている。
- 北部・西部の山岳地域
- 南部・東部の平野・都市地域
山岳地域は、水源、森林、農業、温泉、観光を支える場所である。
平野部は、人口、工業、物流、商業が集まる場所である。
群馬県の地政学とは、この二つの空間が分断されているのではなく、水と交通によって結ばれている構造を読み解くことでもある。
利根川は、群馬県と首都圏をつなぐ「見えない基盤」である
群馬県北部のみなかみ町には、利根川の源流域がある。
山々に降った雨や雪は、利根川やその支流に集まり、前橋・伊勢崎方面へ流れ、埼玉県、茨城県、千葉県を通って太平洋へ向かう。
利根川上流域には、治水、利水、水力発電を担う多くのダムが存在する。群馬県の山間部は、首都圏の生活用水や産業用水を支える重要な水源地域でもある。群馬県「利根川上流圏域河川整備計画」
つまり群馬県は、東京から約100キロ離れた地方県でありながら、水を通じて首都圏の日常と直結している。
東京の蛇口から出る水。
関東平野の農地を潤す水。
工場で使われる産業用水。
洪水から都市を守るダム。
その上流には、群馬県の山と森林がある。
群馬県は、首都圏に商品を供給するだけではない。首都圏という巨大都市圏を成立させるための、水源と国土基盤を担っている県なのである。
山は障壁であると同時に、ルートを生み出した
山は人の移動を妨げる。
しかし、山と山の間には谷や峠が生まれる。そして、その限られた通路に街道、鉄道、高速道路が集まっていく。
群馬県では、古くから三国峠や碓氷峠などが、関東と信越地方を結ぶ重要な通路となってきた。
現在、この地理的な役割は高速交通網に引き継がれている。
県内には、
- 関越自動車道
- 上信越自動車道
- 北関東自動車道
- 東北自動車道
- 上越新幹線
- 北陸新幹線
が通っている。
群馬県は、東京から約100キロ圏に位置しながら、新潟、長野、北陸、栃木、茨城方面へ道路と鉄道が伸びる交通の要衝となっている。群馬県「充実した交通ネットワーク」
特に高崎は、群馬県内の都市というだけではない。
東京から北上してきた人と物が、
- 新潟方面
- 長野・北陸方面
- 前橋・赤城方面
- 西毛地域
へ分かれていく分岐点である。
群馬県の強さは、目的地そのものになることだけではなく、異なる地域をつなぐ途中に位置していることにある。
前橋と高崎──県都と交通都市が分かれた二極構造
群馬県には、県庁所在地である前橋市と、交通・商業の中心として発展してきた高崎市がある。
前橋は利根川沿いに位置し、行政、教育、医療などの機能を担う。
一方、高崎は鉄道と道路が交差し、県内外の人や物が集まる玄関口として発展してきた。
多くの県では、県庁所在地が交通と経済の中心を兼ねている。しかし群馬県では、その機能が前橋と高崎に分かれている。
これは単なる都市間競争ではない。
- 前橋は行政と公共機能
- 高崎は交通と広域商業
- 伊勢崎は製造業と物流
- 太田は輸送用機械を中心とする工業
- 桐生は織物から機械金属へ続く技術
- 館林は東関東・東北方面との接点
というように、県内の都市が異なる役割を持つ分散型の都市構造が形成されている。
東京のような一極集中型ではなく、複数の都市がそれぞれの産業と交通圏を持つことが、群馬県の特徴である。
絹から自動車へ──群馬県には「技術を産業化する土地」がある
群馬県の産業史を象徴するのが、養蚕と製糸である。
山地と平野が入り交じる群馬県では、桑を育て、蚕を飼い、生糸をつくる産業が発達した。
1872年には、明治政府によって富岡製糸場が開業した。富岡製糸場と絹産業遺産群は、高品質な生糸の大量生産を実現した技術交流と技術革新を示すものとして、世界文化遺産に登録されている。文化庁「富岡製糸場と絹産業遺産群」
だが、群馬県の産業史は「かつて絹で栄えた」という話だけでは終わらない。
織物や製糸に必要だった機械技術、精密加工、人材、工場、輸送網は、近代以降の機械金属産業へ受け継がれていった。
東毛地域では、太田市を中心に輸送用機械産業が集積している。桐生地域でも、織物産業から培われた技術が機械金属分野へ展開してきた。
群馬県の資料でも、製造品出荷額に占める輸送用機械器具の割合が高く、県は「ものづくり立県」として位置づけられている。群馬県「SDGs未来都市計画」
ここには、群馬県の産業に共通する流れがある。
外から技術を受け入れ、土地の中で磨き、量産できる産業へ変えていく。
絹から織機へ。
織機から精密機械へ。
航空機から自動車へ。
群馬県の産業は、個別に存在しているのではない。時代が変わっても、技術を加工し、製品として外へ送り出す構造が受け継がれている。
太田・伊勢崎・館林は、首都圏を支える「生産の前線」である
群馬県東部の太田、伊勢崎、館林周辺は、関東平野の連続性の中にある。
行政区分では群馬県だが、経済圏として見れば、埼玉北部、栃木南部、茨城西部とつながる広域的な工業・物流地域である。
北関東自動車道は、群馬県から栃木県、茨城県へ延び、関越自動車道、東北自動車道、常磐自動車道を結んでいる。
この道路網により、群馬県内で生産された製品は、
- 東京・埼玉の巨大消費地
- 茨城県の港湾
- 栃木県の工業地域
- 新潟・長野方面
- 圏央道を経由した神奈川・千葉方面
へ輸送できる。
海のない群馬県は、自前の港を持たない。
その代わり、道路網を通じて複数の港湾、空港、消費地とつながることで、内陸型の製造・物流拠点として発展してきた。
海がないことは、必ずしも弱点ではない。
一つの港に依存せず、複数方向へ商品を送り出せることは、群馬県にとって地政学的な強みにもなっている。
標高差が、多様な農業をつくった
群馬県の農業は、山間部から平野部までの大きな標高差を利用している。
北西部の高冷地では、冷涼な気候を生かしたキャベツなどの高原野菜が生産される。中山間地域では、こんにゃく、果樹、酪農、畜産が展開され、平野部では米、麦、野菜などが生産されている。
嬬恋村を中心とする夏秋キャベツは、首都圏の夏の需要を支える代表的な農産物である。群馬県は夏秋キャベツの収穫量で全国1位となった実績を持つ。群馬県「県産農畜産物消費拡大キャンペーン」
重要なのは、生産量だけではない。
高冷地で生産した農産物を、高速道路を使って東京などの大消費地へ短時間で運べることが、群馬県農業の競争力を支えている。
つまり群馬県の農業は、
標高差による気候の多様性 × 首都圏への近さ × 道路物流
によって成立している。
山地は農業の制約であると同時に、平野部とは異なる季節と作物を生み出す資源でもある。
温泉は、火山が生んだ地域産業である
草津、伊香保、四万、水上、万座。
群馬県には、全国的に知られる温泉地が数多く存在する。
これらの温泉は、単なる観光施設ではない。火山活動や山岳地形という自然条件から生まれた地域資源である。
山岳地帯は、大規模な都市や工業団地をつくるには不利である。一方で、温泉、森林、渓谷、雪、冷涼な気候、自然景観は、都市部にはない価値を生み出す。
特に草津や四万を擁する吾妻地域では、観光と農業が主要産業となっている。群馬県「吾妻地域森林計画」
群馬県は、南東部では工場と物流によって首都圏とつながり、北西部では温泉と自然によって首都圏から人を呼び込む。
物は山から都市へ。
人は都市から山へ。
この双方向の流れが、群馬県の経済を支えている。
自動車社会は、群馬県の強さであり弱さでもある
群馬県は高速道路網が発達し、自動車による移動や物流に適した県である。
しかし、主要都市以外では鉄道や路線バスが十分に発達していない地域もあり、日常生活における自動車への依存度が高い。群馬県「地域公共交通活性化協議会資料」
自動車を運転できる間は、分散した都市や郊外型の生活は便利である。
だが、高齢化が進み、運転できない人が増えると、買い物、通院、行政サービスへのアクセスが難しくなる。
また、高速道路とトラック輸送への依存は、燃料価格、ドライバー不足、災害による通行止めなどの影響を受けやすい。
群馬県が今後も「交通の要衝」であり続けるためには、道路を整備するだけでは足りない。
地域鉄道、バス、デマンド交通、物流拠点、生活サービスを組み合わせ、車を持たない人も移動できる構造をつくる必要がある。
群馬県が抱える、もう一つの南北格差
群馬県の人口と産業は、前橋、高崎、伊勢崎、太田など南部の平野部に集中している。
一方、北部・西部の山間地域では、人口減少と高齢化が進んでいる。
しかし山間地域には、
- 首都圏を支える水源
- 森林と木材
- 水力発電
- 農地と高原野菜
- 温泉と観光
- 生物多様性
- ダムと治水機能
が集中している。
人口や経済規模だけで見れば小さくても、その地域が果たしている役割は小さくない。
問題は、山間地域が生み出す水、電力、環境、景観などの価値が、地域の収入や雇用に十分還元されていないことである。
都市が水を使い、電力を使い、自然を観光する。
その一方で、水源地では森林管理の担い手や交通、医療、地域コミュニティが失われていく。
群馬県の未来を考えるうえでは、南部の成長だけでなく、山間部が担う価値を経済として可視化することが重要になる。
群馬県の未来は「通過される県」から「結び直す県」へ
交通の要衝には、常に一つの危険がある。
人や物が通るだけで、地域に価値が残らないことである。
新幹線も高速道路も、移動時間を短縮する。しかし便利になるほど、東京や周辺の大都市へ消費と人材が流出する可能性も高まる。
群馬県に必要なのは、単に交通量を増やすことではない。
- 水源地と都市を結ぶ
- 農業と食品産業を結ぶ
- 製造業とデジタル技術を結ぶ
- 絹産業の歴史と現代のものづくりを結ぶ
- 温泉観光と地域文化を結ぶ
- 前橋、高崎、太田などの都市機能を結ぶ
というように、県内にある資源同士を編集し直すことである。
群馬県には、すでに水、農業、工業、観光、交通、歴史がある。
足りないのは新しい資源ではなく、既存の資源を一つの地域価値として結び直す視点なのかもしれない。
おわりに──群馬県は、山の向こう側と関東をつなぐ土地である
群馬県は、海を持たない。
しかし、水を生み出している。
大都市ではない。
しかし、首都圏の暮らしと産業を支えている。
山に囲まれている。
しかし、その山の谷間を通って、東京、新潟、長野、北陸、東北へ道が伸びている。
養蚕と製糸から始まった技術は、機械、航空、自動車へ受け継がれた。高原の農産物は高速道路で都市へ運ばれ、都市の人々は温泉と自然を求めて山へ向かう。
群馬県の地政学的な本質は、中心になることではない。
異なる土地、産業、時代をつなぐことにある。
山と平野。
水源地と大都市。
伝統産業と先端製造業。
東京と信越・北陸。
群馬県は、関東平野の北西に位置する「内陸県」ではない。
それは、山の向こう側と関東を結び続けてきた、日本列島の内側にある交差点なのである。

