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山が、都市へと姿を変える——津久見の石灰石と港から読む、大分の産業地政学

津久見をイメージした、白い階段状の石灰石鉱山と湾岸のセメント工場、港に停泊する貨物船のイラスト。「この山は、遠くの都市を支えている。」の文字。
白い階段状の石灰石鉱山と湾岸のセメント工場、港に停泊する貨物船のイラスト

津久見の山には、階段のように刻まれた斜面がある。
白い岩肌の向こうには、海が広がっている。

山から取り出された石は、工場へ運ばれ、あるものはセメントになり、あるものは石灰石のまま船に積まれる。その先には、道路や橋、建物をつくる現場がある。

私たちは日々、こうした素材に支えられた都市を歩いている。けれど、その素材がどの山から来たのかを、意識することは少ない。

大分県南東部の津久見市は、その見えないつながりを考える入口になる。

前回は、温泉・地熱・水・港から大分県全体を読み解いた。今回は一つの土地へ視点を絞り、石灰石がどのように産業と暮らしを形づくり、その強みが脱炭素の時代にどう問い直されるのかを考える。

Contents

1.津久見の価値は、石の量だけでは説明できない

石灰石は、セメントの主原料であり、鉄鋼などの産業にも使われる。

津久見では、大分太平洋鉱業が運営する新津久見鉱山などで採掘が行われ、石灰石は太平洋セメント大分工場や全国の需要先へ供給されている。企業の紹介資料にも、セメント、鉄鋼、コンクリート用骨材といった用途が示されている。

ただし、良質な石が地下にあるだけで、大きな産業が成立するわけではない。

重いものを掘り出し、砕き、運び、必要な場所へ届ける。売上になるまでには、いくつもの工程がある。輸送費が高ければ、資源そのものの価値があっても、供給地としての競争力は弱くなる。

津久見には、鉱山と湾岸の工場が近く、石灰石をベルトコンベアで運べる条件がある。さらに、深い海に面した港から、大型船で積み出すことができる。

ここでの強みは、資源と輸送を別々に持つことではない。採掘・加工・出荷を、短い距離でつなげられることにある。

地図上では小さなまちでも、生産から市場までの経路を描けば、その存在は大きくなる。

2.港は、山の価値を外へ運ぶ装置だった

大分県の港湾資料によると、津久見港はリアス式海岸に守られた湾奥に位置し、瀬戸内海方面にも、豊後水道を通じた太平洋方面にも接続している。

重い原料を大量に運ぶ産業では、こうした海への出口が重要になる。

石灰石は、少量を高い価格で売る商品とは異なる。供給地から需要地までの輸送条件が、事業を左右する。山の近くに港があれば、採掘した石を海上輸送へつなぐことができる。

一方、セメント製造に必要な燃料などは、外から受け入れる。

つまり津久見の港は、単に製品を送り出す場所ではない。地域にある資源と、地域の外から必要とする資源を交換する接点でもある。

山と海の近接という自然条件が、港湾施設や荷役設備への投資によって、継続的な生産能力へと変わってきた。

ここに、地理を経済へ変える人間の仕事がある。

3.石灰焼きからセメントへ——産業は段階を経て育った

津久見の石灰石利用は、近代のセメント工場から始まったわけではない。

市と観光協会が連携した「WEB社会見学」では、江戸時代から石灰焼きの歴史があったことが紹介されている。その後、近代産業の成長によって石灰石の需要が広がり、1916年の鉄道開通も生産拡大の契機となった。

セメント協会の2014年の工場紹介によれば、津久見でのセメント生産は1917年に桜セメントが始め、その後、企業の設立や合併を経て生産拠点が形成された。太平洋セメントの沿革にも、1938年に合併によって現在の大分工場を取得したことが記されている。

この順序が大切だ。

昔からの資源利用があり、新しい用途が生まれ、交通が整い、企業が設備を投入する。その積み重ねによって、地域は石を供給する場所から、加工して送り出す場所へと変わっていった。

港湾も、その変化とともに整備された。

地形が産業の可能性を与えたとしても、どの産業が、どの規模で根づくかは、需要、技術、資本、制度に左右される。

津久見は「石灰石があるからセメントのまちになった」と説明できる。しかし、その一文の間には、長い時間と多くの判断がある。

4.セメントとコンクリートを分けると、まちの役割が見える

ここで、似た言葉を整理しておきたい。

セメントは、水と反応して固まる性質を持つ粉体である。コンクリートは、そのセメントに水、砂、砂利などを混ぜてつくる。

セメントの製造では、石灰石や粘土質の原料などを調合し、高温で焼成する。その途中でできる塊が「クリンカー」だ。一般的なポルトランドセメントは、これを石こうなどとともに粉砕して製造する。

この違いを知ると、津久見の役割が見えてくる。

都市の建設現場では、コンクリートが必要になる。その上流には、セメントを製造する工場があり、さらに石灰石を採掘する鉱山がある。

完成した建物だけを見れば、その土地の仕事は見えにくい。けれど、素材の経路をさかのぼれば、遠くの山と港が現れる。

津久見は、都市の外側にありながら、都市を成立させる素材を供給する場所なのだ。

5.資源循環を支える工場でも、脱炭素の難しさは残る

セメント産業には、もう一つの役割がある。廃棄物や副産物を、原料や熱エネルギーの代替として利用することだ。

セメント協会は、石炭灰、下水汚泥、焼却灰などの活用を紹介している。大分工場についても、2014年の資料には、廃棄物・副産物の受け入れ設備や品質管理への投資が記録されている。

ただし、何でもそのまま受け入れられるわけではない。原料の成分や製品品質、設備への影響、環境管理を確認しながら利用する必要がある。

この機能は、天然資源の使用や最終処分への負担を減らすことにつながる。一方で、資源循環に貢献することと、CO₂排出がなくなることは同じではない。

その理由は、石灰石の性質にある。

主成分の炭酸カルシウムを加熱して分解すると、酸化カルシウムとCO₂が生じる。これは、燃料を燃やした結果だけではなく、原料が変化する過程で生じる排出である。

セメント協会は、セメント産業のCO₂排出を、石灰石の脱炭酸によるものと、製造エネルギーによるものに分けている。

したがって、再生可能エネルギーの利用や燃料転換だけで、問題のすべてが解決するわけではない。

地域を繁栄させてきた石灰石が、脱炭素では難しい課題の出発点にもなる。この両面を、同時に見る必要がある。

6.次の立地条件には、CO₂の行き先も入ってくる

こうした課題に対し、セメント業界では、CO₂回収、原料や製品構成の工夫、燃料転換などの技術開発が進められている。

太平洋セメントは2024年、山口県山陽小野田市で、CO₂回収型セメント製造設備「C2SPキルン」の実証試験開始を発表した。これは津久見の大分工場での実証ではなく、グループ全体の技術開発として位置づけられる。

回収技術ができれば、それで終わりでもない。

CO₂を分離するためのエネルギーや費用、回収したCO₂の利用先、長期的に貯留する場合の輸送と管理まで、仕組みをつなぐ必要がある。再び大気に放出される使い方なら、長期貯留と同じ削減効果とは扱えない。

ここからは、本稿の見立てである。

従来のセメント工場の立地では、原料が近いこと、燃料を受け入れられること、製品を運べることが重要だった。脱炭素が進めば、これに低炭素のエネルギー調達や、回収したCO₂の行き先という条件が加わってくる。

津久見の港は、今後も重要な資産である。ただし、既存の岸壁があるだけで、新しい燃料やCO₂を扱えるとは限らない。専用設備、安全対策、輸送先との契約など、追加の条件が必要になる。

大分県は2026年7月、「津久見港港湾脱炭素化推進計画(案)」への意見募集を行った。港と周辺産業を含めた脱炭素が、地域の計画課題になっていることが分かる。

これを、技術導入や排出削減がすでに完了した証拠と読むことはできない。重要なのは、工場単体を超えて、港と産業の関係を更新しようとしている点だ。

7.山の資源と、まちの未来は、同じ時間では動かない

豊富な資源があることは、長期的な事業の基盤になる。けれど、資源の量だけで地域の未来は保証されない。

石が残っていても、需要が変わることはある。工場が動いていても、設備更新や人材確保が難しくなることはある。脱炭素に必要な投資が、事業の採算を変えることもある。

ここでは、異なる時間を考える必要がある。

地質が形成された時間。設備を使い、更新する時間。そして、そのまちで人が働き、暮らし、次の世代へ仕事を渡す時間だ。

津久見では、石灰石・セメント産業を紹介するWEB社会見学や産業観光の取り組みも行われている。採掘や製造の仕事を、地域の外へ伝えようとする試みである。

もちろん、産業観光だけで地域の課題が解決するわけではない。それでも、目の前の山や工場が何を支えているのかを知ることには意味がある。

産業を理解することは、地域で働く選択肢を知り、環境への負担や将来の投資について議論する土台になるからだ。

山と港のあいだに、次の産業をつくる

津久見の強みは、石灰石という資源、加工する設備、海へ送り出す港が、近い場所にそろっていることだった。

その強みを、これからも生かすには何が必要か。

採掘や輸送の効率だけでなく、製造時の排出をどう減らすか。資源循環の機能をどう維持するか。設備への投資と、地域で働き続ける条件をどう両立させるか。

本稿の見立てでは、津久見の次の競争力は、この一連の課題をつないで考えることにある。

山の白い岩肌と、湾に浮かぶ貨物船。
その風景は、地域の繁栄の記録であると同時に、自然を使いながら社会を支えてきた歴史の記録でもある。

私たちが歩く道路や、暮らす建物の材料は、遠くの土地から届いている。
その土地にも、生活があり、仕事があり、未来を選ぶ人々がいる。

津久見の山を読むことは、都市の足元を、もう一度見直すことなのだ。


参考資料

関連記事:大分県の地政学——火山・水・港から読む

※過去の資料は産業史の説明に使用し、当時の生産量・設備状況を現在の実績として扱っていません。将来の立地条件や競争力に関する部分は、資料を踏まえた筆者の考察です。

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