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湯けむりの向こうに、製鉄所がある——大分県の地政学を火山・水・港から読む

山々を背景に、湯けむりが立つ温泉街と製鉄所が湾を挟んで並ぶ、大分県をイメージしたイラスト。「湯けむりの向こうに、製鉄所がある。」の文字。
山々を背景に、湯けむりが立つ温泉街と製鉄所が湾を挟んで並ぶ、大分県をイメージしたイラスト

別府の坂道に、湯けむりが立ちのぼる。
海の向こうからは、フェリーがゆっくりと近づいてくる。
その湾岸を東へたどれば、風景は工場の配管や大型船の岸壁へと変わっていく。

温泉と鉄。観光と重工業。
大分県には、一見すると別々の物語が、同じ海のそばに並んでいる。

けれど、その成り立ちを地図から読み解くと、両者を支えるものが見えてくる。地下の熱、山から届く水、そして外の世界に開かれた港だ。

大分を「おんせん県」として眺めるだけでは、その経済の輪郭はつかめない。ここでは地政学を、国家間の駆け引きに限定せず、地形・資源・交通・制度が地域の選択をどう方向づけるかという視点で捉える。

Contents

1.九州の東側は、海から見ると「表側」になる

陸上交通の地図では、大分は九州の東側に位置する。福岡を中心に九州を見ると、そこまでの移動距離が意識されるかもしれない。

しかし、海から見ると景色が変わる。

大分の海岸は、瀬戸内海方面と豊後水道につながり、その先に四国や関西がある。海は県境を隔てる空間であると同時に、貨物と人を運ぶ通路でもある。

別府港は、明治期に中国・四国・阪神地方との航路が相次いで開かれ、内海交通の要衝として発展した。今日も関西・四国と九州東岸を結び、観光客だけでなく大量のフェリー貨物を扱っている。

温泉に向かう旅行者と、商品を届けるトラックが、同じ船に乗る。観光航路と物流航路は、実際には重なっているのだ。

地域の立地は、どの都市まで何キロあるかだけでは決まらない。何を、どの輸送手段で、どこへ運ぶのかによって、その場所の意味は変わる。

大分は、九州の東の端であると同時に、海を介して本州や四国へ接続する入口でもある。

2.温泉の隣に工業地帯がある理由

大分市の海岸には、鉄鋼、石油、石油化学、電力などの産業が集積している。

この姿は、地形だけで自然に生まれたものではない。1964年の新産業都市指定を契機として、港湾整備や企業立地が進み、大分港は国内有数の臨海工業地帯を支える港へと変貌した。

鉄鉱石や石炭、原油を船で受け入れ、鋼材や化学製品を送り出す。そのためには、原料を大量に運べる港、工場用地、用水などを組み合わせる必要がある。

つまり、ここでの立地の価値は「海に面している」という条件だけでは説明できない。海岸の条件を、政策と投資によって生産の仕組みに変えたことが重要だった。

別府の温泉街と大分市の臨海工業地帯は、同じ湾岸にありながら、異なる資源の利用を重ねてきた。前者は地下の熱を滞在や療養の価値へ、後者は港を大量輸送と加工の価値へつないだ。

この近接は、県の多様な経済基盤を示す。ただし、観光客が増えれば工業も成長する、といった単純な相乗効果を意味するわけではない。それぞれの産業には、異なる市場と投資の論理がある。

3.製鉄所の背景には、山から届く水がある

工場の風景を眺めると、煙突や高炉に目が向く。けれど、産業を支える重要な条件の一つは、水だ。

大分県の工業用水道は、大野川の白滝取水口から取水し、判田・大津留の浄水場で処理した水を、大分地区の臨海工業地帯へ供給している。

工業用水は、設備の冷却など、生産を継続するために欠かせない。海から原料が届くだけでは、工場は動かない。内陸から安定して水が届くことも、立地を成立させる条件になる。

ここから見えてくるのは、海辺の産業と上流の土地との関係だ。

工場が沿岸にあるからといって、その経済が沿岸だけで完結しているわけではない。水源や河川環境、取水施設、浄水場、送水管を通じて、産業は流域に依存している。

県企業局が大野川流域の環境保全活動を支援しているのも、工業用水事業がこの川の水資源を利用しているためだ。

この仕組みを踏まえれば、上流の環境を守ることは、地域産業の生産基盤を維持することでもある、と読める。

企業の競争力を考える際には、工場の敷地の外を見る必要がある。水を安定供給する施設の維持や、流域との関係まで含めて、その場所で事業を続けられる条件が成り立っている。

4.火山の熱は、観光資源であり、エネルギー資源でもある

大分の地下の熱は、温泉だけに使われているわけではない。

九重町の八丁原発電所は、国内最大規模の地熱発電所として知られる。地下から取り出す蒸気を使って発電し、火山地域の熱を電力へと変えている。

地熱発電は、太陽光や風力と比べて天候の変化に左右されにくく、安定した発電を期待できる。一方、地下の資源は直接目で確かめられないため、調査や掘削、継続的な管理が必要になる。

ここで大切なのは、熱があるから、どこでも自由に開発できるわけではないということだ。

温泉地にとって、湯は事業の基盤であり、地域の生活と記憶を支える資源でもある。発電事業を進めるには、既存の温泉利用や自然環境、景観との関係を丁寧に扱う必要がある。

NEDOなどは2019年、別府市の温泉地域で、温泉水の流量や温度などを連続監視するシステムの実証開始を発表した。科学的なデータを、地熱開発と温泉事業者との対話につなげる試みだった。

資源の価値は、発電量だけでは測れない。温泉として利用する価値、電力として利用する価値、その土地で暮らし続ける価値を、どう調整するかが問われる。

大分の地熱を考えることは、自然の恵みを誰がどのように利用し、その利益と責任をどう分かち合うかを考えることでもある。

5.国東では、水を「ためる」ことが産業をつくった

同じ県内でも、水の条件は一様ではない。

国東半島は、中央の山地から尾根と谷が放射状に延び、短く勾配の急な川が多い。大きな川から水を引く地域とは異なる条件のなかで、農業を続ける工夫が必要だった。

その答えの一つが、クヌギ林とため池の組み合わせである。

クヌギは原木しいたけ栽培を支えるとともに、森林は水源涵養に関わる。ため池は水を蓄え、複数の池を連携させることで農業用水を利用してきた。

国東半島宇佐地域は、こうした仕組みが評価され、2013年に「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林循環」として世界農業遺産に認定された。

海辺の工業が、大量の原料と水を集めて加工する仕組みなら、国東の農林業は、地域の森と水を繰り返し利用する仕組みだ。

規模や技術は違っても、土地の条件を組み合わせて生業をつくるという点で、両者は通じている。

この農林循環を、昔ながらの美しい景観として眺めるだけでは十分ではない。原木を育てる人、ため池を管理する人、水を使う人がいて初めて、仕組みは動く。景観を残すには、それを維持する仕事が続く条件も必要になる。

6.外の世界に開く姿勢は、府内の歴史にも見える

大分と海の関係は、近代工業化から始まったものではない。

戦国期、大友宗麟のもとで豊後府内、現在の大分市では南蛮貿易が進められた。大分市が紹介する府内大友氏遺跡の出土品には、中国や東南アジアの人々が滞在・居住していたことを示す日常生活用具も含まれている。

港は、商品が出入りする場所であると同時に、異なる文化や技術を持つ人々が接触する場所だった。

ただし、この歴史から現在の県民性や企業文化を直接説明することはできない。南蛮貿易と現代の工業港には、制度も技術も異なる長い隔たりがある。

それでも、土地の読み方として共通する問いはある。

海の向こうを障壁として見るのか。それとも、自分たちの暮らしや産業を広げる接点として見るのか。

大分の歴史には、外との接続を地域の力に変えようとした選択が刻まれている。

7.大分の次の競争力は、異なる資源の関係を更新すること

大分の産業を並べれば、温泉観光、鉄鋼、石油化学、地熱、農林業と、多様な顔が見える。

しかし、産業の数が多いことだけで、地域の将来が保証されるわけではない。臨海工業は国際的な原料価格や需要の影響を受ける。観光は移動需要や受け入れ体制に左右される。農林業は、土地と設備の管理を続ける担い手を必要とする。

地政学的に見るなら、課題は資源を持っているかどうかだけではない。それを利用する仕組みを、変化に合わせて更新できるかどうかだ。

たとえば、海上輸送を含めた物流の組み直し。工業用水施設と流域環境の維持。温泉と地熱利用を支えるデータの共有。農林循環の管理を、継続できる仕事として成立させること。

本稿の見立てでは、大分の強みは、一つの産業に集約できない。海と内陸、観光と工業、資源を使う側と守る側の関係を、具体的に調整できることが、これからの競争力になる。

別府の湯けむりと、臨海工業地帯の設備。
国東のため池と、大野川を流れる水。

それぞれは異なる風景だが、土地の恵みを暮らしと仕事につなぐという、共通の問いを抱えている。

大分という土地を読むことは、資源の一覧を見ることではない。
その資源が、誰の手を通り、どこへ届き、何を支えているのかをたどることなのだ。


参考資料

※公的機関等の資料に基づく事実と、筆者による地域構造の解釈を組み合わせて構成。

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