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獲れる魚が変わると、食文化も変わる─日本海のサワラに見る、温暖化時代の地域ブランド

水墨画風に描かれた日本海のサワラ。温暖化による魚種変化と、地域ブランドとして価値化される魚の未来を象徴している。
水墨画風に描かれた日本海のサワラ

春の魚と書いて、鰆。

サワラという名前には、どこか穏やかな季節の気配がある。瀬戸内や西日本の魚という印象を持つ人も多いかもしれない。焼き魚、味噌漬け、幽庵焼き。和食の中で親しまれてきた魚でありながら、どこか日常の食卓に溶け込んだ存在でもある。

しかし今、そのサワラが、日本海側の地域で新たな意味を持ち始めている。

山形県庄内地方の「庄内おばこ®サワラ」。鳥取県米子市淀江の「淀江がいな鰆」。

どちらも、ただサワラが獲れるようになったという話ではない。

海の環境が変わり、獲れる魚が変わり、地域の漁業者がその変化に向き合い、品質を磨き、ブランドとして価値を高めていく。

そこには、温暖化時代の水産業が進むべきひとつの姿がある。

獲れる魚が変わると、地域の食文化も変わる。

その変化を、ただの異変として受け止めるのか。あるいは、新しい地域資源として編集し直すのか。

日本海のサワラは、その問いを静かに投げかけている。

Contents

海の変化は、魚の変化として現れる

海は、同じように見えて、同じではない。

水温、海流、餌となる生物、産卵場、回遊ルート。目には見えにくい条件が少しずつ変わることで、魚の分布や漁獲される魚種は変化していく。

水産庁は、近年の日本近海において平均海面水温の上昇など海洋環境の変化が進み、サンマ、スルメイカ、サケといった主要魚種の不漁が長期化していると説明している。

海の変化は、漁港の水揚げに現れる。

かつてよく獲れていた魚が減る。これまであまり主役ではなかった魚が増える。漁師の経験や地域の食文化が、変化する海に追いつく必要が出てくる。

それは、漁業にとって大きな負担である。

漁法、加工、流通、価格、消費者の認知。魚が変われば、それに合わせて地域の仕組みも変えなければならない。

しかし、そこには可能性もある。

変わる海に対して、地域がただ受け身でいるのではなく、新しく獲れる魚をどう扱い、どう価値化し、どう食文化へ落とし込んでいくか。

日本海側で進むサワラのブランド化は、その試みのひとつである。

庄内おばこ®サワラ──鮮度を価値に変える

山形県庄内地方では、「庄内おばこ®サワラ」がブランド魚として知られるようになっている。

山形県は、庄内おばこ®サワラについて、漁獲後1週間でも生食可能な鮮度が自慢であり、食べた人からの評価も高く、豊洲市場でも有名になってきたと紹介している。

サワラは身がやわらかく、水分が多い魚で、鮮度管理が難しい。扱い方によって、価値が大きく変わる魚でもある。

だからこそ、庄内おばこ®サワラの価値は、単に「獲れた魚」ではなく、「どう扱った魚か」にある。

漁獲後の処理、温度管理、鮮度維持、品質評価。そこに手間と技術を重ねることで、サワラは地域のブランド魚になっていく。

山形県水産研究所は、庄内おばこサワラのブランド化において、品質の評価や維持というブランドの根幹に関わる部分で重要な役割を担ったとして評価されている。

これは、とても重要な視点だ。

地域ブランドは、名前を付ければ生まれるわけではない。

漁業者の技術、研究機関の評価、行政の支援、流通の信頼、料理人や市場の反応。その全体がつながって初めて、魚は「地域の価値」として認識される。

サワラという魚を、ただ水揚げするのではなく、庄内の食材として磨き上げる。

それは、変わる海に対する地域の編集作業でもある。

淀江がいな鰆──扱い方で価値を上げる

鳥取県米子市淀江では、「淀江がいな鰆」というブランドが育っている。

水産庁によれば、鳥取県漁業協同組合淀江支所に所属する釣り漁のエキスパートで構成されるJF鳥取淀江釣漁研究会を中心に、2015年からサワラのブランド化に取り組んでいる。

このサワラは、活締めや内臓除去、脂質含有量の検査などを行い、独自基準を満たした場合のみ「淀江がいな鰆」として取引される。

鳥取県も、美保湾は越冬に向けて栄養を溜め込んだサワラが集まる漁場であり、「淀江がいな鰆」は船上活け締め後に特別な処理を施し、厳しい基準で選抜される希少な寒鰆だと紹介している。

ここでも鍵になるのは、魚そのものだけではない。

扱い方である。

サワラは繊細な魚だ。だから、漁獲した瞬間から、価値は上がることも下がることもある。船上での処理、血抜き、内臓除去、冷却、脂質の確認、出荷までの管理。

淀江がいな鰆は、そうした工程を徹底することで、魚の価値を高めている。

鳥取県の紹介では、重量3キログラム以上、脂質含有量13%以上の基準を満たす淀江がいな鰆は、通常の4倍以上の額で取引されるとされている。

つまり、同じサワラでも、地域の技術と基準によって、まったく違う価値を持つ魚になる。

これは水産物のブランド化の本質に近い。

価値は、海の中だけにあるのではない。

価値は、獲ったあとにどう扱うか、どう伝えるか、どう信頼を積み上げるかによって生まれる。

魚種変化を、危機だけで終わらせない

温暖化による魚種変化は、決して楽観できる話ではない。

これまで地域の漁業を支えてきた魚が減ることは、漁師の収入にも、加工業にも、食文化にも大きな影響を及ぼす。

魚が変わるということは、単に水揚げされる魚の名前が変わるだけではない。

漁具が変わる。漁期が変わる。流通先が変わる。料理の仕方が変わる。地域の人がその魚をどう食べるかも変わる。

だから、魚種変化は地域にとって大きなストレスである。

一方で、変化してしまった海にどう適応するかという視点も必要になる。

山形や鳥取のサワラの事例は、変化をそのまま受け入れるだけでなく、地域の技術と物語によって新しい価値へ変えていく動きだ。

「今まで獲れていた魚が減った」だけで終わらせない。

「新しく獲れる魚を、地域の食文化へどう組み込むか」と考える。

この転換が、これからの水産業には必要になっていく。

食文化は、固定された伝統ではない

食文化という言葉には、長く続いてきたもの、昔から変わらないものという響きがある。

けれど、本当の食文化は、変化の中で育ってきたものでもある。

気候が変わる。物流が変わる。保存技術が変わる。市場が変わる。人々の味覚や暮らし方が変わる。

そのたびに、地域の食は少しずつ姿を変えてきた。

サワラも同じだ。

かつては別の地域の印象が強かった魚が、日本海側で水揚げされ、地域の技術で鮮度を保ち、料理人や市場に評価され、やがて地域の食文化として受け入れられていく。

それは、伝統が失われることではない。

むしろ、地域が生き続けるために、食文化が更新されているということだ。

海が変わるなら、食文化も変わる。

その変化をどう受け止め、どう磨き、どう次の世代へ渡すか。

サワラは、温暖化時代の食文化の入口に立っている。

地域ブランドは、海と市場をつなぐ翻訳である

魚は、獲れただけでは価値にならない。

その魚がどこで獲れ、誰が獲り、どのように処理され、どんな基準で選ばれ、どのような味わいを持つのか。

それを市場や料理人、消費者に伝えることで、初めて価値は共有される。

地域ブランドとは、その翻訳作業である。

海の変化を、食卓に届く言葉へ変える。漁業者の技術を、品質として見える化する。地域の努力を、価格や評価につなげる。

庄内おばこ®サワラも、淀江がいな鰆も、単なるネーミングではなく、品質管理と信頼の仕組みを持っている。

だからこそ、市場で評価される。

そして、その評価が漁業者の経営改善につながり、さらに技術の向上や次の挑戦へつながっていく。

水産庁は、鳥取の淀江がいな鰆について、ブランド条件を満たさなかったサワラもブランド立ち上げ以前より高い価格で取引されるなど、鳥取県におけるサワラの市場価値向上に貢献していると紹介している。

ブランドは、一部の高級品だけを持ち上げるものではない。

地域全体の魚の価値を押し上げる仕組みにもなり得る。

温暖化時代の漁業に必要なもの

これからの漁業は、海の変化と向き合い続けることになる。

水温が変わり、魚の分布が変わり、漁期や漁場が変わる。これまでの経験則だけでは対応しきれない場面も増えていくかもしれない。

そこで必要になるのは、現場の知恵と科学の接続である。

漁師が海で感じる変化。研究機関が行う品質評価や資源調査。行政が整える支援制度。市場や料理人が持つ評価の視点。消費者が受け入れる新しい食べ方。

それらがつながることで、変化する海に対する適応力は高まっていく。

山形や鳥取のサワラの事例は、まさにその接続の上にある。

漁業者だけではなく、研究所、漁協、行政、流通、料理人、観光が関わることで、魚は地域ブランドへと育っていく。

海の変化に対して、地域がチームで向き合う。

それが、温暖化時代の水産業に求められる姿なのかもしれない。

獲れる魚が変わると、地域の未来も変わる

サワラが日本海側で価値を持ち始めていることは、単なるグルメニュースではない。

それは、海の変化を地域がどう受け止め、どう価値に変えていくかという、社会の変化そのものでもある。

獲れる魚が変わる。

漁師の仕事が変わる。

市場の評価が変わる。

料理人の表現が変わる。

地域の食卓が変わる。

そして、地域の物語が変わる。

環境問題は、しばしば失われるものの話として語られる。

もちろん、失われるものを見つめることは必要だ。

しかし同時に、変化する環境の中で、地域がどのように新しい価値をつくるのかも見ていく必要がある。

庄内おばこ®サワラと淀江がいな鰆は、その可能性を示している。

海が変わる時代に、食文化はどう変わるのか。

地域は、その変化をどう受け止め、どう編集し、どう未来へ届けるのか。

日本海のサワラは、温暖化時代の地域ブランドとして、静かにその答えを探している。


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NEOTERRAIN Journalでは、これからも日本各地の海に起きている変化を、環境・漁業・食文化・地域ブランドの視点から読み解いていきます。

参考資料・引用元

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