NEOTERRAINの書籍・Tシャツ・トートバッグを公開中

田んぼは温室効果ガスを出しているのか—米づくりとメタン削減の現在地

朝霧に包まれた水田の水面に波紋が広がり、「米をつくりながら、メタンを減らせるか。」の文字を配置したイメージ
朝霧に包まれた水田の水面に波紋が広がりイメージ

初夏、水を張った田んぼに空が映る。

風が止まれば、水面は鏡のように静まり、植えられたばかりの苗が規則正しく並ぶ。

水田は、日本の原風景である。

米を生産する場所であると同時に、雨水を蓄え、生きものを育み、地域の景観を支えてきた。

ところが、その穏やかな水面の下では、目に見えない気体が生まれている。

メタンである。

水田から排出されるメタンは、日本のメタン排出量の約4割を占める。2024年度には、稲作から約1,184万トンの温室効果ガスがCO₂換算で排出されたと推計されている。

田んぼは、なぜメタンを出すのか。

水を抜く期間を長くすれば、本当に排出量を減らせるのか。

そして、気候変動対策の負担を、農家だけに求めてよいのだろうか。

Contents

水田は、なぜメタンを発生させるのか

メタンは、二酸化炭素と同じ温室効果ガスの一つである。

大気中に存在する期間は二酸化炭素より短いものの、一定期間に地球を温める力は強い。農林水産省の資料では、メタンの温室効果は100年間で二酸化炭素の約28倍として計算されている。

水田でメタンが発生する理由は、水を張った土の中にある。

水田に水が張られると、土壌中に酸素が届きにくくなる。酸素の少ない状態になると、「メタン生成菌」と呼ばれる微生物が活動し始める。

土壌に含まれる有機物や、すき込まれた稲わらなどが微生物によって分解され、二酸化炭素や酢酸などが生じる。さらに、それらを材料としてメタンが作られる。

発生したメタンの多くは、稲の根から茎を通り、大気中へ放出される。

つまり、メタンは工場の煙突のように目に見える場所から排出されるのではない。

水面の下で作られ、稲そのものを通って空へ出ていく。

日本の農業において、水田メタンは小さくない

日本全体で見れば、農林水産分野からの温室効果ガス排出量は、総排出量の4.4%である。

一見すると、それほど大きな割合ではないように見える。

しかし、農林水産分野の中では、稲作からの排出量は無視できない。

2024年度の農林水産分野の温室効果ガス排出量は、CO₂換算で約4,638万トン。そのうち稲作は約1,184万トンを占める。

燃料を使う農業機械や施設だけでなく、田んぼの土壌そのものからも温室効果ガスが発生しているのである。

ただし、ここで「田んぼは環境に悪い」と結論づけるのは早い。

水田には、洪水の緩和、地下水の涵養、生物の生息環境、地域文化や景観の維持など、排出量だけでは測れない役割がある。

必要なのは、水田をなくすことではない。

米を作り続けながら、メタンの発生をどう抑えるかという視点である。

「中干し」とは何か

水田は、稲の生育期間を通して、常に水を張っているわけではない。

田植えからしばらくすると、一度水を抜き、田面を乾かす作業が行われる。これが「中干し」である。

中干しには、稲の根を健全に保ち、過剰な分げつを抑え、収穫時に農業機械が入りやすい地面を作る役割がある。

そして、水を抜くことで土の中に酸素が入り、メタン生成菌の活動が抑えられる。

農研機構などの研究では、一般的な中干しより期間を1週間程度延長することで、水田からのメタン排出量を約30%削減できると報告されている。

新しい設備を大規模に導入するのではなく、水管理の方法を変える。

比較的取り組みやすい温暖化対策として、国も中干し期間の延長を推進している。

乾かせばよい、というほど単純ではない

中干しの期間を長くすれば、メタンの排出を抑えられる。

しかし、田んぼを長く乾かせばよいわけではない。

土壌が過度に乾燥すると稲の根が傷み、その後の生育や収量に影響する可能性がある。全国8県で行われた栽培試験では、中干し期間の延長により平均で3%程度の減収が確認された。

地域によっては増収した例や、米の品質が向上した例もあるが、結果は気象、土壌、水の管理、品種によって異なる。

排水性の高い田んぼと、水が抜けにくい田んぼでは、同じ7日間でも土の乾き方が違う。

寒冷地では、長期間水を抜くことで地温が下がり、冷害のリスクを高める可能性もある。

さらに、カドミウム濃度が高い地域では、米への吸収を抑えるため、出穂期の前後に水を張った状態を保つことが重要になる。

温室効果ガスだけを減らそうとして、食品の安全性や収量を損なってはならない。

中干し延長は、全国で同じ日数を一律に適用する対策ではなく、田んぼごとの状態を見ながら行う技術なのである。

田んぼの生きものには、どんな影響があるのか

水田は、稲を育てる生産設備であると同時に、人工的な湿地でもある。

カエル、ドジョウ、メダカ、水生昆虫、貝類など、さまざまな生きものが水田や水路を利用している。

中干しによって水がなくなる時期は、生きものの成長時期と重なることがある。

オタマジャクシがまだ変態を終えていない時期に田面が急速に乾けば、生息場所を失う。水生昆虫や魚類も、水路へ移動できなければ取り残される可能性がある。

温室効果ガスを減らすための水管理が、生物多様性を損なうこともあり得る。

そこで考えられているのが、水田の一部に水が残る溝やくぼみを設ける「江」の設置、作付時期の分散、水路との連続性の確保などである。

農林水産省も、中干し延長によって水生生物への影響が想定される地域では、江の設置など地域の実情に応じた対策を検討するよう求めている。

大切なのは、温暖化対策と生物多様性を別々に考えないことだ。

メタンを減らしながら、生きものが逃げられる場所を残す。

その土地に合った水管理を組み立てる必要がある。

稲わらを、いつ土に戻すか

メタンの発生量を左右するのは、水の管理だけではない。

土の中に、メタンの材料となる有機物がどれだけ存在するかも関係する。

収穫後に残った稲わらを春にすき込み、すぐに水を張ると、十分に分解されていない有機物がメタン生成菌の材料になる。

そこで、稲わらを収穫後の秋にすき込み、田んぼへ水を張る前に分解を進めておく「秋耕」が、メタン削減策の一つとして注目されている。

中干しの延長が、栽培期間中のメタン生成菌の活動を抑える方法だとすれば、秋耕は、メタンの材料を事前に減らす方法といえる。

ただし、秋は稲刈り後の作業が集中しやすい。

天候が悪ければ土がぬかるみ、機械を入れられない場合もある。農家にとっては、新たな作業と燃料費が発生する可能性もある。

技術として有効であることと、現場で継続できることは同じではない。

メタン削減を「環境価値」に変えるJ-クレジット

2023年、水稲栽培における中干し期間の延長が、国のJ-クレジット制度の対象になった。

過去の中干し実施日数より7日間以上延長し、必要な記録を残すなどの要件を満たせば、削減された温室効果ガスをクレジットとして認証できる。

企業は、そのクレジットを購入し、自社の温室効果ガス削減目標などに活用する。

これまで農家の環境対策は、手間やリスクが増えても、直接的な収入には結びつきにくかった。

J-クレジットは、水管理によって生まれた環境価値を、農家の新たな収益へ変える可能性を持つ。

2025年産では、中干し期間延長の取組面積が全国で約7万9,700ヘクタールまで広がったと農林水産省は報告している。

ただし、一つひとつの農家が排出削減量を計算し、申請するのは簡単ではない。

そのため、複数の農家を取りまとめる企業や団体が、計測、記録、申請、クレジット販売を支援する「プログラム型」の取組が中心になっている。

ここでは、農家にどれほど利益が還元されるのか、契約内容が明確か、長期的に続けられる制度かという視点も必要になる。

環境価値が生まれても、その対価の大部分が仲介側に残るのであれば、現場の持続性にはつながらない。

環境に配慮した米は、店頭で見分けられるか

消費者が店頭で米を選ぶとき、産地、品種、価格は確認できる。

しかし、その田んぼでどのような水管理が行われ、どれだけ温室効果ガスが削減されたのかを知る機会は少ない。

農林水産省は、農産物の環境負荷低減への貢献を星の数で示す「みえるらべる」を展開している。

米については、化学肥料や農薬の削減だけでなく、水田の水管理によるメタン削減、生物多様性を守る取組も評価対象になる。

こうした表示が広がれば、消費者は価格だけでなく、どのように作られた米なのかを基準に選べるようになる。

ただし、ラベルを付けるだけでは不十分である。

なぜ田んぼからメタンが出るのか。

農家はどのような工夫をしているのか。

中干し延長にはどのようなリスクがあるのか。

背景にある物語まで伝わって、初めてラベルは選択の理由になる。

農家だけに、気候変動対策を背負わせない

水田からのメタン排出を減らすためには、農家が水位を確認し、適切な時期に水を抜き、田面の状態を記録しなければならない。

地域によっては、水路から田んぼへ自由に水を入れられるとは限らない。水管理が集落単位で行われ、一つの田んぼだけ中干し期間を変えることが難しい場合もある。

気候変動対策は、農家個人の努力だけでは成立しない。

土地改良区、JA、自治体、研究機関、クレジットを購入する企業、米を販売する小売事業者、そして消費者まで含めた仕組みが必要になる。

例えば、田んぼごとの水位を把握するセンサーの導入、水門の遠隔操作、地域に適した中干し期間の実証、収量減少時の支援、環境配慮米の販路づくりなどが考えられる。

メタンを減らすために増えた作業やリスクを、米の価格やクレジット収入に反映させなければ、取組は続かない。

田んぼは、排出源であり、環境を支える場所でもある

水田はメタンを排出する。

それは事実である。

しかし、田んぼを温室効果ガスの排出源としてだけ捉えれば、水田が地域で担ってきた多くの役割を見失う。

食料を生産する。

雨水を一時的に蓄える。

地下へ水を浸透させる。

鳥やカエル、水生昆虫の生息場所になる。

農村の景観や祭り、暮らしの時間を形づくる。

必要なのは、こうした機能を残しながら、目に見えないメタンの発生を減らしていくことだ。

水を抜く期間を少し延ばす。

稲わらを早い時期に土へ戻す。

生きものが逃げ込める水辺を残す。

削減した環境価値を測り、農家の収入につなげる。

環境に配慮して作られた米を、消費者が選ぶ。

水田メタンの問題は、農法だけの問題ではない。

米づくりの価値を、社会がどのように評価するかという問いでもある。

田んぼの水面から空へ放出されるメタンは、目には見えない。

しかし、その排出を減らす農家の努力まで、見えないままにしてはならない。

日本の原風景を残しながら、気候変動にも向き合う。

その両立は、水田を悪者にすることではなく、米づくりを次の時代へ更新することから始まる。


参考資料

記事抜粋案:
水田から発生するメタンは、日本のメタン排出量の約4割を占めます。中干し期間を延ばせば排出量を約30%削減できる一方、収量や生物多様性への影響も考えなければなりません。米づくりを続けながら温室効果ガスを減らす方法を探ります。

この記事が響いたら、シェアしていただけると嬉しいです。
  • URLをコピーしました!
Contents