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昆布の森が消える日──北海道の海で起きている“磯焼け”という静かな異変

北海道の冷たい海を水上と水中で分けて写した風景。水面下にはまばらな昆布と岩場、ウニが見え、磯焼けによる海藻の衰退を表している。
北海道の冷たい海を水上と水中で分けて写した風景。

北海道の海と聞くと、多くの人は豊かな漁場を思い浮かべる。

冷たい海。
澄んだ水。
昆布、ウニ、サケ、ホタテ。
そして、海から食卓へと届く、北の恵み。

けれど今、その海の底で、静かな異変が起きている。

それは、海藻が消えていく現象。
海の森がやせ細り、岩場が白く、荒れたように見える現象。

「磯焼け」と呼ばれる問題だ。

磯焼けは、見た目には派手な災害ではない。
津波のように一瞬で街をのみ込むわけでもなく、赤潮のように海の色が変わるわけでもない。

しかし、海藻が消えるということは、海の生態系の土台が失われるということでもある。

昆布は、ただの食材ではない。
出汁をとるための乾物でも、土産物でもない。

それは、魚や貝、ウニや小さな生き物たちが生きる「海の森」だ。
海藻が茂る場所には、命が集まる。
小さな魚が隠れ、稚魚が育ち、貝類が暮らし、海の中に複雑な生態系が生まれる。

つまり、昆布の森が消えることは、ひとつの食材が減るという話ではない。
北海道の海の構造そのものが変わっていく、ということだ。

Contents

北海道の海を支えてきた、昆布という存在

北海道と昆布の関係は深い。

利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布、真昆布。
地域ごとに名前があり、香りがあり、味わいがある。

料理人は昆布を選び、家庭では出汁として使い、和食文化はそのうま味に支えられてきた。
北海道の海は、日本の食文化の根っこを静かに支えてきたとも言える。

だが、その昆布が育つ場所が、少しずつ変化している。

北海道では、日本海側を中心に藻場の衰退が続いている。
その背景には、海水温の上昇、海流の変化、ウニによる食害、栄養塩の変化、磯場の環境変化など、複数の要因が重なっている。

特に問題となるのが、ウニと昆布の関係だ。

ウニは昆布を食べる。
本来であれば、昆布が十分に育ち、海のバランスが保たれるなかで、ウニもまた漁業資源として成立してきた。

しかし、海水温が高い状態が続くと、冬でもウニの活動が弱まりにくくなる。
昆布の芽が育つ前に食べられてしまえば、藻場は回復しにくくなる。

昆布が減る。
ウニの身入りも悪くなる。
魚や小さな生き物のすみかも減る。
漁業者の収入にも影響が出る。

ひとつの変化が、海の中で連鎖していく。

磯焼けは、海の“空き地化”である

陸上で考えると分かりやすい。

もし、森から木が消えたらどうなるだろうか。
鳥は巣を失い、虫はすみかを失い、土は乾き、風景は変わる。
森が森でなくなることで、そこにあった生態系の関係性がほどけていく。

海の中でも、同じことが起きている。

昆布や海藻が茂る藻場は、海の森である。
その森が消え、岩場だけが残る。
生き物の隠れ場所が減り、餌場が減り、産卵や成長の場が失われる。

磯焼けとは、単に「海藻が少ない状態」ではない。
海の中の暮らしの場が、空き地のようになっていく現象だ。

しかも、この変化はゆっくり進む。

昨日まであった森が、今日突然消えるわけではない。
少しずつ薄くなり、少しずつ戻りにくくなり、気づいたときには、かつての海ではなくなっている。

だからこそ、磯焼けは見過ごされやすい。
観光客が海を眺めても、その変化は分からない。
食卓に昆布が並んでいるうちは、危機感も生まれにくい。

けれど、海の底ではすでに変化が進んでいる。

昆布が消えることは、食文化が揺らぐことでもある

昆布の問題は、環境問題であると同時に、文化の問題でもある。

日本の食文化は、出汁の文化でもある。
味噌汁、煮物、鍋、吸い物、うどん、そば。
和食の奥行きには、昆布のうま味がある。

その昆布の多くを、北海道の海が支えてきた。

つまり、北海道の海で起きている磯焼けは、遠い海の話ではない。
私たちの食卓の根っこに関わる問題でもある。

海の変化は、やがて価格に現れる。
品質に現れる。
漁業者の働き方に現れる。
地域の産業に現れる。
そして、日々の食文化にも現れる。

自然環境問題は、どこか遠くの森や海で起きている話ではない。
それは、私たちが毎日口にしているもの、当たり前だと思っている味、地域の仕事、次の世代に残したい暮らしとつながっている。

昆布の森が消えるということは、北海道の海だけでなく、日本の味覚の土台が揺らぐことでもある。

“守る”だけでは足りない時代へ

磯焼けへの対策は、各地で進められている。

ウニの密度を調整する。
母藻を守る。
藻場を再生するための技術を試す。
海藻の種を供給する仕組みをつくる。
漁業者、研究者、行政、企業が連携しながら、海の森を取り戻すための試行錯誤が続いている。

しかし、問題は簡単ではない。

海水温の上昇は、ひとつの地域だけで止められるものではない。
海流の変化も、気候変動も、漁業者だけの努力で解決できるものではない。

ここに、現代の環境問題の難しさがある。

現場の人たちは、目の前の海と向き合いながら、できることを積み重ねている。
一方で、その背景には、私たちの社会全体のエネルギー消費、気候変動、食の流通、経済のあり方がつながっている。

磯焼けは、海の問題でありながら、社会の問題でもある。

だからこそ、必要なのは「自然を守ろう」という掛け声だけではない。
海の中で何が起きているのかを知り、食べ物の背景を知り、地域の産業が抱える課題を知ること。

そのうえで、自然と経済と文化をどうつなぎ直すのかを考えることだ。

海の森を、もう一度見る

北海道の海は、いまも美しい。

冬の荒波。
冷たい潮。
港に並ぶ漁船。
干された昆布。
食卓に届く北の恵み。

その風景は、観光パンフレットの中では豊かで、力強く、変わらないもののように見える。

けれど、本当の自然は、いつも変化している。
そして今、その変化の速度が、人間の暮らしを追い越し始めている。

昆布の森が消える日。
それは、ある日突然やってくる未来ではない。
すでに、少しずつ始まっている現在である。

私たちは、海の表面だけを見ているのかもしれない。
青く広がる海の下で、何が失われ、何が変わり、誰がその変化に向き合っているのか。

北海道の磯焼けは、私たちに問いかけている。

海の豊かさとは、何か。
食文化を支える自然とは、何か。
そして、失われつつあるものに気づいたとき、私たちは何を選ぶのか。

昆布は、ただの海藻ではない。
それは、海の森であり、地域の産業であり、日本の味覚であり、気候変動のサインでもある。

北海道の海底で起きている静かな異変は、私たちの暮らしと無関係ではない。

海の森を、もう一度見ること。
そこから、次の環境の物語は始まる。

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