広島県の県庁所在地は広島市である。
しかし、県東部に位置する福山市から広島市までは、直線距離でも約80キロ離れている。福山駅から山陽新幹線に乗れば、広島駅だけでなく岡山駅も身近な存在だ。
買い物、通勤、物流、企業間取引を見ても、福山市の経済は必ずしも広島市だけを向いていない。
福山市、尾道市、府中市、三原市、世羅町、神石高原町に加え、岡山県の笠岡市と井原市。さらに2024年には竹原市も加わり、現在の備後圏域連携中枢都市圏は、県境を越えた7市2町で構成されている。竹原市「備後圏域連携中枢都市圏」
行政上の県境を越えて、一つの生活圏と産業圏が形成されているのである。
なぜ備後地方は、広島市とは異なる経済圏を持つようになったのか。
その背景には、福山平野、芦田川、瀬戸内海、山陽道、福山港、そして鉄鋼・造船・機械・繊維・家具が連鎖する産業構造がある。
備後圏は「広島県の東部」ではない。
広島と岡山の間にあり、二つの県をまたいで動く独立性の高い地域なのである。
「広島県東部」という呼び方では見えない地域
現在の広島県は、旧国名で見ると西部の安芸国と東部の備後国を中心に構成されている。
広島市、呉市、東広島市などは安芸国に属し、福山市、尾道市、府中市、三原市の一部、庄原市の一部などは備後国に属していた。
この歴史的な違いは、現在も地域構造に残っている。
広島市を中心とする県西部では、行政、商業、サービス業、自動車産業などが集積する。一方、県東部では福山市を中心に、鉄鋼、造船、機械、繊維、家具などの製造業が独自のネットワークを形成してきた。
備後地方は、単に広島市から離れた周辺地域ではない。
瀬戸内海沿岸を東西に移動する山陽交通と、芦田川流域を南北に結ぶ交通が交差する場所に、福山という別の中心都市が形成されている。
県庁所在地との距離よりも、日常的な移動と企業間取引の積み重ねが地域の輪郭をつくってきたのである。
福山平野は海からつくられた
福山市の中心部は、芦田川の河口部に広がる福山平野に位置する。
しかし、この平野のすべてが最初から陸地だったわけではない。
芦田川が運んだ土砂によって河口に干潟が形成され、江戸時代以降の干拓によって農地や市街地が拡大した。近代以降は臨海部の埋め立ても進み、工業用地や港湾施設が整備された。
福山の都市と産業は、海を後退させながらつくられた土地の上に広がっている。
平地の少ない瀬戸内沿岸において、まとまった土地を確保できることは大きな意味を持った。城下町、農地、鉄道、工場、港湾を近接して配置できたからである。
福山城は、山陽道を押さえる政治・軍事拠点として築かれた。その城下町は、芦田川流域の農村部と瀬戸内海を結ぶ商業拠点へ成長する。
やがて山陽本線、国道2号、山陽新幹線、山陽自動車道が整備されると、福山は広島と岡山の中間に位置する交通拠点としての性格を強めていった。
福山は広島より岡山に近いのか
福山市は広島県に属しているが、市域の東端は岡山県笠岡市や井原市と接している。
福山駅から新幹線を利用した場合、岡山駅は広島駅より近い。一般道路や鉄道を使った日常の移動でも、県境は大きな障壁にならない。
福山市東部と笠岡市西部では、住宅地や事業所が連続するように広がっている。内陸部では、福山市の神辺地域と岡山県井原市が道路や鉄道で結ばれている。
企業にとっても、取引先や人材を県単位で分ける合理性は低い。
部品の供給、製品の輸送、従業員の通勤は、行政区分より距離、時間、道路状況によって決まる。
そのため備後圏では、広島県東部と岡山県西部が一体となった経済活動が生まれた。
現在の備後圏域連携中枢都市圏に笠岡市と井原市が参加していることは、行政が後から地域の実態を追認したものともいえる。
地図に引かれた県境よりも先に、人と産業は県境を越えていたのである。
巨大製鉄所が変えた福山港
福山の産業構造を大きく変えたのが、1960年代に建設された臨海製鉄所である。
広大な工場用地を必要とする製鉄所は、福山港周辺の埋立地に整備された。
鉄鉱石や石炭を海外から大型船で受け入れ、製鉄所内で鉄鋼製品に加工し、国内外へ出荷する。原料輸入、製造、保管、輸送が臨海部で完結する構造である。
現在のJFEスチール西日本製鉄所福山地区は、福山の工業生産と港湾物流を支える巨大な拠点となっている。
福山市の製造品出荷額等では鉄鋼業の比重が大きく、福山市と広島市の2市で広島県全体の製造品出荷額等の5割弱を占める。広島市が自動車を中心とする都市なら、福山市は鉄鋼を中心とする都市という対照的な構造を持つ。日本銀行広島支店「広島県経済の特徴」
製鉄所が立地すると、その周囲には物流、機械整備、建設、設備保守、金属加工、港湾サービスなどの企業が集まる。
一つの巨大工場が存在するだけではない。
巨大工場を中心として、多数の企業と雇用が階層的に結びつく産業生態系が形成されるのである。
福山港は工場の付属施設ではない
福山港の貨物取扱量では、製鉄所に関連する原料や鉄鋼製品が大きな割合を占める。
このため福山港は、製鉄所のための港という印象を持たれやすい。
しかし、福山港は備後地方と岡山県西部を海外市場へ結ぶ物流拠点でもある。
港には外貿コンテナを扱う岸壁が整備され、地域企業の原材料や製品が輸出入されている。福山港は福山市内だけでなく、尾道市、府中市、井原市、笠岡市などの企業にとっても海への出口となる。
山陽自動車道や国道2号を使えば、工業団地や企業集積地から港へ貨物を運ぶことができる。
つまり、福山港の後背地は広島県内で完結していない。
県境を越えた備後・備中の産業圏が港を利用し、港がその産業圏を世界市場へつないでいる。
港の規模や競争力は、岸壁の深さや設備だけで決まるものではない。背後にどれだけ多様な企業と生産活動を抱えているかによって決まる。
福山港は、臨海製鉄所と地域の中小製造業という二つの産業基盤に支えられた港なのである。
鋼材が地域の産業をつなぐ
鉄鋼は、それだけで最終商品になるとは限らない。
鋼板、形鋼、棒鋼などは、造船、建設、機械、自動車、産業設備へ供給される。
福山で生産された鋼材と、周辺地域に蓄積された加工技術が結びつくことで、備後圏には製造業の連鎖が生まれる。
厚い鋼板を切断する企業、曲げる企業、溶接する企業、表面処理を行う企業、機械部品に加工する企業。それぞれの工程を担う事業者が、地域内に分布している。
この構造では、完成品をつくる大企業だけでなく、特定工程に強みを持つ中小企業が重要になる。
距離が近ければ、短納期の発注や仕様変更にも対応しやすい。技術者同士の意思疎通も速くなる。
産業集積の競争力は、企業の数だけでなく、「必要な加工を地域内でどこまで完結できるか」によって生まれる。
備後圏では、鉄鋼、造船、機械、家具、繊維という一見異なる産業が、加工技術、物流、人材を共有しながら発展してきた。
尾道は海事産業の結節点
福山市の西に位置する尾道市は、瀬戸内海の狭い海峡に面している。
尾道水道の対岸には向島があり、その先には因島、生口島など芸予諸島が続く。
尾道は古くから港町として発展し、海運、倉庫、商業、造船などの機能が集まった。
近代以降、尾道、向島、因島周辺では造船業が成長する。瀬戸内海は波が比較的穏やかで、島と入り江が多く、造船所や修繕拠点を設けやすかった。
地域には造船所だけでなく、舶用機器、エンジン、ポンプ、鉄工、塗装、電装、船舶修繕などの関連企業も集積している。
一隻の船を完成させるには、極めて多くの部品と工程が必要になる。
そのため造船業は、地域の機械加工や金属加工に幅広い需要を生み出す。
尾道の海事産業は、福山の鉄鋼や周辺地域の加工企業とも結びついている。福山が素材と大規模港湾を担い、尾道・因島が造船と海事技術を担うことで、備後沿岸には一つの産業回廊が形成されている。
しまなみ海道が四国へ延ばした経済圏
1999年に全線開通した西瀬戸自動車道、通称しまなみ海道は、尾道市と愛媛県今治市を島伝いに結んでいる。
しまなみ海道は観光ルートとして知られているが、産業地政学の面では、本州と四国の製造業・物流を結ぶ交通路である。
今治市周辺も、日本を代表する造船・海運産業の集積地である。
尾道・因島と今治は、県境だけでなく海を越えながら、造船、船主、舶用機器、修繕などを通じて関係を持ってきた。
橋が完成する以前から海上交通による結びつきは存在していたが、道路によってトラックや人材の移動が容易になったことで、瀬戸内海を挟んだ産業ネットワークはさらに強化された。
ここでも、行政区分より産業の論理が先にある。
備後圏は岡山県西部だけでなく、しまなみ海道を通じて愛媛県東部ともつながっている。
福山、尾道、今治を結ぶ範囲は、瀬戸内海の海事産業を支える広域的なベルト地帯と見ることができる。
府中の家具産業が機械産業へ広がった理由
福山市の北西に位置する府中市は、内陸の都市である。
府中は古くから家具の産地として知られてきた。備後地方で採れる木材、芦田川流域の交通、城下町や都市部からの需要などを背景に、木工技術が蓄積された。
高品質な婚礼家具を中心に発展した府中家具は、木材の選定、乾燥、加工、接合、塗装といった高度な技術を必要とする。
しかし、生活様式の変化によって婚礼家具の需要は縮小した。
地域企業は、住宅設備、収納、建材、業務用家具などへ事業領域を広げていく。
さらに府中市では、工作機械、金型、輸送機器部品などの企業も成長した。
木工と金属加工は異なる産業に見えるが、「素材を精密に加工し、部品を組み合わせ、品質を安定させる」という生産思想には共通点がある。
特定の完成品が売れなくなっても、加工技術や生産管理の能力は別の産業へ転用できる。
府中の事例は、地域産業の本当の資産が製品そのものではなく、技術、人材、企業間関係にあることを示している。
備後の繊維産業は暮らしから生まれた
備後地方では、繊維産業も発展してきた。
備後絣、デニム、ワーキングウェア、縫製など、地域ごとに異なる製品と工程が集積している。
繊維産業が発達した背景には、綿花栽培や農村部の副業、染色技術、瀬戸内海の海運、商人による流通があった。
農作業や工場労働で使われる丈夫な衣服への需要は、ワーキングウェア産業を育てた。福山市周辺には、企画、素材、縫製、加工、販売を担う企業が集まっている。
井原市を含む岡山県西部にはデニムや織布の技術が蓄積されている。
広島県と岡山県の県境は、繊維産業の境界ではない。
糸、生地、染色、縫製、製品企画が県境を越えて分業され、一つの産地を形成している。
備後圏の繊維産業は、「県内産業」という枠では捉えにくい。県境をまたぐサプライチェーンそのものが産地なのである。
多様な製造業はリスク分散になるのか
備後圏には、鉄鋼、造船、機械、家具、繊維、食品など、多様な製造業が存在する。
産業の多様性は、一つの業界が不振になった際のリスクを分散する可能性がある。
鉄鋼需要が減少しても、食品や家具が地域経済を支える。造船市況が悪化しても、機械や繊維の企業が存在する。
ただし、実際には各産業が完全に独立しているわけではない。
鉄鋼、造船、機械は世界景気、資源価格、為替、設備投資の影響を受ける。輸出型製造業が同時に減速すれば、地域全体に影響が広がる。
また、産業の多様性があっても、若い世代から「働きたい仕事」と認識されなければ、人材は定着しない。
優れた技術を持つ企業であっても、知名度が低く、事業内容や将来性が伝わらなければ、採用は難しくなる。
備後圏の課題は、産業を持っていないことではない。
豊富な産業資産を、次世代の雇用、教育、研究、ブランドへ変換できるかどうかにある。
巨大工場への依存という脆弱性
臨海製鉄所は、福山市の雇用、税収、物流、関連産業を支える巨大な存在である。
しかし、一つの大規模事業所への依存は地域の脆弱性にもなる。
世界的な鉄鋼需要の変化、中国など海外メーカーとの競争、原材料価格、エネルギー価格、脱炭素化への設備投資は、製鉄所の生産や雇用に影響する。
鉄鋼業は製造過程で大量の二酸化炭素を排出するため、水素還元製鉄や電炉への転換など、技術的にも資金的にも大きな変革を求められている。
この変化は製鉄会社だけの問題ではない。
設備保守、輸送、資材、建設、港湾サービスなど、周辺企業の仕事にも影響する。
一方で、脱炭素化に向けた巨大投資は、新しい産業を生む可能性もある。
再生可能エネルギー、水素・アンモニアの供給、CO₂の回収・利用、電力網の強化、環境対応船などが地域内で結びつけば、備後圏は従来の重工業地域から「次世代の素材・海事産業地域」へ転換できる。
弱点と機会は、同じ場所に存在している。
人口減少は産業ネットワークを細くする
備後圏の沿岸部には工業都市が連なる一方、内陸部では人口減少と高齢化が進んでいる。
世羅町や神石高原町、府中市北部などでは、公共交通、医療、商業、教育の維持が課題となる。
人口減少は生活サービスだけでなく、製造業にも影響する。
工場で働く人、製品を運ぶ人、設備を保守する人、技術を継承する人が不足すれば、産業集積の密度が低下する。
地域の競争力は、大企業の生産額だけでは測れない。
小規模な加工会社、運送会社、修理事業者などが廃業すると、これまで近隣で完結していた工程を遠方へ発注しなければならなくなる。
時間とコストが増え、地域内の柔軟な生産体制が失われる。
人口減少とは、住民が減る現象であると同時に、産業ネットワークの結節点が一つずつ失われる現象でもある。
行政連携は実際の経済圏に追いつけるか
備後圏域連携中枢都市圏は、福山市を中心に広島・岡山両県の市町が連携する仕組みである。
医療、観光、産業振興、人材育成、公共交通、防災など、一つの自治体だけでは解決しにくい課題に広域で取り組むことを目的としている。
2024年には竹原市が加わり、圏域は7市2町へ拡大した。
この枠組みが重要なのは、人口減少によって各自治体がすべての機能を単独で維持することが難しくなっているためだ。
高度な医療や専門教育は中心都市へ集約しながら、交通やデジタル技術によって周辺地域から利用できるようにする。産業振興では、自治体ごとに企業誘致を競うのではなく、圏域全体のサプライチェーンを強化する。
ただし、広域連携には難しさもある。
自治体ごとに財政、人口構成、産業、優先課題が異なる。福山市への機能集中が進めば、周辺自治体から人や消費が流出する可能性もある。
連携とは、単に中心都市を大きくすることではない。
各地域が持つ機能を見つけ、圏域全体の中で役割を再設計することである。
備後圏に必要なのは「広島か岡山か」ではない
福山市は広島県にありながら、岡山県西部と強く結びついている。
しかし、「広島を向くのか、岡山を向くのか」という二者択一で考える必要はない。
備後圏の価値は、二つの県の間にあることそのものにある。
西には広島市を中心とする自動車・サービス経済圏があり、東には倉敷・岡山を中心とする鉄鋼、化学、物流、商業の集積がある。
南には尾道、因島、今治を結ぶ海事産業圏があり、北には府中、井原、神石高原などの機械、繊維、農林業地域がある。
福山は、これら複数の産業圏が交差する結節点になり得る。
県境に近いことは、中心から遠いという弱点ではない。
複数の中心へ接続できるという強みに変えることができる。
県境よりも先に産業がある
行政は県境によって区切られている。
しかし、材料、部品、製品、労働力、技術は県境で止まらない。
福山の鉄鋼、尾道・因島の造船、府中の家具と機械、井原の繊維、笠岡の工業・物流。これらは自治体ごとに独立しているのではなく、企業間取引と人の移動によって結ばれている。
備後圏の地政学的な本質は、広島県と岡山県の「端」に位置することではない。
瀬戸内海と山陽道に沿って形成された、一つの産業圏の「中心」に位置することである。
福山港はその産業圏を海へ開き、山陽新幹線、山陽本線、国道2号、山陽自動車道が東西の都市を結ぶ。しまなみ海道は、さらに四国の海事産業へネットワークを伸ばしている。
広島県を広島市だけから見ると、福山は東の周縁に見える。
しかし、県境を外し、産業と物流の流れから見れば、福山は広島、岡山、四国をつなぐ結節点として浮かび上がる。
備後圏とは、県境によって分けられながら、産業によって結び直されてきた地域なのである。

