P&G、Apple、花王、無印良品から考える、価値を届ける仕組み
いいものをつくった。技術にも自信がある。使えば、その違いはわかるはずだ。
それでも、商品が選ばれるとは限らない。
売り場に並んだ瞬間、商品は競合と比較される。広告を出した瞬間、別の情報に埋もれる。企業が何年もかけて磨いた価値が、顧客には数秒で判断されることもある。
その距離をどう埋めるのか。
マーケティングの「本場」と呼ばれるアメリカを、日本と比較するときに考えたいのは、この問いだ。
アメリカ企業の事例から学べるのは、価値を見つけ、言葉にし、購入できる場所へ届け、その結果から学ぶ仕組みである。そして、日本にも、その仕組みを独自の形で実践してきた企業がある。
今回はP&G、Apple、花王、無印良品を手がかりに、「いいもの」と「選ばれるもの」の間にある仕事を読み解いていく。企業事例を通じた比較であり、両国の企業すべてに同じ特徴があるとするものではない。
1.マーケティングの本場とは、何が育った場所なのか
アメリカで発展してきたマーケティングを、「広告がうまい」「売り込みが強い」という印象だけで捉えると、その重要な部分を見落とす。
米国マーケティング協会(AMA)は、マーケティングを、顧客や取引先、社会にとって価値のある提供物をつくり、伝え、届け、交換する活動や仕組みとして定義している。
広告は、その中の一つの役割を担う。
どんな人の、どんな問題に応えるか。何をつくり、いくらで、どこで提供するか。使った人がどう感じ、再び選ぶか。
これらを結びつけて考えるのがマーケティングだ。
アメリカを「本場」と呼ぶときは、商売の知恵そのものがそこで始まったというより、こうした活動を企業の組織や専門知として体系化してきた重要な中心地、と捉えると理解しやすい。
宣伝を考える前に、事業の設計がある。
クリエイティブの前に、顧客についての問いがある。
マーケティングの出発点は、何を言いたいかより、誰にどんな価値を届けるかにある。
出典:AMA「Definitions of Marketing」
https://www.ama.org/the-definition-of-marketing-what-is-marketing/
2.P&Gが示す、ブランドを「事業」として扱う発想
P&Gの公式資料は、1931年をブランド管理の仕組みを生み出した年として位置づけている。そこにある考え方は、ブランドについての責任を明確にすることだ。
同社は現在のブランド管理について、商品、包装、ブランドコミュニケーション、小売での実行を一体として扱い、ブランドの成功全体を担う仕事だと説明している。
この発想を読み解くと、ブランドはロゴや広告のイメージを超えて、顧客に価値を届け続ける事業の単位として見えてくる。
たとえば、洗剤の広告で「毎日の負担を減らす」と約束したとする。
しかし、容器が持ちにくい。使い方がわかりにくい。近くの店で買えない。
それでは、広告で伝えた価値は生活の中に届かない。
商品の中身、容器、表示、価格、売り場、広告。担当部署が違っても、顧客はそれらを一つの商品体験として受け取る。
企業の組織図では分かれている仕事を、顧客の経験に沿ってつなぎ直す。
これが、P&Gの事例から学べる重要な視点だ。
日本でも同様の考え方を実践する企業はある。比較の焦点は国籍よりも、自社で誰がその全体を見て、意思決定できるのかにある。
出典:P&G Careers「Marketing and Brand Management」
https://www.pgcareers.com/us/en/us-brand
3.Appleは、技術を「持ち歩ける暮らし」に翻訳した
2001年、Appleは初代iPodを発表した。
当時の公式発表は、ポケットに収まる機器に最大1,000曲を保存できることを、製品の価値として前面に出している。さらに、iTunesとの自動同期や操作のしやすさも説明していた。
ここで注目したいのは、技術的な仕様と、顧客が想像できる経験の関係だ。
保存容量という情報を聞いたとき、顧客は自分で「それで何ができるのか」を計算する必要がある。
一方、1,000曲をポケットに入れて持ち歩けると伝えれば、好きな音楽と一緒に外へ出る自分を想像しやすい。
技術が、生活の場面に置き換わる。
ただし、わかりやすい言葉だけで価値が成立するわけではない。持ち歩ける本体と、音楽を移す仕組みが、その約束を支える必要がある。
本稿では、この組み合わせを「技術と生活をつなぐ編集」と捉えたい。
伝える言葉を磨くことと、その言葉どおりに使える商品をつくることは、つながっている。
出典:Apple「Apple Presents iPod」
https://www.apple.com/newsroom/2001/10/23Apple-Presents-iPod/
4.日本のアタックも、技術を生活の言葉に変えていた
では、日本は性能を説明するだけなのだろうか。
花王の「アタック」を見ると、その見方が単純すぎることがわかる。
1987年に発売されたアタックは、衣料用洗剤のコンパクト化を実現した製品だった。花王は、その登場を「スプーン1杯で驚きの白さ」という言葉とともに振り返っている。
ここでも、技術は生活の場面へと翻訳されている。
少ない量で洗える。容器を小さくできる。
「高濃度」や「コンパクト化」という開発側の言葉が、洗濯をする人にとって理解しやすい行為と結果になる。
Appleの「1,000曲」と、アタックの「スプーン1杯」。
業種も年代も異なるが、どちらも数字によって使用場面を具体化している。前者は持ち歩ける音楽の広がりを、後者は少量で得られる洗い上がりを伝える。
ここから見えてくるのは、アメリカと日本に共通するマーケティングの仕事だ。
企業が持つ技術を、顧客が理解できる変化として表す。
日米比較で学ぶべきなのは、どちらの国が得意かを決めることより、その翻訳が自分の商品でできているかを確かめることだ。
出典:花王「製品のコンパクト化」「アタック ZERO パーフェクトスティック」発表資料
https://www.kao.com/jp/sustainability/planet/zero-waste/compactification/
https://www.kao.com/jp/newsroom/news/release/2023/20230727-001/
5.無印良品は、「何を省くか」を価値にした
もう一つ、日本から考えたい事例が無印良品だ。
良品計画の公式紹介によると、無印良品は1980年、衣料品、生活雑貨、食品の40品目から始まった。ものづくりの原則として掲げているのは、「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡略化」である。
この原則には、価値のつくり方と伝え方が結びついている。
何を足すのかだけでなく、何を省くのか。
どこに費用をかけ、どこを簡素にするのか。
その選択が商品や包装に現れることで、ブランドの姿勢を実際に確かめられる。
本稿の解釈では、無印良品の事例は、ブランドが必ずしも強い装飾や大きな主張だけで成立するものではないことを示している。
ただし、簡素な見た目を真似するだけでは、同じ価値にならない。
素材や工程についての判断があって、その結果として表現が生まれる。表面のデザインだけを借りると、選ばれる理由を支える仕組みが抜け落ちる。
世界観は、企業が繰り返す選択から生まれる。
出典:良品計画「無印良品について」
https://www.ryohin-keikaku.jp/about-muji
6.日米の事例を並べると、四つの仕事が見えてくる
今回の企業事例を整理すると、次のようになる。
| 事例 | 着目する仕事 | マーケティングへの示唆 |
|---|---|---|
| P&G | ブランド全体の責任を明確にする | 商品・包装・広告・売り場をつなぐ |
| AppleのiPod | 技術を具体的な経験へ翻訳する | 使う人の生活で何が変わるかを伝える |
| 花王のアタック | 少量で得られる結果を示す | 使用行為と便益をわかりやすく結ぶ |
| 無印良品 | 素材・工程・包装の原則を貫く | 事業上の選択と表現を一致させる |
この表は、各社の公式資料をもとにした本稿の分析であり、国別の優劣や販売効果を示すものではない。
「アメリカは売り方、日本はものづくり」という区分では、これらの事例を十分に説明できない。
どの企業も、商品と顧客の間に橋を架けている。違うのは、その橋のつくり方だ。
責任を組織に置く。技術を経験に変える。使用場面を具体化する。ものづくりの原則を表現まで通す。
マーケティングの強さは、一つの派手な施策だけでは捉えられない。複数の仕事が、同じ価値に向かってつながっているかを見る必要がある。
7.顧客理解を、組織が使える知識にする
P&Gの公式資料では、顧客・市場についての専門職が、データの分析だけでなく、行動の観察や消費者の声を聞くことにも取り組むと説明されている。
数字で見ることと、人の暮らしを見ることは、互いを補う。
販売データからは、どの商品が選ばれたかがわかる。しかし、それだけで選ばれた理由のすべてがわかるわけではない。
インタビューからは、迷いや使用場面が見えてくる。しかし、一人の発言が市場全体に当てはまるとは限らない。
そこで、観察から仮説をつくり、別の顧客やデータで確かめる。確認した内容を、商品開発や表現、売り場の判断に使う。
たとえば「容器が扱いにくい」という声が出たら、広告コピーを変えるだけで解決しようとせず、形状や使用状況も確認する。
顧客の声を集めることと、顧客の経験を変えることの間には、意思決定の仕事がある。
顧客理解の価値は、知った内容が何を変えたかによって確かめられる。
出典:P&G Careers「Consumer & Market Knowledge」
https://www.pgcareers.com/us/en/us-brand
8.PSELで読む、価値が届くまでの距離
P|Product — 誰の、何を変える商品か
性能の一覧から、使う人の経験へ視点を移す。
1,000曲を持ち歩く。少量で洗濯する。必要な品質を、簡素なかたちで手にする。
その変化を商品が本当に提供できるかが、マーケティングの土台になる。
S|Story — 変化を、どう理解できる形にするか
商品の特徴を並べる前に、受け手に持ち帰ってほしい意味を選ぶ。
数字、場面、言葉、映像。表現の役割は、事業の価値を受け手の生活とつなぐことにある。
E|Energy — 約束を支える仕事は何か
研究、設計、生産、物流、販売、顧客対応。
広告で語る価値は、多くの人の仕事に支えられる。ブランド全体を見るとは、その仕事が同じ約束を実現しているかを確かめることでもある。
L|Land — どんな生活条件で使われるか
住まい、移動、買い物、言語、習慣。使う場所や生活条件によって、同じ商品でも価値の受け取られ方は変わる。
海外の成功事例から学ぶときは、その表現を生んだ条件も見る必要がある。
生活の観察という方法は持ち帰れる。しかし、そこで見つかった答えは、自分の市場でも確かめたい。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
いいものをつくるまでには、長い時間がかかる。
研究室での試行錯誤。工場での調整。素材を選び直す手。顧客の言葉に、もう一度耳を傾ける時間。
その積み重ねが、店頭では一つの箱になり、画面では一枚の画像になる。
マーケティングには、その距離を埋める仕事がある。
アメリカの事例から学べるのは、顧客への価値を事業全体で担う仕組み。日本の事例からも、技術やものづくりの判断を、暮らしの言葉へ変える実践が見えてくる。
つくる人の論理と、使う人の時間。
その二つが出会う場所を、丁寧に設計する。
商品の中に積み重なった仕事を、誰かが選べる理由に変える。その編集に、マーケティングとクリエイティブの接点がある。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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