音楽を聴いているだけなのに、まだ訪れたことのない土地が身近になる。
レゲエのリズムから、ジャマイカを思い浮かべる。アニメの風景から、日本の街を歩いてみたくなる。
そのとき、人は一つの作品を楽しむと同時に、その向こう側にある暮らしへ関心を向けている。
日本とジャマイカをマーケティングの視点から比較すると、文化が人を動かし、商品や旅に価値を与える仕組みが見えてくる。
ただし、これは両国の国民性を分類する話ではない。ジャマイカの音楽観光と日本のコンテンツ観光を手がかりに、「好き」が「訪れたい」「買いたい」へ変わる過程を考える記事である。
1.レゲエの向こうには、人々の生活がある
ジャマイカのレゲエは、2018年にユネスコの無形文化遺産の代表一覧表に記載された。ユネスコは、西キングストンの社会的に周縁化された人々の文化空間を起源として、複数の音楽的影響が交わって生まれたものと説明している。
その音楽には、社会的不公正への問い、抵抗、愛、人間性への思いが含まれる。心地よいリズムの奥に、生活から生まれた声がある。
マーケティングの視点では、ここに重要な違いがある。
レゲエを南国の雰囲気を演出するBGMとして使うことと、その音楽が生まれた背景まで伝えることでは、受け手の関わり方が変わる。
前者は、気分をつくる。後者は、理解や共感への入口になり得る。
ただし、歴史を説明すれば必ず商品が売れるわけではない。背景を知りたい人に、その背景へ触れる体験を用意できているか。そこまで含めて価値の設計になる。
2.「聴く」から「訪れる」へ——文化は旅の入口になる
ジャマイカ政府観光局は、キングストンのボブ・マーリー博物館やジャマイカ音楽博物館を、音楽文化を体験する場所として紹介している。
音楽への関心は、その音楽が生まれた場所を知る旅につながる。
曲を聴く。人物を知る。暮らした場所や制作の背景に関心を持つ。その場所で、展示を見たり、ガイドの話を聞いたりする。
ここで価値を持つのは、建物の外観だけではない。自分が好きな音楽と、目の前の場所とのつながりである。
日本のアニメにも、似た動きがある。日本政府観光局は、作品に登場する実在の場所を訪ねる「聖地巡礼」を紹介している。
ファンにとっては、日常的な街角や階段も、物語の記憶と重なることで訪れる理由を持つ。
これは、土地が作品によって一方的に価値を与えられるという意味ではない。もともと存在する暮らしや風景に、ファンの記憶が重なり、新しい関係が生まれるということだ。
文化への共感は、場所を選ぶ理由になる。
3.比較すべきは、国民性より「価値のつなぎ方」
今回の二つの事例を整理すると、次のようになる。
| 比較の視点 | ジャマイカの音楽観光 | 日本のアニメを軸にした観光 |
|---|---|---|
| 関心の入口 | 楽曲、アーティスト、音楽文化 | 作品、登場人物、物語の風景 |
| 土地とのつながり | 音楽家の生活や制作、音楽が育った場所 | 作品の舞台やモデルとなった場所 |
| 現地で得られる価値 | 音楽の背景を知り、文化に触れる体験 | 作品の記憶と現実の風景が重なる体験 |
| 設計上の課題 | 音楽を育てた人々や歴史も伝えること | ファンの期待と地域の日常を両立すること |
ジャマイカにも多様な産業があり、日本にも地域に根ざした音楽文化がある。この表は、国全体を二分するものではない。
二つの事例から読み取れるのは、文化の魅力を経済的な価値につなげるには、その魅力を体験できる接点が必要だということだ。
知名度があるだけでは、地域の店での購入や宿泊につながるとは限らない。
訪れる理由が生まれたあとに、何を体験できるのか。誰と出会えるのか。何を持ち帰れるのか。その接点を丁寧に組み立てる必要がある。
4.日本の地域ブランドは、「説明の正しさ」の先へ進めるか
ここからは、比較を踏まえたマーケティング上の考察である。
地域の商品を紹介するとき、私たちは原材料、製法、歴史、品質を説明する。どれも、信頼のために欠かせない情報だ。
一方、それらの情報だけでは、「自分が手にする理由」が見つからない場合もある。
たとえば、同じ器でも、産地と製法を知って選ぶ人がいる。作り手と話した時間を思い出しながら選ぶ人もいる。
同じ食品でも、成分や価格に納得して買う人がいる。その土地で食べた記憶を、自宅でも味わいたくて買う人もいる。
品質を伝える情報に、生活との接点が加わることで、商品はその人にとって具体的な意味を持つ。
ジャマイカの音楽観光から考えたいのは、この「好きなものの向こう側へ近づく」という動きだ。
日本の地域ブランドにも、土地の言葉、働く人の姿、季節の営みがある。それらを商品と結ぶことで、選ぶ理由を広げられる可能性がある。
5.PSELで見る——商品を取り巻く関係まで編集する
NEOTERRAINのPSELで捉えると、文化と商いの関係を四つの視点から考えられる。
P:Product|何を提供するか
楽曲、展示、ガイド付きの見学、宿泊、地域の商品。それぞれについて、顧客がどんな価値を受け取るのかを明確にする。
文化への好意があっても、予約方法や価格、体験内容が分かりにくければ、行動には進みにくい。
S:Story|何が、その価値を生んだか
作品や商品の背景にある人物、暮らし、歴史を伝える。
物語を後付けするのではなく、現場にある関係を調べ、受け手が理解できる形に編集する。そのために取材が必要になる。
E:Energy|何が、人を動かしているか
作り手の意志、表現する喜び、地域の人々の誇り、ファンの熱意。
表面の演出だけでは捉えられない、人が関わり続ける理由を見る。
L:Land|なぜ、その場所なのか
音楽や商品が生まれた土地の条件を考える。
訪問先は、人が暮らす場所でもある。体験を提供する側が無理なく続けられ、地域の生活とも両立する設計が求められる。
四つの視点は、「何を売るか」から、その価値が生まれ、届き、続いていく関係へ視野を広げてくれる。
6.文化の魅力は、誰の利益につながるのか
文化が広く知られることと、その文化を育てた人々に収益が届くことは、別の課題である。
曲が世界で聴かれても、それだけで地域の店や次の世代の音楽家が潤うとは限らない。作品の舞台に人が集まっても、それだけで地域の負担が解消されるわけではない。
だから、文化を活用するマーケティングでは、売上だけでなく、そのお金や機会が誰に届くのかも考えたい。
地元のガイドに仕事が生まれる。作り手から商品を購入できる。地域の店で食事をする。訪問時のルールを伝える。
こうした具体的な接点が、文化への関心を、地域との持続的な関係につないでいく。
7.売る前に、その土地へ近づく理由をつくる
ジャマイカのレゲエと日本のアニメは、異なる歴史を持つ。
それでも、音楽や物語に心を動かされ、その背景にある場所へ近づきたくなるという、人の動きには共通点がある。
商品を届けるには、品質の説明も、価格の納得も、買いやすさも必要だ。
そのうえで、その商品を通じて誰の営みに触れられるのか。その場所でどんな時間を過ごせるのかを考える。
まだ訪れたことのない島が、一曲によって身近になる。
見慣れた街角が、一つの物語によって旅先になる。
マーケティングがつくれるのは、購入のきっかけだけではない。
人と土地のあいだに、関心が生まれる入口でもある。
参考資料
- UNESCO:Reggae music of Jamaica
https://ich.unesco.org/en/RL/reggae-music-of-jamaica-01398 - Jamaica Tourist Board:Culture
https://www.visitjamaica.com/experiences/vacation-experiences/culture/ - JNTO:Anime Tourism
https://www.japan.travel/en/guide/japanese-anime-and-comics/
※文化・観光の事実をもとにしたマーケティング上の解釈は、本記事の考察です。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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