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ワインの国なのに、テレビでワインを宣伝できない——日本とフランス、マーケティングの違いを読む

Colorful collage of a red wine glass and a vintage television, with Japanese text reading “In the land of wine, wine commercials do not air.”
日本とフランスのマーケティングの違い|ワインとテレビ広告

夕方、テレビにビールの広告が流れる。

グラスに注がれる黄金色の液体。立ち上がる泡。仕事を終えた人が、ひと口飲んで表情を緩める。

日本の視聴者にとって、見慣れた広告の風景だ。商品そのもののおいしさに、その一杯がある生活の気持ちよさが重ねられている。

では、この企画を、そのままフランスへ持っていけるだろうか。

ワインの国。食卓に酒があり、土地の名前がボトルに刻まれている国。

ところが、フランスでは酒類のテレビ広告が認められていない。

この事実は、マーケティングを考えるうえで小さくない問いを投げかける。

文化として親しまれているものが、広告では自由に語れない。商品が同じでも、それを社会へ届ける方法は同じにならない。

マーケティングの違いは、国民の好みだけにあるのではない。暮らし、制度、言葉、そして「何を理由に選ぶのか」という、社会の奥行きのなかにある。

Contents

「フランスではCMが効かない」という話をほどく

「フランス人は広告に流されない」「日本ほどテレビCMが効かない」。

こうした話を聞くと、国民性の違いで説明したくなる。日本では周囲の評価が重視され、フランスでは個人の判断が重視される、と。

しかし、それだけで両国のマーケティングを説明するのは難しい。

フランスの広告業界団体SRIが紹介するBUMPの集計では、2025年のメディア広告収入は約198億ユーロ。デジタル広告の伸びが市場を支えている。広告が存在感を失った国というわけではない。[1]

ただし、広告市場が大きいことは、広告の効果が高い証明にはならない。効果を考えるには、まず「効く」という言葉を分解する必要がある。

覚えてもらえること。好感を持ってもらえること。信頼されること。店で手に取られること。そして、買い続けてもらえること。

これらは、つながっていても同じではない。

広告は好きだが買わない人もいる。広告には反発するが、価格や機能に納得して買う人もいる。テレビCMを覚えていなくても、検索したときにブランド名を選ぶ人もいる。

「フランスではCMが効かない」と結論づけるには、どの商品を、誰に、どの媒体で、何を指標として比べたのかが必要になる。

ここから記事の問いを立て直したい。

同じ商品でも、その価値を伝える方法は、社会によってどう変わるのか。

ワインを愛することと、ワインを自由に宣伝することは違う

フランスの酒類広告を理解するうえで重要なのが、1991年のエヴァン法を背景とする公衆衛生法の規定だ。

酒類広告が可能な媒体は限定され、テレビはその対象に含まれていない。酒類の広告が全面的に禁止されているわけではなく、条件のある新聞・雑誌、屋外広告、インターネットなどには広告の余地がある。[2]

日本にも、酒類広告の制約がある。

酒類業界の自主基準では、商品を宣伝するテレビ広告を午前5時から午後6時まで行わないことなどが定められている。企業広告やマナー広告には例外があるが、その場合にも酒類の商品表示や飲酒シーンなどの制限がある。[3]

両国の違いは、「フランスは規制がある、日本は自由」という二択ではない。規制の根拠や媒体の扱い、許される表現の範囲が異なるのだ。

ここには、文化と公衆衛生が同じ社会に共存する難しさがある。

ワインを食や土地の文化として大切にすることと、飲酒を促す商業的な表現を制限すること。両方を抱えるからこそ、その社会の輪郭が見えてくる。

広告の制約は、「何を語るか」にまで及ぶ

違いは、広告を出せる場所だけではない。

フランスの公衆衛生法は、酒類広告の内容についても、原産地、名称、成分、製造方法などの情報に範囲を設けている。生産地のテロワール、受賞歴、原産地呼称、色や香り、味の客観的な特徴への言及も認められている。[4]

ここから先は、制度を手がかりとする考察になる。

例えば、日本のビールCMを企画するなら、「仕事終わりの解放感」や「仲間と過ごす時間」を出発点にすることがあるだろう。商品が生活にもたらす気持ちを、人物と演出で立ち上げる。

一方、フランス向けの酒類広告では、同じ生活場面をそのまま使えるとは限らない。産地や製法など、認められる情報を軸に企画を組み直す必要がある。

そのとき、クリエイターが問われることも変わる。

どんな土壌で育ったのか。どのようにつくられたのか。香りや味を、どんな言葉と造形で伝えるのか。

これは、フランスの広告がすべて理性的で、日本の広告がすべて感情的だという意味ではない。あくまで酒類というカテゴリーにおいて、表現を組み立てる条件が違うということだ。

広告は、感性だけで生まれるのではない。社会の制度も、広告の表現を形づくっている。

「テロワール」は、土地が選ぶ理由になるということ

酒類広告の規定に登場する「テロワール」は、マーケティングを考えるうえでも興味深い。

一般に、土壌や気候、地形など、生産地の条件と結びつけて使われる言葉だ。ここで注目したいのは、その言葉が、商品の価値を土地との関係から理解する入口になることだ。

ボトルに入っているのは液体だけではない。

どこで生まれたのか。どんな条件のもとで育ったのか。なぜ、その味になったのか。

こうした説明が、選ぶ理由の一部になる。

これは日本にもある。日本酒の水や米、茶の産地、器を生む土、染織を支える土地の技術。地域の条件を知らなければ、商品の違いを十分に説明できない場合がある。

ただ、土地の名前を添えれば価値が生まれるわけではない。

「この土地だから良い」と言うだけでは、受け手には違いが分からない。土地の条件が、実際の品質や使う人の体験へどうつながるのかを示す必要がある。

地域を伝える仕事とは、風景をきれいに見せることに加えて、その場所と商品との関係を読み解き、選ぶ理由へ編集することでもある。

NEOTERRAINが土地を見つめる視点と、マーケティングはここでつながる。

英語のコピーは、「おしゃれ」で終わらない

もう一つ、日仏の違いを考える入口になるのが言葉だ。

日本の広告では、英語が意味を伝えると同時に、音や文字の形によって印象をつくることがある。短い英語のコピーが、軽快さや海外の空気を感じさせる。

フランスでは、1994年のトゥーボン法に基づき、広告でのフランス語の使用が求められる。ARPPの説明では、外国語を使う場合、原則として広告内容が理解できるフランス語訳を付ける必要がある。商標などには扱いの違いがあり、英語そのものを一律に禁止する制度ではない。[5]

この制度から考えられるのは、言葉にはデザインと情報の両方の役割がある、ということだ。

ブランド側が「雰囲気で伝わる」と考えていても、受け手にとって理解できるとは限らない。

美しく見える言葉と、買うかどうかを判断できる言葉。その二つを、どこで両立させるのか。

海外向けの広告は、翻訳した瞬間に完成するのではない。読む人が理解できるか、どんな印象を受けるか、その市場の制度に合っているかまで含めて、言葉を設計し直す必要がある。

「日本は安心、フランスは美意識」で片づけない

国を比較すると、短い対比が欲しくなる。

日本は安心を売り、フランスは美意識を売る。日本は有名人、フランスはブランドの思想。

こうした言い方は覚えやすい。しかし、覚えやすさのために、見えなくなるものもある。

日本にも作家性や美意識を前面に出すブランドがある。フランスにも価格や機能、購入のしやすさを訴える商品がある。さらに同じ国でも、世代、所得、地域、商品カテゴリーによって選び方は変わる。

比較するなら、国民の性格を決める前に、条件をそろえて広告を見るほうが役に立つ。

同じ価格帯の化粧品。同じ用途の食品。同じ顧客層へ向けた自動車。

そのうえで、誰が語るのか、何を証拠にするのか、どんな生活場面を描くのか、どこで買えると伝えるのかを観察する。

一つの広告で見つけた特徴を、その国全体の性格へ広げない。複数の事例を並べ、共通点と例外の両方を拾う。

その作業によって、文化の違いが、企画に使える具体的な知識になる。

マーケティングは、商品から購入後まで続いている

そもそも、マーケティングはCMだけではない。

商品の仕様、価格、売り場、説明、配送、接客、返品への対応。顧客が知り、選び、使うまでの仕組み全体に関わる。

広告を現地向けに整えても、売り場で見つからなければ買えない。魅力的に見えても、説明が理解できなければ不安が残る。購入できても、期待と実物が違えば次にはつながらない。

したがって、日仏のマーケティングを比較する際には、広告表現の違いから始めながら、購入を支える環境まで視野を広げたい。

その商品は、どんな店で出会うものなのか。店員の説明を聞いて選ぶのか。自分で比較するのか。購入後に、どんな対応を期待しているのか。

これらは、国名だけでは分からない。対象とする顧客と市場を調べて、初めて見えてくる。

広告を翻訳することは、選ぶ理由を読み直すこと

日本で成功した企画をフランスへ持っていく。

そのとき必要なのは、日本語のコピーをフランス語へ置き換える作業だけではない。

使える媒体は何か。語ってよい内容は何か。商品の価値を、どんな根拠で示すのか。買う人が理解できる言葉になっているか。

さらに、広告の先にある売り場や体験まで、約束を届けられるか。

フランスの酒類広告と言語の制度は、そうした問いを具体的に見せてくれる。

世界には、同じ商品を違う理由で選ぶ人がいる。そして、同じ魅力を違う方法で伝えなければならない社会がある。

ワインの国で、テレビのワイン広告が見られない。

その意外性の先にあるのは、文化を単純なイメージで理解しないための手がかりだ。

広告を翻訳するとは、その社会で、人が何を信じ、何を理由に選ぶのかを読み直すことでもある。

参照資料

制度・市場データは2026年9月時点の公開資料を参照。制度が広告の価値表現に与える影響は、本文で示した筆者の考察であり、日仏の広告効果を直接比較した実証結果ではない。

  1. SRI:BUMP 2025 — フランス広告市場の年次集計
  2. フランス公衆衛生法 L3323-2 — 酒類広告が認められる媒体
  3. 酒類の広告審査委員会:酒類の広告・宣伝及び酒類容器の表示に関する自主基準
  4. フランス公衆衛生法 L3323-4 — 酒類広告の内容
  5. ARPP:広告におけるフランス語の使用に関する解説

NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。

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