一本のひもに、京都の季節を組む。——京くみひも、装いと暮らしをつなぐ手仕事
着物姿を思い浮かべる。
最初に目に入るのは、着物の色や柄だろうか。それとも、背中に結ばれた帯の姿だろうか。
その装いをよく見ると、帯の上を一本の細い線が横切っている。
帯締め。
面積はわずかでも、その色が入ることで、装い全体の表情が変わる。淡い色を引き締めたり、落ち着いた取り合わせに明るさを添えたりする。
京都で受け継がれてきた「京くみひも」は、そんな小さな場所に、糸の色と技術を重ねてきた工芸だ。
一本のひもをたどると、そこには装いだけに収まらない歴史がある。祈りの場、武具、茶の道具。そして今では、毎日の移動を支える地下鉄にも、その技が使われている。
京都の手仕事は、思いがけないほど身近なところで、今の暮らしにつながっている。
結び、支え、飾る。京都で広がったひもの役割
ひもは、人がものを包み、運び、身に着けるとき、いつも近くにあった。
口を閉じる。ほどけないように留める。大切なものを結んでおく。
そうした働きに、色や文様を表す技術が重なっていった。
京都府の資料によれば、飛鳥・奈良時代に中国や朝鮮から高度なくみひもの技術が伝わり、平安・鎌倉時代には、服飾や巻物、箱、楽器、調度などへ用途が広がった。室町時代には茶道とも結び付き、桃山・江戸時代には庶民にも広まっていったという。pref.kyoto.jp
ここで見えてくるのは、ひもの形の向こうにある、人の営みだ。
装束を整えるためのひも。茶入れを包む仕覆の緒。箱を閉じ、大切なものを収めるひも。
何に使われ、誰が手にし、どんな場に置かれるのか。それによって、求められる色も、形も変わっていく。
京くみひもは、京都に積み重なった文化の細部を担ってきた。
目立つ場所ばかりではない。けれど、その一本がなければ整わないものが、確かにあった。
糸を「組む」という仕事
くみひもは、複数の糸の束を交差させながら、一本のひもにしていく。
京くみひもには丸台、角台、高台、綾竹台などの道具が使われ、つくるひもの種類に応じて組台を使い分ける。材料には絹糸や金銀糸などが用いられる。伝統工芸 青山スクエア
色の異なる糸が、交わる順番を変えながら模様になる。
完成した一本だけを見ると、その模様は初めから糸に備わっていたようにも見える。けれど、細い線が連続する表情は、組み進める動作の積み重ねから生まれる。
そして、その動作に入る前にも仕事がある。
糸割り、糸合わせ、経尺などの準備を経て、組む工程へ進む。その後も房付けや湯のしなどを行い、仕上げていく。特許庁による京くみひもの紹介にも、こうした工程が記されている。経済産業省 特許庁
店先で手に取る一本には、表からは見えにくい準備が含まれている。
糸を整え、組み、仕上げる。その一連の仕事を経て、ようやく誰かの装いに加わることができる。
小さな工芸だから、仕事も小さいとは限らない。
むしろ、細い一本へ収めるために、多くの判断が必要になるのだろう。
細い線で、季節を感じさせる
京都の工芸を考えるとき、色の取り合わせは興味深い入口になる。
一本ずつでは控えめに見える色が、隣り合うことで違う表情を見せる。どの色を、どれだけ見せるか。糸を組む技術は、色の関係を組み立てる技術でもある。
たとえば、帯締めを一本替える。
着物も帯も同じなのに、その日の装いが少し変わる。季節が進んだことや、今日は少し華やかにしたいという気持ちを、細い線に託すことができる。
京くみひもの魅力は、こうした小さな変化を楽しめるところにもあるのではないか。
全体を大きく変えずに、印象を動かす。
その感覚を、現代の生活のなかで具体的に見せている場所がある。京都市営地下鉄だ。
地下鉄の吊手にも、京都の季節がある
京都市営地下鉄烏丸線の20系車両では、一部の吊手の鞘に北山丸太が使われ、その周囲に京くみひもが巻き付けられている。city.kyoto.lg.jp
着物や茶の道具を想像していたところに、通勤や通学の風景が入ってくる。
これは、工芸との距離を変える使い方だと思う。
京都市交通局によると、第1編成から第5編成までは、衣服を重ねたときの色の取り合わせである「襲の色目」がテーマ。第6編成以降は、桜、清流、菊、椿という、植物や自然の風景をテーマにした色が使われている。city.kyoto.lg.jp
地下を走る車両のなかに、四季の色がある。
急いで乗り込んだ日は、気付かないかもしれない。けれど、ふと目を上げたとき、木と糸を使った細部に出会う。その理由を知ると、いつもの移動の景色が少し違って見える。
工芸を知るために、特別な場所へ出かける入口もある。
同時に、毎日使う場所へ工芸が入ってくる入口もある。
京くみひもの可能性は、その両方に開かれている。
今の身体に合う、新しい役割を探す
宇治で組紐づくりを続ける昇苑くみひもは、手組の技術を継承しながら、製紐機も活用してものづくりを行っている。島津製作所の紹介ページに寄せた同社の言葉では、和装に加え、アクセサリーやジュエリー、建築などへ用途を広げていることが分かる。島津製作所
ここには、受け継いだ技術を、今ある必要へつなぐ姿勢がある。
2026年には、昇苑くみひもから手組みの肩掛け組紐も発表されている。一本のなかで組み方を変え、肩に当たる部分には丸い八つ組を用いるなど、装いと使い方を考えた製品だ。昇苑くみひもウェブショップ
美しいから身に着けたい。
身体に触れる部分が心地よいから、使い続けたい。
そうした実感から、工芸との付き合いが始まることもある。
歴史を詳しく知らなくても、最初の一本を選ぶことはできる。使っているうちに、組み目の違いや色の組み合わせが気になり、つくり手の仕事を知りたくなる。
暮らしに入ることで、関心が育っていく。
その道筋を増やすことは、技術を次へ渡すうえでも、大切な仕事になるはずだ。
受け継ぐ手が、続けて働けるために
工芸の継承を考えるとき、後継者を育てることに目が向きやすい。
ただ、技術を学んだ先には、その技術で働き続ける時間がある。
注文を受け、材料を用意し、つくり、届ける。次の製作を考えられるだけの収入と、技術を磨く機会が必要になる。
京くみひもの用途の広がりを見ていると、継承には、仕事を生み出す相手も必要なのだと感じる。
装いを提案する人。製品を設計する人。建築や公共空間を考える人。そして、気に入った一本を日々使う人。
職人の技術に、別の分野の知識や生活の実感が加わることで、新しい役割が見つかる。
その接点をつくることも、工芸を支える仕事のひとつだろう。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
京くみひもの資料を読んでいて、地下鉄の吊手に使われていることが、強く印象に残った。
京都の伝統というと、私たちは寺社や着物、茶の湯の風景を思い浮かべる。
けれど、その技術は、通勤する人の頭上にもある。季節の色をまといながら、今日の街を走っている。
このことに、工芸の未来を考える手掛かりがあるように思う。
いつもの生活のなかで、きれいだと感じる。使いやすいと感じる。そこから、その一本に重なった仕事を知る。
背景を知ったあとには、同じ色も、同じ組み目も、少し違って見えるはずだ。
京くみひもを受け継ぐということは、組み方を残すこととともに、その一本が必要とされる場面をつくり続けることでもある。
次は、どんな暮らしのそばで、この糸が組まれていくのだろう。
参考資料
- 京都府「京くみひも」
- 伝統工芸 青山スクエア「京くみひも」
- 特許庁「商標登録第5018488号 京くみひも」
- 京都市交通局「『北山丸太』製の吊手の鞘に『京くみひも』を活用」
- 島津製作所「技と業 Craftech|京くみひも」
- 昇苑くみひも ウェブショップ
※本記事は自治体・関係機関・事業者の公開資料をもとに構成しています。現地取材・職人への直接インタビューは行っていません。
文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal

