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日本の職人と伝統|47都道府県・奈良編

高山茶筌と抹茶の入った茶碗、背景に竹の寒干しを描いた水彩画。「一服のお茶に、竹の歳月がほどける。」の文字が添えられている。
高山茶筌と抹茶の入った茶碗、背景に竹の寒干しを描いた水彩画

一服のお茶に、竹の歳月がほどける。——奈良・高山茶筌、穂先に宿る手仕事

茶碗に抹茶を入れ、湯を注ぐ。

茶筌を動かすと、緑の表面に細かな泡が生まれる。手を止め、茶碗を持ち上げる。湯気とともに、茶の香りが近づいてくる。

慌ただしかった気持ちが、その一服のあいだ、目の前へ戻ってくる。

その時間を支えているのは、茶と湯、茶碗、そして一本の竹からつくられた道具だ。

持ち手から伸びる、細い穂。先へいくほど薄く削られ、柔らかな曲線を描いている。完成した姿を見ると、これほど繊細なものが、もとは一本につながった竹だったことに驚く。

奈良県生駒市高山町で受け継がれてきた「高山茶筌」。

その小さな道具をたどると、一服のお茶よりも、ずっと長い時間が見えてくる。

Contents

古都の北に、茶の時間を支える里がある

奈良の手仕事を訪ねる道は、寺社が集まる街の中心から、少し離れた場所へも続いている。

生駒市の北端にある高山町。茶筌や茶道具など、竹を使うものづくりが受け継がれてきた地域だ。

高山茶筌の始まりは室町時代にさかのぼると伝えられる。奈良県の紹介では、高山領主の次男・宗砌が、村田珠光の依頼でつくったことが起源とされ、その技は代々受け継がれてきたという。pref.nara.lg.jp

茶筌は、茶の湯の場で使われる。

けれど、点てられたお茶を受け取る側からは、道具をつくる里の存在は見えにくい。

茶碗の姿や茶の香りに心を向ける、その手前に、竹を選び、割り、削ってきた人がいる。

高山の仕事は、離れた場所にいる誰かの一服へ、静かにつながっている。

茶筌づくりは、冬の竹から始まる

材料となる竹は、切ればすぐに茶筌になるわけではない。

奈良県の資料によれば、材料には冬に伐採し、油抜きや天日乾燥を行った淡竹、黒竹、真竹などが使われる。高山竹林園の工程紹介にも、冬に切り出した竹を厳寒期にさらし、貯蔵してから加工することが記されている。pref.nara.lg.jp

竹が育つ時間がある。

切り出し、乾かし、材料として整える時間がある。その先に、小刀を使う仕事が待っている。

冬、高山では竹を広げて干す「寒干し」が行われる。茶筌工房の翠華園も、この里で続く風景を紹介している。yasaburo.com

完成した茶筌を見ていると、その淡い色や軽やかな姿に目を奪われる。

しかし、その姿へ至るまでには、寒い季節を越す仕事が含まれている。

茶筌の価格や製作の手間を考えるとき、作業台の上だけを見ていては届かない部分がある。職人が削り始める前から、この道具のための時間は進んでいるのだ。

一本の竹を、細い穂へ分けていく

茶筌を近くで見ると、穂が持ち手の竹から続いていることが分かる。

細い竹片を一本ずつ植え付けたものではない。

高山竹林園が紹介する工程では、まず竹を割り、内側の身を取り除く「片木」を行う。さらに細かく割る「小割り」を経て、穂となる部分をつくっていく。生駒市高山竹林園|奈良県生駒市

割るという動作が、これほど細かな形を生み出す。

そのことに、植物の性質と手仕事の近さを感じる。

生駒市の資料では、茶筌は形や竹の種類などによって60種以上に分けられ、用途や流儀に応じた穂先を、主に小刀で形づくると説明されている。生駒市デジタルミュージアム

一見するとよく似た道具にも、違いがある。

どのお茶を、どのように点てるのか。受け継がれてきた作法や使い方が、道具の形に表れている。

茶筌は、竹を細かく加工したもの。その説明だけでは収まらない、使い手との関係を持っている。

「味削り」という名前に込められた仕事

製作工程のなかに、忘れがたい名前がある。

「味削り」。

穂先になる部分を湯に浸し、内側を削っていく仕事だ。根元から先へ向かって薄くし、茶筌の形に応じて穂を整えていく。高山竹林園では、茶の味を左右すると言われるほど重要で、最も難しい工程として紹介されている。生駒市高山竹林園|奈良県生駒市

竹を削る仕事に、「味」という字が入っている。

その名前は、職人の仕事の行き先を教えてくれる。

仕上がった形の先に、茶碗のなかで動く穂があり、お茶を点てる人の手があり、それを飲む人がいる。

薄く削ることも、曲線を整えることも、使われる場面へつながっている。

見た目の繊細さに感心したあとで、この工程を知ると、茶筌を見る目が変わる。美しい形そのものが、道具として働くための形なのだと気付く。

抹茶への関心を、産地の未来へつなげられるか

抹茶が注目されれば、茶筌にも関心が向く。

使う人が増えることは、産地にとって機会になる。一方で、注文が増えることと、長くつくり続けられることの間には、考えなければならない条件がある。

奈良県は、高山茶筌について、良質な原料竹が年々少なくなるなど、厳しい環境にあることを紹介している。生駒市の2026年2月の広報でも、後継者や淡竹の調達が課題として語られている。pref.nara.lg.jp

竹林があることと、茶筌に使える竹が安定して届くことは、同じではない。

必要な竹を見極め、切り出し、運び、加工できる状態に整える。その間にも、人の仕事がある。

技術を継ぐ人には、学ぶ時間と、その仕事で暮らしていける見通しが必要だろう。

関心が高まった今、その熱をどのように産地へ届けるか。

完成した茶筌の販売に加えて、材料を支える仕事や、学び手の時間にも価値が届くこと。高山茶筌の未来を考えるとき、そこまで視野に入れたい。

お茶を点てる人が、手仕事の次をつくる

工芸との出会いは、使ってみることから始まってもいい。

休日の朝に、一服のお茶を点てる。

最初は思うようにできなくても、手を動かすうちに、道具の形や穂の動きが気になってくる。どこで、どのようにつくられたのかを知りたくなる。

高山では、そうした関心に応える場もある。高山竹林園では茶筌の製作実演を行い、工房でも見学や体験を通じて、手仕事に触れる機会が設けられている。生駒市高山竹林園|奈良県生駒市

使う。気になる。つくる人を知る。

その順番で、遠かった産地が身近になることもあるだろう。

茶筌を使う一人の時間は小さい。けれど、その時間が重なることで、職人の仕事が必要とされる場面も続いていく。

茶の文化を受け取ることと、道具をつくる文化を支えることは、一本の竹の先でつながっている。

EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

高山茶筌の資料を読みながら、何度も完成品の写真へ戻った。

持ち手の竹と、細く広がる穂。

それが一本につながっている。その構造を見つめているだけで、どこから、どう刃を入れたのだろうと考えてしまう。

そして、「味削り」という言葉を知った。

削る人が見ているのは、竹の形だけではないのだろう。その先で茶を点てる手と、一服を受け取る人の時間まで、仕事は続いている。

私たちは、お茶を飲む数分のために、どれほど長い時間を受け取っているのだろう。

竹が育ち、冬を越え、人の手で穂になる。

次に茶筌を手にするとき、その歳月を少し思い浮かべてみたい。

いつもの一服が、遠くの里とつながる時間になるかもしれない。


参考資料

※本記事は自治体・関係機関・事業者の公開資料をもとに構成しています。現地取材・職人への直接インタビューは行っていません。

文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal

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