米は、ご飯になったあとも、食卓を育てる。
――三五八漬けに息づく、福島の麹と暮らし
白いかぶを切り、小皿に並べる。
表面には、米や麹の粒が少し残っている。ひと口かじると、歯ざわりのあとに塩気が来て、その奥から、やわらかな甘みが広がる。
野菜の味が、どこか丸くなっている。
福島で親しまれてきた「三五八漬け」。初めてその名前を見たら、何の数字だろうと思うかもしれない。「さごはちづけ」と読む、米と麹を使った漬物だ。
塩と麹、そして米を合わせた漬け床に、季節の野菜を漬ける。福島のほか、山形や秋田にも伝わる食文化として紹介されている。うちの郷土料理:農林水産省
ご飯をおいしく食べるための漬物に、米が使われている。
その小さな重なりから、福島の発酵文化をたどってみたい。
三、五、八。名前の中に、つくり方がある
三五八の名前は、塩が三、麹が五、蒸し米が八という配合に由来するといわれている。ただし、実際の配合は家庭や製品によって異なり、農林水産省の紹介にも、別の割合だったという説が記されている。数字は由来を伝えるもので、すべての三五八を同じ配合に定めるものではない。うちの郷土料理:農林水産省
それでも、名前の中に材料の割合が入っていることが、おもしろい。
短い三つの音を覚えれば、塩と麹と米が思い浮かぶ。料理の名前が、つくるための手がかりにもなっている。
米は炊けば、その日の食事になる。
そこに麹と塩を合わせれば、野菜を受け止める漬け床になる。同じ米が、食卓の中で、もうひとつの役割を持ち始める。
三五八には、米を食べることと、米の力を借りてほかの食材をおいしくすることが、隣り合っている。
麹は、米の甘さをひらく
三五八のやわらかな甘みを考えるとき、欠かせないのが麹の働きだ。
米麹は、蒸した米に麹菌を育てたもの。麹菌がつくる酵素には、でんぷんを糖に分解するものや、たんぱく質をアミノ酸などに分解するものがある。こうした働きが、甘みや旨味を生み出す。maff.go.jp
白い粒の集まりに見える麹の中に、食材を変えていく力がある。
私たちは料理をするとき、切る、煮る、焼くといった、目に見える変化を起こす。麹を使う料理では、そのあとにも、酵素の働く時間が続く。
漬け床に野菜を入れ、ふたを閉める。
手を離したあとにも、味は少しずつ変わっていく。
なお、麹を使った漬物を理解するときには、微生物そのものの働きと、麹がつくった酵素の働きを分けて考えるとわかりやすい。三五八漬けも、すべてを乳酸発酵の漬物と同じ仕組みで捉えるのではなく、麹の糖化や食材への味の浸透などが重なる食べ物として見ておきたい。にっぽん伝統食図鑑:農林水産省
その仕組みを知ったあとで、もう一度かぶをかじる。
塩味の向こうにある甘さが、米から届いたものだとわかる。ひと口の中に、畑と田んぼがいっしょにある。
冬に仕込むのは、その先の暮らしのため
農林水産省は、二本松市周辺で受け継がれてきた三五八漬けを紹介している。田畑が多く、野菜が採れる土地で、三五八は食材を使い切る工夫となり、農作業で忙しい時期の食卓にも役立ってきたという。冬の間に漬け床の素を用意する習慣も伝えられている。うちの郷土料理:農林水産省
冬に手を動かし、先の季節の食事を整えておく。
その営みを想像すると、保存食という言葉の意味が少し広がる。
食材を長く持たせるだけでなく、忙しくなる未来の自分や家族のために、食事の支度を少し先へ進めておくことでもあったのだろう。
仕事を終えて帰ってきたとき、すぐに食べられるものがある。ご飯をよそい、漬物を添えれば、食卓がひとつ整う。
三五八の漬け床には、そうした日々を支える役割があった。
季節を読むことと、暮らしの忙しさを見通すこと。その両方が、台所の仕事につながっていた。
ひとつの漬け床に、季節の野菜が入ってくる
夏にはきゅうりやなす、冬にはかぶや大根。
三五八は、季節ごとの野菜を漬けて楽しめる。米麹の甘さと穏やかな香りを持つ漬け床として、製造者もこうした使い方を紹介している。kohseis.co.jp
同じ漬け床でも、入れるものが変われば、食卓の色は変わる。
きゅうりの緑。なすの紫。かぶの白。
その違いを受け止めながら、米と麹は、ひとつずつの野菜に味を添えていく。
土地の料理には、完成した一品として受け継がれるものがある。一方、三五八のように、次に何を漬けようかと考えられる形で受け継がれるものもある。
冷蔵庫に残った野菜を見て、少し漬けてみる。直売所で見つけたかぶを、持ち帰って使う。
食材が変わっても、使い続けられる。その余地が、暮らしに根づく強さなのかもしれない。
台所の味を、店がつないできた
三五八の歴史は、家庭の仕込みだけで続いてきたわけではない。
郡山市の宝来屋本店は、1906年に宝来屋糀店として創業。同社の沿革には、創業時に三五八の素を開発し、沢庵用の商品を郡山駅周辺の旅館などへ販売したことが記されている。e-horaiya.com
家庭の味が商品になると、それまで自分で仕込んでいた人も、つくり方を知らない人も、使えるようになる。
旅館の朝食に出された漬物から、その味を知る人もいただろう。店で買ったひと袋をきっかけに、家の献立へ加わったこともあったはずだ。
つくる人の仕事が、別の人の台所を支える。
郷土の食文化を手渡してきたのは、家族の記憶だけではない。麹を育てる店や、製品に仕上げる会社、日々それを売る場所も、そのつながりを担ってきた。
さらに、同社の沿革には、1993年に魚の漬け込み用として三五八をノルウェーへ輸出した記録がある。e-horaiya.com
福島で親しまれてきた漬け床が、遠い国の魚料理にも使われる。
土地の食文化は、外へ出ることで、また別の使い道を見つけることがある。
今夜仕込んで、明日のひと皿へ
現在は、三五八の素を使って、野菜を一晩ほど漬ける商品も販売されている。野菜だけでなく、肉や魚の下味づけに使えるものもある。使う量や時間、保存方法は製品ごとに確かめたい。e-horaiya.com
大きな桶を置かなくても、麹を一から仕込まなくても、三五八に触れる入口はある。
夕食の支度をしながら、かぶを少し取り分ける。三五八をまぶし、冷蔵庫へ入れる。翌日、味のなじんだところを、小皿によそう。
手間のすべてを自分で担わなくても、食材が変わっていく時間には参加できる。
初めてなら、まずはひとつの野菜で味わってみたい。
塩だけで食べたときとの違いは何だろう。噛んだあとに、どんな甘さが残るだろう。
そうして確かめるひと口から、福島の麹文化が、自分の暮らしにも入ってくる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
三五八を調べていて、米の行き先について考えた。
炊きたてのご飯は、それだけでおいしい。けれど米は、麹と出会うことで、ほかの食べ物のおいしさを引き出す役割も持つ。
自分が主役になるだけでなく、かぶやきゅうり、魚の味を支える。
その働きを知ると、田んぼの風景まで、少し違って見えてくる。そこで育っている米の一部は、いつか漬け床になり、別の畑の野菜と出会うかもしれない。
小皿の漬物に、いくつもの仕事が集まっている。
米を育てる人。麹をつくる人。野菜を収穫する人。そして、明日の食事を思いながら、今日のうちに漬けておく人。
三五八という短い名前の奥に、そんな食卓のつながりが見える。
次に白いかぶへ箸を伸ばすときは、その甘さを、少しゆっくり味わってみたい。
参考資料

