食材を「名産品」から「旅する理由」へ変える、価値のつくり方
ペルーと聞いて、何を思い浮かべるだろう。
マチュピチュ。アンデスの山々。遠い文明の記憶。
そこに「食べに行きたい国」というイメージが加わると、旅の目的は変わる。
遺跡を訪ねる旅に、食事が添えられる。
食事そのものを目的に、その国を訪ねる。
この変化は、観光の話であると同時に、マーケティングの話でもある。土地にある資源を、誰かが時間やお金を使ってでも体験したい価値へ、どう変えていくのか。
ペルーの食文化を日本と重ねると、地域ブランドの可能性が見えてくる。
※本稿は両国の食文化と事例から価値づくりを考察するもので、国民性や市場全体を一括りにするものではない。
1.食材が豊富であることと、選ばれることの間にあるもの
太平洋沿岸、アンデスの高地、アマゾン。ペルーには、異なる環境に根ざした食文化がある。ペルー政府の観光情報でも、沿岸・高地・アマゾンの食材が料理の多様性を支えると紹介されている。[1]
ただし、豊かな食材があれば、自動的にブランドが育つわけではない。
日本にも、山菜、在来野菜、発酵食品、各地の魚介がある。しかし、その名前を知らない人にとっては、違いも、選ぶ理由も分からない。
「この土地にしかない」は、生産者側から見た特徴だ。
「それを、なぜ自分が体験したいのか」が、顧客側から見た価値になる。
例えば、在来の芋について説明する場面を考えてみる。
品種名と収穫量だけでは、食べ慣れた芋との比較に収まりやすい。育つ土地の条件、食感に合う調理、地域での食べ方まで分かれば、食べることが未知の暮らしを知る入口になる。
産地の情報を増やすだけでなく、その情報が食べ手の楽しさにどうつながるか。そこに編集の仕事がある。
2.Centralが示す、「土地を体験する」レストラン
リマのレストラン「Central」は、この関係を考えるうえで象徴的な事例だ。
公式サイトでは、海の深さからアンデスの山々、雲霧林、アマゾン、沿岸の谷へとつながる、高低差と生態系の多様性を掲げている。研究組織「Mater」と連携し、地域の人々、研究者、アーティストとともに食材を自然環境の中で調べ、土地の知識を記録するという。[2]
コースの説明にも、沿岸・アンデス・アマゾンを巡り、各段階で異なる生態系を探索するという構成がある。[3]
マーケティングの視点から読むと、ここで提供される価値は、料理のおいしさに加えて「ペルーの土地を理解する体験」だと考えられる。
食材を並べる順番にも、説明にも、体験全体を貫く視点がある。
日本でも、旬や産地を組み込んだ料理は数多い。そのうえでCentralから考えられるのは、個々の食材の説明を、店全体の価値提案へどうつなぐかという問いだ。
例えば、ある川の上流から河口までを一つのコースにする。雪解け水、田んぼ、発酵、港の魚を、同じ水の流れから捉える。
これは日本での応用を考えるための仮説だが、土地の関係性に沿って構成すれば、食事は地域を知る体験にもなる。
3.セビーチェと和食——受け継がれるのは、レシピの外側にもある
ペルーを代表する料理に、魚を柑橘の酸味や唐辛子などで調えるセビーチェがある。
2023年にユネスコ無形文化遺産の代表一覧表へ記載されたのは、セビーチェという料理名だけでなく、その調理と消費に関わる実践や意味である。[4]
日本の和食も、2013年に記載された。ユネスコは、生産・加工・調理・消費に関わる知識や技能、伝統を含む社会的慣習と説明し、自然を尊重する精神との関係を示している。[5]
この二つを重ねると、食文化の価値は、完成した一皿の外側にも広がっていると分かる。
誰が食材を育てるのか。
どの季節に、誰と食卓を囲むのか。
調理の知恵は、どのように次の世代へ渡されるのか。
地域ブランドを考える際にも、この視点は役に立つ。
ただし、文化遺産としての評価と、顧客の購買行動は別に考える必要がある。登録の意義を伝えることに加えて、どこで食べられるか、どう注文するか、どんな味を楽しめるかまで設計して、初めて訪問や購入につながる。
文化への理解を深める説明と、行動しやすくする案内。その両方が必要になる。
4.日本とペルーの間に生まれた、ニッケイ料理という価値
ペルーと日本は、比較するだけの関係でもない。
日本にルーツを持つ人々の営みを背景に、両国の食が出会った「ニッケイ料理」がある。ペルー政府の観光情報では、現地の食材と日本の技法が融合する料理として紹介されている。[1]
ここから考えられるのは、伝統を海外へ届ける方法の幅だ。
元の形を丁寧に守り、紹介する方法がある。
現地の食材や暮らしと出会い、新しい形へ育つ方法もある。
後者では、何を残し、何を変えるかが問われる。
日本の食品や工芸品が海外へ向かう際にも、名前や意匠をそのまま移すだけでは、使われる場面が生まれないことがある。現地の食卓、住まい、贈答の習慣に接続して、初めて日常に入っていく。
ニッケイ料理は、文化が移動先の土地と関係を結び、独自の表現へ育つ可能性を考えさせる。
5.地域の物語を、地域に還元できるか
食文化の発信を考えるとき、もう一つ見落とせないことがある。
有名なレストランや商品が注目を集めても、それだけで生産者の収入や地域の持続性が改善したとは判断できない。
国際ポテトセンター(CIP)は、ペルーの在来ジャガイモの生産とマーケティングについて、公的機関、企業、NGOなどが連携し、小規模農家に利益をもたらす市場の革新に取り組んだ事例を報告している。[6]
また、在来品種を守る農家の団体AGUAPANについて、知識の交換や、農家が多様性の保全から利益を得られる仕組みを紹介している。[7]
ここに、地域ブランドを考える際の大切な論点がある。
物語を発信する人と、物語の土台を守る人。
その両者の間に、どんな取引と関係があるのか。
日本でも、在来作物や手仕事の価値を伝えるなら、販売価格に加えて、仕入れ価格、継続発注、担い手の育成まで見る必要がある。
産地の名前が広がることと、産地が続いていくこと。その接続を設計してこそ、価値づくりは長く機能する。
6.PSELで読む、食と地域のマーケティング
ここまでの事例を、NEOTERRAINの四つの視点で整理したい。
| 視点 | ペルーの事例から読み取れること | 日本の地域事業への問い |
|---|---|---|
| Product|何を届けるか | 食材に、調理や土地を知る体験を組み込む | 品物を受け取った後に、どんな楽しさがあるか |
| Story|何を伝えるか | 生態系や食文化を、体験を貫く視点にする | 歴史や産地の説明が、選ぶ理由につながっているか |
| Energy|誰が動かすか | 料理人、研究者、農家などの連携に注目する | 注目や収益が、担い手に届く仕組みはあるか |
| Land|どこから生まれるか | 沿岸・高地・アマゾンの違いを価値として捉える | 土地の条件が、品質や使い方にどう表れているか |
これは両国の優劣を示す表ではない。ペルーの具体的な取り組みを、日本の事業や地域に引き寄せて考えるための整理である。
小さな事業で試すなら、一つの商品から始められる。
土地のどんな条件が、その商品に表れているかを調べる。それを顧客が実感できる食べ方や使い方に変える。購入までの案内を整え、担い手に利益が残る条件を確認する。
大きな物語を掲げる前に、小さな体験の中で、土地とのつながりが伝わるかを確かめたい。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
地域には、長く続いてきたために、特別だと意識されなくなった営みがある。
芋の選び方。魚の調え方。季節を読む感覚。
それらは商品説明の脇に置かれがちだが、誰かにとっては、その土地を訪ねる理由になる。
ペルーの食文化から考えたいのは、資源の多さを競うことより、土地と人の関係を、どう体験できる形へ変えるかということだ。
一皿を味わったあと、遠くの山や、畑で働く人を思い浮かべる。
そのとき食事は、土地との新しい関係の始まりになる。
参考資料
[1] Peru Travel「Top restaurants in Lima」
https://www.peru.travel/experiences/top-restaurants-in-lima-culinary-styles-to-savor
[2] Central 公式サイト
https://centralrestaurante.com.pe/en/
[3] Central コース紹介
https://centralrestaurante.com.pe/menu
[4] UNESCO「Practices and meanings associated with the preparation and consumption of ceviche」
https://ich.unesco.org/en/RL/practices-and-meanings-associated-with-the-preparation-and-consumption-of-ceviche-an-expression-of-peruvian-traditional-cuisine-01952
[5] UNESCO「Washoku, traditional dietary cultures of the Japanese」
https://ich.unesco.org/en/RL/washoku-traditional-dietary-cultures-of-the-japanese-notably-for-the-celebration-of-new-year-00869
[6] CIP「The PMCA and potato market chain innovation in Peru」
https://cipotato.org/publication/the-pmca-and-potato-market-chain-innovation-in-peru-2/
[7] CIP「Custodians of Potato Biodiversity」
https://cipotato.org/blog/custodians-potato-biodiversity/
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