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なぜ、松竹梅があると「竹」を選びたくなるのか?

木のカウンターに並ぶ量や品数の異なる三つの料理と、中央の皿へ伸びる手を描いた水彩画。「その『ちょうどいい』は、どこから来た?」の文字。
木のカウンターに並ぶ量や品数の異なる三つの料理と、中央の皿へ伸びる手を描いた水彩画

人は商品だけを見て選んでいるのか。それとも、選びやすい理由を探しているのか。

昼どき、初めて入った店でメニューを開く。

梅、1,800円。
竹、2,600円。
松、3,800円。

せっかくだから、一番安いものでは少し寂しい。けれど、昼食に3,800円は張り込んだ気もする。

「竹でお願いします」

まだ料理を食べてもいないのに、どこか納得している。

高すぎず、安すぎず。自分には、これくらいがちょうどいい。

しかし、その「ちょうどいい」は、どこから来たのだろう。

もしメニューが梅と竹の二つだけだったら。あるいは、竹と松の二つだけだったら。同じ2,600円の料理を、私たちは同じ気持ちで選ぶだろうか。

松竹梅のメニューには、価格設定だけでは捉えきれない、選択の心理が隠れている。

Contents

1.「ちょうどいい」は、比較の中で生まれる

たとえば、カメラを買う場面を考えてみたい。

最初の候補は二つ。

商品価格主な特徴
A5万円基本機能が中心
B8万円画質や操作性が充実

※以下は仕組みを説明するための架空の例。

このとき、Bは「高いほうのカメラ」だ。

そこに、さらに高性能なCが加わる。

商品価格主な特徴
A5万円基本機能が中心
B8万円画質や操作性が充実
C13万円より高度な撮影機能を搭載

Bの価格も機能も変わっていない。しかし、比較の中での立ち位置は変わる。

最高価格の商品から、中間の商品へ。

「予算を上げて買うもの」だったBに、「機能と予算のバランスを取ったもの」という選び方が生まれる。

このように、選択肢の中で中間に位置することで、その商品の選ばれやすさが増す現象を、妥協効果、あるいはコンプロマイズ効果と呼ぶ。

1989年のItamar Simonsonの研究では、商品が選択肢の中で妥協案になると、選択される割合が高まる傾向が示された。研究は、好みが明確でない状況では、人が「選ぶ理由」を手がかりに判断するという見方を提示している。Stanford Graduate School of Business

ここでいう妥協は、不満を我慢することだけを意味しない。

「予算も機能も、どちらも大事にした」という、自分なりの納得でもある。

2.「真ん中」は、画面の中央という意味ではない

ここで、ひとつ区別しておきたい。

妥協効果は、単に三つの商品を横に並べ、中央の商品が選ばれるという話ではない。

大切なのは、価格や性能などの比較軸で、中間に位置することだ。

カメラなら、価格と撮影性能。
ホテルなら、宿泊料金と設備・サービス。
業務用ソフトなら、月額料金と使える機能。

価格を抑える代わりに、機能を絞る。機能を充実させる代わりに、費用を増やす。その間に、両方をある程度満たす選択肢がある。

1992年のSimonsonとAmos Tverskyの研究は、こうした選択肢の構成が評価に影響することを論じた。その説明のひとつが、両極端を避けようとする「極端回避」である。Stanford Graduate School of Business

ただし、価格だけが三段階になっていても、何が違うのか分からなければ、顧客は比較しにくい。

松竹梅という名前を付けることと、納得して選べる違いをつくることは、別の仕事なのだ。

3.人は、あとで説明できるものを選ぶことがある

「なぜ、それにしたの?」

そう聞かれると分かっていたら、選び方は変わるだろうか。

最も高いものを選べば、「そこまで必要だったのか」と聞かれるかもしれない。最も安いものを選べば、「品質は大丈夫なのか」と問われるかもしれない。

中間の商品なら、こう説明できる。

「必要な機能は押さえながら、予算も抑えました」

1989年のSimonsonの研究では、他者に判断を説明すると予期している参加者で、妥協効果などが強くなる傾向も確認された。もっとも、説明を求める方法や状況によって結果は変わりうる。Stanford Graduate School of Business

この視点は、ビジネスの購買にも示唆を与える。

会社の備品、外部サービス、制作会社への発注。担当者は、自分が気に入ったかどうかに加え、社内で説明できるかも考える。

これは、研究結果をそのまま企業間取引全般に当てはめた結論ではない。しかし、提案する側が考えるべき問いになる。

そのプランには、担当者が社内へ持ち帰れる「選ぶ理由」があるだろうか。

価格表を渡すだけで、その理由まで伝わるとは限らない。

4.レストランの実際の注文でも、確かめられている

こうした現象は、実験室の中だけの話なのだろうか。

2016年に発表されたPingerらの研究は、ドイツのあるレストランの約7年間、8万8,000件を超える選択データを分析した。

メニューの変更により、ある料理が価格帯の端から中間の位置になると、その料理の注文シェアが増える傾向が見られた。論文本文では、平均で約5パーセントポイントの上昇が報告されている。ScienceDirect

ただし、すべての料理で同じ効果が生じたわけではない。料理のカテゴリーによって、影響の大きさには違いがあった。

ここが大切だ。

「三つにすれば真ん中が売れる」という万能の法則ではない。

比較対象が変わることで、同じ料理の見え方が変わる。その現象が、現実の注文データでも観察されたのである。

5.「松竹梅」と「おとり効果」は、どう違うのか

価格の心理を調べると、「おとり効果」という言葉も登場する。妥協効果と混同されやすいが、仕組みは異なる。

現象比較の仕組み選ぶ理由の例
妥協効果価格や性能の両極端の間に位置する「高すぎず、機能も十分だから」
おとり効果ある商品より明確に見劣りする選択肢が加わる「こちらのほうが、同じ料金で条件がいいから」

たとえば、基本プランと上位プランの間に中間プランがあり、予算と機能のバランスで選ばれるなら、妥協効果で考えられる。

一方、あるプランと同額なのに使える機能が少ないプランが加わり、優れたほうの魅力が増すなら、おとり効果を考える場面になる。両者は、選択肢の構成が判断を変える現象として研究されてきた。Stanford Graduate School of Business

また、高額商品を見ることで他の商品が割安に感じられることと、中間に位置するから選びやすくなることも、同じ説明ではない。

実際の売り場では複数の要因が重なる。だから、竹が売れたという結果だけで、ひとつの心理効果を断定することはできない。

6.真ん中が選ばれないときもある

予算の上限が決まっている人は、一番安いプランを選ぶかもしれない。

必要な機能が明確な専門家なら、中間という理由は重視しないだろう。特別な日の食事なら、最上位を選ぶことそのものに意味を感じる場合もある。

2016年のメタ分析は、142件の実験的観測をまとめ、極端回避の傾向を確認する一方、効果の大きさが実験方法や商品特性によって大きく変わることを示した。Wiley Online Library

この点からも、妥協効果は「誰にでも使える売り方」としてではなく、検証すべき仮説として扱いたい。

自社の顧客は、何と何の間で迷っているのか。

価格と品質なのか。手軽さと自由度なのか。初期費用と運用負担なのか。

その迷いが分からないまま、価格だけを三つに分けても、選びやすくなるとは限らない。

7.料金プランは、「誰のためか」まで設計する

では、この知見を実務にどう生かせるだろう。

出発点は、顧客が比較する軸を明らかにすることだ。

たとえば、動画制作サービスなら、次のようなプランが考えられる。

プラン想定する顧客提供内容の例
基本企画や素材がすでにある支給素材を用いた編集
標準伝え方の設計から相談したい企画・構成、撮影、編集
拡張複数の媒体で継続活用したい標準内容に加え、用途別の展開版を制作

※実在サービスの価格表ではなく、設計を考えるための例。

この三つは、作業の量だけでなく、顧客が必要とする支援の範囲で分かれている。

基本プランで十分な顧客もいる。拡張プランが必要な顧客もいる。それぞれに、選ぶ理由がある。

標準プランを選んでもらいたいなら、安さや豪華さの間に置くだけでなく、どんな課題に対して、何が十分なのかを説明する必要がある。

また、中間プランの販売比率が上がったとしても、それだけで成功とは言い切れない。

契約後に機能不足が分かったり、使わないサービスが大量に残ったりすれば、選択と実際の必要性が合っていない可能性がある。

購入率や客単価に加え、利用状況、満足度、継続率を見る。選びやすさが、使ったあとの納得につながっているかを確かめたい。

EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

「竹でお願いします」

その一言の中には、いくつもの気持ちがある。

少しだけ、いいものを選びたい。
でも、張り込みすぎたくはない。
一緒にいる人にも、無理をさせたくない。

私たちは料理の量や値段を比べながら、その場にふさわしい自分の振る舞いも探しているのかもしれない。

選択肢は、商品の一覧であると同時に、選ぶための手がかりでもある。

だから、価格表をつくることには責任がある。

何を比べてもらうのか。違いをどこまで伝えるのか。どれを選んでも、その人なりの理由が成立するのか。

真ん中の商品を売る方法を知ったあとに、もうひとつ考えたい。

その「ちょうどいい」は、使い始めてからも、ちょうどいいだろうか。

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