ニトリとIKEAから考える、「手ごろな豊かさ」のマーケティング
家具店の売り場で、ソファに腰を下ろす。
低いテーブルがあり、足元にはラグ。隣の照明が、部屋の一角を柔らかく照らしている。
「こんな部屋で、休日を過ごせたら。」
そう思ったあとで、現実的な疑問が浮かぶ。
自分の部屋に入るだろうか。今のカーテンに合うだろうか。配送にはいくらかかるのか。組み立ては、誰がするのか。
家具の購入には、憧れと不安が同居している。
その両方に、企業はどう応えているのだろう。
日本のニトリと、スウェーデンで生まれたIKEA。歴史、業績、商品開発、売り場、購入後のサービスから、家具が選ばれる仕組みを読み解いてみたい。
1.家具の競合は、「今のままでいい」という判断
ソファが少し古くなった。収納も足りない。
それでも、今日すぐに買い替えなければ困るとは限らない。
家具は、購入を先送りできる場面が多い商品でもある。しかも、価格だけを見て決められない。
設置場所を測る。色を考える。搬入経路を確かめる。古い家具をどうするかも決める。
つまり、家具店は他社の商品と競いながら、顧客の「面倒だから、今のままでいい」という判断にも向き合っている。
ここで必要になるのは、二つの働きだ。
暮らしを変えたくなる理由をつくること。そして、変えるための負担を減らすこと。
魅力的な部屋を見せても、購入の不安が残れば決断しにくい。反対に、手続きが簡単でも、暮らしがよくなる実感がなければ、買い替える理由は弱い。
ニトリとIKEAの取り組みは、この二つの視点から見ると理解しやすくなる。
2.両社の原点にあった、「豊かさは高価でなければならないのか」という問い
ニトリは1967年に「似鳥家具店」として創業した。1980年には札幌の物流センターに自動立体倉庫を導入し、1986年には海外商品の直輸入を始めている。nitorihd.co.jp
注目したいのは、店を増やすだけでなく、商品を運び、保管し、仕入れる仕組みも変えてきたことだ。
ニトリの公式資料では、1972年のアメリカ視察で、日常の暮らしを支えるチェーンストアから受けた衝撃が、事業の原点として紹介されている。nitorihd.co.jp
家具を一つ売る。その先に、より多くの人が住まいを整えられる状態をつくる。そう考えると、物流や調達も重要な仕事になる。
一方、IKEAは1943年に創業し、1948年に家具の販売を始めた。公式の歴史では、1953年にフラットパックを採用したと説明されている。家具を平たい梱包にする方式は、それ以前から存在していたが、IKEAは輸送費や破損の問題への解決策として取り入れた。IKEA
完成した家具は、運ぶときにも大きな空間を占める。
部品に分けて薄く梱包できれば、輸送や保管の方法が変わる。その代わり、使う前に組み立てる工程が必要になる。
ここに、最初のマーケティングの学びがある。
手ごろな価格は、値札を下げるだけでは続かない。商品が顧客の手元に届くまでの仕組みから設計する必要がある。
3.「ニトリは安さ、IKEAはデザイン」では捉えきれない
ニトリは価格。IKEAは北欧デザイン。
そんな印象を持つ人もいるだろう。しかし、両社の公式説明を見ると、それほど単純には分けられない。
ニトリは「製造物流IT小売業」を掲げ、商品企画から原材料調達、製造、物流、販売、システム開発までをつなぐ。また、色・柄・スタイルを統一した商品開発によって、組み合わせやすい暮らしを提案すると説明している。nitorihd.co.jp
IKEAも、デザインだけを重視しているわけではない。「デモクラティックデザイン」の考え方では、形、機能、品質、サステナビリティ、低価格という五つの要素を考慮する。IKEA
両社とも、価格と見た目、使いやすさを一緒に考えている。
比較すべきなのは、「どちらが安いか」だけではない。
どんな商品を、どんな仕組みで、どんな買い方とともに届けるのか。その組み合わせである。
4.売上が減っても、選ぶ人が減ったとは限らない
ここで、事業の数字を確認しておこう。
| 対象 | 決算期間 | 売上収益・小売売上高 | 前期との比較 |
|---|---|---|---|
| ニトリホールディングス | 2026年3月期 | 約9,122億円 | 約1.8%減 |
| IKEA全体 | FY25〈2025年8月期〉 | 446億ユーロ | 1.0%減 |
ニトリは連結売上収益。IKEAは世界のフランチャイズ運営各社による、商品・食品・サービスを含む小売売上高である。企業範囲、期間、通貨が異なるため、規模や優劣をそのまま比較する数字ではない。nitorihd.co.jp
興味深いのは、数字の内訳だ。
ニトリは、この期に売上収益が減る一方、営業利益は前期の約1,177億円から約1,255億円へ増えた。売上と利益は、同じ方向に動くとは限らない。nitorihd.co.jp
IKEAはFY25の発表で、それまでの2年間に価格を10%引き下げた取り組みを説明し、販売数量と顧客数は、それぞれ約3%増加したと報告している。売上金額は減っても、売れた量や顧客数は増えていた。IKEA Global
売上は、おおまかには「売れた数量×価格」で決まる。
価格を下げれば、数量が増えても、売上金額が減ることはある。
したがって、「売上減」という見出しだけで、支持を失ったと結論づけることはできない。一方、数量や顧客数が増えたことだけで、利益面も含めて成功したと判断することもできない。
何を増やし、そのために何を変えたのか。
マーケティングの成果を見るには、売上、数量、客数、利益を分けて読む必要がある。
5.ニトリ——「うちの部屋に合うだろうか」を、確かめられるようにする
家具を見ているとき、顧客が知りたいのは、商品の寸法だけではない。
「このソファを置いても、テーブルの周りを歩けるか」
「今の床の色に、このラグは合うか」
数値や写真を見ても、自分の部屋へ置き換えるのは難しい。
ニトリネットの「お部屋の写真deシミュレーション」は、部屋の写真を取り込み、画像内の不要な家具を消し、気になる家具を配置できるサービスだ。別のシミュレーターでは、サンプルルームでカーテンやラグなどの組み合わせを試せる。nitori-net.jp
この施策を「デジタル機能が増えた」と読むだけでは、意味を捉えきれない。
顧客が抱える「購入後の姿を想像しにくい」という問題に応えている、と考えることができる。
商品単体の写真から、自分の暮らしに置いた姿へ。
その距離を縮めることで、顧客は検討を進めやすくなる。ただし、画像上の確認が、実際の採寸や搬入経路の確認を代替するわけではない。
ここから得られる学びは、商品の情報を増やすことと、顧客が判断できるようにすることは、必ずしも同じではないという点だ。
寸法表を詳しくすることも大切だが、その寸法が生活の中で何を意味するかまで伝える必要がある。
6.IKEA——暮らしの調査を、欲しくなる部屋へ変える
IKEAの部屋を模した展示では、家具の用途と組み合わせを、生活の場面として見ることができる。
例えば、小さなテーブルが置かれているだけなら、顧客はサイズと価格を確認するだろう。
そこに照明、本、椅子、収納が組み合わされると、「ここで夕食を食べる」「仕事が終わったら本を読む」という時間まで想像しやすくなる。
IKEAは「Life at Home Report」を通じて、家での暮らしを調査している。2024年版では、日本も対象に含め、家で感じる楽しさなどを分析し、調査から得たテーマを反映する「イマジナリールーム」も設計した。IKEA
これは、調査とクリエイティブをつなぐ取り組みとして読める。
顧客がどんな暮らしを求めているかを知る。その理解を、商品や空間として見せる。そして、顧客が自分の生活に取り入れられる形にする。
憧れの部屋は、単に美しければよいわけではない。
予算、広さ、家族構成、持ち物。自分の条件と結びついたとき、「いつかの理想」は「試してみたい工夫」へ変わる。
この視点はニトリのコーディネート提案にも通じる。両社に共通するのは、家具の組み合わせを通して、顧客が購入後の生活を考えられるようにすることだ。
7.安い家具を、安く使い始められるとは限らない
家具の価格を比較するとき、見落としやすいことがある。
支払うお金は、商品代金だけではない。
配送、組み立て、設置。顧客自身が作業する場合には、時間や労力も必要になる。
| 比較したいこと | 確認する内容 |
|---|---|
| 商品の価格 | 必要な部品や付属品まで含まれているか |
| 自宅までの移動 | 持ち帰れるか、配送が必要か |
| 使い始めるまで | 組み立て、設置、梱包材の処分を誰が行うか |
| 今ある家具 | 移動、引き取り、処分をどうするか |
| 将来の変化 | 引っ越しや模様替えに対応しやすいか |
ニトリは、商品や注文条件に応じて、玄関先での受け渡し、配送員による設置、組み立てサービスなどを案内している。IKEAも配送と家具組立てサービスを提供している。両社とも、対象商品、地域、料金、作業範囲の確認が必要だ。nitori-net.jp
したがって、「ニトリなら全部お任せ」「IKEAなら全部自分で組み立てる」と分けるのは正確ではない。
重要なのは、顧客がどこまで作業でき、どこから支援を必要とするかである。
自分で組み立てる時間を楽しめる人もいる。工具がなく、手伝ってくれる人もいない人もいる。
同じサービスでも、その価値は顧客によって変わる。
本稿では、これを**「使い始めるまでの総負担」**と捉えたい。商品代金と追加料金、必要な時間と労力を合わせて考える視点だ。
企業にとっても、低価格を示すだけでなく、この総負担を分かりやすく伝えることが、期待と実際の体験のずれを減らすうえで重要になる。
8.家具市場の未来は、「買った後」まで続いている
暮らしは変わる。
一人暮らしを始める。家族が増える。子どもが独立する。住まいを小さくする。
そのたびに、必要な家具も変わっていく。
IKEAの家具買取りサービスは、対象となる自社家具を査定し、再販売につなぐ仕組みだ。ただし、対象商品や状態などの条件があり、店頭への持ち込みでは組み立てた状態が求められる。IKEA
「次の人へ渡せる」という選択肢があることは、購入後の安心につながりうる。
同時に、そこまで運べるのか、手間に見合うのかも、利用する人にとっては重要だ。
循環の仕組みは、制度があるだけでは十分ではない。顧客が利用できる条件まで整って、初めて暮らしの中で機能する。
これからの家具市場を見るなら、販売時の価格やデザインとともに、買った後も使いやすいか、生活が変わったときに困らないかを見ていきたい。
ニトリとIKEAの比較から得られるのは、特定の売り方をまねればよい、という答えではない。
顧客が思い描く暮らしと、それを実現するまでの手間を、同時に設計すること。
それが、家具のマーケティングを考えるうえでの大きな学びである。
「人は家具を買うのか、暮らしを買うのか。」
顧客は、暮らしへの期待を持って家具を買う。そして、その期待を確かめるのは、家具が自宅に届き、毎日の生活が始まってからなのである。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
新しい部屋に、椅子が一脚届く。
まだ開けていない段ボールの隣で腰を下ろすと、ようやく、その場所が自分の部屋になった気がする。
家具は、空間を埋めるものでもある。でも、その周りには、やがて時間が積もっていく。
食卓で交わした会話。ソファで眠ってしまった夜。机の傷に残る、子どもが勉強した跡。
売り場で見ていた商品は、使ううちに、その家の風景になる。
手ごろな価格を支える物流も、迷いを減らすシミュレーターも、部屋まで運ぶサービスも、その時間が始まるまでを支えている。
マーケティングの仕組みを知ることは、暮らしの何気ない豊かさが、どんな仕事によって届いているのかを知ることでもある。
参考資料
- ニトリホールディングス「沿革」
- ニトリホールディングス「ビジネスモデル」
- ニトリホールディングス「主要財務指標」
- ニトリネット「選べるインテリアシミュレーター」
- ニトリネット「お届けについて」
- IKEA「イケアの歴史」
- IKEA「FY25 小売売上高・販売数量等の発表」
- IKEA「Life at Home Report 2024」発表
- IKEA「家具組立てサービス」
- IKEA「配送と受取り方法」
- IKEA「家具買取りサービス」
※2026年10月30日時点で確認した公開資料に基づく。業績は表記した期間の実績を使用。施策の仕組みと、本稿によるマーケティング上の解釈を区別して構成しています。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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