世界のマーケティングを読み解く|スウェーデン・The Swedish Number
知らない国に、電話をかける。
電話に出るのは、観光案内の担当者でも、有名なタレントでもない。その国に暮らす、まだ会ったことのない誰かだ。
2016年4月6日、スウェーデン観光協会(Svenska Turistföreningen、以下STF)は「The Swedish Number」を開始した。海外から専用番号へ電話すると、参加登録したスウェーデンの住民へランダムにつながるキャンペーンである。
観光地の写真を見せる代わりに、そこで暮らす人との会話を用意する。
なぜ、この方法だったのか。
この事例から見えてくるのは、観光の魅力を「何で伝えるか」に加えて、「誰に語ってもらうか」というマーケティングの問いだ。
※本記事は2016年の施策を扱っています。電話サービスは終了しています。
課題は、国の魅力を「自分に関係のある話」にすること
旅行先を選ぶとき、私たちは多くの情報に触れる。
街並み、自然、料理、美術館。どの国にも、訪れる理由になりそうなものがある。
しかし、魅力を知っていることと、その国に関心を持ち続けることは、必ずしも同じではない。美しい写真を見ても、次の情報へ移ってしまうことはある。
The Swedish Numberの公式サイトは、施策の目的を、スウェーデンの文化、自然、人々の考え方への好奇心を呼び起こすことだと説明している。そのために力を借りたのが、そこで暮らす人々だった。
ここから、マーケティングの視点で考えてみたい。
知らない国の情報も、誰かとの会話になれば、自分の関心から質問できる。
冬の暮らしはどうなのか。休日は何をしているのか。地元の人は、どこへ出かけるのか。
一方的に用意された情報を受け取るだけでは得にくい、自分との接点が生まれる。
「国に電話番号をつける」とは、どういう仕組みか
もちろん、住民の個人電話番号を公開したわけではない。
参加する住民は、専用アプリを通じて登録し、自分が応答できる時間を設定する。海外からの電話は交換システムを経由して、参加者の誰かへつながる仕組みだった。
公式FAQによれば、個人の電話番号は相手に共有されない。通話には原則として国際電話料金がかかり、一部の国向けには国内通話料金で利用できる番号も用意されていた。
参加の流れは分かりやすい。
| 参加者 | 行動 | 生まれる接点 |
|---|---|---|
| 海外の人 | 専用番号に電話する | スウェーデンの住民とつながる |
| 登録した住民 | 応答可能なときに電話を受ける | 自分の言葉で暮らしや国について話す |
| 双方 | 質問し、会話する | 相手によって異なる国の一面を知る |
電話という身近な手段を使いながら、「誰につながるか分からない」という偶然性を加えている。
同じ番号へ電話しても、相手が変われば、聞ける話も変わる。国の紹介に、複数の声が存在する設計だった。
背景にあったのは、出版の自由をめぐる歴史
このキャンペーンには、単なる観光上の話題づくりにとどまらない背景があった。
2016年は、スウェーデンで1766年の出版の自由に関する法が制定されてから250年に当たる。STFは、その節目を記念し、住民が自分の考えを世界へ伝える機会として、この施策を位置づけた。
「自由に語れる国」という意味を、住民との会話で体験してもらう。
この関係が重要だ。
国の価値観を広告の言葉で宣言する方法もある。The Swedish Numberでは、その価値観に触れるための行動を、施策の中心に置いた。
電話の向こうにいる人は、公式の説明役ではない。その人自身の関心や経験に基づいて話す。
伝えたい国のイメージと、参加者が経験する仕組みが結びついていた。
なぜ「一般の人」が話すことに意味があるのか
ここからは、施策の構造についての考察である。
観光広告では、発信する側が紹介内容を選び、伝わり方を整える。限られた時間で魅力を届けるために、必要な作業だ。
一方、住民との会話では、話題が思いがけない方向へ進む可能性がある。
有名な観光地より、近所の公園の話になるかもしれない。料理の質問から、家族の習慣へ話が広がるかもしれない。
そこで得られるのは、整った観光情報とは異なる、その人の暮らしに結びついた話だ。
また、相手に質問できることも大きい。
自分が気になったことを聞き、その答えを受け取る。会話が続けば、さらに聞く。情報を受け取る側が、内容の展開に参加できる。
その国を知る経験に、自分自身が関わるのである。
ただし、一般の人の発言だから必ず正確で、必ず信頼されるわけではない。一人の経験は、その国の全体を代表するものでもない。
この施策の価値は、多様な個人の声に触れる入口を用意した点にあると考えられる。
人に委ねること自体が、ブランドの表現になる
住民に語ってもらう方法には、不確実さもある。
主催者にとって都合の良い話だけが出るとは限らない。国への不満や、観光とは直接関係のない話題が出る可能性もある。
マーケティングでは、伝える内容をそろえたい場面が多い。その中で、個人が語る余地を設けることは、重要な判断になる。
The Swedish Numberの場合、その余地が、出版や表現の自由を記念する趣旨と重なっていた。
違う意見が存在することを含めて、国に触れてもらう。人々の言葉を通じて、その姿勢を伝える構造だ。
ここから得られる学びは、「発信を任せれば良い」という単純なものではない。
何を伝えたいブランドなのかによって、誰に、どこまで語ってもらうかを考える必要がある。
一対一の電話が、なぜ広く知られたのか
電話は、一度に一人の相手と話す手段だ。広告のように、多数へ同時に届けるものではない。
それでも、この施策には、会話の外側へ広がる仕組みがあった。
「スウェーデンに電話すると、一般の住民につながる」
この一文だけで、企画の核心が伝わる。しかも、実際に電話して確かめることができる。
STFの当時の発表によれば、テレビやラジオ番組が放送中に電話をかけ、ランダムにつながった住民と会話する例もあった。また、当時の首相ステファン・ロベーン氏も電話への応答に参加した。
会話する人は限られていても、その様子を番組や記事で知る人は増える。
一対一の体験と、多くの人が知るニュース。その両方が成立する企画だった。
成果は、どこまで確認できるか
2016年4月21日のSTF発表によると、開始から約2週間で、176か国から10万件を超える電話があり、通話時間の合計は約200日分に達した。応答する「電話アンバサダー」への登録は、2万2,000人を超えたという。
公式サイトには、サービスを79日間開設し、合計の通話時間が1年分を超えたと記されている。
これらの数字から分かるのは、世界から電話をかける人と、それに応じる住民の双方に参加が生まれたことだ。
ただし、電話の件数は、実際の旅行者数ではない。
電話をした人が、どの程度スウェーデンへの関心を深めたのか。旅行を検討し、予約し、現地を訪れたのか。それを判断するには、別の調査やデータが必要になる。
この施策は、国に関心を持つ入口として評価できる。一方で、その後の観光消費まで、公開された通話数だけで説明することはできない。
また、参加者は自ら登録した人々である。そこで聞ける意見を、住民全体の意見として受け止めないことも大切だ。
日本の地域や企業は、何を持ち帰れるか
日本の地域でも、「誰が語るか」を変えることで、伝えられる魅力がある。
例えば、旅館の紹介なら、施設の設備に加えて、そこで働く人が好きな季節や、朝の過ごし方を聞く。工芸の産地なら、完成品だけでなく、職人が日々の仕事で迷うことや、土地との関わりを知る。
情報の項目を増やすこととは、少し違う。
相手の経験から話を聞くことで、その場所を具体的に想像する手がかりが生まれる。
企業でも同様だ。採用情報であれば、制度の説明に加えて、働く人が実際にどう利用しているかを話す機会をつくれる。
ただし、担当者へ負担を押しつけない仕組みが必要になる。参加の意思、対応できる時間、個人情報の扱い、困ったときの支援などを整えなければ、続けることは難しい。
さらに、関心を持った後の道筋も考えたい。
地域の話を聞いて行ってみたくなった人が、交通手段や宿泊先を調べられる。職人に興味を持った人が、工房見学や商品購入へ進める。
会話で生まれた関心を、その先の体験へつなげることが、観光や事業の成果を考える次の課題になる。
観光マーケティングは「訪れる前の接点」もつくれる
旅行では、現地で誰かと話したことが、強い記憶になることがある。
The Swedish Numberは、そのような人との接点を、渡航する前につくった。
スウェーデンは、地図上の国名から、実際に声を交わした誰かが暮らす場所になる。
その変化が訪問意向へどの程度つながったかは、慎重に確かめる必要がある。それでも、観光地との最初の接点を、風景や情報だけでなく、人との会話として設計した点は興味深い。
何を見せるか。何を説明するか。そして、誰と出会ってもらうか。
観光マーケティングの選択肢は、その問いによって広がる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
旅先を思い出すとき、景色と一緒に、誰かの声が浮かぶことがある。
道を教えてくれた人。店で言葉を交わした人。その土地では当たり前の暮らしを、少しだけ聞かせてくれた人。
短い会話でも、その場所の見え方が変わることがある。
The Swedish Numberは、そうした出会いを、旅の前に用意した企画だった。
電話一本で国のすべてが分かるわけではない。むしろ、話したことで、まだ知らないことが増えるかもしれない。
その先を知りたくなること。会ったことのない人の暮らしに、関心が向くこと。
NEOTERRAINがこの施策に感じるのは、好奇心を人と人の間につくる力だ。国の魅力を語る言葉が、一人ひとりの生活の中にあることを、この電話は示していた。
参考資料
- STF公式|The Swedish Number開始時の発表(2016年4月6日)
- STF公式|10万件の電話に関する発表(2016年4月21日)
- STF公式|当時の首相による参加(2016年4月15日)
- The Swedish Number公式サイト|仕組み・FAQ・終了案内
※主催のSTFは非営利の会員組織です。本記事の成果数値は主催者の公表情報に基づき、分析・考察と区別して記載しています。

