富士山を見上げるとき、私たちはまず、その形に目を奪われる。
裾野を広げる稜線。季節によって変わる雪。山麓に重なる森と草原。
けれど、山の輪郭が変わらなくても、その足元に生える植物は変わっているかもしれない。
道沿いに咲く黄色い花。登山口で見かける身近な草。それらの中には、人の活動によって持ち込まれ、もともとその場所にあった植物の生育を脅かすものがある。
山梨県の自然環境を考えるうえで、外来植物の問題は、富士山の風景と私たちの移動をつなぐ入り口になる。
花が増えることと、自然が豊かになることは、必ずしも同じではない。
1.きれいな花が、保全の対象になるとは限らない
初夏の道路沿いに、鮮やかな黄色い花がまとまって咲いている。
その風景を、美しいと感じる人もいるだろう。
しかし、それがオオキンケイギクであれば、見方を変える必要がある。
山梨県の解説によると、オオキンケイギクは北アメリカ原産の多年草で、日本には1880年代に観賞用・緑化用として持ち込まれた。繁殖力が強く、定着すると在来の野草の生育場所を奪い、生物多様性を損なうおそれがある。
かつては道路工事などで緑化資材として使われていたこともあり、路肩や河川敷、線路際といった身近な場所に生えている。
ここには、自然環境問題の難しさがある。
人が「きれい」「育ちやすい」「緑化に使いやすい」と評価した性質が、別の植物の生育を妨げる条件にもなる。
見た目の美しさだけでは、その土地の自然にとって何が起きているのかを判断できない。
2.富士山へ向かう道も、対策の現場になっている
外来植物の問題は、町の空き地だけの話ではない。
山梨県富士山科学研究所は、富士スバルライン沿いにオオキンケイギクやオオハンゴンソウが侵入していると報告し、2023年12月にこれらを含む外来植物の防除活動を実施した。
富士山へ向かう道路は、景色を楽しむ場所や登山の入り口へ人を運ぶ。
同時に、その沿線の植生を調べ、守る必要がある場所でもある。
ただし、この報告から、富士山全体が外来植物に覆われていると受け取るのは正確ではない。
確認された場所と植物を押さえ、どこで侵入を防ぎ、どこで除去を進めるのかを考えることが大切だ。
山を守る仕事は、山頂だけで行われているわけではない。
私たちが通り過ぎる道路の脇にも、保全の現場がある。
3.登山靴の裏側にある、自然との接点
人は、植物を植えるつもりがなくても、その移動に関わることがある。
山梨県は、富士山でセイヨウタンポポやシロツメクサなどの外来植物の分布拡大と、在来植物への影響を懸念している。
その対策の一つが、登山前に使う外来種防除マットとブラシだ。靴底に付いた土砂を落とし、衣服に付いた種子などを取り除くための設備である。
ごみを持ち帰ることは、自然を守る行動として理解されやすい。
一方、目に見えにくい種子を持ち込まないことも、訪れる場所への配慮になる。
旅は、景色との出会いであると同時に、土地と土地をつなぐ移動でもある。
靴底をきれいにするという小さな行動が、そのつながり方を変える。
4.「外来」は、海外から来たという意味だけではない
外来種という言葉から、外国の生きものを想像する人も多いだろう。
しかし、海外から来たかどうかだけで決まるものではない。
山梨県は、日本国内でも、もともとその地域にいなかった生きものが人の活動によって持ち込まれれば、国内由来の外来種になると説明している。
つまり、日本でよく見かける植物でも、持ち込まれた先の生態系にとっては影響を与える存在になり得る。
「日本の植物だから、どこに植えてもよい」とは言えない。
植物の名前に加えて、どこに生育してきたものなのかを見る必要がある。
また、外来種と、法律で指定される特定外来生物も同じ意味ではない。
すべての外来種が同じ影響を持つわけではなく、種や場所、影響の程度に応じて捉えることが重要だ。
保全で問われるのは、単純な内と外の区別ではない。その土地で続いてきた関係が、どう変わるかである。
5.富士山北麓の草原には、人の営みが重なっている
富士山の自然は、森林と火山の斜面だけで成り立っているわけではない。
北麓には、草原の生きものを支える場所も残っている。
環境省は、北富士演習場の梨ヶ原、本栖高原、野尻草原、高座山草原を対象とする「富士山北麓の草原」を、生物多様性保全上重要な里地里山に選定している。
そこには、火入れなどによって伝統的に維持されてきた採草地が大規模に残る。希少な草原性植物に加え、ギンイチモンジセセリやヤマキチョウなどの昆虫類が豊かな場所として紹介されている。
一部では、年に一度の火入れによる草原管理も行われている。
富士山のふもとに広がる草原を見て、手つかずの風景だと感じることもある。
けれど、その開けた景色には、草を利用し、土地を管理してきた人の歴史が重なっている。
この場所で自然を守るには、植物を知ることと、人の営みを知ることの両方が必要になる。
6.外来植物を取り除いた先に、何を残すのか
外来植物対策は、対象の植物を減らす作業として語られやすい。
しかし、その目的は、取り除いた量を増やすことではない。
もともとその場所にあった植物が、生育し、花を咲かせ、種を残せる条件を守ること。
その植物を利用する生きものが暮らせる場所を残すこと。
そう考えると、防除の成果も、除去した株数だけでは測れない。
在来植物は残っているか。対象の外来植物は再び増えていないか。管理の方法が、守りたい植物を傷つけていないか。
富士山科学研究所は、外来植物の生態や分布の研究と、駆除活動の支援に取り組んでいる。
調べる仕事と、現場で対策する仕事を結びつけることが、保全の基盤になる。
生きものの名前を見分ける知識は、風景を眺めるためだけでなく、何を残すべきかを判断する力でもある。
7.保全には、続けられる仕組みが必要だ
オオキンケイギクは多年草で、根が残ると再び生えてくる。
山梨県も、除去や処分にあたって種子を落とさないことや、根を含めた対応の必要性を説明している。
一度作業したから、その場所の問題が終わるとは限らない。
分布を確かめる。対象を見分ける。除去する。その後を調べる。
こうした工程を続けるには、人手だけでなく、知識や連携も必要になる。
企業や地域団体が保全活動に関わる場合も、一日の参加人数や回収量に加えて、その後の調査や継続管理を支える視点が有効だろう。
景色を守る活動は、華やかな瞬間だけでは成立しない。
同じ場所を繰り返し見に行くこと。その変化を記録すること。必要な手入れを続けること。
その積み重ねが、土地の未来をつくっていく。
8.訪れる人ができること——持ち込まず、確かめる
富士山を訪れる人ができることは、専門的な駆除作業だけではない。
まず、靴や衣服、装備に付いた土や種子を確認する。登山口に防除マットやブラシがあれば、現地の案内に従って利用する。
また、見慣れない植物を見つけても、その場で抜けばよいとは限らない。
山梨県は、富士山五合目付近の外来植物除去について、保護区域にあたるため、外来種であっても勝手に除去できず、関係機関の許可を受けて活動していると説明している。
現地の案内を確認し、気になる植物は写真と場所を記録して、管理者などに相談する。
活動に参加するなら、植物の見分け方や処理方法を学べる機会を選ぶ。
守りたいという気持ちを、その土地に合った行動へつなげることが大切だ。
9.山の形だけでなく、足元の違いを未来へ残す
富士山は、遠くからでも分かる山である。
けれど、その自然の豊かさは、遠景だけでは分からない。
道沿いに何が咲いているか。草原にどの植物が残っているか。人がどのように土地を利用し、管理してきたか。
山梨県の外来植物問題は、私たちに風景の見方を問い直す。
花が多いことと、その土地の生物多様性が保たれていること。
緑に覆われていることと、その場所らしい植生が続いていること。
それぞれを丁寧に見ていく必要がある。
富士山の輪郭を、未来の人も見上げるだろう。
その足元に、どんな植物と生きものの関係を残せるだろうか。
山を見上げたあと、少しだけ視線を下げる。
そこにも、守るべき富士山がある。
参照資料
- 山梨県「オオキンケイギク(特定外来生物)について」
https://www.pref.yamanashi.jp/shizen/gairaiseibutu/ookinkeigiku.html - 山梨県富士山科学研究所「外来生物の防除活動」
https://www.mfri.pref.yamanashi.jp/res/shizen/gairaiseibutu.html - 山梨県「クラウドファンディングを活用した富士山麓における外来種対策について」
https://www.pref.yamanashi.jp/shizen/210901hujisann.html - 山梨県「外来種について」
https://www.pref.yamanashi.jp/shizen/200802.html - 環境省「富士山北麓の草原」
https://www.env.go.jp/nature/satoyama/19_yamanashi/no19-3.html - 山梨県富士山科学研究所「自然環境に関する研究分野」
https://www.mfri.pref.yamanashi.jp/res/shizen/index.html

