さいたま新都心のビル群から、そう遠くない場所に、畑や水路、木々が連なる風景が広がっている。
見沼田んぼ。行政資料では「見沼田圃」と表記されるこの地域は、さいたま市と川口市にまたがり、東京から20〜30キロ圏に位置する。面積は約1,258ヘクタール。都市の近くに残された、大規模な緑地空間だ。
埼玉県の自然といえば、秩父の山々を思い浮かべる人も多い。しかし、住宅地や市街地に近い農地にも、考えるべき自然環境問題がある。
見沼田んぼで問われているのは、土地を開発から守ることと、その土地を維持する人の仕事をどう続けるかということだ。
都市の中に緑が残っている。その事実の背後には、耕し、水を管理し、草を刈り、環境を見守る人々がいる。
1.「田んぼ」という名前の向こうにある、複雑な土地
見沼田んぼという名前から、一面の水田を想像するかもしれない。
しかし、埼玉県の説明によると、現在、区域内で最も多いのは畑だ。花木や野菜などが生産され、公園やグラウンドとして使われている場所もある。
その周辺には斜面林や屋敷林があり、見沼代用水や芝川などの水路が通っている。
見沼は、一種類の景色でできている場所ではない。農地、水辺、樹林、草地、人が利用する空間が組み合わさっている。
自然環境を考えるときにも、「緑があるかどうか」だけでは捉えきれない。
水がある場所と乾いた場所。日が当たる場所と木陰。耕される場所と林の縁。それぞれの環境の違いに目を向けることで、見沼の自然を理解する入口が開く。
2.人がつくり変えた土地が、守るべき自然になった
見沼の歴史をたどると、自然と人の関係はさらに複雑になる。
この場所は、古くは海の入り江で、その後、沼や湿地となった。江戸時代には農業用の溜池として利用され、1728年には干拓されて田圃へと変わった。
その際、従来の溜池に代わって、利根川から見沼代用水を通じて水を引く仕組みが整えられた。
今日、私たちが見沼で親しむ自然には、人が水を引き、土地を耕し、利用してきた歴史が刻まれている。
さいたま市は、こうした人の手によって維持される環境を「二次的自然環境」と説明している。
ここでいう二次的自然とは、人の営みが加わることで成立し、維持されてきた自然のことだ。
この成り立ちを知ると、見沼の保全を考える視点も変わる。
人が関わってきた自然では、その関わりが途切れること自体が、環境の変化につながる場合があるからだ。
3.開発だけでなく、「手が入らなくなること」も課題になる
都市近郊の自然環境問題というと、宅地化や道路建設による緑地の減少が思い浮かぶ。
見沼でも土地利用のあり方は重要だ。しかし、課題はそれだけではない。
さいたま市は、農業従事者の減少・高齢化、後継者不足などによる荒れ地化した農地の増加を挙げている。環境保全活動に取り組む関係者についても、高齢化に伴う後継者や協働者の不足が課題になっている。
農地が残っていても、耕す人がいなければ、従来の利用は続かない。保全活動の場所があっても、作業を担う人が減れば、管理の継続は難しくなる。
ただし、耕作をやめた土地が、すべての生きものにとって悪い環境になるわけではない。植生の変化によって利用する生きものも変わる。
問うべきなのは、草が伸びているかどうかだけではなく、どの環境を残し、どの生きものの生息・生育を支えたいのかということだ。
見沼では、草地や湿地の生物多様性を保全するために、継続的な管理が必要とされている。
土地を残すことと、そこで育まれてきた環境を残すこと。その二つをつなぐ仕事が必要なのである。
4.緑の空間は、水を受け止める空間でもある
見沼田んぼには、景観や生きものの生息地としての価値に加え、治水に関わる歴史がある。
1958年の狩野川台風では、見沼田圃全域が湛水し、下流の川口市でも大きな浸水被害が起きた。
埼玉県によると、このとき見沼にたまった水は約1,000万立方メートルとされ、その遊水機能が注目されるようになった。その後、1965年に、宅地化を原則として認めない「見沼三原則」が制定された。
遊水機能とは、洪水時に水を一時的に受け止める働きのことだ。
ここから見えてくるのは、都市の中で建物が少ない低地にも、暮らしを支える役割があるということだ。
もちろん、過去に水を受け止めたからといって、現在の見沼だけで洪水を防げるわけではない。実際の治水は、河川や調節池、排水施設などとの関係の中で考える必要がある。
それでも、土地を何に使うかという判断には、その場所が水とどう関わるかという視点が欠かせない。
農地や緑地の価値は、地表に見える収穫物や景色だけでは測れないのである。
5.規制とともに、所有者や担い手を支える仕組みがいる
見沼の土地利用には、1995年に策定された「見沼田圃の保全・活用・創造の基本方針」がある。
農地や公園などの利用を含む基準を設け、地域の保全と利用を調整する仕組みだ。
一方、埼玉県は、公有地化事業として土地の買取りや借受けも行っている。荒れ地化の拡大や新たな開発の誘発を防ぎ、見沼の保全を図ることが目的である。
対象には、一定の条件のもとで、相続によって基本方針にそぐわない土地利用が行われるおそれのある場合や、担い手不足などで適正な管理が見込めない農地の借受けも含まれる。
この制度から読み取れるのは、保全には土地所有者の事情への対応も必要だという点だ。
自然の価値を社会全体で享受するなら、その維持を特定の農家や所有者だけに任せ続けることは難しい。
開発を抑える基準と、管理や利用を続ける仕組み。その両方があって、保全は現場の仕事になる。
6.「少ない労力で続ける」は、保全の重要な技術になる
人手が限られる中で、従来と同じ作業量を求め続けることには限界がある。
さいたま市は、より少ない労力で効果的に環境を維持し、生物多様性を高めることを目的に、里地里山維持管理ガイドラインを作成している。
草地・湿地の低コスト管理を主題とし、2023年度と2024年度には実証試験も行われた。協同実施団体には、NPO法人エコ.エコと東京パワーテクノロジー株式会社が名を連ねる。
ここには、保全活動を続けるための現実的な視点がある。
熱意のある人を増やすことに加え、必要な作業を見直し、負担を減らす方法を探る。どの場所に、どの程度の管理が必要なのかを検討する。
ただし、低コストであることと、生物多様性が高まることは、自動的には結び付かない。管理後の植物や生きものの状態を確認し、方法の効果を見極める必要がある。
自然保全の技術には、生態系を理解する知識とともに、人が無理なく続けられる作業の設計も含まれている。
7.都市の自然を支えることは、地域の仕事を支えること
見沼を訪れる人には、散歩や野鳥観察、農業体験など、さまざまな関わり方がある。
ただ、その風景を楽しむときに忘れたくないのは、農地が仕事の場所でもあるということだ。
畑や水路へ無断で立ち入らない。農作業の通行を妨げない。生きものを観察するときは、過度に近づいたり、採集したりしない。訪れる側の行動も、環境と営農を支える条件になる。
企業や地域団体の参加を考える場合にも、単発のイベントに加え、現場が必要としている維持管理や調査にどう関われるかが問われる。
例えば、作業の継続を支える資金、道具の確保、記録の整理、活動の引継ぎ。こうした目立ちにくい仕事にも、関わる余地はあるだろう。
これは見沼の資料から考えられる一つの示唆だ。
自然との関わりを、体験する機会から、その場所を維持する関係へと深めることができる。
埼玉県の自然は、都市の足元にもある
埼玉県の自然環境問題は、山や森林だけにあるわけではない。
見沼田んぼでは、農業、土地所有、水の管理、都市の安全、生きものの生息環境が、同じ場所で重なっている。
そこで必要なのは、緑を残す意思と、その緑に関わる仕事を続ける仕組みだ。
都市の近くに田園風景があることを、当然のものとして眺めない。
誰が耕し、誰が草を刈り、誰が水路を見守っているのか。その問いを持つことで、見慣れた風景は、暮らしを支える環境として見えてくる。
見沼の未来を考えることは、都市の自然を誰と、どのように維持していくかを考えることなのである。
参照資料
- 埼玉県「見沼田圃の位置及び現状、歴史」
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0108/minuma/908-20091216-165.html - 埼玉県「見沼田圃の遊水機能、自然環境及び文化遺産」
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0108/minuma/908-20091216-166.html - さいたま市「見沼田圃の保全・活用・創造の基本方針」
https://www.city.saitama.lg.jp/001/010/019/010/004/p098015.html - 埼玉県「見沼田圃の公有地化とは」
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0108/minuma/908-20091216-173.html - さいたま市「里地里山維持管理ガイドラインを作成しました。」
https://www.city.saitama.lg.jp/001/010/019/010/003/p117030.html
※本記事は、見沼田んぼを主題に、埼玉県の自然環境問題の一側面を扱っています。

