「お気に召さなければ、返品できます」
通販番組や商品ページで、この言葉を見かける。
画面越しでは分からない手触り。自分の身体に合うかどうか。部屋に置いたときの大きさ。返品保証は、そうした購入前の不安に応える約束だ。
ところが、同じ言葉でも、その受け止め方は市場によって変わる。
日本では企業独自のサービスとして訴求される返品保証が、ドイツでは法律上の権利と重なる部分を持つ。すると、同じ約束を広告で伝えても、特別な安心になる場合と、当然の条件を確認する場合がある。
この違いは、返品の話にとどまらない。
価格をどう見せるのか。品質を誰が確かめるのか。買い手は何を手がかりに判断するのか。
ドイツと日本のマーケティングを比較すると、「安心」という言葉の内側にある仕組みが見えてくる。
返品の多さを、国民性だけで説明できるか
「ドイツや欧米では返品が多く、日本では少ない」
通販の現場では、こうした話を聞くことがある。日本人は遠慮するから、ドイツ人は自分の権利を主張するから、と説明されることもあるだろう。
けれど、その説明だけでは、違いの原因を取り違える可能性がある。
まず、アメリカと欧州をひとまとめにはできない。制度も、店舗や通販事業者の返品条件も同じではない。さらに返品率は、衣類、家電、家具など、商品カテゴリーによって大きく変わる。
ドイツの通販企業OTTOも、自社の説明で、ファッション商品は電子機器や家具より返品されやすいと述べている。[1]
率を比較する際には、分母にも注意が必要だ。
注文した商品点数のうち何点が戻ったのか。注文件数のうち何件で返品が起きたのか。返品された金額が売上に占める割合なのか。それぞれ別の数字になる。
今回確認した資料からは、同じ条件で測定した日独の返品率を一つの数字で示すことはできない。
ただ、購入後に選び直せる制度が、買う前の判断に関わることは考えられる。返品への心理的なためらいを論じる前に、返品できる条件、送料、手続きのしやすさを見なければならない。
人の行動は、その人の性格だけでなく、行動できる環境にも左右される。
「返品保証」が特典になる市場と、権利が土台になる市場
ドイツを含むEUでは、事業者からの一般的なオンライン購入について、原則として商品受領から14日以内に、理由を示さず契約を撤回できる権利がある。
ただし、受注生産品や傷みやすい食品などには例外がある。また、返品できることと返送料が無料であることは別で、適切な事前説明がある場合、通常は買い手が返送料を負担する。[2]
一方、日本の通信販売には、訪問販売などと同じクーリング・オフ制度はない。返品条件が適切に表示されていれば、その条件が基本となる。返品についての特約がない場合には、原則として商品を受け取った日から8日以内に、消費者の送料負担で返品できる制度がある。[3]
不良品などへの対応と、自己都合の返品も、分けて理解する必要がある。
ここから、マーケティング上の問いが生まれる。
日本で企業が独自に提供する「30日間返品可能」「返送料無料」「開封後も条件付きで返品可能」は、法的な基本条件を超えるサービスとして、購入を後押ししうる。
ドイツでも、法定期間を上回る返品期間や無料の返送、簡単な手続きは、サービスの違いになる。しかし「返品できます」という一言だけでは、何が特別なのか伝わらない場合がある。
ある市場で強い特典になる約束が、別の市場では基本条件の説明になる。
海外へ広告を展開するときは、この違いを見落とせない。コピーを訳す前に、何が顧客にとっての追加価値なのかを読み直す必要がある。
安心を「感じること」と「確認できること」
日本の通販広告を企画するとき、実演、利用者の声、開発者の説明、企業の実績などを重ねて、購入前の不安に応えることがある。
その設計には、分かりやすさとともに、語り手の表情や声、編集のテンポも関わる。情報を伝えるだけでなく、その商品がある生活を想像してもらう仕事だ。
では、購入を決める直前に、顧客が確認したいことは何だろう。
「合わなかったら、どうすればよいか」
「送料はいくらか」
「いつ届くのか」
「返金されるまで、どのくらいかかるのか」
広告で安心を感じても、これらが分からなければ、最後の一歩で止まるかもしれない。
ドイツの制度を手がかりに考えると、マーケティングには、安心を演出することと、安心の根拠を確認できるようにすることの両方が必要だと分かる。
これは、日本は感情的、ドイツは合理的という分類ではない。どちらの市場にも感情と合理性がある。そのうえで、購入の前提となる制度や情報の違いが、伝え方にも影響するという考察だ。
棚の値札にある、もう一つの数字
ドイツの買い物を考えるうえで、返品以外にも興味深い制度がある。
「Grundpreis」。日本語にすれば、単位当たりの価格だ。
ドイツでは、重量や容量などで販売する対象商品について、原則として総額に加え、1キログラムや1リットル当たりなどの価格表示が求められる。商品や販売形態による例外もある。[4]
例えば、次の二つのコーヒーが並んでいるとする。
250グラムで4ユーロ。
500グラムで7ユーロ。
一袋の値段だけなら、4ユーロの商品が安く見える。しかし1キログラムに換算すると、前者は16ユーロ、後者は14ユーロだ。
もちろん、単位価格が安ければ良い商品とは限らない。味、品質、使い切れる量も関わる。それでも、比較の条件が一つそろう。
日本の売り場でも単位価格を見かける。ドイツの特徴として注目したいのは、それが法的な表示制度として、比較を支えていることだ。
パッケージの大きさや色、ブランドの印象とは別に、買い手が確かめられる物差しが置かれている。
マーケティングは、魅力を際立たせる仕事であると同時に、比較されたときに何が残るかを考える仕事でもある。
「30%オフ」は、いつの価格から安くなったのか
値引きにも、知的トリビアがある。
ドイツの価格表示令では、消費者向けに商品の値下げを告知する際、原則として値下げ前の30日間に適用した最も低い総額を表示することが求められる。段階的な値下げなどには別の扱いもある。[5]
「通常価格から30%オフ」
この表示を見たとき、買い手は割引率の大きさに目を向ける。しかし、その通常価格が何を根拠にしているかによって、お得さの意味は変わる。
ドイツの制度は、安く見せる表現に、時間の物差しを加える。
いくら安くなったかに加えて、いつの実売価格と比べているのか。
日本にも、不当な二重価格表示を防ぐルールがある。比較の要点は、片方に規制があり、片方にはないということではない。価格の根拠を、どのような条件で示すかが異なるのだ。
広告をつくる側にとっては、力強い割引コピーと、そのコピーを支える販売履歴を、同時に考えなければならないということになる。
品質を語る人は、売る人だけではない
もう一つ、ドイツの消費者市場で注目したいのが、商品テストを行う「Stiftung Warentest」だ。
同財団は、テストする商品を匿名で市場から購入し、サービスも身分を明かさず利用する。独立性を守るため、刊行物やウェブサイトは広告を掲載しないと説明している。[6]
ここで重要なのは、品質を伝える声が、販売者の外にもあることだ。
企業は商品の長所を語る。一方、第三者は、一定の方法で比較し、結果を示す。
買い手は、ブランドが伝える世界観に加え、外部の検証情報にも触れられる。
日本にも商品テストや比較情報、専門家の評価がある。ドイツだけが検証を重視するわけではない。それでも、広告収入に依存しない商品テスト機関という仕組みは、信頼のつくられ方を考える手がかりになる。
「信頼される人に語ってもらう」ことと、「第三者が確かめられる状態をつくる」こと。その二つは、近いようで役割が違う。
商品が選ばれるには、魅力的な説明だけでなく、説明が検証に耐えられることも問われる。
通販企業が磨くのは、売るための言葉だけではない
では、実際の企業は何に取り組んでいるのか。
OTTOは返品を減らすための説明として、衣類の素材や裁断、洗濯方法、技術製品の仕様や接続部分の写真、説明動画など、商品情報を充実させる取り組みを挙げている。レビューも、サイズや着用感を知る手がかりになるという。[1]
ここには、制作の仕事に直結する示唆がある。
写真は雰囲気を伝えるとともに、厚みや形を判断する材料になる。
動画は欲しい気持ちを生むとともに、使い方や設置の条件を見せられる。
文章はブランドの物語を語るとともに、向いている人、向いていない使い方を説明できる。
例えば、椅子を売るなら、美しい部屋に置いた一枚の写真は魅力的だ。
しかし顧客が必要とするのは、それだけではない。座面の高さ、背もたれの角度、机との関係、組み立ての手間。届いてからの生活を具体的に想像する情報も必要になる。
良いクリエイティブは、欲しくなる理由と、選び間違えないための情報を両立させる。
国を知るとは、顧客が判断する環境を知ること
ドイツは合理的で、日本は情緒的。
その対比は分かりやすい。しかし、企業の企画に使うには粗すぎる。
同じ日本でも、服と保険では判断の仕方が違う。同じドイツでも、嗜好品と日用品では選ぶ理由が違う。価格帯、世代、購入経験によっても変わる。
今回見てきたのは、国民全体の性格ではない。
撤回の権利があること。
単位価格で比較できること。
値引きの基準を確認できること。
販売者の外に、商品を検証する情報があること。
こうした条件の積み重ねが、顧客の判断を支えている。
そこへ商品を届けるなら、何を約束し、何を証拠にし、何を説明すればよいか。市場を知ることは、その問いを具体的にすることでもある。
安心を、約束から体験へ
返品保証は、購入ボタンの近くに置く一文で終わらない。
返品したい人が条件をすぐ見つけられるか。連絡先は分かるか。手続きは簡単か。説明どおりに返金されるか。
広告で伝えた安心は、そうした場面で初めて顧客の体験になる。
さらに、返品をしなかった人が全員満足しているとも限らない。手続きが面倒で諦めた人もいるかもしれない。返品率が低いという数字だけでは、顧客との関係の良さは測れない。
マーケティングが目指すべきなのは、購入の瞬間だけを強くすることではない。顧客が納得して選び、届いた商品を使い、その約束を確かめられる関係をつくることだ。
ドイツと日本の違いを考えるとき、見つめたいのは、どちらの人が遠慮するかという順位ではない。
安心を、どんな仕組みで支えているか。
その問いは、海外へ進出する企業だけでなく、目の前の顧客に向けて広告やコンテンツをつくる人にも返ってくる。
「安心してください」と語ることから、「安心できる理由が分かる」体験をつくることへ。
そこに、マーケティングとクリエイティブが一緒に取り組むべき仕事がある。
参照資料
制度は2026年10月時点で確認した公開資料に基づく。制度と表現の関係は本文の考察であり、日独の国民性や広告効果の差を直接実証するものではない。

