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なぜ、ひと手間かけると、おいしく感じるのか?——「儀式」のマーケティング

包みを一部残したチョコレートを両手で二つに割る水彩画。「おいしさは、食べる少し前から。」の文字。
包みを一部残したチョコレートを両手で二つに割る水彩画

包みを開けて、チョコレートを一枚取り出す。

すぐに口へ運ばず、まず半分に割る。断面を眺め、ひとかけを指でつまむ。少し香りを確かめてから、口に入れる。

いつもなら、仕事をしながら何げなく食べてしまう一枚。今日は、その甘さや口どけに気づく。

お茶にも、似た時間がある。

茶葉を量る。お湯を注ぐ。湯気を眺めながら待つ。器を手に取り、ひと口飲む。

飲み物が届くまでの数分を、自分の手で進めている。

おいしさは、食べる少し前から始まっているのかもしれない。

食べる前の小さな所作は、その後の体験にどんな影響を与えるのだろう。そこには、商品そのものに加えて「楽しみ方」を設計するマーケティングの視点がある。

Contents

1.同じチョコレートでも、食べ方で体験は変わるのか

2013年、Kathleen D. Vohsらは、一定の手順を伴う行動と、その後の飲食体験の関係を調べた研究を発表した。

チョコレートの実験では、一方の参加者に、包装したまま半分に割り、片方ずつ包みを開けて食べる手順を指示した。もう一方は、ほぼ同じ時間くつろいだあと、自由に食べた。

結果、手順に沿って食べたグループは、食べる体験の楽しさを高く評価し、支払ってもよいと答えた金額も高かった。hbs.edu

新しい原料を加えたわけではない。特別な製法でつくり直したわけでもない。

変えたのは、商品との関わり方だった。

ここで考えたいのは、食品の成分や物理的な性質の変化ではなく、受け取る人の体験の変化である。

味わいを考えるとき、商品が口に入るまでの時間にも、目を向ける余地がある。

2.「儀式」は、大げさなものでなくてよい

儀式と聞くと、厳かな作法や伝統的な行事を思い浮かべるかもしれない。

しかし、この研究が扱ったのは、日常的な飲食にも取り入れられる、順序のある行動だ。

別の実験では、毎回同じ手順の動作をする場合と、その都度異なる動作をする場合を比較した。結果は、単に何か動けばよいというより、まとまりのある手順に意味があることを示している。研究全体では、こうした所作が体験への関与を高めることが、楽しさにつながる仕組みとして検討された。hbs.edu

この視点を、日常に引き寄せてみる。

仕事の合間に、袋から菓子を一つ取り出して食べる。

一方で、小皿に置き、お茶を用意し、椅子に座ってから食べる。

後者では、「いまから休憩をする」という区切りを、自分でつくっている。そのぶん、目の前の一品に向き合いやすくなるのではないだろうか。

大切なのは、作法を増やすことよりも、その時間に自分が参加していると感じられることだ。

3.見て楽しむことと、自分で行うこと

前回の記事では、コーヒーを淹れる手元を見せることから、仕事の価値を伝える方法を考えた。

今回は、顧客自身の手に注目する。

研究では、レモネードを決められた手順で自分でつくる場合と、実験者が同じ手順を行う様子を見る場合も比較している。その結果、自分で行うことの重要性が示唆された。hbs.edu

提供する人の技術を見て理解する体験と、自分の手で進める体験。

どちらを用意するかで、顧客接点の設計は変わる。

たとえば、店員がお茶を淹れて提供する店なら、茶葉の特徴や淹れ方を見てもらう場面がある。

自分で淹れる商品なら、茶葉を取り出し、湯を注ぎ、待つまでの流れをどう案内するかが重要になる。

ただし、実験の結果を、そのままあらゆる商品やサービスに当てはめることはできない。

顧客が求めているものが、手軽さなのか、ゆっくり楽しむ時間なのか。まず、その違いを捉えたい。

4.「休憩のお菓子」を、どんな体験にするか

仮に、ある菓子ブランドが「仕事の合間に、短くても満足できる休憩を届けたい」と考えているとする。

商品開発では、味、量、食べやすさなどを検討するだろう。

マーケティングでは、さらに問いを広げられる。

その菓子を、どんなふうに食べてもらいたいのか。

机の引き出しから出して、すぐに食べられることが価値なのか。それとも、数分だけ仕事の手を止めるきっかけをつくりたいのか。

後者を目指すなら、たとえば次のような体験案を考えられる。

戦略上の狙い体験への落とし込み例
休憩への切り替えをつくる包みの内側に、短い楽しみ方を添える
商品に目を向けてもらう割った断面や香りに気づく案内をする
自分で進める楽しさを用意する開ける、分ける、味わう流れを考える
忙しい人にも使いやすくする説明を短くし、行っても行わなくても楽しめるようにする

これらは、研究をもとに発想を広げた施策例だ。

実際には、商品に合う所作か、顧客に負担をかけないかを確かめる必要がある。

ブランドが届けたい時間を決め、その時間に合う行動を考える。

その順序があれば、楽しみ方の提案も、戦略につながる。

5.戦略を、パッケージ・コピー・動画にする

では、「ひと息つく時間を届ける」という狙いを、具体的な表現へどう変えるのか。

パッケージなら、外側では商品の特徴や必要な情報をわかりやすく伝える。そのうえで、包みを開いたときに、短い言葉が目に入る構造を考える。

たとえば、割って食べられるチョコレートなら、

「ひとつ割って、ひと息ついて。」

というコピーが考えられる。

言葉に合わせて、割りやすい形や、持ちやすい包装も検討する。表現だけではなく、実際の使い勝手までつなぐ。

動画なら、商品を口に入れる場面だけでなく、その前を描ける。

キーボードから手を離す。包みを開く。チョコレートを割る。ひとかけを口に運ぶ。

その短い流れを、音と手元で見せる。

ただし、動画を見ることと、実際に自分で行うことは別の体験だ。映像の役割は、顧客が試せる楽しみ方を、理解しやすく伝えるところに置く。

商品の魅力を説明するだけでなく、楽しむための入口をつくる。それも、クリエイティブの仕事になる。

6.「ひと手間」が、負担になることもある

ここで忘れたくないのは、顧客がいつも時間をかけたいわけではないことだ。

出勤前には、すぐ飲める一杯がありがたい。移動中には、片手で食べられる菓子が便利だ。

そこで、開け方や食べ方に複雑な手順を求められたら、面倒に感じるかもしれない。

また、茶葉を蒸らす、食品を温めるなど、行動そのものが香味や温度を変える場合もある。実際の調理効果と、所作に参加する心理的な効果は、分けて考えたい。

実務で問いたいのは、手間の量ではない。

その行動が、顧客の楽しみにつながっているか。

味わいに気づきやすくするのか。休憩の区切りをつくるのか。一緒に食べる人との会話が生まれるのか。

理由が見えていれば、必要な所作を選びやすくなる。

逆に、その理由を説明できないなら、手順を減らすことにも価値がある。

7.「やってもらえたか」の先を確かめる

楽しみ方を提案したら、顧客が実際に行ったかどうかを確認したい。

けれど、そこで評価を終わらせない。

説明はすぐに理解できたか。面倒に感じなかったか。商品の特徴に気づけたか。また同じように楽しみたいと思ったか。

可能なら、案内のある場合とない場合を比べてみる。

購入率や再購入だけでなく、「どのような時間になったか」を聞くことも、改善の手がかりになる。

「香りを意識して食べた」

「子どもと分けるのが楽しかった」

「平日はそのまま食べて、休日だけ試した」

そんな反応から、企業が想定していなかった使い方が見えるかもしれない。

顧客の所作は、企業の指示どおりに固定するものではない。提案をきっかけに、その人らしい楽しみ方へ育つこともある。

包みを開ける。半分に割る。ひとかけを選ぶ。

数秒の行動に、特別な道具はいらない。

それでも、その一枚と向き合う時間は、少し変わる。

商品を届けたあと、どんな時間が始まるのか。

そこまで想像すると、マーケティングが設計できる範囲は、食べる少し前にも広がっている。


EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

お茶を淹れる数分に、気持ちが切り替わることがある。

茶葉を取り出し、湯を注ぎ、待つ。普段繰り返している動きが、仕事の時間と休む時間の間に、小さな区切りをつくる。

商品には、味や機能がある。そして、それを迎える時間がある。

つくり手が楽しみ方を提案し、使う人が自分の暮らしに合わせて変えていく。その間に、ブランドと人との関係が育つ余地があるのだと思う。

ひと口のおいしさを考えるとき、その直前の手の動きにも、目を向けてみたい。

NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。

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