NEOTERRAINの書籍・Tシャツ・トートバッグを公開中

なぜ、スタンプが2個押されたカードは貯めたくなるのか?——「すでに始まっている」が人を動かす心理

カフェのカウンターでスタンプカードを手渡す手元の水彩画。「『あと8回』は同じ。でも、気持ちは違う。」の文字。
カフェのカウンターでスタンプカードを手渡す手元の水彩画

レジでコーヒーを受け取る。

店員が、小さなカードを差し出す。

「こちら、初回の特典でスタンプを2個お付けしています」

十個の丸が並んだカード。そのうち二つには、すでに店のマークが押されている。

全部貯まれば、コーヒーが一杯無料になる。

まだ通い始めたばかりなのに、少しだけ常連になったような気がする。財布にしまうときには、「次もここにしようかな」と思っている。

ところが、ここで考えてみたい。

スタンプが八個必要な、何も押されていないカード。十個必要だが、最初から二個押されているカード。

どちらも、特典まで必要な購入はあと八回だ。

残っている道のりは同じ。それでも、出発点の見せ方で行動は変わるのだろうか。

この問いを、実際の洗車場で調べた研究がある。

Contents

1.「あと8回」が同じ、二つのカード

2006年、Joseph C. NunesとXavier Drèzeは、「付与された進捗効果(Endowed Progress Effect)」についての研究を発表した。

そのなかのフィールド実験では、洗車場の顧客300人に、二種類のスタンプカードを無作為に配った。

特典は、必要なスタンプを集めると洗車が一回無料になるというものだった。

カードAカードB
スタンプ欄8個10個
配布時のスタンプ0個2個
特典までに必要な有料利用8回8回
見た目の進捗まだ始まっていないすでに一部が完了

カードBの顧客には、二個のスタンプは当日の特別なプロモーションによるものだと説明した。

結果、特典を獲得した顧客の割合は、カードAが19%、カードBが34%だった。同じ八回の有料利用が必要でも、最初に進捗を与えられたグループのほうが、最後まで到達する割合が高かったのである。www.xdreze.org

この数字は、あらゆる店舗で同じ成果が出るという意味ではない。

それでも、「必要な購入回数と特典が同じなら、顧客の反応も同じはずだ」という見方を揺さぶる結果だ。

顧客が受け取っているのは、特典の条件だけではない。

自分が、その特典に向かう道のどこにいるかという感覚も受け取っている。

2.「これから始める」が、「途中まで来た」に変わる

八個の空欄を見ると、これから一つずつ埋めていく課題に見える。

一方、十個のうち二個が埋まっていれば、すでに取り組みが始まっていて、その続きを進める課題に見える。

研究者たちが示したのは、この捉え方の違いだ。

同じ行動を求められていても、「未着手のことを始める」と「始まったことを完成させる」では、目標への向き合い方が変わりうる。論文では、この効果は、もらったスタンプを無駄にしたくないという気持ちよりも、目標に向かって進んでいるという認識に関係すると論じられている。Oxford Academic

財布のなかのカードには、次の来店を求める言葉は書かれていないかもしれない。

それでも、押された二つのスタンプが、続きを想像させる。

「まだ何もしていない」から、「もう少し進めてみよう」へ。

販促の小さなデザインが、行動の意味づけに関わっている。

3.「無料」の話から、「続ける」の話へ

この仕組みを、単なるおまけとして見ると、学べることが少なくなる。

スタンプを二個付ける。ポイントをプレゼントする。初回だけ割引する。

いずれも特典だが、顧客に伝わる意味は同じとは限らない。

今回の実験で着目したいのは、特典までの残りの負担を同じにしても、反応に差が出たことだ。

つまり、販促を考えるときには、「いくら得になるか」に加えて、「顧客は何を始めたと感じるか」という問いを持てる。

最初の利用を終えた人に、次の広告を見せるだけでよいだろうか。

会員登録した人に、機能の一覧を送るだけでよいだろうか。

顧客自身が「ここまでできた」と確認できる場面をつくれば、次に進む理由を届けられるかもしれない。

もちろん、実際に続ける価値があることが前提だ。

コーヒーがおいしい。通いやすい。接客が心地よい。その体験があってこそ、カードの続きを埋める意味が生まれる。

4.「再来店を増やしたい」を、カードの形にする

ここから、マーケティング戦略をクリエイティブへつなげてみよう。

たとえば、あるカフェに「初回来店はあるが、二回目につながりにくい」という課題があるとする。

そこで、初めて来た人に次回の利用を思い出してもらい、店との関係が始まったことを感じてもらう施策を考える。

このとき、カード制作の依頼を「おしゃれなポイントカードをつくってほしい」で終わらせない。

何を実現するためのデザインなのかを、次のように整理する。

戦略上の狙いクリエイティブへの落とし込み
初回利用を、関係の始まりにする初回特典のスタンプを付け、その理由を伝える
現在地をわかりやすくする押された欄と空欄を、ひと目で区別できるようにする
次の行動を具体的にするスタンプが付く購入条件を簡潔に記す
目標を想像できるようにする何がもらえるかを、具体的な言葉で示す
財布に残してもらう携帯しやすく、店を思い出せるカードにする

これは、研究をもとに考えた施策例だ。実際の効果は、店舗ごとに確かめる必要がある。

ただ、この整理によって、デザイナーが判断すべきことは明確になる。

スタンプ欄をどのくらい大きくするか。特典はどこに書くか。説明を何行に収めるか。

カードのマス目も、情報の順序も、戦略を実行するための表現になる。

5.最初の二個には、理由と言葉が必要になる

最初から押されているスタンプを見て、誰もが同じように受け取るとは限らない。

「どうして二個あるのだろう」

「この二個は、本当に使えるのだろうか」

そんな疑問が生まれれば、せっかくの特典も伝わりにくい。

元の研究でも、進捗を与える理由や、購入回数・ポイントといった記録の単位によって、効果が変わりうることが検討されている。説明の仕方も、施策の一部なのである。Oxford Academic

カフェであれば、店員の一言はこう考えられる。

「初めてのご来店ありがとうございます。初回特典で、スタンプを2個お付けしています。あと8回のご購入で、お好きなコーヒーを一杯サービスします」

感謝、特典の理由、残りの条件。この三つがわかる。

カード上のコピーなら、たとえば、

「最初の2つは、はじめましてのしるし。」

という表現も考えられる。その近くに、対象商品や必要回数、有効期限を読みやすく添える。

情緒的な言葉と、判断に必要な情報を組み合わせる。

店らしさを伝えながら、顧客が迷わず理解できる形にすることが大切だ。

6.学習や会員登録にも応用できるか

この視点は、スタンプカード以外にも発想を広げられる。

ただし、洗車場での実験結果が、そのまま別のサービスにも当てはまるわけではない。ここでは、試してみる価値のある設計の考え方として捉えたい。

たとえば、オンライン講座。

登録直後に、長い講座一覧だけが並んでいたら、受講者は何から手をつけるか迷うかもしれない。

そこで、最初に短い導入を用意する。導入を終えたら「最初のステップが完了しました」と示し、次に取り組む内容を一つ案内する。

これは架空の進捗を与える方法ではなく、実際に終えた行動を可視化する方法だ。元の実験とは異なるが、「すでに進んでいるとわかること」に着目した応用案になる。

会員サービスでも、登録、初期設定、最初の利用といった工程を、顧客が確認できるようにする。

ここで気をつけたいのは、企業に都合のよい手続きを増やさないことだ。

プロフィールを何項目も入力させれば、進捗表示は埋まる。しかし、それが顧客の目的に近づく行動でなければ、負担が増えるだけかもしれない。

何を完了したかと同じくらい、それによって顧客に何ができるようになったかを伝えたい。

7.特典まで到達したあと、何が残るのか

施策を実施したら、カードの配布枚数だけで成果を判断しない。

二回目の来店につながったか。特典獲得までの期間はどうか。特典の提供費用を含めて採算が合っているか。そして、特典を使ったあとにも来店しているか。

できれば、条件をそろえた比較も行う。

単に特典を増やして売上が上がったのか、進捗の見せ方に意味があったのか。それを考えられる設計にする。

スタンプが全部埋まったことと、その店を好きになったことは同じではない。

だからこそ、特典を渡す場面にも、その店の仕事が表れる。

いつもと同じように丁寧に淹れる。感謝を伝える。気持ちよく受け取ってもらう。

カードは、再来店のきっかけをつくれるかもしれない。その先で関係を育てるのは、一回ごとの体験だ。

財布に入れた小さなカードには、空いている丸がまだ残っている。

それが「埋めなければならないもの」になるのか、「また行く楽しみ」になるのか。

その違いまで考えることが、続ける心理を扱うマーケティングには求められる。


EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

何かを始めるとき、目の前の道は長く見える。

けれど、「ここまでは来ています」と示されると、次の一歩が少し具体的になることがある。

二つのスタンプは、小さな印にすぎない。それでも、まだ通い慣れない店との間に、続きをつくる余地が生まれる。

その続きを、本当に楽しみにしてもらえるだろうか。

販促を考えるときには、数字と一緒に、その気持ちも見つめていたい。

NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。

新しい記事や思考のヒントを受け取りたい方は、メールマガジンにご登録ください。

つくる力を、届く力へ。

映像・記事・SNS、マーケティングや企画など、
現場で培った「伝わるコンテンツ」のヒントをお届けします。

この記事が響いたら、シェアしていただけると嬉しいです。
  • URLをコピーしました!
Contents