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プラスチックに代わる肥料はあるのか—農業の省力化と環境負荷を両立する道

プラスチック被膜殻が浮かぶ水田と、肥料を精密散布するドローン。「便利さを捨てずに、海を守れるか。」の文字を配置した環境問題のイメージ

田植えを終えた水田には、初夏の空が映り込む。

その水面に浮かぶ、小さな白い粒。発泡スチロールの破片にも見えるそれは、肥料成分が溶け出した後に残った「プラスチック被膜殻」かもしれない。

プラスチック被覆肥料は、作物の生育に合わせて肥料成分を少しずつ放出する。田植えの際に一度施せば、栽培期間中の追肥作業を減らせることから、「一発肥料」とも呼ばれてきた。

高齢化と人手不足が進む日本の農業において、その省力効果は大きい。

しかし、役割を終えた被膜殻の一部が水田から排水路へ流れ、川を通じて海へ到達する可能性が指摘されている。

では、プラスチックを使わず、農家の負担も増やさない肥料はあるのだろうか。

問題は、単純な素材の置き換えだけでは解決しない。

Contents

プラスチック被覆肥料は、なぜ広がったのか

プラスチック被覆肥料は、肥料の粒を樹脂などで覆い、温度や水分に応じて内部の窒素成分を徐々に溶出させる仕組みを持つ。

稲の成長に合わせて肥料が効くため、肥料成分が一度に流れ出すことを抑え、施肥量の削減にもつながる。また、田植えの時期にまとめて施肥できるため、夏場に水田へ入って行う追肥作業を減らすことができる。

つまり、プラスチック被覆肥料は、単なる便利な資材ではない。

農業従事者の高齢化、経営規模の拡大、労働力不足という、日本の農業が抱える構造的な問題を支えてきた技術でもある。

農林水産省が2023年度に実施した調査では、回答した水稲生産者1,195件のうち、79.7%がプラスチック被覆肥料を利用していた。

この数字からも、現場への浸透度の高さが分かる。

そのため、「環境に悪いから、すぐに使用をやめる」という議論だけでは、農業現場の現実を捉えきれない。

田んぼから川へ、川から海へ

肥料成分が溶け出した後も、外側のプラスチック被膜は残る。

水より軽い被膜殻は水面に浮かびやすく、代かきや田植え前後の排水とともに水田の外へ流れ出すことがある。排水路から川へ、さらに海まで移動すれば、回収は難しくなる。

農林水産省の調査では、プラスチック被覆肥料を使用している生産者のうち、代かき時期に流出防止対策を実施していると回答した割合は42.4%だった。一方、57.2%は対策を実施していなかった。

問題の存在は知られるようになってきたが、現場での対策はまだ十分とはいえない。

背景には、作業時間や費用の問題だけでなく、どの肥料にプラスチックが使われているのか分かりにくかったことや、流出防止策が地域全体に浸透していないこともある。

選択肢① プラスチックを使わない緩効性肥料

代替策の一つが、プラスチック以外の仕組みで肥料成分をゆっくり効かせる肥料である。

例えば、硫黄などで肥料を覆うタイプや、化学反応によって肥料成分を緩やかに放出するウレアホルム肥料などがある。

これらはプラスチック被膜殻を残さない点で有効だが、従来の被覆肥料とまったく同じように使えるとは限らない。

気温、水温、土壌、品種、田植えの時期によって、肥料が効く速度は変わる。地域や栽培方法によっては、肥効が稲の成長と合わず、収量や品質に影響する可能性もある。

必要なのは、全国一律の切り替えではなく、それぞれの地域で実証を重ねることだ。

「プラスチックを使わない」という環境性能だけでなく、収量、品質、価格、作業負担を含めて評価しなければ、農家が継続して使用できる技術にはならない。

選択肢② 必要な時期に、必要な量だけ与える

もう一つの方向が、一度に肥料を与える「一発施肥」から、必要な時期に必要な量を与える「分施」への転換である。

従来、追肥には、人が重い肥料を持って水田へ入るなど、大きな労力が必要だった。

しかし現在は、ドローンを使って上空から肥料を散布する方法や、用水と一緒に肥料を水田へ流し込む「流し込み施肥」、苗の根元に肥料を配置する側条施肥、土の中の適切な位置へ肥料を入れる深層施肥などが開発・実証されている。

センサーや衛星画像で稲の生育状況を把握できれば、肥料が不足している場所だけに施す精密施肥も可能になる。

これは、プラスチック被覆肥料を別の肥料へ置き換えるのではなく、施肥の方法そのものを変える発想だ。

ただし、ドローンや専用機械の導入には費用がかかる。操作できる人材も必要になる。小規模な農家が単独で導入するのが難しい地域もある。

機械を共同利用する仕組みや、JA、自治体、農業法人による作業受託まで含めた地域設計が欠かせない。

選択肢③ 生分解性素材なら解決するのか

自然界で分解される素材を被膜に利用する研究も進められている。

生分解性プラスチックは、一定の条件下で微生物によって水や二酸化炭素などに分解される。十分な分解性能が確保できれば、従来型プラスチックの被膜殻が長く残る問題を減らせる可能性がある。

しかし、「生分解性」と表示されていれば、どこでも速やかに消えるわけではない。

土壌、河川、海では、温度や微生物、酸素などの条件が異なる。農地では分解しても、海に流出した場合には分解に時間がかかる素材も考えられる。

また、肥料を必要な時期まで保護する耐久性と、役割を終えた後に分解する性質を両立させなければならない。

生分解性素材は有力な選択肢だが、それだけで流出を気にしなくてよくなるわけではない。

重要なのは、「何で作られているか」だけでなく、「どの環境で、どれくらいの期間で、何に分解されるか」まで確認することだ。

すぐにできるのは、田んぼから出さないこと

代替技術が全国に普及するまでには時間がかかる。

その間にも必要なのが、現在使われている被膜殻を水田の外へ流出させない対策である。

具体的には、代かきの水を少なくする「浅水代かき」、排水を外へ流さず自然に水位を下げる方法、排水口への捕集ネットの設置、水面に浮いた被膜殻の回収などが挙げられる。

大がかりな設備がなくても始められる対策はある。

ただし、流出したものを農家が回収するだけでは、根本的な解決にはならない。集めた被膜殻をどこへ持っていき、誰が処理費用を負担するのかという問題が残る。

農家だけに責任を負わせるのではなく、肥料メーカー、販売事業者、JA、自治体、国が役割を分担する必要がある。

「置き換える」から「仕組みを変える」へ

肥料関係団体は、「2030年にはプラスチックを使用した被覆肥料に頼らない農業に。」という理想を掲げている。

2026年2月に公表された中間進捗では、プラスチックを使わない緩効性肥料の製品化、流し込み施肥やドローン施肥の実証、プラスチック使用量を削減した被覆肥料の普及などが報告された。

しかし、すべての地域や品種で、従来の被覆肥料を直ちに代替できる一つの技術が完成したわけではない。

必要なのは、複数の選択肢を地域ごとに組み合わせることだ。

  • プラスチックを使わない肥料へ転換する
  • ドローンや流し込み施肥で追肥を省力化する
  • 土壌診断によって過剰な施肥を減らす
  • 被膜殻を水田から流出させない
  • 回収と処理の費用を社会全体で支える

農業の環境問題は、新しい素材を一つ導入すれば終わるほど単純ではない。

農家の負担を増やすだけでは続かない

私たちが食べる米の価格には、環境対策のための労力や費用が十分に反映されているだろうか。

環境負荷の少ない肥料が従来品より高く、さらに作業時間も増えるのであれば、その負担を農家だけに求めることはできない。

環境配慮型の農産物を適正な価格で購入すること。代替技術の導入を政策で支援すること。メーカーが製品の使用後まで責任を持つこと。流域全体で流出を監視し、回収すること。

田んぼと海をつなぐ問題だからこそ、解決も農地の中だけで考えてはならない。

田んぼの省力化と、海の環境は両立できる

プラスチック被覆肥料は、農家の負担を軽減するために生まれた。

その技術を利用してきた農家を責めても、問題は解決しない。

問われているのは、これまで被覆肥料が担ってきた「必要な時に肥料を効かせる機能」と「追肥作業を減らす役割」を、環境への流出を起こさない別の仕組みでどう支えるかである。

素材を変える。

施肥方法を変える。

機械を共同で使う。

流出を水田で止める。

そして、その費用と責任を農家だけに集中させない。

代替技術とは、単なる代替品ではない。

農業の省力化、食料生産、地域の水環境、そして海の未来を一つの流れとして捉え直すことなのだ。

水田から流れ出した小さな被膜殻は、私たちに問いかけている。

便利さを手放すのではなく、その便利さを、次の時代にふさわしい形へ更新できるか、と。


参考資料

記事抜粋案:
プラスチック被覆肥料は、農家の追肥作業を減らす一方、役割を終えた被膜殻が川から海へ流出する可能性があります。非プラスチック肥料、ドローン施肥、生分解性素材は解決策になるのか。農業の省力化と環境負荷低減を両立する道を考えます。

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