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地下水は誰のものか─見えない水資源が減っていく

日本の里山と田んぼの地下に広がる地下水脈を断面で表現した風景
日本の里山と田んぼの地下に広がる地下水脈を断面で表現した風景

水は、空から降ってくる。

雨になり、雪になり、山に落ちる。
森の土にしみ込み、谷へ流れ、川となり、海へ向かう。
その一部は、地面の下へゆっくりと入り込む。

地下水である。

地下水は、目に見えない。

川のように流れが見えるわけではない。
湖のように水面があるわけでもない。
海のように広がりを感じることも難しい。

けれど、地下水は私たちの暮らしを静かに支えている。

井戸水。
湧水。
農業用水。
工業用水。
飲み水。
温泉。
酒づくり。
豆腐。
わさび田。
地域の名水。
湿地や川の水量。

地下水は、地域の風土そのものをつくっている。

しかし、その水は本当に無限なのだろうか。

地面の下にあるから、いくらでも使える。
見えないから、減っていることに気づきにくい。
誰かが使っても、すぐにはわからない。

地下水の問題は、見えないことから始まる。

環境省の「地下水保全」ガイドラインは、水循環基本法の基本理念として、水は国民共有の貴重な財産であり、公共性の高いものであることを示している。地下水についても、水循環の一部として、地下水域を単位とした統合的な保全が求められている。

地下水は、誰か一人のものではない。

地面の下を流れる水は、土地の境界線を越え、時間をかけて地域をつなぐ。

だからこそ、地下水は「使う水」であると同時に、「守る水」でもある。

Contents

地下水とは何か

地下水とは、地面の下に存在する水のことである。

雨や雪が地表に落ちる。
その一部は川へ流れる。
一部は植物に吸収される。
一部は蒸発する。
そして一部が、土や岩のすき間へしみ込んでいく。

その水が地下にたまり、ゆっくりと移動する。

地下水の流れは、川のように速くない。
地域によっては、何年、何十年、あるいはもっと長い時間をかけて移動することもある。

つまり地下水は、すぐに補充される水ではない。

今日降った雨が、明日そのまま井戸水になるわけではない。
森や田んぼ、畑、川、地質、地形、土地利用が、長い時間をかけて地下水を育てている。

地下水は、地域の時間を含んだ水である。

だからこそ、使い方を間違えると、回復にも時間がかかる。

見えない水は、減っても気づきにくい

地下水の難しさは、目に見えないことにある。

川の水が減れば、川幅や水位でわかる。
ため池が干上がれば、すぐに見える。
海岸にごみが漂着すれば、写真にも映る。

しかし、地下水は減ってもすぐには見えない。

井戸の水位が下がる。
湧水の量が減る。
湿地が乾く。
地盤が沈む。
地下水に塩水が入り込む。
汚染が広がる。

そうなって初めて、地下で変化が起きていたことに気づく。

国土交通省は、地下水マネジメントについて、地盤沈下、塩水化、地下水汚染などの地下水障害の防止や、生態系の保全を確保しつつ、地域の地下水を守り、水資源として利用する「持続可能な地下水の保全と利用」を推進するものだと説明している。

地下水は、使っている瞬間には便利である。

蛇口をひねれば水が出る。
ポンプでくみ上げれば利用できる。
工場も、農業も、暮らしも、その水に支えられる。

しかし、その便利さの裏側で、水位が下がっているかもしれない。
地盤に変化が出ているかもしれない。
川や湿地の水量が変わっているかもしれない。

見えない水は、見えないまま使われやすい。

地下水は土地の所有者のものなのか

地下水を考えるとき、避けて通れない問いがある。

地下水は、誰のものなのか。

土地を所有していれば、その下の水も自由に使ってよいのか。
地域の水源として、多くの人で守るべきものなのか。
企業が大量にくみ上げる水と、住民の井戸水はどう調整されるのか。
農業や工業、観光、生活用水の優先順位はどう考えるのか。

地下水は、土地の下にある。

しかし、地下水の流れは土地の境界で止まらない。

ある場所で大量にくみ上げれば、周辺の地下水位に影響することがある。
別の場所の湧水や井戸に影響する可能性もある。
川や湿地、生態系にも関わる。

地下水は、個人の土地の下にあるように見えて、実際には地域全体の水循環の中にある。

だからこそ、地下水には公共性がある。

環境省は、水循環基本法の理念を踏まえ、地下水を水循環系全体の中で捉え、地下水域を単位として統合的・一体的に保全する必要があるとしている。

地下水は、所有の論理だけでは扱いきれない水である。

地盤沈下という地下からの警告

地下水の過剰なくみ上げが引き起こす問題のひとつに、地盤沈下がある。

地下から水を大量にくみ上げる。
地下の水圧が下がる。
地層が圧縮される。
地面が少しずつ沈む。

地盤沈下は、一度進むと元に戻りにくい。

地面が沈めば、建物や道路、上下水道、農地、河川、海岸防災に影響する。
低地では、浸水リスクが高まることもある。

都市の発展や工業化の中で、地下水は大量に利用されてきた。
その結果、かつて日本の都市部や平野部では地盤沈下が大きな問題になった。

現在は法規制や管理によって改善された地域もあるが、地下水利用が増えれば、再びリスクが生まれる可能性がある。

地下水は、地面の下の水である。
しかし、その変化は地上に現れる。

道路の高さ。
建物の傾き。
水害リスク。
農地の排水。
都市の安全。

地下水の使い方は、地盤という社会の土台にも関わっている。

塩水化という海からの侵入

沿岸部では、地下水のくみ上げによって塩水化が起きることがある。

地下水は、内陸から海へ向かって流れている場合が多い。
その流れがあることで、海水が地下へ入り込みすぎないようにバランスが保たれている。

しかし、沿岸部で地下水を大量にくみ上げると、地下水位が下がる。
すると、海水が地下へ入り込みやすくなる。

その結果、井戸水が塩辛くなる。
農業用水として使いにくくなる。
飲み水や工業用水に影響が出る。

これが、地下水の塩水化である。

海に近い地域では、地下水は淡水と海水の境界の上に成り立っている。

その境界は見えない。

けれど、地下で水のバランスが崩れると、海は静かに地下へ入ってくる。

沿岸地域にとって、地下水は海との境界でもある。

地下水汚染は、長く残る

地下水のもうひとつの大きな問題は、汚染である。

地表の汚れが地下へしみ込む。
工場跡地から化学物質が漏れる。
農地から硝酸性窒素などが流れ込む。
廃棄物や燃料が地下へ浸透する。

一度地下水が汚染されると、回復には時間がかかる。

川であれば、水が流れて希釈されることもある。
しかし地下水の流れは遅い。
汚染物質が地層の中に残り、長い時間をかけて移動することがある。

地下水汚染は、見えない場所で広がる。

汚染源がどこにあるのか。
どの方向へ流れているのか。
どの井戸に影響するのか。
どのくらい時間がかかるのか。

調査にも時間がかかる。

地下水は、きれいな水というイメージがある。
湧水や井戸水には、地域の清らかさを感じる。

しかし、地下水も汚染される。

見えないからこそ、早く気づくことが難しい。
そして、一度汚れると、簡単には戻らない。

都市化が地下水を変える

地下水は、都市化によっても変わる。

地面が舗装される。
道路が広がる。
駐車場が増える。
住宅地が拡大する。
雨水が地面にしみ込みにくくなる。

かつて土だった場所に、アスファルトやコンクリートが広がると、雨は地下へ入りにくくなる。

雨水は側溝へ流れ、排水路へ入り、川へ一気に流れる。
地下水として蓄えられる量は減りやすくなる。

都市は、水を早く流すようにつくられてきた。

浸水を防ぐため。
道路を守るため。
建物を守るため。
生活を便利にするため。

しかし、水を早く流しすぎることで、地下へしみ込む水が減る。

地下水を育てるには、雨が地面にしみ込む余白が必要である。

森。
田んぼ。
畑。
公園。
緑地。
雨庭。
透水性舗装。
湿地。
湧水地。

都市の中にも、水を地面へ返す場所が必要になる。

地下水の問題は、山や農村だけの話ではない。
都市のつくり方にも深く関わっている。

田んぼと地下水

田んぼは、米をつくる場所である。

しかし、それだけではない。

水を張った田んぼは、地域の水循環にも関わっている。

雨や用水が田んぼに入る。
一部は蒸発する。
一部は水路へ流れる。
一部は土へしみ込む。

その水が、地下水を育てることがある。

もちろん、田んぼの地下水涵養効果は地域の地質や水管理によって異なる。
すべての田んぼが同じ働きをするわけではない。

しかし、農地や水田が減り、地面が舗装されることで、地域の水循環が変わることは確かである。

田んぼは、食料生産の場であると同時に、水を一時的に受け止める場所でもある。

水路、ため池、田んぼ、湿地、川、地下水。

これらは別々のものではない。

地域の水は、面でつながっている。

田んぼが消えることは、風景が変わるだけではない。
地下へしみ込む水の道が変わることでもある。

湧水は地下水の出口である

湧水は、美しい。

山すその清水。
神社の境内に湧く水。
まちの中の小さな湧水池。
わさび田を流れる冷たい水。
酒蔵が使う名水。
地域の人が汲みに来る水。

湧水は、地下水が地表へ現れた場所である。

つまり、湧水を見ることは、地下水を見ることでもある。

湧水が豊かな地域には、地下で水が育つ仕組みがある。
山の森林。
雨水がしみ込む地質。
保全された涵養域。
過剰にくみ上げられていない地下水。
汚染されていない水質。

湧水は、地域の水循環の表情である。

しかし、地下水位が下がれば、湧水量が減ることがある。
涵養域が開発されれば、水の出方が変わることもある。
地下水が汚染されれば、湧水にも影響する。

湧水が枯れるとき、そこには地下の変化がある。

見える水の変化は、見えない水の変化を知らせている。

気候変動と地下水

気候変動は、地下水にも関わる。

雨の降り方が変わる。
短時間に強い雨が降る。
長い乾燥期間が増える。
雪の量や雪解けの時期が変わる。
蒸発散が増える。
農業用水の需要が変わる。

雨が多くなれば地下水が増える、という単純な話ではない。

短時間に激しく降る雨は、地面にしみ込む前に川へ流れてしまうことがある。
逆に、長い少雨や渇水が続けば、地下水の補給も減る。

積雪地では、雪がゆっくり溶けることで地下水や川の流れを支えてきた地域もある。
雪の降り方が変われば、水の時間配分も変わる。

地下水は、気候の変化を遅れて受け取る。

だから、いま見えている地下水の変化は、過去の雨や土地利用の結果かもしれない。
そして、いまの気候変動の影響は、将来の地下水に現れるかもしれない。

地下水は、時間差のある環境問題である。

地下水マネジメントという考え方

地下水を守るには、個別の井戸だけを見ていても足りない。

地域全体で地下水の流れを考える必要がある。

どこで水がしみ込むのか。
どこでくみ上げているのか。
どのくらい使っているのか。
地下水位はどう変わっているのか。
湧水や河川にどんな影響があるのか。
汚染リスクはどこにあるのか。
地盤沈下や塩水化の可能性はあるのか。

こうした情報を共有し、地域で地下水を保全しながら使う。

それが、地下水マネジメントである。

内閣官房水循環政策本部事務局は、水循環基本計画において「持続可能な地下水の保全と利用の推進」のための施策として地下水マネジメントが位置づけられたと説明している。

地下水マネジメントは、単なる規制ではない。

地域の水を、地域で知ること。
使う人と守る人が同じテーブルにつくこと。
科学的なデータと、地域の経験をつなぐこと。
行政、企業、農業者、住民、研究者が、見えない水を共有財産として扱うこと。

地下水は見えない。

だからこそ、見える仕組みが必要である。

水を使う企業と地域

近年、地下水を使う企業活動にも関心が集まっている。

半導体工場。
飲料工場。
食品加工。
酒造。
温泉施設。
農業施設。
データセンター。
観光施設。

水を使う産業は多い。

水は地域資源であり、経済を支える力でもある。
企業が地域に来ることで、雇用が生まれ、産業が育つこともある。

しかし、水は地域の共有財産でもある。

大量に使う場合には、地下水位や湧水、農業用水、住民の井戸、生態系への影響を考える必要がある。

企業の水利用は、地域との信頼関係の上に成り立つべきである。

どれだけ使うのか。
どこから取るのか。
どれだけ戻すのか。
水質に影響はないのか。
渇水時にはどうするのか。
地域と情報を共有しているのか。

地下水は、見えないからこそ、不安を生みやすい。

だからこそ、透明性が必要になる。

水を使う企業は、地域の水循環の一部になる。

その自覚が求められている。

地下水は文化でもある

地下水は、単なる資源ではない。

地域の文化でもある。

湧水を守る祭り。
名水で仕込む酒。
井戸端の記憶。
水路沿いの暮らし。
わさび田の風景。
豆腐や蕎麦の味。
温泉地の歴史。
城下町の水。
神社の清水。

地下水は、その土地の味をつくっている。

水が違えば、暮らしが変わる。
食文化が変わる。
産業が変わる。
景観が変わる。

水は、地域の個性である。

だから、地下水が減ることは、単に水量が減ることではない。

土地の記憶が薄れることでもある。

見えない水が、見える文化を支えている。

このことを忘れてはいけない。

地下水をどう守るか

地下水を守るために必要なことは、いくつもある。

まず、地下水の状況を知ること。

地下水位を測る。
水質を調べる。
井戸や湧水を記録する。
くみ上げ量を把握する。
涵養域を確認する。
地盤沈下や塩水化の兆候を見る。

次に、地下水を育てる場所を守ること。

森を守る。
田んぼを守る。
湿地を守る。
雨水がしみ込む地面を残す。
都市の中に浸透する場所をつくる。
過剰な舗装を避ける。

そして、地下水を使うルールを地域で考えること。

生活用水。
農業用水。
工業用水。
観光利用。
生態系。
将来世代。

誰がどれだけ使うのか。
どのように補うのか。
何を優先するのか。

地下水の保全は、技術だけではできない。

地域の合意が必要である。

見えない水を、見える言葉にする

地下水は、地面の下を流れている。

だから、私たちは忘れやすい。

雨が降ること。
水がしみ込むこと。
土が水を蓄えること。
井戸が地下とつながっていること。
湧水が水循環の出口であること。
使いすぎれば、地面の下のバランスが崩れること。

見えない水は、見えないまま消費されやすい。

しかし、地下水は地域の基盤である。

水道の蛇口の向こうに。
田んぼの水の奥に。
酒や豆腐の味の中に。
湧水の冷たさの中に。
湿地の生き物の暮らしの中に。

地下水はある。

地下水は誰のものか。

その問いは、所有の問いではない。

私たちが、地域の水をどう共有し、どう未来へ残すのかという問いである。

地下水は、見えない水資源である。
しかし、その影響は、地上の暮らしに確かに現れる。

水が見えない場所にあるからこそ、
私たちはその存在を言葉にしなければならない。

引用・参考

環境省「『地下水保全』ガイドライン~地下水保全と持続可能な地下水利用のために~」
https://www.env.go.jp/water/jiban/guide.html

環境省「地下水・地盤対策」
https://www.env.go.jp/water/chikasui_jiban.html

国土交通省「地下水マネジメントについて」
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk1_000066.html

内閣官房水循環政策本部事務局「地下水マネジメント導入のススメ」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/mizu_junkan/materials/materials/groundwater.html

内閣官房水循環政策本部事務局「水循環白書」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/mizu_junkan/materials/materials/white_paper.html


地下水は、目に見えない水資源です。
けれどその水は、井戸、湧水、農業、工業、食文化、温泉、湿地、川の流れまで、地域の暮らしを静かに支えています。
これからも、美しい風景の裏側にある自然環境の変化を掘り下げていきます。
よかったらこの記事をブックマークして、また水と地域の未来を考えるきっかけにしていただけたら嬉しいです。

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