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青森の発酵文化|「ごど」は、名も知られぬ台所から未来へつながる

Watercolor illustration of a bowl of godo, a fermented soybean food from Towada, Aomori, beside hands sorting soybeans, with snowy fields beyond a window. Japanese text reads, “Memories of the land in a small bowl.”
青森・十和田の発酵文化|ごどと台所の記憶

十和田に伝わる大豆と麹の味。その小さな器に、暮らしの記憶がある

炊きたてのご飯の横に、小さな器がある。

豆の粒が見える。けれど、いつもの納豆とは少し様子が違う。麹が混ざり、やわらかくまとまったその食べ物を、初めて見る人は、どう呼べばよいのか迷うかもしれない。

青森県の十和田周辺に伝わる「ごど」。

納豆に麹や塩を加え、さらに乳酸発酵させる郷土食として紹介されている。広く知られた名物というよりも、限られた地域の家庭で受け継がれてきた食べ物だ。aomori-tourism.com

二文字の名前からは、その姿も味も想像しにくい。

けれど、この小さな食べ物をたどると、青森という県名だけでは見えなかった土地の違いと、暮らしの奥に残っていた発酵の知恵が浮かんでくる。

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青森の中にも、いくつもの食卓がある

青森と聞いて、何を思い浮かべるだろう。

りんご、雪景色、豊かな海。県の名前から呼び起こされる風景には、いくつかの共通したイメージがある。

しかし、食卓をたどっていくと、県境よりも細かな土地の輪郭が見えてくる。

マルコメの取材記事では、津軽地方出身の料理人・高谷謙一さんも、十和田の「ごど」を知ったのは大人になってからだったと紹介されている。同じ青森県の出身者であっても、食べたことのない郷土食がある。marukome.co.jp

ある家では見慣れたものが、別の土地では名前さえ知られていない。

その距離は、食文化の豊かさでもある。

47都道府県を巡るこの連載も、一つの食品で県全体を説明することはできない。今回は、青森県南部の十和田周辺に残る一皿から、その奥にある暮らしを見つめたい。

冷たい風の土地で、豆を食べる

青森県の公式観光情報サイトは、県南地方の食文化を、冷たく湿った風「やませ」と結びつけて紹介している。

稲作が難しかった時代、豆は暮らしを支える重要な食べ物であり、家庭では納豆が手づくりされていたという。aomori-tourism.com

豆を食べるためには、手間がかかる。

乾いた豆を戻し、やわらかく煮る。発酵させるなら、そのための環境も整える。

十和田のごどを調査し、製法を伝えている矢部聖子さんの取り組みを紹介した記事には、大豆を炒り、砕き、皮を取り除き、水に浸して煮る工程が記録されている。その後、納豆菌を付けた豆を、毛布やこたつを使って温める。aomori-tourism.com

冷たい外気と、人が火や布でつくる温もり。

発酵は、そのあいだに居場所を与えられていた。

食べ物をつくる場所と、人が暖を取る場所が近かったことも、こうした記録から想像できる。台所だけで完結する料理とは、少し違う。暮らしの空間そのものが、食べ物を育てる仕事に関わっていたのだ。

起源がわからない、ということも大切な記録

ごどの由来には、いくつかの説がある。

寒さによって納豆が思うように仕上がらず、麹や塩を加えておいしく食べようとしたのではないか。大量につくった納豆を、長く食べるための工夫だったのではないか。

ただし、これらは確定した歴史ではない。

2024年に公開された「青森しあわせ紀行」でも、ごどの起源や語源は不明であり、納豆から枝分かれしたという説明は推測だと明記されている。aomori-tourism.com

この曖昧さを、都合のよい物語で埋めてしまいたくはない。

誰が最初につくったのか。どの家から広がったのか。なぜ、その名前になったのか。

日々の食事には、記録されないことが多い。あまりに身近だったからこそ、由来を説明する必要もなかったのだろう。

ごどに残る謎は、調査を続ける理由になる。そして、今ならまだ聞くことのできる記憶があると、教えてくれる。

同じ名前の中に、違う記憶がある

ごどの味わいは、一つの言葉では説明しきれない。

紹介されているものには、大豆の風味、麹由来の甘み、発酵による酸味が重なる。熟成が進むと、チーズを思わせる複雑な味になるという。aomori-tourism.com

興味深いのは、その味への記憶も、人によって異なることだ。

矢部さんへの聞き取りを掲載した記事には、昔のごどを好ましく思わない人がいる一方、ごちそうだったと振り返る人もいたと記されている。aomori-tourism.com

郷土料理だから、誰にとっても懐かしく、おいしいとは限らない。

家ごとにつくり方が違い、食べる人の好みも違う。そのときの暮らしや、食卓の記憶も重なる。

伝統を語るとき、私たちは温かな思い出だけを集めがちだ。しかし、苦手だったという声も含めて、その土地の食文化なのだと思う。

好き嫌いまで残っていることは、それだけ具体的に、人の暮らしにあった証でもある。

受け継ぐ仕事は、聞くことから始まる

ごどを未来につなぐ営みの中で、印象に残るのが、矢部さんによる聞き取りだ。

2024年の紹介記事によると、矢部さんは、つくることをやめようとする人の存在を知り、文化が途絶えることを危惧したという。それから、温泉などで高齢の女性に、ごどをつくった経験があるかを尋ね、製法を聞いてきた。aomori-tourism.com

文化の継承は、ときに大きな施設や事業を想像させる。

けれど、その手前には、一人の人に話を聞くという、小さく具体的な仕事がある。

どんな豆を使ったのか。

どう仕込み、どんな状態を食べごろとしたのか。

聞かなければ、語られないことがある。つくるのをやめた人の中にも、まだ残っている知識がある。

受け継ぐ人は、必ずしも最初からすべてを知っている人ではない。知らないことに気づき、教わろうとした人が、次の担い手になることもある。

ご飯の上から、新しい食卓へ

ごどは、ご飯にのせるほか、調味料のようにも使われてきた。

公式観光サイトの取材では、南部せんべいにのせたり、しめさばに合わせたりする食べ方が紹介されている。地域で親しまれている別の食品と出会うことで、酒の肴としても新しい表情を見せる。aomori-tourism.com

東京の料理人による紹介では、バゲットやクラッカーにのせるという提案もある。marukome.co.jp

ここには、受け継ぐための可能性がある。

昔の食卓を知らない人でも、身近な食べ方から近づくことができる。名前を覚え、背景を知り、別の料理にも合わせてみたくなる。

その入り口が増えれば、つくり手の技術や土地の記憶に関心を持つ人も増えるかもしれない。

大切なのは、食べ方が広がった先でも、十和田でこの味を受け継いできた人たちの存在が、一緒に伝わることだ。

EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

よく知られた名物には、すでに多くの言葉が用意されている。

一方で、家庭に残っていた食べ物には、まだ説明されていないことがある。由来がわからず、製法も一つではなく、同じ名前を聞いても、人によって違う顔をする。

ごどを調べながら、その不揃いな記憶に惹かれた。

誰かにはごちそうで、誰かには苦手な味だった。それでも、つくり方を尋ねる人が現れ、もう一度、食卓に置こうとしている。

土地の文化は、最初から価値の説明が整っているものばかりではない。

「これ、どうやってつくっていたんですか」

そんな問いかけを待っているものが、まだ身近にあるのだと思う。

青森の小さな器から見えてきたのは、発酵の知恵と、それを覚えている人に会いに行くことの大切さだった。


参考資料

※本記事は公開資料に基づいて構成しています。人物の活動や食べ方は、各資料の掲載時点の情報です。

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