インドネシアの泥炭地と、湿った大地を取り戻す仕事
森を守ると聞くと、私たちは木を思い浮かべる。
幹の太さ。葉の重なり。枝の間を移動する生きもの。失われた緑を取り戻すために、苗木を植える風景を想像する。
けれども、インドネシアの森には、木々を見上げるだけでは分からない問題がある。
足元の、水だ。
スマトラ島や、ボルネオ島のインドネシア領であるカリマンタンなどに広がる泥炭地。その土地では、森の下に、水を含んだ有機物の層が積み重なっている。長い時間をかけて蓄えられた炭素は、土地が湿っていることで地中にとどまる。排水され、乾き、燃えるとき、その蓄積が大気へ放出されてしまう。UNEP – UN Environment Programme
森が燃えるという出来事の前に、土地から水が失われている。
インドネシアの自然環境問題を考えるには、その静かな変化までさかのぼる必要がある。
世界地図の緑の下にある、もうひとつの森
世界地図でインドネシアを見ると、赤道に沿って島々が東西に連なっている。
その大きな島のひとつ、ボルネオ島。インドネシア領のカリマンタンには、熱帯の泥炭地が広がる。スマトラ島のリアウ州も、重要な泥炭地を抱える地域だ。UNEP – UN Environment Programme
泥炭とは、植物の遺骸などが十分に分解されず、積み重なったものだ。水に満たされ、酸素が届きにくい環境で、有機物が長い時間をかけて蓄積する。UNEP – UN Environment Programme
いま立っている木々の下に、かつてその場所で生きていた植物の時間が眠っている。
森には、上へ伸びる時間と、下へ積もる時間がある。
泥炭地は、その両方を抱える土地だ。
地表の緑は目に入りやすい。けれども、この土地の価値の多くは、地面の下にある。炭素を蓄え、水の動きを調整し、生物多様性と地域の暮らしを支える働きは、水を含んだ土壌と切り離せない。fao.org
水を抜くと、使える土地になる。その先で何が起きるのか
湿った土地で農業や林業を行うために、水路を掘り、水を抜く。
インドネシアでは、アブラヤシ農園や林業、農業などへの土地利用転換に伴って、泥炭地の排水が行われてきた。水を抜くことは、生産のための土地を整える行為だった。UNEP – UN Environment Programme
しかし、泥炭地では、その操作が土地の性質そのものを変えてしまう。
地下水位が下がり、泥炭が乾く。酸素に触れた有機物の分解が進み、炭素が失われていく。長期的な排水は地盤沈下を招き、やがて洪水の影響を受けやすく、生産にも不利な土地へ変わってしまうことがある。fao.org
今日の収穫につながる判断が、将来の土地の条件を変える。
その変化は、畑の境界だけに収まるとは限らない。
だから泥炭地の問題は、ひとつの農園や、ひとりの農家の努力だけでは解きにくい。土地を使う人々の利害と、水の動きを、広がりのある風景として考える必要がある。
水を抜くことで得られた生産性の陰で、その土地を支えていた条件が失われていく。
ここに、泥炭地開発の難しさがある。
炎が消えても、地面の下で燃えている
泥炭地の火災には、見慣れた山火事とは異なる怖さがある。
乾いた泥炭に火が入ると、地中でくすぶり続けることがある。地表の炎だけを見ていては、火の広がりを捉えきれない。UNEPは、泥炭火災が地下で長期間続き、発見や消火を難しくすることを指摘している。UNEP – UN Environment Programme
燃えているのは、いま生えている木だけではない。
足元に積み重なってきた、有機物の層でもある。
煙は森の外へ流れ、村や都市、ときには国境の向こうまで届く。インドネシアの泥炭地火災は、周辺国も巻き込む煙害を引き起こしてきた。UNEP – UN Environment Programme
学校へ通うこと。店を開けること。外で働くこと。
森で起きた火災が、森から離れた人の日常にも入り込む。
2015年のインドネシアの森林・土地火災について、世界銀行は、被害と経済損失を約161億米ドルと推計した。これは泥炭地だけの被害額ではなく、同年の広範な火災による損失の推計である。documents1.worldbank.org
土地を整えるために抑えられた費用が、その先で、別の誰かの大きな損失へ変わる。
煙は、その見えにくい関係を空に描き出してしまう。
火を禁じるだけでは、暮らしの明日はつくれない
火災を防ぐために、火を使った土地の開墾を規制する。
必要な対策だ。しかし、その土地で生活する人にとっては、次の問いが残る。
では、明日からどう耕し、何を育て、どう収入を得ればよいのか。
CIFORの研究は、泥炭地の保全には、小規模農家が実行できる持続可能な生計手段の拡充が必要だと指摘する。企業、住民、行政などの優先事項を調整し、規制と支援を組み合わせることが、再生を左右する。ASEAN Haze Portal
西カリマンタンのリンブン村とジョンカット村では、火を使わない農法の研修や、販売を見据えた作物選びを支援する取り組みが紹介されている。
国連が2023年に公表した事例では、参加農家から、収入が増え、子どもの教育費などに充てられるようになったという報告もあった。これは特定地域の事例であり、すべての泥炭地に同じ方法を当てはめられるわけではない。それでも、保全と暮らしを一緒に考える意味を示している。United Nations in Indonesia
自然を守るために、何かをやめてもらう。
そのときには、やめたあとの生活まで考える必要がある。
守るべき森のそばには、守られるべき暮らしもある。
再生は、水を土地へ戻すことから
泥炭地の再生で重要になるのが、「再湿潤化」だ。
排水路に堰などを設け、水が流れ出しすぎないようにする。地下水位を回復させ、乾燥しやすくなった土地に、再び水をとどめる。
中央カリマンタンでは、水路を堰き止める取り組みと、植生の回復、住民による防火活動、生計支援を組み合わせた事業が行われてきた。UNEP – UN Environment Programme
ただし、水路を塞げば、それで再生が終わるわけではない。
土地の傷み方も、排水の状態も、植生も、場所によって異なる。水が戻っているか、乾季にも湿り気を保てるか。現場で確かめ続ける必要がある。
FAOが2026年に紹介した取り組みでは、衛星による観測と、現地の地下水位などの測定を組み合わせ、泥炭地の状態を把握しようとしている。木がどれだけ残ったかに加え、地面の下の水を見ることが重視されている。fao.org
苗木を植える風景は、再生の象徴として分かりやすい。
一方、地下水位を測り、水路を点検する仕事は、写真だけでは意味が伝わりにくいかもしれない。
それでも、その目立たない仕事が、木々の足元を支えている。
湿ったまま、生きていける土地へ
泥炭地の未来を考えるとき、問われるのは、土地を湿らせる技術だけではない。
湿った土地を守りながら、人が生きていける経済をどうつくるか、ということでもある。
何を生産できるのか。誰が買うのか。移行の費用を誰が負担するのか。水位を戻すことで影響を受ける人と、どう合意をつくるのか。
これらは、再生事業の周辺にある問題ではない。再生を続けられるかどうかを決める、中心の問いだ。
土地を乾かして使うことに価値を置いてきた社会が、水をとどめることにも価値を認める。
その変化には、生産者だけでなく、企業、行政、資金を出す側、そして商品を買う側も関わってくる。
森の再生とは、木を増やす仕事であると同時に、その森を支える土地と暮らしの関係を組み直す仕事なのだ。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
森が燃える映像には、目を奪われる。
炎の高さや煙の広がりは、危機の大きさを一瞬で伝える。けれども、その映像が撮られるずっと前に、土地には水路が掘られ、水位が下がり、乾燥が進んでいた。
災害として目に入る瞬間と、その条件がつくられた時間は、離れている。
だから、炎だけを見て終わらず、その前の風景を知りたいと思う。
なぜ水を抜いたのか。そこで誰が暮らし、何をつくってきたのか。別の方法を選ぶために、何が足りなかったのか。
そして再生についても、緑が戻った風景だけでなく、水を測る人や、新しい農法を覚える人、その作物の売り先を探す人まで描きたい。
湿った土は、目立たない。
けれども、その湿り気のなかに、森が燃えずに迎えられる明日がある。
参考資料
- UNEP:Why peatlands matter
- UNEP:UNEP supports project to restore peatlands in Indonesia
- 国連インドネシア:From Ashes to Riches — Indonesian Communities Profit from Peatland Agriculture(2023年)
- FAO:Building the data foundations for peatland action in Indonesia(2026年)
- CIFOR:Managing peatlands in Indonesia — Challenges and opportunities for local and global communities(ASEAN掲載)
- 世界銀行:The Cost of Fire — An Economic Analysis of Indonesia’s 2015 Fire Crisis(PDF)
※本記事は公開資料に基づくデスクリサーチ記事です。

