魚と米と麹がつなぐ、北の海と家族の時間
冬の食卓に、小さな皿が置かれる。
白い米粒のあいだから、魚の切り身と細く刻まれた野菜がのぞく。華やかな姿ではない。けれど、そのひと口には、海から上がった魚と、台所で働いた手と、出来上がりを待つ時間が重なっている。
北海道に伝わる「飯寿司(いずし)」。
魚と野菜をご飯や麹とともに漬け込み、乳酸発酵させる郷土料理だ。北海道から東北地方の寒い沿岸地域に受け継がれ、冬の保存食として、また正月などの祝いの食卓を囲む料理として親しまれてきた。うちの郷土料理:農林水産省
北海道の発酵文化をたどる最初の一皿として、飯寿司を見つめてみたい。
そこには、食べ物を長く持たせる工夫とともに、土地の季節を読み、海の恵みを次の時間へ手渡す暮らしがある。
寒さを、食べ物を育てる条件にする
北海道の冬を思うとき、私たちはまず、厳しさを想像する。
雪に覆われる道。冷たい風。外へ出るにも、ひとつ用事を済ませるにも、支度が要る季節。
一方で、飯寿司は、その寒さを利用してつくられてきた。
農林水産省によると、飯寿司は晩秋から初冬にかけて漬け込まれる低温発酵の料理で、初雪のころに漁師の家でつくられていたものが発祥とされる。使われる魚には、サケ、ニシン、ホッケ、ハタハタなどがあり、地域によって材料やつくり方が異なる。うちの郷土料理:農林水産省
冬は、ただ耐えて通り過ぎる季節ではなかった。
魚を仕込み、時間をかけて味を変えていく。その仕事を支える環境でもあった。
もちろん、寒ければ自然においしく仕上がるわけではない。材料を整え、塩加減を決め、漬かり具合を確かめる人の仕事があってこそ、冬の環境が食べ物を育てる条件になる。
飯寿司の背景にあるのは、自然に任せきる暮らしではなく、自然の変化を見ながら手を動かす暮らしなのだ。
樽の中で、海と畑が出会う
飯寿司には、魚だけが入っているわけではない。
ご飯と麹、そして大根や人参、キャベツなどの野菜。それぞれ異なる場所で育った食材が、ひとつの樽の中に重なっていく。
石狩市の紹介でも、魚、ご飯、野菜類、麹を合わせ、重石をして乳酸発酵させる料理として説明されている。city.ishikari.hokkaido.jp
この組み合わせを、土地の関係として眺めてみる。
海で魚をとる人がいる。田で米を育てる人がいる。畑で野菜をつくる人がいる。そして、食材を受け取り、一つの料理に仕立てる人がいる。
皿に盛られた飯寿司からは、そのすべてが見えるわけではない。
けれど、ひと口の背後には、いくつもの仕事がある。
発酵食品を土地から読む面白さは、ここにある。完成した味を入り口にして、ふだんは離れて見える海と農地、つくる人と食べる人の関係をたどることができる。
飯寿司の樽は、小さな場所でありながら、広い風景につながっている。
「ちょうどよい」は、手の中にある
同じ名前の料理でも、すべてが同じ味になるわけではない。
魚の種類。野菜の組み合わせ。塩の加減。漬け込む時間。それぞれの判断が重なって、その家、その店の飯寿司になる。
東京科学大学が公開する道央の食文化調査では、石狩の料理店「金大亭」が、鮭や野菜に加えて山椒を用いる例が紹介されている。また、漬け込む期間の見極めには経験が必要で、数日の違いによっても味が変わると報告されている。東京科学大学 生命理工学院 ぐるなび 食の価値創成共同研究
レシピには、材料と手順を書ける。
しかし、今日の材料を前に、どこまで待つか、どこで仕上げるかという判断には、文章だけでは渡しきれない部分が残る。
何度もつくり、違いを確かめてきた人の感覚。
伝統の技術は、特別な道具の中だけにあるのではない。こうした日々の判断の中にも蓄積されている。
だから、つくる人がいなくなるということは、料理の数がひとつ減る以上の意味を持つ。その土地で積み重ねられた「ちょうどよい」を確かめる機会も、一緒に失われてしまう。
保存食が、ごちそうになるまで
飯寿司は、冷蔵・冷凍技術が普及する以前、冬の貴重なたんぱく源を確保する保存食として食べられてきた。冬を前に仕込み、正月などに祝いの料理として供する習慣があったという。東京科学大学 生命理工学院 ぐるなび 食の価値創成共同研究
ここには、興味深い重なりがある。
暮らしを支える実用の食べ物が、人が集まる日のごちそうでもあったことだ。
先の食事に備えて仕込んだものを、家族や親戚と分け合う。食べる日が来るまでの時間も、その一皿の意味をつくっていたのだろう。
今日つくり、今日食べる料理とは、少し違う。
食卓に並んだときには、すでに過去の誰かの仕事が入っている。
正月に食べる一皿のために、晩秋に手を動かした人がいた。その時間の隔たりを思うと、保存とは、未来の食卓を気にかける行為でもあったように感じられる。
家でつくらなくなっても、つながりは残せる
現在は、手間と時間がかかることなどから、家庭で飯寿司を漬ける機会が減り、店で購入する人が増えている。農林水産省は、食文化を伝える団体の活動や、企業による継承の取り組みも紹介している。maff.go.jp
この変化を、衰退の一言で片づけることはできない。
家庭で担っていた仕事を、地域のつくり手が引き受ける。買う人がいることで、技術を仕事として続けられる。
そうした受け継ぎ方もある。
実際に「飯寿司食文化をつなぐ会」は、飯寿司への関心を広げ、次世代へ食文化を伝えるための情報を発信している。運営する中井英策商店では、キンキや紅鮭、ハタハタなどの飯寿司を商品として扱っている。izushi-hokkaido.com
家庭の樽から、店の商品へ。
形が変わった先でも、つくり手の判断や土地との関係を伝えることはできる。
誰が、どんな魚を使い、どのように仕上げたのか。その背景が届けば、買うという行為も、地域の食文化に参加する入り口になる。
次の世代には、最初のひと口が必要だ
飯寿司をこれからも食べてもらうために、どんな接点をつくれるだろう。
例えば、初めての人が試しやすい少量の盛り合わせ。魚による味の違いを知る食べ比べ。料理とともに、その地域の冬の暮らしを伝える短い文章。
こうした工夫は、継承の方法として考えられる。
昔から食べてきた人には、説明のいらない味がある。一方で、初めて出会う人には、その一皿を理解するきっかけが必要だ。
米の甘みと乳酸由来の酸味を味わいながら、どんな料理なのかを知る。好みに合う魚やつくり手を見つける。そこから、もう一度食べたいと思う人が生まれるかもしれない。うちの郷土料理:農林水産省
文化を受け継ぐには、つくる人とともに、新しく食べ始める人も必要になる。
その人にとっては、懐かしい味ではなく、初めて好きになる味なのだ。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
便利な暮らしの中では、食べ物が出来上がるまでの時間が見えにくくなる。
店に並ぶ一皿には、すでに値段がつき、食べられる形が整っている。その手前にあった作業や、待つあいだの判断を想像する機会は少ない。
飯寿司を調べていて心に残るのは、未来の食卓に向けて、先に手を動かしておくという営みだった。
寒くなるころに仕込み、人が集まる日に食べる。
その間には、つくった人の時間がある。
北海道の冬の味を、ひと口食べてみる。そのとき魚や麹の向こうに、まだ会ったことのないつくり手と、北の海の風景が浮かんだなら、食文化はそこでまた、新しい誰かの暮らしにつながり始める。
参考資料
※本記事は公開資料に基づいて構成しています。

