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川にも「猛暑」がある─水温上昇で消えていく冷たい水の生態系

夏の日差しが差し込む山間の川を泳ぐ渓流魚と、河川水温の上昇を表した水彩画
夏の日差しが差し込む山間の川を泳ぐ渓流魚と、河川水温の上昇を表した水彩画

真夏の川に足を入れると、冷たい水が体を包む。

山から流れてきた水。森の影を通り、岩の間を抜け、湧水や支流と混ざりながら下流へ向かう水。

川は、暑い夏にも冷たさを残す場所だと思われてきた。

しかし、その川も温まり始めている。

気温の上昇。雨の降り方の変化。渇水による流量の減少。河畔林の減少。ダムや取水施設による流れの変化。

複数の要因が重なることで、川の水温環境は少しずつ変わっていく。

水が透明であれば、その変化は見えにくい。

ごみが浮いているわけでもない。水が濁っているわけでもない。有害な化学物質の色が見えるわけでもない。

それでも、水温が数度変わるだけで、川に暮らす生き物にとっては、生存できる場所そのものが失われることがある。

川にも「猛暑」がある。

そして川の生き物たちは、人間のようにエアコンのある場所へ逃げることができない。

Contents

川の温度は、何によって決まるのか

川の水温は、気温だけで決まるわけではない。

日射、流量、水深、流速、川幅、周辺の植生、地下水の流入、支流との合流、河床の状態など、多くの条件が組み合わさって決まる。

山間部の川では、木々が水面を覆い、直射日光を遮っている。森林の土壌に浸透した水が地下を通って川へ流れ込むことで、夏でも比較的低い水温が保たれる場所もある。

一方、河畔林が失われ、水面に強い日差しが当たり続ければ、川は温まりやすくなる。

水量も重要である。

流量が多ければ、水は熱の影響を受けにくい。しかし、雨が少なくなり、農業用水や水道用水としての取水も重なって流量が減れば、浅くなった川の水は温まりやすくなる。

護岸や河道の整備も、水温と無関係ではない。

川幅、水深、流れの速さ、淵や瀬の配置が変われば、水が日射を受ける時間や、地下水・河床との熱交換も変わる。

川の温度は、空から与えられるものではない。

流域全体の土地利用と、川の形、人間による水の使い方によってつくられている。

水温が上がると、魚に何が起きるのか

魚は、人間のように自分で一定の体温を保つことができない。

周囲の水温によって体温が変化する変温動物である。そのため、水温は魚の代謝、成長、摂餌、繁殖、移動、生存率に深く関わっている。

水温が上がると、魚の代謝は活発になる。

しかし、それは単純に魚が元気になるという意味ではない。

代謝が高まれば、より多くのエネルギーと酸素が必要になる。一方、水は温かくなるほど、溶け込むことのできる酸素の量が少なくなる。

必要な酸素は増えるのに、水中の酸素は得にくくなる。

この二重の負担が、魚の体力を奪う。

国立環境研究所は、湖沼や河川で極端な高水温現象が頻発し、高水温が原因と疑われる冷水性淡水魚の大量死や漁獲量の低下が報告されていると説明している。

高水温が続けば、魚は餌を食べても成長に十分なエネルギーを回せなくなる。病気への抵抗力が落ち、産卵や稚魚の生存にも影響が及ぶ可能性がある。

すべての魚が同じように影響を受けるわけではない。

特に影響を受けやすいのが、冷たい水を好む魚である。

イワナ、ヤマメ、アマゴ、オショロコマ、サクラマスなどのサケ科魚類は、日本の渓流や冷水域を代表する生き物だ。

彼らにとって冷たい水は、単に快適な環境ではない。

生きるために必要な条件なのである。

魚たちは、上流へ追われていく

川の下流側が温まれば、冷水性の魚は、より涼しい上流へ移動しようとする。

標高が高く、森林に覆われ、湧水が入り込む場所には、まだ低い水温が残されている可能性がある。

しかし、川はどこまでも上流へ続いているわけではない。

上流へ行くほど川幅は狭くなり、生息できる空間は小さくなる。さらにその先には、滝、砂防堰堤、取水堰、ダムなどが存在する。

国立環境研究所は、温暖化による河川水温の上昇によって淡水魚の分布域が上流方向へ移動する一方、ダムなどの構造物がその移動を妨げ、魚の分布域を支流ごとに分断する可能性を指摘している。

つまり、魚は単に北へ、あるいは上流へ移ればよいわけではない。

逃げる経路が必要なのである。

川の一部に適した水温が残っていても、そこへ移動できなければ、生息地として機能しない。

環境省も、淡水魚が生活史を全うするためには、河川、湖沼、水田、水路、ため池、湧水地などの間を行き来できることが重要だとしている。

水温上昇と河川の分断が重なると、冷水性魚類の生息域は、小さな島のように孤立していく。

個体群が孤立すれば、洪水や渇水、高水温といった一度の環境変化によって、その地域から姿を消す危険性も高まる。

冷たい水の「避難所」

川の水温は、全区間で同じように上昇するわけではない。

支流が合流する場所。

湧水が流れ込む場所。

川底から地下水が湧き出す場所。

深い淵。

木陰に覆われた水際。

こうした場所には、周囲よりも水温の低い小さな空間が生まれることがある。

それは、魚にとっての「冷水避難所」である。

人間が猛暑の街で日陰や冷房のある施設へ避難するように、魚もまた、高水温の時間帯に冷たい水のある場所へ移動する。

重要なのは、川全体の平均水温だけではない。

局所的に残された冷たい水が、どこにあり、そこまで魚が移動できるかである。

平均値では同じ水温に見える二つの川でも、湧水や深い淵、日陰のある川と、均一な浅い流れだけが続く川では、生き物が暑さをしのげる可能性が大きく異なる。

これまでの河川管理では、水質、流量、洪水安全度などが重視されてきた。

これからは「川の中に温度の違う場所がどれだけ残っているか」という、熱環境の多様性も重要になる。

ダムは川を温めるのか、冷やすのか

ダムも河川水温へ影響を与える。

ただし、ダムが常に川を温める、あるいは常に冷やすと単純に決めることはできない。

ダム湖では、季節によって水面近くの温かい水と、深い場所にある冷たい水が分かれる「水温成層」が形成されることがある。

どの深さから水を取り、下流へ流すかによって、放流水の温度は変わる。

深い場所から冷たい水を放流すれば、下流が本来の季節より低温になることがある。反対に、表層の温かい水を放流すれば、下流の水温が高くなる可能性もある。

自然の川にあった季節的な水温変化がずれると、魚の産卵、孵化、移動、水生昆虫の羽化などのタイミングにも影響する。

一方で、ダムには水温を調整する可能性もある。

複数の深さから取水できる「選択取水設備」を利用すれば、流入河川に近い温度の水を放流したり、夏季に下流の高水温を抑えたりできる場合がある。

国立環境研究所でも、ダムの選択取水機能を活用して下流の水温上昇を抑える方法が、気候変動への適応策として研究されている。

ダムを環境への負荷としてだけ見るのではなく、既存の施設をどのように運用すれば生態系を支えられるのか。

治水、利水、発電と並んで、「川の温度を管理する」という役割が求められ始めている。

河畔林は、川のための日傘である

川沿いに生える木々は、景観をつくるだけではない。

枝葉が日射を遮り、水温の上昇を抑える。落ち葉や昆虫は川の生き物の餌となり、根は川岸を支え、水際に隠れ場所をつくる。

河畔林は、陸と川の生態系を結ぶ境界である。

そして猛暑の時代には、川のための日傘でもある。

ただし、河畔林を増やせば、すべてが解決するわけではない。

洪水時の流木、河道の流下能力、堤防の安全、維持管理、周辺の土地利用も考える必要がある。

重要なのは、木を残すか切るかという二者択一ではない。

どの区間に日陰が必要なのか。どこに冷水性の生き物が残っているのか。治水上の安全を確保しながら、どのような植生を維持できるのか。

川ごとの条件を読み、熱環境を含めて河畔を設計することである。

水温は、見えないだけに記録が必要になる

水質汚染であれば、濁り、臭い、魚の大量死などから異変に気づくことがある。

しかし、水温の変化は見た目では分からない。

昨日より一度高い。

夜になっても下がらない。

高水温の期間が数日長く続く。

こうした変化が積み重なっても、人間が川を眺めるだけでは気づきにくい。

だからこそ、継続的な観測が必要になる。

上流から下流まで同じ時刻に測る。支流や湧水の合流地点を調べる。日中だけでなく、夜間の最低水温も記録する。魚の分布や産卵場所、水生昆虫の変化と重ね合わせる。

重要なのは、河川全体の平均値だけではない。

冷たい水がどこに残されているのか。

高水温によって生き物の移動が止まる場所はどこか。

ダムや取水によって水温がどう変化しているのか。

川の中にある温度の地図をつくる必要がある。

見えない環境問題は、測ることで初めて見える問題になる。

川を守るとは、「冷たさ」を守ることである

私たちは川を守るとき、水のきれいさを考える。

ごみを減らす。化学物質を流さない。濁りを抑える。十分な流量を確保する。

もちろん、それらは重要である。

しかし、透明で、ごみがなく、化学物質の濃度が基準内であっても、水温が生き物の限界を超えていれば、その川は暮らせる場所ではなくなる。

これからの河川環境には、もう一つの視点が必要だ。

水温を守る。

河畔林を残す。

湧水や支流を守る。

川の流量を確保する。

淵や瀬を単調にしない。

魚が冷たい場所へ移動できるようにする。

ダムから放流する水の温度を考える。

それは、川を昔の姿へ完全に戻すことではない。

気候が変わっていく時代に、生き物が逃げ、休み、次の世代を残せる余地を川の中に残すことである。

川は流れている。

けれど、川に暮らす生き物が、どこへでも逃げられるわけではない。

山の上へ追われ、支流へ追われ、最後に残された冷たい水まで失われたとき、その生き物は地域の川から姿を消す。

川にも「猛暑」がある。

だから、川を守るということは、水の量やきれいさだけでなく、その冷たさを未来へ残すことでもある。

川は流れていても、暑さから逃げられない。

私たちが守るべきなのは、水そのものだけではない。

その水温の中で生きてきた、無数の命の時間なのである。


主な参考資料

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