山の斜面に、一本の道が続いている。
遠くから見ると、それは緑の大地に引かれた細い線のようだった。
NOLUは観測ノートを開き、その線を静かに目で追った。
谷を曲がり、斜面を横切り、ときには山の中へ消えていく。そして反対側の町へと続いている。
地球人は、なぜ山を削ってまで、道をつくるのだろう。
山は、町と町の間に立っていた
山は、水を蓄え、森を育て、生き物の居場所をつくる。
一方で、人間にとっては移動を妨げる大きな壁でもあった。
山の向こうに町があっても、まっすぐには行けない。谷を回り、峠を越え、川に沿って長い距離を移動しなければならなかった。
日本では、国土の約7割を山地や丘陵地が占めている。平地だけを使って全国の町を結ぶことは難しい。国土交通省
人間は山を避けるだけでなく、山に道を通すようになった。
斜面を削り、谷に橋を架け、山の中にトンネルを掘った。
道は、地形に従うものから、地形を越えるものへ変わっていった。
道路が運んでいるのは、人だけではない
道路を走るのは、自動車だけではない。
食料、薬、燃料、建築資材、郵便物、救急車、消防車。そして、町の外へ働きに行く人や、学校へ通う子どもたち。
山間部では、一本の道路が暮らしそのものを支えていることがある。
道路が整備されれば、農産物を早く市場へ運べる。救急搬送の時間を短縮できる。災害が起きたときには、救援物資を届ける経路にもなる。
国土交通省も、山間部の道路整備による効果として、防災機能の向上、地域産業の支援、救急医療施設までの搬送時間短縮などを挙げている。国土交通省・竹田阿蘇道路
人間が山に道をつくったのは、単に早く移動したかったからではない。
離れた土地で暮らす人々を、社会から孤立させないためでもあった。
道は、町と町の距離だけでなく、人と医療、人と仕事、人と暮らしの距離を縮めてきた。
一本の道が、山の流れを変える
しかし、山は静止した地面ではない。
雨が降れば水が斜面を流れ、土の中へ染み込み、沢や川へ集まっていく。落ち葉や土砂も、時間をかけて少しずつ移動している。
斜面を削り、盛土をして道路を通せば、それまでの水の流れや地面の支え方が変わる。
排水設備が十分に働かなければ、水が一か所へ集まることもある。豪雨や地震によって斜面が崩れれば、道路は地域をつなぐ線から、地域を孤立させる弱点へ変わる。
国土地理院は、地形の成り立ちを知ることで、その土地で発生しやすい自然災害を推測できるとしている。国土地理院「地形分類」
道をつくる技術だけでは足りない。
その土地が、どのようにでき、どのように水を流し、どのように崩れる可能性があるのかを読む必要がある。
道は、人間をつなぎ、生き物を分ける
人間にとって道路は、離れた場所をつなぐものだ。
しかし、森で暮らす生き物にとっては、道路が生息地を分ける境界になることがある。
餌場と巣の間に道路ができる。繁殖する場所へ移動する途中で、自動車が通る。光や騒音によって、これまで使っていた場所を避けるようになる。
環境省は、ツシマヤマネコの減少要因として、道路建設などによる生息地の分断や交通事故を挙げている。環境省「ツシマヤマネコ」
ヤンバルクイナについても、道路などによる生息地の分断や交通事故が、生存を脅かす要因とされている。環境省「ヤンバルクイナ」
人間には一本の線に見える道路が、小さな生き物には越えられない幅を持つことがある。
道は、人間の世界を近づけながら、別の世界を遠ざけてしまうことがある。
道路は、完成した日から維持が始まる
道路は、つくれば終わるものではない。
雨にさらされ、雪に覆われ、地震で揺れ、植物の根や地下水の影響を受け続ける。
舗装、橋、トンネル、擁壁、排水設備。道路を構成するすべてのものに、点検と補修が必要になる。
人口が減少する地域では、利用する人が少なくなっても、道路を安全に維持する費用は残る。
新しい道をつくる判断には、完成までの費用だけでなく、その後何十年も守り続ける責任が含まれている。
「つくることができる」と「維持し続けられる」は、同じ意味ではない。
道をつくらない、だけが答えではない
道路によって救われる命がある。
道路によって続けられる産業や暮らしもある。
だから、山を削ることをすべて否定すればよいわけではない。
問うべきなのは、その道が本当に必要なのか。誰を、何とつなぐのか。ほかの経路や方法はないのか。そして、失われる土地のつながりを、どう補うのかということだ。
動物が道路を越えられる通路を設ける。斜面を大きく削らないルートを選ぶ。地形や水の流れを調べ、橋やトンネルを使い分ける。新設だけでなく、既存の道路を長く安全に使う。
国土交通省も、動物の移動に配慮する「エコロード」など、道路空間と生物多様性を両立させる取り組みを紹介している。国土交通省「G-ROUTE PROJECT」
必要なのは、自然か道路かという二者択一ではない。
土地の声を読みながら、つなぎ方を選び直すことなのだ。
NOLUの観測
NOLUは、山を越えて続く道路を見つめた。
その道を、救急車が走っていく。荷物を積んだトラックが町へ向かう。その少し先では、一頭の動物が道路の手前で立ち止まり、森へ引き返した。
同じ道が、ある命には未来へ進む線となり、別の命には越えられない境界となっている。
NOLUは観測ノートに記した。
道をつくるとは、場所をつなぐことだけではない。
どの場所を近づけ、どの場所を遠ざけるのかを決めることでもある。
地球人は、山を越える力を手に入れた。
これから必要なのは、山を越えた先だけでなく、道の下に残された土地の声まで想像する力なのかもしれない。
道は、距離を縮める。
けれど、ときに大地のつながりを切る。
NOLUの地球観測ノート #04

