川の水温が上がり続けるとき、私たちは何を守ればよいのだろうか。
川全体を人工的に冷やすことはできない。
巨大な冷却装置を設置することも、夏の気温を地域だけ下げることも現実的ではない。
しかし、川の中には、もともと周囲より冷たい場所が存在する。
森の影が水面を覆う場所。
湧水が流れ込む場所。
支流が本流と合流する場所。
地下水が川底から湧き出す場所。
水深のある淵。
ダムから適切な温度の水を放流できる場所。
こうした場所を守り、つなぎ、必要に応じて再生することはできる。
これからの河川管理に必要なのは、川全体を同じ温度に保つことではない。
生き物が暑さから逃げられる「冷たい水のネットワーク」を残すことである。
道路、堤防、水道、電力だけがインフラではない。
気候変動の時代には、冷たい水もまた、命を支えるインフラになる。
川の平均水温だけでは、命の居場所は分からない
河川水温を調べるとき、観測地点で測定した一つの数値や、一日の平均値が使われることが多い。
もちろん、長期的な変化を把握するために平均水温は重要である。
しかし、魚が実際に経験している水温は、川の中で均一ではない。
同じ河川、同じ時刻でも、日当たりのよい浅瀬と、木陰にある深い淵では温度が異なる。
本流の水温が高くても、冷たい支流が合流する場所では、局所的な低水温域が生まれることがある。川底から地下水が湧き出していれば、周囲より冷たい水が帯状に広がる場合もある。
こうした場所は「冷水避難所」あるいは「サーマルリフュージア」と呼ばれる。
国際的な研究では、冷水避難所は、周囲の川より相対的に低い水温を持ち、冷水性の生き物が高水温時に一時的に利用できる場所と整理されている。
重要なのは、その場所が一年中冷たいかどうかだけではない。
川の水温が危険な高さになる時間帯に、魚が入れる温度を保っているか。
魚がそこまで移動できるか。
必要な広さや水深があるか。
外敵から身を隠し、呼吸し、休息できるか。
冷たいというだけでは、生息地として十分ではない。
温度、流れ、水深、酸素、餌、隠れ場所、移動経路が重なって、初めて命の避難所になる。
湧水は、川の温度を支える地下の蓄えである
湧水は、河川の水温を安定させる重要な要素である。
雨や雪が地中へ浸透し、地下をゆっくり移動して地表へ現れる。そのため、地下水に由来する湧水は、外気温の影響を比較的受けにくい。
夏には周囲の河川水より冷たく、冬には相対的に温かいことがある。
この安定した水温が、魚、水生昆虫、両生類、水草などの生息を支える。
しかし、湧水は湧き出している場所だけを守ればよいわけではない。
その水は、離れた森、農地、台地、住宅地などに降った雨が地下へ浸透して生まれている可能性がある。
地表が舗装される。
雨水が下水道へ短時間で排出される。
地下水が過剰に汲み上げられる。
土地の造成によって地下水の流れが変わる。
すると、湧水量が減少したり、湧出地点が移動したりすることがある。
湧水を守ることは、湧水地の周囲だけを保護することではない。
水が地中へ入る場所から、地下を流れ、川へ現れるまでの経路を守ることである。
川の冷たさは、地上に見える水だけでつくられているのではない。
流域の地下に蓄えられた、見えない水によっても支えられている。
河畔林は、日差しを遮るだけではない
川沿いの木々は、水面に影をつくる。
夏の日中、河畔林が直射日光を遮れば、川へ入る熱を抑えることができる。
海外の河川網を対象とした研究では、河畔の樹木による日陰を回復させた場合、8月の平均河川水温が流域全体で約0.62℃低くなるというモデル結果が示されている。
ただし、この数値は特定地域の条件に基づくものであり、すべての川にそのまま当てはまるわけではない。
川幅、水深、流量、方角、樹木の高さ、植生の密度によって効果は異なる。大河川よりも、水面を樹冠で覆いやすい小規模な支流や渓流の方が、日陰の効果を得やすい場合もある。
河畔林の役割は、日陰だけではない。
根が川岸を支える。
倒木や枝が流れに変化をつくる。
落ち葉や陸上昆虫が水生生物の餌になる。
鳥や昆虫の移動経路になる。
雨水が地中へ浸透しやすい環境をつくる。
河畔林は、川を冷やす装置であると同時に、陸と水をつなぐ生態系でもある。
一方で、植樹すれば翌年から十分な日陰が得られるわけではない。
木が育ち、枝葉が川を覆うまでには時間がかかる。洪水、流木、堤防管理、農地の日照、道路や住宅との距離も考えなければならない。
だからこそ、すでに存在する河畔林を安易に失わないことが重要になる。
失われた大木がつくっていた日陰を、若い苗木がすぐに代替することはできない。
河畔林は、数十年かけて育つ長期的な環境インフラなのである。
淵や支流は、川の中の避難経路になる
真っすぐで、浅く、均一な川は、水を速やかに流すうえでは管理しやすい。
しかし、生き物にとっては逃げ場所の少ない川になる可能性がある。
自然に近い川には、浅い瀬、深い淵、流れの緩い岸辺、砂地、礫地、植物のある水際など、多様な環境が存在する。
水深のある淵では、表面と底部で水温が異なる場合がある。支流や湧水の合流部には、局所的な低水温域が生まれることもある。
こうした温度の違いが、魚に選択肢を与える。
暑くなったら移動する。
流れが強くなったら岸辺へ入る。
産卵期には適した河床へ向かう。
稚魚の時期には流れの緩い場所で過ごす。
川の生き物は、一つの場所だけで一生を終えるとは限らない。
環境省も、淡水魚が生活史を全うするためには、河川、湖沼、水田、水路、ため池、湧水地などの生息環境を保全し、それらの間を行き来できる状態を確保することが重要だとしている。
冷たい場所を一つ守るだけでは足りない。
そこへ移動できる流れを残す。
冷水域と産卵場、餌場、越冬場所をつなぐ。
川の気候適応とは、冷たい点を守ることではなく、点を線に変えることなのである。
魚道は、温暖化への避難路にもなる
ダムや堰、落差工、砂防施設は、治水、利水、発電、土砂災害防止などの役割を持っている。
その一方で、魚の移動を妨げる場合がある。
河川水温が上昇すれば、冷水性の魚は、より標高が高く、水温の低い上流へ移動しようとする。
しかし、その途中に越えられない構造物があれば、上流に適した環境が残っていても利用できない。
これまで魚道は、アユやサケなどが産卵や成長のために移動する経路として考えられてきた。
これからは、暑さから逃れるための経路という意味も大きくなる。
ただし、魚道を設置するだけで移動が確保されるとは限らない。
対象となる魚が入り口を見つけられるか。
流速や落差を越えられるか。
渇水時にも水が流れているか。
魚道の先に本当に生息可能な環境があるか。
維持管理され、土砂や流木で塞がれていないか。
設備の有無ではなく、実際に生き物が利用できているかを確認する必要がある。
気候変動によって生息域が移動する時代には、河川の連続性そのものが適応力になる。
ダムの水は、使い方によって温度を変えられる
ダム湖では、季節によって水温の異なる層が形成されることがある。
表面には温かい水、深い場所には冷たい水がたまる。
通常の放流口が深い位置にあれば、下流へ冷たい水が流れ続ける場合がある。反対に、表層の温かい水を取水すれば、下流の水温が上昇する可能性もある。
放流水温が自然の季節変化からずれると、魚の産卵、孵化、成長、水生昆虫の羽化などに影響することがある。
そこで利用されるのが、複数の深さから水を取ることができる選択取水設備である。
どの層の水を、いつ、どれだけ放流するかを調整することで、下流の水温を流入河川に近づけたり、高水温を緩和したりできる可能性がある。
国立環境研究所では、温暖化に伴う淡水魚の分布変化とともに、ダムの選択取水による下流水温の緩和効果を評価する研究が進められている。
ただし、冷たい水を放流すればよいという単純な話ではない。
ダム湖の深層水には酸素が少ない場合がある。栄養塩、濁度、水質、発電、農業用水、水道用水、洪水調節など、複数の条件を同時に考える必要がある。
冷水には限りもある。
夏の早い段階で冷たい水を使いすぎれば、最も暑い時期に必要な水を残せない可能性もある。
ダムの水温管理とは、冷水を放出する操作ではない。
限られた冷たい水を、季節と生態系の変化に合わせて配分する運用なのである。
冷たい場所を見つける「温度の地図」
対策を始める前に、どこに冷たい水が残っているのかを把握しなければならない。
一つの観測所だけでは、川の中に点在する冷水避難所を見つけることは難しい。
小型の水温センサーを上流から下流まで複数設置する。
支流や湧水の合流地点を測る。
日中の最高水温だけでなく、夜間にどこまで下がるかを記録する。
渇水時や猛暑日に集中して観測する。
ドローンや航空機の熱赤外線画像を利用して、水面温度の違いを面的に捉える方法もある。
そこへ魚の分布、魚道、堰、ダム、河畔林、地下水、取水地点などの情報を重ねる。
すると、川の中にある「熱の地図」が見えてくる。
どの場所が高温になりやすいのか。
どこに冷たい水が残っているのか。
冷水域どうしがつながっているのか。
魚の移動を妨げている場所はどこか。
対策の優先順位は、この地図から考えることができる。
すべての区間を同時に再生することが難しくても、重要な冷水域や接続経路を先に守ることはできる。
川の冷たさは、誰が管理するのか
河川の水温は、一つの組織だけでは守れない。
河川管理者は、河道や堤防、流量を管理する。
ダム管理者は、貯水と放流を担う。
自治体は、土地利用や公園、下水道、地域の環境政策に関わる。
農業者や水利組合は、水の取水と利用に関わる。
森林所有者は、上流域や河畔の植生を管理する。
地域住民、漁業協同組合、研究者、市民団体は、生き物の変化や地域固有の環境を知っている。
冷たい水を守るには、これらの情報と管理をつなぐ必要がある。
上流の森林管理。
地下水の涵養。
河畔林の保全。
取水量の調整。
魚道の維持。
ダムの放流方法。
水温と生物のモニタリング。
それぞれを別の事業として実施するだけでは、川全体の熱環境は守れない。
必要なのは、流域を一つの温度システムとして見ることである。
自然を残すことは、適応策になる
気候変動への対策というと、新しい設備や大規模な技術を想像しやすい。
しかし、川の水温上昇に対しては、すでに存在する自然を失わないことが、最も現実的な対策になる場合がある。
湧水を残す。
支流とのつながりを守る。
河畔林を伐りすぎない。
深い淵を埋めない。
川底と地下水のつながりを壊さない。
魚が移動できる経路を確保する。
これらは、何もしていない状態ではない。
自然が持つ冷却機能と避難機能を、社会の基盤として維持する行為である。
もちろん、それだけで気候変動の影響をすべて防ぐことはできない。
河畔林による日陰にも限界がある。湧水も、地下水位が下がれば減少する。ダムの冷水にも限りがある。
だから、一つの対策に依存してはならない。
森、地下水、支流、淵、魚道、ダム運用を重ね合わせる。
冷たい場所を点在させ、それらを移動経路でつなぐ。
川の気候適応には、一つの巨大な設備ではなく、多数の小さな避難所が必要なのである。
冷たい水は、未来の公共財である
これまで、川の冷たさは当たり前のものだった。
山へ行けば水は冷たい。
木陰に入れば川風が涼しい。
渓流にはイワナやヤマメがいる。
しかし、気候が変われば、その当たり前は失われていく。
冷たい水は、無限に湧き続ける資源ではない。
流域の森、土、地下水、川の地形、人間の水利用が長い時間をかけてつくり出してきた環境である。
だからこそ、冷たい水を偶然残された自然としてではなく、未来へ引き継ぐ公共財として考える必要がある。
道路が人の移動を支えるように。
水道が暮らしを支えるように。
河畔林、湧水、支流、淵、魚道、ダムの冷水は、生き物が気候変動を生き延びるためのネットワークになる。
冷たい水は、川に残された最後の余白である。
その余白を見つけ、守り、つなぐこと。
それが、猛暑の時代における新しい河川管理なのではないだろうか。
主な参考資料
- 国立環境研究所「温暖化に伴う河川性魚類の分布変化予測とダム運用による緩和策の評価」
- 環境省「二次的自然を主な生息環境とする淡水魚保全のための提言」
- Mejia et al. “Closing the gap between science and management of cold-water refuges in rivers and streams”
- Fuller et al. “Riparian vegetation shade restoration and loss effects on stream temperatures”
- Rheinheimer et al. “Optimizing Selective Withdrawal from Reservoirs to Manage Downstream Temperatures with Climate Warming”
- 土木研究所「いい川を未来へ」

