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能登復興の地政学─「元に戻す」だけでは、半島の未来は守れない

日本海に面する能登半島の海岸線と漁村、里山を結ぶ道路を描いた復興のイメージ
日本海に面する能登半島の海岸線と漁村、里山を結ぶ道路を描いた復興のイメージ

2024年1月1日に発生した能登半島地震は、道路、港、水道、電力、通信、住宅、産業に甚大な被害をもたらした。

同年9月には奥能登豪雨が発生し、復旧へ向かい始めた地域が再び被災した。

道路を直す。
住宅を建て直す。
水道を復旧する。

どれも暮らしを取り戻すために欠かせない。

しかし、能登が震災前から抱えていた人口減少、高齢化、交通の弱さ、産業の担い手不足まで考えると、復興を「壊れたものを元に戻すこと」だけで捉えることはできない。

元に戻った先に、暮らしを支える人がいなければ、地域は再び縮小へ向かってしまうからだ。

能登の復興とは、ひとつの被災地を再建するだけの問題ではない。

人口が減少する日本において、都市から離れた半島や中山間地域を、これからも国土の一部として維持できるのか。

能登は、その問いを日本全体へ投げかけている。

Contents

1.震災が始めたのではない「能登の人口減少」

能登の人口減少は、地震によって突然始まったわけではない。

石川県の創造的復興プランでは、奥能登を中心とする6市町の人口が、震災前の10年間で約2割減少していたことが示されている。

2020年の国勢調査を基にした県の資料では、奥能登の高齢化率は48.9%。珠洲市では65歳以上が人口の半数を超えていた。

人口が減れば、地域で商品やサービスを購入する人も減る。

店が閉まり、公共交通の利用者が減り、病院や学校の維持が難しくなる。農業、漁業、酒造、工芸、祭礼を受け継ぐ人も少なくなる。

そこへ地震と豪雨が重なった。

住宅を失い、長期間にわたって地域外での避難生活を余儀なくされた人もいる。進学、就職、介護、子育てなどの事情から、戻りたくても戻れない人もいるだろう。

震災は建物や道路を壊しただけではない。

以前から進んでいた人口減少を、急激に加速させる可能性を生んだのである。

だからこそ、能登の復興では「何人を震災前の住所へ戻すか」だけを指標にすべきではない。

能登で暮らす人。
能登で働く人。
定期的に訪れる人。
外から仕事や技術を持ち込む人。
商品を購入し、文化を支える人。

さまざまな距離から能登と関わる人を、地域の力として捉え直す必要がある。

2.なぜ半島では、一本の道路が生命線になるのか

能登半島の奥へ進むほど、道路の選択肢は限られる。

平野部の都市であれば、ひとつの道路が通行できなくなっても、複数の迂回路を使える場合が多い。

しかし、半島では中央部に丘陵が広がり、海岸近くまで山が迫る。海沿いの道路が崩れ、内陸部でも土砂崩れや路面の隆起が発生すれば、別の道へ簡単に回ることはできない。

能登半島地震では、2024年1月5日時点で33地区、最大3,345人が孤立した。国土交通省は、内陸側と海側の両方から「くしの歯」のように道路を開き、12方向から沿岸部への通路を確保した。

ここで重要なのは、道路が単なる移動手段ではないという点である。

道路が止まれば、

  • 救急車や消防車が入れない
  • 食料や水を運べない
  • 医療や介護の職員が移動できない
  • 電力や通信の復旧作業ができない
  • 農水産物や工芸品を出荷できない
  • 観光客や支援者が訪れられない

という事態が同時に起こる。

つまり、半島の道路は暮らし、医療、産業、防災をひとつにつなぐ「地域の血管」なのである。

能登の復興で必要なのは、被災した道路を同じ形で直すことだけではない。

主要道路が通れなくなった場合にも備え、国道、県道、市道、農道、林道を組み合わせる。さらに港、空港、ヘリポートを含め、陸・海・空から地域へ入れる仕組みをつくる必要がある。

平時には利用頻度が低く見える道や港も、災害時には地域の生命線になる。

効率だけでは測れない「余白」を持つことが、半島の強さにつながる。

3.「一か所へ集めること」は、本当に効率的なのか

人口が減少すると、行政、医療、商業、教育などの機能を中心部へ集約する議論が生まれる。

限られた財源や人員を考えれば、一定の集約は避けられない。

しかし、能登のような広い半島で、すべての機能を金沢や地域の中心都市へ集めれば、周辺集落から病院や買い物先までの距離はさらに長くなる。

災害時に中心拠点が被災した場合、その機能へ依存していた広範囲の地域が一度に影響を受ける可能性もある。

平時の効率と、災害時の強さは、必ずしも同じ方向を向かない。

必要なのは、すべての集落に同じ規模の公共施設を残すことではない。

地域の小さな拠点に、

  • 食料と生活物資の備蓄
  • 非常用電源と再生可能エネルギー
  • 衛星通信などの代替通信
  • 移動診療やオンライン医療
  • 住民が集まれる避難・交流空間
  • 地域交通の乗り継ぎ機能

を持たせ、それらを道路、港、空港、デジタル通信で結ぶ。

「巨大な中心」へ依存するのではなく、「複数の小さな拠点」をネットワーク化するのである。

これは人口の少ない地域だからこそ考えられる、新しい国土の形でもある。

4.能登の里山里海は、人がいなくても残る自然ではない

能登の価値として、里山里海の風景が挙げられる。

棚田、雑木林、農地、ため池、漁村、海藻の生える沿岸域。自然と人の暮らしが重なり合った能登の景観は、2011年に「能登の里山里海」として、日本で初めて世界農業遺産に認定された。

ただし、里山里海は、人の手が入らなくなれば自然に維持されるわけではない。

田畑を耕す。
水路を整える。
山へ入り、木を管理する。
海藻を採り、漁場を守る。
祭礼を行い、地域の共同作業を続ける。

こうした日々の営みによって、生態系と景観は保たれてきた。

人が減り、農林漁業の担い手がいなくなれば、耕作放棄地が増え、山林や水路の管理が難しくなる。集落の共同作業が成立しなくなり、土地に蓄積された知恵も失われていく。

能登の復興は、住宅とインフラの再建だけでは完成しない。

農業、林業、漁業、製塩、酒造、輪島塗など、土地と結びついた仕事を再建し、人が能登で働ける状態をつくることが必要である。

自然を守ることと、地域産業を守ることは別々の課題ではない。

能登では、人の暮らしそのものが自然環境を支えてきたのである。

5.輪島塗や祭りは「復興後に考える文化」ではない

災害からの復旧では、住宅、道路、水道、医療などが優先される。

そのため、工芸、祭り、地域文化は「生活が落ち着いてから再建するもの」と考えられやすい。

しかし、能登では文化が地域経済やコミュニティと深く結びついている。

輪島塗は、ひとりの職人だけで完成するものではない。木地、下地、塗り、研ぎ、加飾など、複数の工程を異なる職人が担う分業によって成り立ってきた。

そのうち誰かが地域を離れ、工房を再開できなければ、技術の連鎖そのものが途切れる可能性がある。

祭りも同様だ。

能登各地のキリコ祭りなどは、単なる観光イベントではない。地域の人が準備し、世代を越えて役割を引き継ぎ、離れて暮らす出身者が帰郷する機会でもある。

祭りを行えることは、地域に人間関係が残っている証しでもある。

文化の再建は、復興の最後に加える装飾ではない。

人が「ここへ戻りたい」「ここで暮らし続けたい」と思う理由を再建する、復興の中心的な仕事なのである。

6.全員が定住しなくても、地域を支えることはできる

人口減少地域の政策では、移住者を何人増やしたかが注目される。

もちろん、能登へ移り住む人を増やすことは重要だ。

しかし、仕事、家族、教育などの事情から、都市で暮らしながら能登に関わりたい人もいる。移住という大きな決断だけを入口にすると、そうした人たちとの関係を取りこぼしてしまう。

石川県の創造的復興プランでは、「関係人口の拡大」がリーディングプロジェクトに位置づけられている。

そこには、二地域居住、農林水産業ボランティア、大学のサテライトキャンパス、防災や復興の研究・教育フィールドとしての活用などが盛り込まれている。

たとえば、

  • 都市と能登を行き来しながら働く
  • 大学の研究室が継続的に地域へ入る
  • 都市部の企業が現地事業者と商品を開発する
  • 農繁期や祭りの時期に外部人材が参加する
  • 能登の商品を継続して購入する
  • 復興の記録や知見を発信する

といった関わり方が考えられる。

大切なのは、一度だけ訪れる支援を、長く続く関係へ変えることである。

「住民か観光客か」という二択ではなく、能登との関わり方に複数の段階をつくる。

人口の数だけでなく、地域を支える関係の密度を高めることが、これからの能登には必要になる。

7.金沢は能登を吸収する都市なのか、支える都市なのか

石川県内では、人口、雇用、大学、医療、商業などの都市機能が金沢周辺へ集中している。

この集中は、石川県全体の経済や文化を牽引する力になってきた。一方で、若者が進学や就職を機に能登から金沢へ移り、そのまま戻らないという流れも生んでいる。

復興が進むなかで、金沢への一極集中がさらに強まれば、石川県の南北格差が拡大する可能性がある。

しかし、金沢と能登を対立関係として見る必要はない。

金沢には、交通、観光、文化、大学、医療、情報発信、企業との接点がある。能登には、里山里海、農林水産物、工芸、祭礼、独自の生活文化がある。

金沢を能登から人や機能を吸い上げる場所ではなく、能登を全国や海外へつなぐ「編集・発信拠点」として位置づけ直すことができる。

金沢を訪れた観光客が能登へ足を延ばす。
金沢の大学が能登で研究や実習を続ける。
金沢の企業が能登の事業者と商品をつくる。
高度な医療や行政機能を金沢が補完する。

そのためには、金沢と能登を結ぶ公共交通や道路を、単なる移動手段ではなく、県内の役割分担を支える基盤として考える必要がある。

金沢が強くなり、能登が弱くなるのではない。

金沢の都市機能を使って、能登の暮らしと産業を支える。その関係をつくれるかどうかが、石川県全体の未来を左右する。

8.観光は「被災地を見ること」から「地域の循環に参加すること」へ

復興過程にある地域を訪れることに、ためらいを感じる人もいる。

被災地へ行くことが迷惑にならないか。
被害を観光として消費することにならないか。

その慎重さは必要である。

一方、営業を再開した宿泊施設や飲食店、工房、観光施設にとって、来訪者がいない状態が続けば、事業を維持することは難しい。

能登を訪れ、宿泊し、食事をし、商品を購入することは、地域経済へ直接お金を循環させる行動になる。

ただし、復興観光を一過性の消費で終わらせてはいけない。

震災前の美しい風景だけを再現して見せるのではなく、地域が何を失い、何を残そうとし、どのように再建しようとしているのかを伝える。

旅行者も受け身の観光客ではなく、その物語を知り、商品を選び、再訪し、外へ伝える参加者となる。

能登の観光は、「見る観光」から「関係をつくる旅」へ転換できる可能性を持っている。

9.能登を守ることは、誰のためなのか

人口が減少する地域に、どこまで公共投資を続けるべきなのか。

この問いは、復興の議論で避けて通れない。

しかし、地域の価値を、居住人口や短期的な採算だけで測ることはできない。

能登の農地や森林は、食料生産、水源涵養、土砂災害の抑制、生物多様性の保全に関わる。漁村と港は、日本海の水産業や海上交通を支える。集落が維持されることは、海岸や山林の管理、国土の監視にもつながる。

能登の文化や工芸は、国内外から人を引きつけ、石川県全体の価値を高めている。

地域を支えることは、そこに住む人だけを支えることではない。

都市が日常的に享受している食料、自然、文化、安全は、人口の少ない地域の営みによって支えられている。

地方の維持を「都市から地方への一方的な支援」と捉える限り、本当の関係は見えてこない。

都市と地方は、異なる役割を持ちながら、すでに互いに依存しているのである。

10.能登復興は、日本の未来を先に考える場所になる

能登で起きていることは、特殊な半島だけの問題ではない。

紀伊半島、下北半島、房総半島、三浦半島、島しょ部、中山間地域。日本各地に、人口減少、高齢化、交通の弱さ、災害時の孤立という共通課題を抱える地域がある。

能登で、

  • 小さな生活拠点のネットワーク化
  • 陸・海・空を組み合わせた交通網
  • 分散型エネルギーと通信
  • オンライン医療や遠隔教育
  • 二地域居住と関係人口
  • 地域産業と自然環境の一体的な再生
  • 祭礼や工芸を含めた文化復興

を実現できれば、その知見は全国へ展開できる。

能登は、人口減少によって取り残される場所ではない。

人口減少時代の暮らし、防災、産業、地域コミュニティを先に試す場所になり得る。

石川県の創造的復興プランが、防災や復興の教育・研究フィールドとして能登を位置づけているのも、そのためだろう。

復興とは、震災前の時間へ巻き戻すことではない。

土地の記憶を残しながら、次の時代にも暮らせる仕組みへつくり変えることである。

能登は「遠い場所」のままでよいのか

能登半島は、地図の上では石川県の北端にある。

だが、海上交通が中心だった時代、能登は日本海へ開かれた交流の前線だった。

陸上交通と都市への集中が進んだ現代になって、半島は「遠い場所」「行き止まり」と見られるようになった。

つまり、能登が遠くなったのは地形だけが理由ではない。

社会が、速さと効率を優先する仕組みへ変化した結果でもある。

能登の復興で問われているのは、道路や建物をどこまで戻せるかだけではない。

効率の低い場所を切り離す社会を選ぶのか。
それとも、異なる地域を結び直し、支え合える国土をつくるのか。

能登を守ることは、過去の風景を保存することではない。

半島に暮らす人が未来を選べる状態をつくることである。

住み続ける。
一度離れてから戻る。
二つの地域を行き来する。
遠くから仕事や消費を通じて支える。

そのどれもが、能登との関係になり得る。

半島の先端を「国土の端」と見るのか。

それとも、海と都市、自然と産業、過去と未来を結ぶ「新しい入口」と見るのか。

能登の復興は、石川県だけではなく、人口が減っていく日本がどのような国でありたいのかを映し出している。

参考資料・引用元

石川県「石川県創造的復興プラン」
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/fukkyuufukkou/souzoutekifukkousuishin/fukkouplan.html

石川県「能登が示す、ふるさとの未来」
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/fukkyuufukkou/souzoutekifukkousuishin/documents/souzoutekifukkouplan_1_060808.pdf

石川県「創造的復興プラン・施策編」
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/fukkyuufukkou/souzoutekifukkousuishin/documents/souzoutekifukkouplan_2_070425.pdf

石川県「石川県の住生活を取り巻く状況」
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kenju/jskk/documents/chapter2.pdf

国土交通省北陸地方整備局「能登半島 道路の緊急復旧の状況」
https://www.hrr.mlit.go.jp/saigai/r060101/press/240222press02.pdf

国土交通省北陸地方整備局「令和6年能登半島地震を踏まえた道路啓開計画」
https://www.hrr.mlit.go.jp/road/dourokeikaikeikaku/hrrRTEP241225_01.pdf

内閣官房「国土強靱化実施中期計画に向けた検討について」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/suisinkaigi/joukyou_dai9/siryou4.pdf

能登半島広域観光協会「世界農業遺産 能登の里山里海」
https://www.notohantou.com/


能登の復興を考えることは、これからの日本の地方を考えることでもあります。

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