NEOTERRAINの書籍・Tシャツ・トートバッグを公開中

日本とモロッコのマーケティング比較——値札と対話のあいだで、信頼はどう生まれるのか

A colorful illustration linking orderly Japanese shop shelves with the arches and pottery of a Moroccan souk, with Japanese text reading “Communicate through price tags. Connect through dialogue.”
日本とモロッコのマーケティング比較|値札と対話がつくる信頼

日本の店で商品を手に取ると、まず値札を見る。価格と品質を比べ、必要なら店員に質問する。買うかどうかを決めるまで、誰とも会話しないことも珍しくない。

一方、モロッコのスーク——伝統的な市場——では、商品について尋ねることが、価格をめぐる対話の始まりになる。モロッコ政府観光局も、スークでの交渉を旅の文化として紹介している。

同じ「買い物」でも、価格を確認して選ぶ場面と、話しながら取引の条件を決める場面では、売り手に求められる仕事が違う。

日本とモロッコのマーケティングを比較する面白さは、この違いにある。広告の色やコピー以前に、消費者が「これなら買える」と思うまでの道筋が異なるのだ。

ただし、スークがモロッコの消費市場のすべてではない。日本にも交渉型の商取引があり、モロッコにも定価販売やオンラインショッピングがある。本稿では、商いの場面と調査データを手がかりに、その違いを読み解いていく。

Contents

1.値札は、会話を省略するための仕組みでもある

日本のスーパーやコンビニでは、価格があらかじめ示されている。棚の商品を選び、レジへ持っていけば、基本的には表示された条件で購入できる。

この仕組みが提供しているのは、価格の情報だけではない。

「交渉をしなくてもよい」という安心も含まれている。

会話が得意でなくても、急いでいても、取引に参加できる。売り手との関係を一から築かなくても、商品を比較できる。定価販売は、買い物に必要な労力を減らす設計でもある。

スークの一部の商いでは、価格が対話のなかで調整される。商品への関心を伝え、条件を聞き、双方が折り合える地点を探していく。

ここでは、値段の提示だけで販売が完結しない。売り手には、商品を説明し、買い手の反応を読み、納得できる条件をつくる力が必要になる。

マーケティングの視点でいえば、前者は「選びやすさの設計」、後者は「合意に至る対話の設計」と捉えられる。

もちろん、交渉には楽しさだけでなく、情報格差や疲労もある。定価販売にも、説明不足のまま判断を迫られる弱点がある。どちらが優れているかではなく、何を買い手の負担にし、何を売り手が引き受けているかを見ることが大切だ。

2.「安い」と「納得できる」は、同じではない

値引き交渉を、安く買うための駆け引きとして見ると、話は価格競争で終わってしまう。

しかし、そこにはもう一つの問いがある。

買い手は、どのような過程を経れば、その価格を受け入れられるのか。

日本の売り場では、容量、機能、素材、他社商品との比較などが、その判断を助ける。「この品質なら、この値段は妥当だ」と理解できるように情報を並べる。

対話型の販売では、買い手の疑問に応じて説明を変えられる。素材が気になる人には素材を、使い方がわからない人には用途を伝える。価格への不満が、実は価値が伝わっていないことから生まれている場合もある。

これは、日本の営業やクリエイティブにも通じる。

「高い」と言われたとき、すぐに値下げする。その前に、何が伝わっていないかを確かめる余地がある。

つくる工程なのか。長く使えることなのか。購入後の対応なのか。それとも、相手が必要としていない価値を説明しているのか。

価格は数字で示せる。しかし、その数字を納得に変えるためには、相手の関心を理解する必要がある。

スークの商いは、広告を出す以前の、販売の原点を考えさせる。価値を語ることと、相手にとって価値があることは、別の問題なのだ。

3.オンラインになっても、支払いの順番は重要だ

ここで、伝統的な市場から現代のECへ視点を移そう。

モロッコの通信規制機関ANRTの「2024–2025年ICT利用調査」では、2024年にオンライン購入をした5歳以上の人のうち、商品到着時の現金払いを利用した人は84.1%、銀行カードを利用した人は43.3%だった。

この数字は利用者の割合であり、取引件数に占める決済方法のシェアではない。複数の方法を使う人がいるため、合計は100%にならない。

それでも、受け取り時の現金払いが重要な選択肢であることは読み取れる。

なぜ、この違いがマーケティングに関係するのか。

広告を見て欲しくなっても、支払い方法に不安があれば購入は止まるからだ。

「先にお金を払う」ことと、「商品を受け取るときに払う」ことでは、買い手が負担する不確実性が異なる。ただし、この調査だけで現金払いの理由を断定することはできない。カードの利用環境、日常の習慣、使いやすさなども関係するだろう。

日本でも代引きは利用できる。一方、経済産業省によると、2024年の国内BtoC-EC市場は約26.1兆円に達している。オンライン購入は、日常の消費を支える大きな仕組みになっている。

ここから導ける実務上の示唆は、明快だ。

モロッコ向けに商品を売るなら、日本で使っている広告を翻訳するだけでは十分ではない。支払いの選択肢、配送の説明、問い合わせへの対応まで含めて、購入できる条件を整える必要がある。

広告は期待をつくる。決済と配送は、その期待を引き受ける。

その二つがつながって、初めて売上になる。

4.ラマダンは、生活の時間を理解する入口になる

日本では、正月、入学、新生活、お中元、年末などに合わせて売り場や広告が変わる。

モロッコを考えるうえでは、ラマダンが重要な生活の暦になる。イスラム教の断食月であり、信仰の実践に加えて、食事や家族との時間の組み立ても変化する。

Ipsosのモロッコ版「2026 Ramadan Handbook」では、回答者の94%が、ラマダン中は家庭で調理した食事をとる傾向が強まると答えている。調査は、モロッコの18歳以上のイスラム教徒を対象としたオンラインパネル調査で、回答者は500人。すべての住民の行動を示す数字ではない。

この結果から考えたいのは、特定の時期に「何が売れるか」だけではない。

誰と過ごし、どの時間に食事をし、何を準備するのか。その生活の変化に、商品がどう関わるかである。

たとえば食品の広告なら、味や価格だけでなく、食卓の準備や分け合う場面を理解する必要がある。日中の飲食を当然とする映像表現が、どの時期にもそのまま適するとは限らない。

日本の新生活キャンペーンにも同じことがいえる。春だから安くする、だけでは弱い。生活が変わる人の不安や手間を理解してこそ、提案に意味が生まれる。

暦とは、販促の予定表である前に、人々が暮らす時間の構造なのだ。

5.言語を変えると、ブランドとの距離も変わる

モロッコの公用語はアラビア語とアマジグ語。フランス語も使われており、日常の会話ではモロッコのアラビア語であるダリジャが重要な役割を持つ。

こうした環境では、広告を「何語に翻訳するか」という判断自体が、ブランドの位置づけに関わる。

どの言語なら情報が正確に届くのか。どの表現なら身近に感じられるのか。商品カテゴリーや対象者によって、選択は変わる。

ただし、「フランス語なら高級」「ダリジャなら親しみやすい」と機械的に決めるのは危険だ。同じ言語でも、話し手、言葉づかい、媒体によって印象は違う。現地の受け止め方を確かめる必要がある。

日本の広告でも、「お客様」と「あなた」では距離が変わる。敬語を整えた文章と、生活の会話に近い文章では、同じ内容でも響き方が変わる。

言葉は、情報を運ぶ容器であると同時に、関係をつくる手段でもある。

海外向けのクリエイティブで求められるのは、文法的に正しい翻訳に加えて、「このブランドは、どんな立場から私に話しかけているのか」という感覚を設計することだ。

6.モロッコを、異国情緒だけで理解しない

モロッコと聞くと、迷路のような旧市街、絨毯、陶器、砂漠などを思い浮かべるかもしれない。

それらは魅力的な文化の一部だ。しかし、そのイメージだけで市場を理解すると、現代の消費者が見えなくなる。

オンラインで商品を比べる人もいる。支払いの方法を選ぶ人もいる。価格を重視する人もいれば、機能やブランドを重視する人もいる。

日本を、すべての人が伝統工芸と礼儀を好む国として描けば、実態から離れてしまう。それと同じことだ。

比較記事に必要なのは、違いを鮮やかに描くことと、その違いに人々を閉じ込めないことの両方である。

「日本人は慎重」「モロッコ人は交渉好き」と結論づけるより、こう問い直したほうが実務に近い。

この売り場では、何が事前に決まっているのか。
この支払いでは、誰が不確実性を負担するのか。
この広告では、誰の生活が想定されているのか。

人の性格よりも、取引の条件を見る。国のイメージよりも、生活の場面を見る。そのほうが、マーケティングの解像度は上がる。

7.PSELで見る、買いたくなる理由の違い

NEOTERRAINのPSELで整理すると、日本とモロッコの比較は、四つの問いに置き換えられる。

P=Product:商品と購入条件

何を売るのか。価格、支払い、配送、購入後の対応を含めて、買い手が選べる状態になっているか。

S=Story:価値が伝わる筋道

どのように説明すれば、その価格を納得できるか。商品の由来やつくり手の物語が、相手の関心につながっているか。

E=Energy:購買を動かす感情と関係

手間なく選べる安心か。対話して理解できる安心か。家族と分け合う喜びか。どの感情が、その場面で行動を支えるか。

L=Land:土地と生活の条件

言語、商習慣、宗教の暦、決済や配送の環境。その土地で暮らす人にとって、無理のない買い方になっているか。

この四つは、別々の要素ではない。土地の条件が買い方を変え、買い方が信頼のつくり方を変え、信頼が商品の価値を受け止める土台になる。

値札の向こうにも、会話の向こうにも、人の暮らしがある

日本の定価の売り場と、モロッコの交渉があるスーク。

その違いから見えてくるのは、消費者を説得する技術だけではない。人が安心して取引するために、社会が用意してきた仕組みである。

会話をしなくても選べること。
話しながら条件を確かめられること。
受け取るときに支払えること。
暮らしの暦に合った提案が届くこと。

どれも、「買いたい」を「買える」へつなぐ仕事だ。

マーケティングは、商品の魅力を伝える。その魅力が受け入れられるための生活の条件にも、目を向ける。

値札の向こうにも、会話の向こうにも、人の暮らしがある。

その暮らしを読むところから、異なる土地に届くクリエイティブは始まる。


参照資料

※本稿の比較は、資料に基づく事実と、それを手がかりとした編集上の考察を組み合わせたものです。両国の消費者全体を、単一の性格や行動で説明するものではありません。

NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。

新しい記事や思考のヒントを受け取りたい方は、メールマガジンにご登録ください。

つくる力を、届く力へ。

映像・記事・SNS、マーケティングや企画など、
現場で培った「伝わるコンテンツ」のヒントをお届けします。

この記事が響いたら、シェアしていただけると嬉しいです。
  • URLをコピーしました!
Contents