日本のドラッグストアでは、シャンプーのボトルと詰め替え袋が並ぶ。内容量や価格を比較して、しばらく使う分を購入する。
フィリピンの街角にある小さな店では、一回分や少量のシャンプー、コーヒー、洗剤の小袋が、日々の買い物を支えている。
どちらも暮らしに必要な商品だ。しかし、「買いやすい」の意味は、売る量や店までの距離によって変わる。
日本とフィリピンのマーケティングを比較すると、商品の魅力を伝える前に、その商品を買える条件を整えることの重要性が見えてくる。
本稿では、日本の日常的な小売と、フィリピンの少量販売や地域の店を比較する。両国とも都市、所得、世帯構成によって購買行動は異なる。ここで扱うのは、国民性ではなく、暮らしと売り方の関係である。
1.「お得」と「今日買える」は、同じではない
大きな袋で買えば、一回あたりの価格が安くなる。
日本でも、洗剤や食品の売り場でよく使われる考え方だ。まとめ買いには、買い物の回数を減らす便利さもある。
ただし、そのメリットを受け取るには条件がある。
まとまったお金を先に払えること。持ち帰れること。保管する場所があること。使い切れる見込みがあること。
条件がそろわなければ、単価の安い商品も選びにくい。
フィリピンでは、必要なものを少量ずつ買う「tingi(ティンギ)」と呼ばれる販売・購買の慣行がある。メーカーが商品を小さな袋に詰めて販売するサシェ・マーケティングも、その暮らしに接続してきた。
サシェとは、小袋包装のことだ。
ここでは、「一回あたりが安いか」と「今日、支払えるか」を分けて考える必要がある。
単価では大容量が有利でも、一度の支出では小容量が買いやすい。
これは計算が苦手だからでも、先のことを考えないからでもない。手元の資金と必要な量に合わせた判断である。
2.小さな袋は、ブランドへの入口にもなる
サシェ・マーケティングは、低所得者向けの安い商品づくりだけでは説明できない。
アテネオ・デ・マニラ大学の研究者らによる2007年の論考は、小袋販売の成立に、所得の条件に加え、身近な小売網や消費志向、小容量包装を可能にする技術が関わると指摘している。
この研究は現在の市場規模を示す資料ではないが、売り方の構造を理解する手がかりになる。
小袋は、一度に払う金額を抑えながら、ブランドを使う機会をつくる。
大きなボトルを買う前に試せる。必要なときに必要な分だけ手に入れられる。売り手にとっては、小さな購入を通じて接点をつくる方法にもなる。
日本にも、化粧品の試供品や一回分のヘアケア商品がある。入口としての小容量は共通していても、それがお試しなのか、日常的な購入単位なのかで、設計の意味が変わる。
同じ包装の大きさでも、担っている役割は同じではない。
3.サリサリストアは、暮らしの近くにある売り場
フィリピンの地域にある小規模な雑貨店は、サリサリストアと呼ばれる。食品や日用品などを扱い、日々の少量の買い物を受け止める店だ。
こうした店を考えるとき、売り場の広さや品ぞろえだけでは、価値を捉えきれない。
必要なときに歩いて行ける。少量から買える。店の人に商品を聞ける。
この近さも、商品の価値を受け取るための条件になる。
たとえば、少し安い店が遠くにあっても、移動費や時間がかかれば、必ずしも買い物全体では有利にならない。これは特定の店舗価格を比較した結果ではなく、購入に伴う負担を考えるための例だ。
買い物の負担は、商品価格と、手に入れるまでに必要な時間や手間を合わせて考える必要がある。
日本のコンビニにも、近さや営業時間に対する価値がある。フィリピンのサリサリストアとの比較は、「便利な店」がどのような暮らしの条件に応えているかを考えるきっかけになる。
4.買いやすさを設計するなら、袋と売り場を一緒に考える
小さな袋をつくるだけで、商品が暮らしに届くわけではない。
必要なときに店頭にあること。店に継続して供給できること。小さな店でも扱えること。売り手にも商売として成り立つこと。
商品と流通を一緒に設計する必要がある。
米国商務省のフィリピン向け流通ガイドは、地域ごとの商業拠点や販売網を説明し、現地の代理店・販売業者の重要性を指摘している。
マニラで知られた商品が、別の地域でも同じように買えるとは限らない。広告によって需要が生まれても、購入先がなければ行動にはつながらない。
海外マーケティングでは、言葉の翻訳と同時に、販売単位、補充、受け取り方の翻訳も必要になる。
「誰に伝えるか」と「どこで買えるようにするか」は、切り離せない。
5.近所の店に、デジタルが重なる
サリサリストアを、デジタル化から取り残された昔ながらの店として見るのも正確ではない。
フィリピン中央銀行と内務自治省が進める「Paleng-QR Ph Plus」は、市場やサリサリストア、地域の交通などで、共通規格のQRコードを使った決済を広げる取り組みだ。
中央銀行の2024年実績では、月間リテール決済の件数に占めるデジタル決済の割合は57.4%だった。
この数字は、小売店での買い物だけを表すものではない。送金なども含むため、「店頭決済の57.4%がデジタル」と読み替えることはできない。
注目したいのは、デジタル化が、地域の小さな取引にも接続しようとしていることだ。
顔を知っている店で、支払い方法が増える。身近な売り場の利便性を、デジタルが補う。
ここから考えられるのは、新しい技術を普及させる際、すでに使われている生活の接点に組み込むという方法である。
アプリを知ってもらうだけでなく、いつもの買い物で使えるようにする。マーケティングは、その利用場面まで設計して初めて、生活に近づく。
6.小袋の便利さは、包装ごみの課題も生む
少量販売は、一度の支出を抑え、必要なものを買えるようにする。その一方で、小袋包装への依存には環境上の課題がある。
世界銀行は、フィリピンで多層素材のサシェやパウチなど、使い捨てプラスチックへの依存が海洋プラスチック汚染を悪化させていると指摘している。
ここには、簡単にはほどけない関係がある。
大容量にすれば、商品量に対する包装を減らせる場合がある。しかし、一度に払う金額が増えれば、買いにくくなる人もいる。
「環境のために大きな容器を買おう」と伝えるだけでは、暮らしの条件に届かないことがある。
考えたいのは、少量から買える便利さを保ちながら、包装の負担を減らす方法だ。
量り売り、詰め替え、容器の再使用。その実現には、衛生管理、品質保持、店の作業、価格、回収の仕組みまで考える必要がある。
買えるようにした工夫を、使い終わった後まで設計し直す。
マーケティングの責任は、購入された瞬間の先にも続いている。
7.日本とフィリピンの比較から見えること
以下は、本文で扱った売り方の比較である。両国の消費者全体を分類する表ではない。
| 視点 | 日本のまとめ買い・詰め替え販売 | フィリピンの少量販売・地域小売 |
|---|---|---|
| 購入単位 | ある程度の期間、使う量を買う | 必要な分を小さな単位で買う |
| 買いやすさ | 単価、購入回数、保管のしやすさ | 一度の支出、必要量、店の近さ |
| 小容量の役割 | お試しや携帯用にも使われる | 日常の購入単位にもなる |
| 売り場の価値 | 品ぞろえや利用条件 | 少量を身近で買える接点 |
| 設計上の課題 | 使い切り、保管、包装 | 継続的な供給、包装、決済手段 |
日本にも少量で買う需要があり、フィリピンにも大容量や高価格帯の商品を買う市場がある。
比較の意味は、相手の国を一言で説明することではない。
自分たちの売り方が、どのような生活を前提にしているのか。それを見つめ直すことにある。
8.PSELで読む、暮らしに届くマーケティング
P|Product:商品の量も、価値の設計になる
性能や品質だけでなく、容量、使い切りやすさ、携帯性まで考える。
同じ中身でも、売る単位を変えることで、選べる人や利用場面は変わる。
S|Story:広告の約束を、日々の購入で確かめる
「あなたの暮らしに役立つ」というメッセージを、実際に買える量と場所につなげる。
ブランドの物語は、広告で語られるだけではない。店で手に取り、使う経験によって確かめられる。
E|Energy:欲しい気持ちが、どこで止まるかを見る
商品を欲しいと思っても、一度の支出が大きい、店が遠い、支払えないという条件で購入は止まる。
行動を促すには、気持ちを高めることと、負担を減らすことの両方が必要になる。
L|Land:流通と暮らしの距離を読む
地域の店、交通、物流、通信、廃棄物の回収。商品は、こうした条件の中で売られ、使われる。
土地は、広告の背景ではない。商品が生活に届く経路そのものである。
おわりに|商品の大きさを変えると、市場の見え方も変わる
小さな袋は、小さな商品で終わらない。
それは、一度の支出を抑える工夫であり、ブランドを試す入口であり、近所の店で必要なものを手に入れるための形でもある。
そして、使い終わった袋は、その売り方が社会に残すものを問いかける。
日本とフィリピンの比較から見えてくるのは、商品の価値と、買える条件を一緒に考えることの重要性だ。
私たちは、商品の魅力を伝えることに、どれだけ力を使っているだろう。
その商品を買い、使い続けられる条件には、どれだけ目を向けているだろう。
マーケティングとは、欲しいと思ってもらうことから、その人の暮らしに届く形をつくることまで、つながっている。
参考資料
- アテネオ・デ・マニラ大学:The phenomenon of sachet marketing(2007)
- 米国商務省:Philippines — Distribution and Sales Channels
- フィリピン中央銀行:Paleng-QR Phの概要
- フィリピン大統領広報室:Paleng-QR Phによる地域決済の取り組み
- フィリピン中央銀行:2024年デジタル決済報告
- 世界銀行:Philippines — Plastics Circularity Opportunities Report
※統計は対象年を明記。日本との比較、マーケティング上の示唆、PSELによる整理は本稿の考察。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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