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森の土が流れる─山の荒廃は、川と海を変えていく

水墨画風で描かれた山、川、河口、海の風景。山の荒廃によって流れ出した土が川を通じて海へ届き、生態系に影響していく様子を表現したアイキャッチ画像。
水墨画風で描かれた山、川、河口、海の風景

山の問題は、山だけで終わらない。

森の下草が消える。
木の根元の土がむき出しになる。
雨が降るたびに、斜面の表土が少しずつ流れ出す。

その土は、沢へ落ち、川へ入り、やがて海へ届く。

山で起きた変化は、川の濁りとなり、河口の環境を変え、海岸や藻場、漁場にも影響していく。
私たちが「山の環境問題」と呼んでいるものは、実は水の流れを通じて、海の環境問題にもつながっている。

森は、ただ木が生えている場所ではない。
雨を受け止め、水をたくわえ、土を守り、川へ水を送り出す巨大な装置でもある。
その森の足元が弱ると、日本の自然のつながりそのものが揺らぎはじめる。

Contents

森の足元で起きていること

遠くから見れば、山はまだ緑に見える。

しかし、森の中へ入ると、足元に異変が見えることがある。
下草が少ない。
若い木が育っていない。
落ち葉が流れ、土が露出している。
細い根がむき出しになり、斜面が乾いたように見える。

こうした変化の背景には、いくつもの要因がある。

シカの食害によって下層植生が失われること。
ナラ枯れなどによって広葉樹が枯れること。
手入れされない人工林や放置された里山が増えること。
さらに、近年の豪雨によって、斜面に大きな負荷がかかること。

森の足元を覆う草や低木、落ち葉、根は、土を守る役割を持っている。
雨粒が直接地面を叩くのをやわらげ、土が一気に流れ出すのを防いでいる。

ところが、その足元の植物が失われると、土は雨にさらされる。
強い雨が降れば、表土は削られ、沢や川へと流れ出していく。

森の土が流れるということは、単に土が移動するということではない。
森が長い時間をかけて蓄えてきた養分や、植物が育つための基盤そのものが失われるということでもある。

シカの食害は、土壌流出につながる

近年、日本各地で深刻化しているシカの食害は、森の土壌流出と深く関わっている。

シカは草や低木、若い木の芽を食べる。
個体数が多い地域では、シカの口が届く高さの枝葉や下層植生がほとんど消えてしまうことがある。

下層植生が消えた森では、地面がむき出しになりやすい。
雨が降れば土が流れ、斜面の保水力も弱まる。
森は緑に見えていても、その足元では水と土を抱える力が失われていく。

これは、シカだけを悪者にすれば済む話ではない。

狩猟者の減少。
里山利用の低下。
人口減少。
山に入る人の減少。
森林管理の担い手不足。

人間が山との関係を変えてきた結果として、シカと森のバランスも変わってきた。
そして、その影響は土壌流出という形で、森の外へ出ていく。

ナラ枯れと、森の保水力

ナラ枯れもまた、山の環境変化を考えるうえで重要な現象である。

ナラ枯れは、カシノナガキクイムシが媒介するナラ菌によって、ミズナラやコナラなどが枯れていく森林被害だ。
夏の山に赤茶色の枯れ木が混じる風景は、里山の変化を目に見える形で示している。

木が枯れること自体は、自然の循環の一部でもある。
しかし、広い範囲で急速に木が枯れれば、森の構造は変わる。
木陰が失われ、斜面の水分環境が変わり、倒木や根の腐朽によって土砂が動きやすくなる場所も出てくる。

さらに、ナラ枯れの背景には、使われなくなった里山がある。
薪や炭として使われていた雑木林が管理されなくなり、木々が高齢化したことで、被害が広がりやすい環境が生まれている。

つまり、ナラ枯れもまた、単なる木の病気ではない。
人が森を使わなくなったことによって生まれた、里山のバランスの変化でもある。

川は、山の変化を映す

山から流れ出した土は、川へ入る。

雨の後、川が茶色く濁る。
河床に土砂がたまる。
河口に砂や泥が運ばれる。
ときには土石流や流木となり、下流に被害をもたらす。

川は、山の状態を映す鏡でもある。

森が健全であれば、雨はゆっくりと地中にしみ込み、時間をかけて沢や川へ流れ出す。
しかし、森の足元が弱り、土が流れやすくなると、雨のたびに川へ流れ込む水と土砂の動きも変わっていく。

もちろん、土砂はすべて悪いものではない。
川は本来、山から土砂や栄養を運び、河原や河口、海岸をつくってきた。
砂や泥、栄養塩、有機物は、川や海の生態系にとっても重要な役割を持っている。

問題は、その量やタイミング、質のバランスが崩れることだ。

土砂が一気に流れれば災害になる。
逆に、ダムや河川構造物によって土砂が下流に届かなくなれば、海岸侵食や河口環境の変化につながることもある。

多すぎても、少なすぎても、自然のバランスは崩れる。

山と海は、川でつながっている

海の環境問題を考えるとき、私たちはつい海だけを見てしまう。

海水温の上昇。
藻場の衰退。
磯焼け。
海岸侵食。
漂着ごみ。
漁獲量の変化。

しかし、海は山と切り離されて存在しているわけではない。
山から流れ出た水、土砂、栄養、有機物は、川を通じて海へ運ばれる。

河口部に広がる干潟は、陸からの栄養塩や有機物と、海からのプランクトンが出会う場所であり、高い生物生産性を持つ。
藻場や干潟は、水産生物の産卵場、幼稚仔魚の生息場所、水質浄化、栄養塩の変動をやわらげる緩衝地帯としても重要だ。

つまり、豊かな海を支えているのは、海の中だけではない。
山、森、川、河口、干潟、藻場がつながることで、海の生態系は成り立っている。

山の土が失われれば、川の流れは変わる。
川の流れが変われば、河口と海の環境も変わる。
海を守るためには、山を見る必要がある。

海岸侵食も、山と川の問題である

砂浜が消える問題も、山と川のつながりから考えることができる。

砂浜の砂は、どこから来るのか。
多くの場合、その一部は山から川を通じて海へ運ばれてきた土砂である。
山が削られ、川が運び、波が沿岸に広げることで、砂浜は形づくられてきた。

しかし、ダムや砂防施設、河川改修、港湾施設、護岸などによって、土砂の流れは大きく変わってきた。
必要な砂が海岸へ届きにくくなれば、波によって砂浜が削られ、海岸侵食が進む場所も出てくる。

一方で、豪雨時には山から大量の土砂が一気に流れ、川や河口、沿岸に影響を与えることもある。

ここでも問われるのは、土砂の量だけではない。
自然の時間の中でゆっくり運ばれていたものが、人間のインフラや気候変動によって、止められたり、一気に流れたりする。
そのリズムの変化が、海岸の形や海の環境を変えていく。

海岸侵食は、海だけの問題ではない。
山、川、ダム、都市、港湾、そして気候変動が重なった、流域全体の問題である。

森を守ることは、流域を守ること

これからの自然環境問題を考えるうえで、大切なのは「流域」という視点である。

流域とは、雨が降り、その水が集まり、川となって海へ向かう範囲のことだ。
山も、里山も、農地も、都市も、河川も、海岸も、その流域の中でつながっている。

山の森林管理。
シカの個体数管理。
ナラ枯れ対策。
人工林の間伐。
里山の再生。
河川の土砂管理。
ダムの堆砂対策。
海岸侵食対策。
藻場や干潟の保全。

これらは別々の政策や活動に見える。
しかし、本来はひとつの水の流れの中でつながっている。

森を守ることは、川を守ること。
川を守ることは、海を守ること。
そして海を守ることは、地域の暮らしや食文化を守ることにもつながる。

「森・川・海」を分けすぎた社会

私たちは、自然を分けて考えすぎてきたのかもしれない。

山は林業の領域。
川は治水の領域。
海は漁業や海岸管理の領域。
都市は都市計画の領域。
農地は農業の領域。

もちろん、専門性は必要だ。
それぞれの分野には、それぞれの技術や知見がある。

しかし、自然は行政区分や産業分類の通りには動いていない。

雨は山に降り、川へ流れ、海へ届く。
土砂も、栄養も、有機物も、流域の中を移動する。
ある場所での管理の変化が、別の場所の環境に影響を与える。

だからこそ、これからの環境問題には、分野をまたぐ視点が必要になる。

森・川・海を、ひとつのつながりとして見直すこと。
それは、自然環境を再編集することでもある。

山の荒廃を、海の入り口として見る

シカの食害も、ナラ枯れも、放置林も、土壌流出も、単独の問題として見ることはできる。
けれど、それだけでは全体像が見えにくい。

山の荒廃は、やがて川の変化になる。
川の変化は、海の変化になる。
海の変化は、漁業や食文化、地域の暮らしの変化になる。

だから、山の問題を海の入口として見ることが必要だ。

森の足元で失われた土は、どこへ行くのか。
川の濁りは、何を運んでいるのか。
砂浜の砂は、どこから来ていたのか。
藻場や干潟は、どのような流域に支えられているのか。

その問いを持つことで、日本の自然環境問題は、点ではなく線として見えてくる。

もう一度、つながりを見る

森の土が流れる。

それは、小さな変化に見えるかもしれない。
けれど、その土は川へ入り、海へ向かい、自然のつながりを変えていく。

山が荒れる。
川が濁る。
砂浜が削られる。
藻場が衰える。
漁場が変わる。

それらは別々の出来事ではなく、ひとつの流れの中で起きている可能性がある。

日本の自然は、美しい。
けれど、その美しさは、山・川・海がつながっているからこそ成り立っている。

森を遠くから眺めるだけではなく、その足元を見ること。
川を水路として見るのではなく、山と海をつなぐ動脈として見ること。
海を波打ち際だけでなく、流域の終着点として見ること。

そこから、次の自然環境問題の見方が始まる。

森の土が流れるということは、自然のつながりが揺らいでいるということだ。
そして、そのつながりをもう一度見つめ直すことが、これからの地域と環境を考える第一歩になる。

参考・引用元

  • 林野庁「野生鳥獣による森林被害」
    シカによる森林被害は森林被害全体の約6割を占め、下層植生の消失や土壌流出など、森林の公益的機能への影響が懸念されることが説明されています。
    URL:https://www.rinya.maff.go.jp/j/hogo/higai/tyouju.html
  • 林野庁「ナラ枯れ被害」
    カシノナガキクイムシが媒介するナラ菌により、ミズナラ等が集団的に枯損するナラ枯れの発生状況や防除対策について整理されています。
    URL:https://www.rinya.maff.go.jp/j/hogo/higai/naragare.html
  • 国土交通省「土石流とその対策」
    砂防えん堤が渓流上流で土砂を貯め、土砂の生産・流出を抑制する役割など、土石流対策の基本が紹介されています。
    URL:https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sabo/dosekiryuu_taisaku.html
  • 国土交通省「海岸侵食対策と利水ダムの機能の維持・回復のための土砂管理に関する検討委員会」
    ダムの堆砂対策や、河川および海岸への土砂供給方法、海岸侵食対策などが検討項目として示されています。
    URL:https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha02/05/050325_.html
  • 水産庁「森・川・海のつながりを重視した豊かな漁場海域環境創出方策検討調査報告書」
    森・川・海のつながりを重視し、河川による淡水、土砂の調節、海域への栄養塩類の供給、生物の生息場などについて整理されています。
    URL:https://www.jfa.maff.go.jp/j/gyoko_gyozyo/pdf/sub70a.pdf
  • 水産庁「漁場環境をめぐる動き」
    藻場や干潟が水産生物の産卵場所、幼稚仔魚の生息場所、水質浄化、栄養塩の変動を抑える緩衝地帯として重要であることが説明されています。
    URL:https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/r01_h/trend/1/t1_1_5.html

山の荒廃は、山だけで終わるものではありません。
森の土が流れ、川が変わり、やがて海の環境にも影響していきます。

NEOTERRAIN Journalでは、海・山・空で起きている日本の自然環境問題を、これからも現場とデータの両方から見つめていきます。
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