駅の売店で、焼き菓子の箱が目に留まる。
写真の横には、短い言葉がある。
「サクッとほどける、薄焼きクッキー。」
まだ箱を開けていない。香りも届いていない。それなのに、かじったときの軽い音や、口のなかで崩れる感触が浮かんでくる。
もし、そこに「おいしいクッキー」とだけ書かれていたら、どうだろう。
意味はわかる。けれど、どんな一枚なのかは、まだ見えてこない。
言葉を読んだだけなのに、ひと口が浮かぶ。
コピーには、商品の特徴を説明する役割がある。同時に、まだ体験していない感覚を想像する手がかりにもなる。
「サクッ」という小さな言葉を入口に、商品と顧客の間に、どんな体験をつくれるのかを考えてみたい。
1.「おいしい」は評価。「サクッ」は体験の手がかり
「おいしい」「上質」「こだわり」。
食品の広告でよく使われる言葉だ。伝えたい方向はわかるが、それだけでは商品の違いを判断しにくい。
一方、「サクッ」「ほろほろ」「もっちり」には、食べたときの状態を想像する手がかりがある。
同じクッキーでも、「ザクザク」と「しっとり」では、思い浮かべるものが違うだろう。
ここに、コピーを考える最初の分かれ道がある。
企業の評価を伝えるのか。顧客が体験することを描くのか。
「おいしい」と伝えたいときほど、一度、その言葉を使わずに説明してみるとよい。
最初に歯が当たったとき、どう感じるのか。噛むと、どんな変化があるのか。飲み込んだあと、何が残るのか。
そこまで具体的にすると、商品の特徴が、顧客の言葉に近づいてくる。
2.広告の言葉は、食べたあとの評価にも関わる
感覚を描く言葉は、食べる前の期待だけに関係するのだろうか。
Ryan S. ElderとAradhna Krishnaによる研究は、食品広告の内容と、実際に食べたときの評価の関係を調べている。
三つの実験では、味だけに焦点を当てた広告より、複数の感覚に言及した広告のほうが、味の評価を高める結果が示された。その関係には、広告によって浮かぶ肯定的・否定的な感覚に関する思考が関わっていた。Oxford Academic
食品そのものを変えなくても、先に触れた言葉が、受け取り方に関わることがある。
ただし、この研究が、日本語の「サクッ」という言葉の効果を直接検証したわけではない。
実務への示唆は、特定の擬音語を入れれば売れる、ということではないだろう。
顧客が何を想像するかまで含めて、広告の内容を考える。
その視点に立つと、コピーは商品の横に添える飾りではなく、体験を形づくる要素として捉えられる。
3.香りが届かない広告でも、香りは想像できる
画面や紙面には、基本的に食品の香りはない。
それでも、焼きたてのパンや、皮をむいた柑橘の写真を見ると、香りを思い出すことがある。
Krishna、Maureen Morrin、Eda Sayinによる研究では、食品の香りを想像することと、消費者の反応との関係を検討している。
研究では、香りの想像が反応を高めるうえで、香りのもととなる食品を鮮明に思い描けることが重要な条件になっていた。言葉による香りの想像と、視覚的なイメージの関係が示されている。Oxford Academic
ここから、制作上の問いが生まれる。
「香ばしい」と書くとき、写真は何を見せるべきか。
商品の箱だけで十分なのか。焼き色や断面を見せたほうが、特徴を理解しやすいのか。
言葉と写真を別々に決めるより、両方でどんな感覚を想像してもらうかを考えたい。
4.戦略の出発点は、「誰が、何を楽しむ商品か」
ここから、マーケティング戦略をコピーへつなげてみよう。
仮に、ある菓子メーカーが、軽い食感の薄焼きクッキーを販売しているとする。
競合には、厚くて食べ応えのある商品もあれば、しっとりした商品もある。
このとき、まず決めたいのは、どの顧客の、どんな場面に応えるのかだ。
仕事の合間に軽く食べたい人なのか。休日に飲み物とゆっくり楽しみたい人なのか。手土産として食べやすいものを選びたい人なのか。
同じ商品でも、伝えるべき特徴の優先順位は変わる。
たとえば、「短い休憩に、軽やかなひと口を求める人」に届けたいなら、薄さや歯切れのよさが候補になる。
そこで、ようやく表現を考える。
| 商品の実際の特徴 | 顧客に伝えたい体験 | コピーの方向例 |
|---|---|---|
| 薄く、歯切れがよい | 軽い食感を楽しめる | サクッと軽い、薄焼きクッキー。 |
| 噛むと細かく崩れる | 口のなかでほどける感触 | ひと口で、ほろりとほどける。 |
| 焼いた小麦の香りがある | 噛んだときの香ばしさ | 噛むほどに、小麦が香る。 |
| なめらかなクリームを挟む | 生地との食感の違い | サクッのあとに、なめらか。 |
これは、特徴と表現をつなぐための制作例だ。実際には、試食して、その商品に合う言葉を選ぶ必要がある。
顧客の求めることを捉え、商品の特徴を選び、その特徴を感覚の言葉へ翻訳する。
この順序があれば、コピーの選択にも理由が生まれる。
5.写真・動画・音は、同じ特徴を伝えているか
「サクッと軽い」と言いながら、写真では分厚く重厚な印象を与えていたら、顧客はどんな商品を想像するだろう。
クリエイティブでは、言葉と画の関係も整えたい。
薄さを伝えるなら、横から厚みがわかる画を撮る。ほどける食感を伝えるなら、割った断面や、生地の状態がわかる寄りの画を考える。
動画なら、ひとかけを割る瞬間や、噛む直前までを見せる構成もある。音を使う場合は、実物の特徴が伝わる収録や編集を検討する。
たとえば、短い広告なら、次のように組み立てられる。
薄い生地を持ち上げる。軽く割れる。断面が見える。その場面に「サクッと軽い」の言葉を重ねる。
ここでの画や音の役割は、同じ説明を繰り返すことだけではない。
文字では伝えきれない厚みや崩れ方を、別の情報で補うことだ。
そのうえで、演出によって実物とかけ離れた食感を想像させていないかも確認する。
食べる前に伝えた特徴が、食べたあとにも確かめられる。そのつながりまで考えたい。
6.感覚の言葉は、増やすほどよいわけではない
研究では複数の感覚に言及する広告の効果が示されたが、感覚表現を詰め込めばよいわけではない。
同じ研究でも、別の課題によって認知的な余裕が少なくなると、その効果が弱まることが報告されている。Oxford Academic
実務では、読む場面を考える必要がある。
通りすがりの店頭POP。スマートフォンに流れる広告。時間をかけて読まれる商品ページ。
使える時間も、情報量も違う。
一瞬で見られる場所なら、まず一つ、中心となる特徴を選ぶ。
「サクッと軽い。」
商品ページなら、そこから香り、甘さ、口どけへと、情報を補っていける。
また、感覚の表現は、人によって受け取り方が異なる。
「濃厚」が魅力になる人もいれば、重そうだと感じる人もいる。「ほろ苦い」が、甘さを抑えた印象につながることもあれば、苦手意識につながることもある。
だからこそ、誰に届けたい言葉なのかを忘れない。
7.「食べたくなった」のあとに、何が残ったか
コピーを比べるとき、広告のクリック率や購入率は大切な指標だ。
それに加えて、何を想像したか、食べたあとにどう感じたかも確かめたい。
「サクッ」という言葉から、どのくらい硬いものを想像したか。
写真を見て、どのくらいの厚みだと思ったか。
実際の食感は、その想像に合っていたか。
反応がよいコピーでも、実物とのずれが大きければ、期待外れにつながるかもしれない。逆に、特徴が正確に伝われば、自分の好みに合う商品を選びやすくなる。
企業側でも、企画、製造、営業、制作の担当者が同じ商品を食べ、それぞれの言葉を持ち寄ってみるとよい。
「サクサク」なのか、「ザクザク」なのか。「しっとり」なのか、「ねっとり」なのか。
その違いを話すうちに、商品をどう理解し、何を伝えたいのかが明確になることがある。
駅の売店で、もう一度クッキーの箱を見る。
短いコピーの向こうに、ひと口の感触が浮かぶ。
言葉は、まだ届かない香りや食感への入口になる。その入口を通った先に、実際の商品が待っている。
よいコピーは、食べたくなる想像をつくり、食べたあとに「確かに」と思える特徴へつなぐ。
そこに、感覚を描くマーケティングの仕事がある。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
「おいしい」と言ったあとに、何がおいしかったのかを考えてみる。
歯が触れたときの軽さ。噛んだあとに広がる香り。舌の上に残る、わずかな苦み。
言葉にしようとすると、それまで見過ごしていた特徴に気づく。
取材でも、商品を伝える仕事でも、この具体性を大切にしたい。つくり手が意図したことと、食べる人が感じることを、丁寧に確かめていく。
短い一言の背後に、そうした観察がある。
「サクッ」と書くまでにも、できる仕事は少なくない。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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