味覚、記憶、世代、そして健康。コーラ戦争から読み解く、マーケティングの変わるものと変わらないもの。
冷蔵庫の扉を開ける。
赤い缶と、青い缶が並んでいる。
どちらかを手に取るまで、数秒もかからないかもしれない。けれど、その短い選択の背後には、百年を超える企業の競争がある。
価格を変える。味を比べる。スターを起用する。音楽と結びつく。そして、ときには、長年愛されてきた味そのものを変えてしまう。
コカ・コーラとペプシの競争は、2019年のドキュメンタリー『COLA WARS/コカ・コーラvs.ペプシ』でも描かれている。1980年代の激しい広告合戦と、1985年の「ニューコーク」をめぐる騒動は、その象徴的な出来事だ。video.unext.jp
しかし、この歴史を「王者と挑戦者の広告合戦」として眺めるだけでは、見落とすものがある。
両社が争ってきたのは、飲料の売り上げとともに、人が商品に意味を与える、その場所だった。
1.歴史的背景|価格の競争から、世代の競争へ
コカ・コーラは1886年、ペプシは1898年に誕生した。先行ブランドを追うペプシは、時代ごとに異なる「選ばれる理由」をつくってきた。The Coca-Cola Company (KO)
大恐慌期の1930年代、ペプシは12オンスを5セントで販売した。当時、6オンスを5セントで売るソフトドリンクが多かったなかで、同じ支出で多く飲めることを訴えたのである。さらに1963年には「ペプシ・ジェネレーション」を展開し、新しい世代をブランドの象徴に据えた。サントリー
ここには、競争の軸の変化がある。
家計に余裕がなければ、同じ価格で得られる量は切実な価値になる。一方、消費が自己表現にもなる社会では、「何を買うか」が「自分はどんな人か」と結びついていく。
ペプシは、経済的な合理性に加えて、文化的な選択理由を育てた。
「親と同じものを、当然のように選ぶ必要はない」
「自分たちには、自分たちの時代がある」
これは当時の消費者全員の本音を記録した言葉ではない。キャンペーンの構造から読み取れる、顧客インサイトの仮説だ。
強い先行ブランドに対して、同じ価値を少し上手に語るだけでは届かない。顧客が選ぶ基準そのものを動かす。
ペプシの歴史には、この発想が繰り返し現れる。
2.ペプシ・チャレンジ|「いつもの選択」に疑問を差し込む
1975年、ペプシは「ペプシ・チャレンジ」を開始した。
ブランド名を隠したコーラを飲み比べ、どちらを好むかを選んでもらう。その様子を広告にする試みだった。サントリー
この施策の強さは、単に「こちらがおいしい」と宣言することにとどまらない。
普段はコカ・コーラを選んでいる人でも、名前を隠せば別の選択をするかもしれない。その可能性を、目の前の体験に変えた。
消費者は、広告の受け手から、比較の参加者になる。
マーケティングの視点では、試飲によって購入の心理的な壁を下げる。クリエイティブの視点では、「選ぶ瞬間」を短いドラマにする。PRの視点では、「有名ブランドが飲み比べで負ける」という、人に話したくなる題材をつくる。
一つの仕組みが、複数の役割を担っている。
ただし、ブラインドテストの結果を、そのまま市場全体の購買行動に置き換えることはできない。試飲時の好みと、価格、売り場、習慣、食事との相性を含む日常の選択では、条件が異なるからだ。
ここで重要なのは、味覚の絶対的な勝者を決めること以上に、無意識に繰り返されていた選択を、一度考え直してもらうことだったと考えられる。
3.ニューコーク|約20万人の調査でも、測れなかったもの
1985年4月23日、コカ・コーラは主力商品の処方を変更した。
背景には競争への危機感があった。同社の公式回顧によれば、米国の主力商品における競合へのシェアのリードは、15年にわたって縮小していた。新処方は約20万人を対象とする味覚テストで好まれたが、発売後には強い反発が起こった。7月11日、79日後に従来の処方が「コカ・コーラ クラシック」として戻ってきた。coca-colacompany.com
この出来事は、しばしば「データより感情が大切」という教訓で語られる。しかし、より実務的に考えるなら、問うべきは調査と意思決定の対応関係だろう。
「どちらの味が好きか」
「長年飲んできた商品がなくなることを受け入れるか」
この二つは、異なる問いである。
新しい味を好むという回答から、従来品の置き換えまで支持されるとは限らない。味覚の調査だけでは、商品の消失が持つ意味まで十分に捉えられない。
飲み物には、味以外の経験が重なっている。
家族と過ごした食卓。映画館の暗がり。夏の帰り道。自分が選び続けてきたという、小さな確信。
ニューコークの騒動から読み取れるのは、企業が変更したのは商品仕様でも、顧客が失うと感じたのは生活の連続性だった可能性である。
調査を捨てる必要はない。
意思決定によって、顧客の何が変わるのかまで調べる必要がある。
4.顧客インサイト|「つながっていたい」と「自分で選びたい」
両社の代表的な広告を読み解くと、異なる欲求への働きかけが見えてくる。
コカ・コーラの1971年の広告「Hilltop」では、さまざまな背景を持つ若者たちが、イタリアの丘で歌う。商品は、人と人を結びつける存在として描かれた。coca-colacompany.com
一方、ペプシは1984年、マイケル・ジャクソンを起用した「新世代の選択」のキャンペーンを展開した。サントリー
本稿の分析として整理すると、次のようになる。
| 視点 | コカ・コーラの代表的な訴求 | ペプシの代表的な訴求 |
|---|---|---|
| 顧客の欲求 | 誰かとつながり、心地よい時間を共有したい | 自分の感覚で、今の自分に合うものを選びたい |
| 時間の捉え方 | 大切な時間を、これからも続ける | 新しい時間を、自分たちでつくる |
| 商品の役割 | 人と人の間に置かれる共通の存在 | 自分の姿勢や好みを示す選択 |
| 表現の重心 | 共感、親密さ、共有 | 音楽、躍動感、新しさ |
もちろん、両社のすべての広告が、この区分に収まるわけではない。コカ・コーラも若者に働きかけ、ペプシも人々のつながりを描いてきた。
それでも、代表的な施策を比べると、同じ清涼感の向こうに、異なる生活の意味が設計されている。
また、一人の消費者のなかに、両方の欲求があっても不思議ではない。
安心したい日もある。
いつもの自分を変えてみたい日もある。
顧客インサイトは、人を固定的なタイプに分けるためだけのものではない。その人が、その場面で、何を求めているかを理解するためにある。
5.ブランディングとクリエイティブ|意味を育て、見つけてもらう
ブランドには、少なくとも二つの仕事がある。
一つは、選ぶ意味を育てること。
もう一つは、選ぶ場面で見つけてもらうことだ。
コカ・コーラのコンツアーボトルは、その両方を担ってきた。1915年の開発では、暗闇で触っても、地面で割れた状態でも識別できるほど、特徴のある瓶が求められた。coca-colacompany.com
形そのものが、商品名を伝える。
これは、商品の機能差を説明することとは異なる競争力である。飲料を選ぶ瞬間に、長い説明を読んでもらえるとは限らない。見慣れた形や色が、記憶への入口になる。
ペプシの2023年のビジュアル刷新も、商品戦略と接続している。
ロゴとブランド名を一体化し、エレクトリックブルーと黒を採用した。公式発表では、黒はペプシ ゼロシュガーへの注力を示す色とされ、動きのある表現には炭酸や音楽のリズムが重ねられている。pepsico.com
この視点から見ると、クリエイティブは戦略を飾る最終工程だけではない。
どの商品を伸ばしたいのか。
どんな記憶を残したいのか。
店頭でもスマートフォンでも、何を手がかりに見つけてもらうのか。
事業の方向を、人が知覚できる形へ変換する仕事である。
6.PR|ブランドを語る人は、企業だけではない
2011年、オーストラリアで始まった「Share a Coke」では、ボトルや缶に人気の名前が印刷された。最初に採用されたのは150の名前だった。coca-colacompany.com
名前を載せるだけで、一本のコーラの役割が変わる。
自分の名前を探す。
友人の名前を見つける。
写真を撮る。
誰かに渡す。
商品が、会話や贈り物のきっかけになる。
PRの視点で注目したいのは、企業が発信量を増やすことに加えて、顧客が語りたくなる理由を商品に組み込んだことだ。
ただし、社会的な話題に接続すれば、必ず共感が生まれるわけではない。
2017年、ケンダル・ジェンナーが登場したペプシの広告は批判を受け、撤回された。ペプシは、団結や平和への理解を伝えようとしたものの意図を果たせなかったとして、謝罪している。ABC News
この事例からは、社会の緊張や当事者の経験を、商品の登場で簡単に解消される物語にすると、反発を招く危険が読み取れる。
「つながり」を描くという表面的な共通点だけで、広告の受け止められ方は説明できない。誰が、どんな社会状況で、どの立場から語るのかが問われる。
ブランドが意味を発信しても、その意味を確定させるのは企業だけではない。
7.売り場という現実|広告の勝者が、そのまま市場の勝者になるとは限らない
コーラ戦争では、華やかな広告に目を奪われる。しかし、飲料は「飲みたい」と思うだけでは売れない。
近くにある。
冷えている。
欲しい容量で買える。
食事と一緒に注文できる。
その条件がそろって、購入が成立する。
コカ・コーラは、自社とボトリングパートナーからなる仕組みを通じ、200を超える国・地域へ商品を届けている。ブランドの発信力の背後には、地域の製造や流通、販売を担う事業基盤がある。coca-colacompany.com
ここから、広告事例を学ぶ際の注意点も見えてくる。
話題になった広告と、その年の売り上げ増加が並んでいても、広告だけが原因だとは断定できない。価格、配荷、販促、競合の動きも確かめる必要がある。
また、ブランドの販売順位と、企業全体の競争力も別の指標だ。
ペプシコはペプシだけの会社ではなく、スナックやスポーツ飲料なども扱っている。コカ・コーラ社も、多様な飲料ブランドを展開している。両社の総売上高をそのまま比べても、コーラ単体の支持は測れない。pepsico.com
市場を見るには、「どの地域の、どのカテゴリーの、何を測った数字か」をそろえる必要がある。
8.市場動向|赤と青だけでは、競争を説明できなくなった
米国炭酸飲料市場では、かつての二強の構図が変化している。
Beverage Digestの2025年データを報じた記事によれば、コカ・コーラ クラシックの数量シェアは18.5%。ドクターペッパーが8.8%で2位となり、ペプシは2024年の4位から2025年に3位へ戻った。これは米国の炭酸飲料ブランドの順位であり、世界のコーラ市場や企業全体の順位ではない。ajc.com
成長の方向も変わっている。
コカ・コーラ社の2025年通期決算では、全社の世界販売数量が前年並みだった一方、コカ・コーラ ゼロシュガーの販売数量は14%増加した。coca-colacompany.com
ペプシコも、プレバイオティクス食物繊維を含む「Pepsi Prebiotic Cola」を発表し、2026年には米国での全国展開を進める方針を示した。なお、食物繊維の配合という商品仕様と、個々の健康効果の評価は分けて考える必要がある。pepsico.com
これらの動きから見えるのは、消費者が求める価値の広がりだ。
おいしく飲みたい。
糖分も気になる。
楽しみを、生活のなかに無理なく残したい。
未来の競争は、「どちらのコーラを選ぶか」に加えて、変化する生活のなかで、コーラを選ぶ理由をどう更新するかへ広がっている。
9.この歴史から、何を学べるのか
コカ・コーラとペプシの歴史を、成功した広告の一覧として覚えるだけでは、実務への接続は難しい。
学ぶべきは、それぞれの施策が、どんな課題に応えようとしたのかである。
| 学びの視点 | 自社や地域ブランドへの問い |
|---|---|
| 歴史と市場 | いま変わっているのは、顧客の暮らしか、競争相手か、購入場所か |
| 顧客インサイト | 顧客は機能に加えて、どんな安心や自己表現を得ているか |
| 調査 | 測っている好みと、実際に決めようとしている変更は対応しているか |
| PR | 顧客が自分の言葉で話したくなる出来事があるか |
| クリエイティブ | 戦略が、見つけやすく、覚えやすい形になっているか |
| ブランディング | 変えてよい部分と、失うと顧客が困る部分は何か |
| 販売 | 欲しいと思ったとき、買える状態をつくれているか |
地域の食品でも、老舗の工芸でも、メディアでも、この問いは使える。
歴史を守ることが価値になる場面もあれば、新しい使い方を提案することが必要な場面もある。その判断には、企業側の思いとともに、顧客がすでに何を受け取っているかを知ることが欠かせない。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
コーラの缶を開けると、小さな音がする。
その音に、味を思い浮かべる人がいる。
夏を思い出す人がいる。
誰かと過ごした時間が戻ってくる人もいる。
商品は工場でつくられる。
けれど、その商品が持つ意味は、人の生活のなかでもつくられていく。
コカ・コーラとペプシの歴史をたどると、優れたマーケティングの難しさは、手法の多さ以上に、その意味を読み取ることにあると感じる。
長く愛される理由を理解すること。
暮らしの変化によって、選ばれなくなる理由にも目を向けること。
そして、変えるべきものを変えながら、顧客が大切にしているものを見失わないこと。
次の一口を選ぶ人の暮らしに、何が起きているのか。
百年を超える競争は、いまもその問いを差し出している。
本稿は公開資料に基づき、歴史的事実とNEOTERRAINとしての分析を組み合わせたものです。顧客インサイトは施策から読み取る仮説であり、市場データは2025年実績など、対象年と範囲を明示しています。
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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