マカオと日本、混ざり合う食文化から考えるマーケティング
料理の湯気から、海の向こうが見えることがある。
見慣れた食材なのに、どこか知らない香りがする。初めて食べる料理なのに、不思議と懐かしい。
そのひと皿には、レシピだけでは読み取れない時間がある。船に乗って運ばれた調味料。異なる言葉で交わされた会話。遠い故郷の味を、手元にある材料でつくろうとした誰かの工夫。
マカオの食文化をたどると、異なるものが出会い、暮らしの中で土地の味へ変わっていく過程が見えてくる。
そして日本にも、同じように海の向こうを食卓へ迎えてきた街がある。
今回は中国の特別行政区であるマカオと、日本の長崎を中心に、食文化が地域の価値になる仕組みを考えたい。
1.マカオの味には、いくつもの海が重なっている
マカオ政府観光局は、マカニーズ料理を、ポルトガル料理と中国料理を組み合わせ、ヨーロッパ、南米、アフリカ、東南アジアの食材や調味料を取り入れた料理として紹介している。また、マカオで提供されるポルトガル料理とは区別して説明している。
この区別は、小さいようで大切だ。
ポルトガルの料理を、そのまま別の土地で再現する。それとは異なる営みが、マカニーズ料理にはある。
異なる食材や調理法が、生活の中で出会い、組み替えられてきた。その積み重ねが、土地に固有の料理を育てたのである。
観光局が紹介する料理には、アフリカンチキンやミンチィなどの名前が並ぶ。
料理名を知ることは、入り口になる。
けれど、「なぜ、この街でこの料理が生まれたのか」と問い始めると、食べる行為は、土地の歴史をたどる体験へと広がっていく。
メニューの向こうに、人の移動が見えてくる。
2.「混ざっている」ことが、その土地らしさになる
地域の魅力を伝えるとき、「昔から変わらないもの」や「ここだけに残るもの」に目が向くことがある。
マカオの食文化は、そこへ別の視点を差し出す。
外から来たものを受け入れ、変えてきた過程にも、土地の個性は宿る。
もちろん、文化の接触には、交易や移住だけでなく、植民地支配や力関係も関わっている。「東西の美しい融合」という言葉だけで、その歴史全体を語ることはできない。
それでも、その複雑な歴史の中で、人が日々食事をつくり、家族へ渡してきた味がある。
食文化の厚みは、そうした暮らしの具体性から生まれる。
マーケティングの視点で見れば、ここにあるのは、簡単には移し替えられない背景だ。
材料や調理法を取り入れることはできても、その料理が街の暮らしに根づくまでの時間は、すぐには再現できない。
その背景を丁寧に伝えることで、料理を味わう理由に、土地を知る楽しさが加わる。
3.長崎の円卓にも、海の向こうが座っている
日本側の比較対象として見てみたいのが、長崎の「和・華・蘭」の食文化だ。
長崎市は、和を日本、華を中国、蘭をオランダやポルトガルなどの西洋とし、それらとの交流の中で独自の文化が育まれたと説明している。代表的な料理が、卓袱料理である。
朱塗りの円卓に、大きな器が並ぶ。
刺身、煮豆、長崎天ぷら、豚の角煮。それぞれを小皿に取り分けながら、食事が進んでいく。
長崎市の説明によれば、卓袱料理は中国料理の膳の形式を基本とし、時代とともに和食や洋食のアレンジが加わって発展してきた。
ここでは、料理の味に加えて、食卓の囲み方も体験になる。
向かい合う人の顔が見える。大皿へ箸を伸ばす。料理について誰かが話し始める。
港で交わった文化が、食事の形式にまで残っている。
マカオと長崎は、歴史も社会も異なる。けれど、外から届いたものを暮らしへ取り込み、土地の味へ育ててきたという接点がある。
4.「おいしい」から、「ここで食べたい」へ
今回の事例を、マーケティングの視点で整理すると、次のように捉えられる。
| 視点 | マカオのマカニーズ料理 | 長崎の卓袱料理 |
|---|---|---|
| 食文化の背景 | ポルトガルと中国を軸に、複数地域の食材・調味料が交わる | 中国由来の食卓形式に、日本や西洋の料理の要素が加わる |
| 伝えられる物語 | 人や食材が海を渡り、土地の料理になる過程 | 港町の交流が、献立と円卓に残る過程 |
| 本稿が考える体験価値 | ひと皿から、マカオの歴史に触れる | 食卓を囲みながら、長崎の文化に触れる |
おいしい料理は、旅の満足を支える。
そこに、その土地とのつながりが伝わると、「この街で食べたい」という動機が育つ可能性がある。
たとえば、メニューに「伝統料理」とだけ書かれている場合と、その店で受け継いできたつくり方や、使う調味料の背景が短く添えられている場合。
食べる前の関心も、食べたあとの記憶も、変わるかもしれない。
ただし、物語を知れば必ず高い価格を受け入れる、ということではない。味、価格、接客、食べやすさが、期待に応えている必要がある。
物語は、実際の体験と結びついてこそ、信頼になる。
5.街のイメージを、食卓から広げる
マカオは2017年、ユネスコ創造都市ネットワークの食文化分野に加盟した。マカオ政府観光局は当時、この認定を都市の国際的なブランドを強めるものとして位置づけている。
この動きを、本稿では「訪れる理由を増やす取り組み」として捉えたい。
ある街について、最初に思い浮かぶものは、人によって限られている。
そこへ食文化という入り口が加わると、旅の目的を広げられる。料理を目当てに訪れる人もいれば、滞在中に街の歴史へ関心を持つ人もいるだろう。
日本の地域にも、同じ問いを置くことができる。
名物の名前を知ってもらった、その先に何があるか。
料理を食べた人が、商店街を歩きたくなるか。器に興味を持つか。食材をつくる人に会いたくなるか。
食を地域の価値へつなげるには、ひと皿から街へ、関心が続いていく道筋が必要だ。
6.物語を届けるには、つくる人の手を残す必要がある
食文化の発信には、継承も欠かせない。
2020年に公開されたマカニーズ料理のデータベースには、公開当時、書籍や刊行物、手稿、297のレシピが収められていた。当時のマカオ旅遊学院は、料理講座や調理実演、教育レストランでの提供にも取り組んでいた。
記録することと、実際につくり続けること。その両方がある。
レシピが残っていても、料理する人がいなくなれば、味に触れる機会は細っていく。一方で、誰かの手元にしかない知識は、その人とともに失われるおそれがある。
これは、日本の郷土料理を考える際にも向き合いたい課題だ。
料理を紹介する記事や写真が増えることと、次の世代がつくり続けられることは、別々に確かめる必要がある。
店に仕事があるか。教える時間を確保できるか。食べる人がいるか。
地域のブランドを育てる仕事には、その味を生み出す暮らしを支える視点も求められる。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
知らない街で、初めての料理を口にする。
香りに少し戸惑い、もうひと口食べる。やがて、遠かったはずの土地が、自分の身体に近づいてくる。
食べることには、そんな静かな力がある。
マカオと長崎の食文化を重ねて見えてきたのは、人が外の世界を受け入れてきた痕跡だった。
遠くから届いたものを、台所へ迎える。
手元の材料で試してみる。
家族が食べる。
その味を、誰かが覚えている。
そうした繰り返しの中で、海を渡った味は、その街の名前になる。
地域の価値は、特別なものを探す目だけでは見つからないのかもしれない。
当たり前に食べているものの中に、どれほど遠い世界が入っているか。そのことに気づくところから、土地の物語は、もう一度始まる。
参考資料
- マカオ政府観光局:Macanese & Portuguese Dishes
- 長崎市:ながさき和・華・蘭グルメとは
- マカオ政府観光局:ユネスコ食文化創造都市への加盟について
- マカオ旅遊大学:マカニーズ料理データベースの公開について(2020年)
NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。
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