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肌に塗るのは、成分だけではない。

Watercolor illustration of hands grinding thanakha wood on a stone slab and opening a skincare jar, with women applying cosmetics in the background. Japanese text reads, “Touches the skin. Fits into everyday life.”
ミャンマーと日本の美容習慣|タナカと化粧品の価値
Contents

ミャンマーのタナカと日本の化粧品から考える、習慣に選ばれるマーケティング

丸い石板に、少しの水を落とす。
木をすり合わせると、淡い色のペーストができる。
それを頬にのせ、一日の支度をする。

ミャンマーで親しまれてきた「タナカ」。

木の樹皮を水とともに石板ですり、美容や肌の手入れなどに用いる習慣で、女性だけでなく、男性や子どもにも使われてきた。[1]

外から見ると、頬に残る淡い模様が印象に残るかもしれない。

けれど、そこにあるのは、珍しい化粧の風景だけではない。

使い慣れた道具がある。
身近な人から覚えた手順がある。
その姿で過ごしてきた日々がある。

一方、日本の店頭には、使い心地や仕上がり、機能を細かく提案する化粧品が並ぶ。

その二つを、古いものと新しいものに分けてしまうと、大切なことを見落とす。

商品が日常に入るとき、人は、何を受け入れているのだろうか。

成分や性能とともに、その商品を使う時間や、自分らしくいられる感覚も選んでいるのではないか。

1|タナカは、容器の中だけでは説明できない

UNESCOの文化紹介資料には、タナカの材料と石板だけでなく、家庭での使用や、若い世代が身につける姿が収められている。[2]

そこから見えてくるのは、原料と道具、使う人、受け継ぐ行為がつながった文化である。

もしタナカを、ある木から得られる化粧素材としてだけ説明したら、何が抜け落ちるだろうか。

自分ですって用意する手順。
塗り方を教わる関係。
使い慣れた姿への親しみ。

こうしたものは、成分表には収まらない。

マーケティングの視点で見ると、タナカは「何が入っているか」だけでは、選ばれる理由を捉えきれない事例である。

ただし、ミャンマーの人が全員同じように使い、同じ意味を感じているわけではない。地域、世代、個人によって、使い方や距離感は異なる。

文化とは、一枚の写真に固定できるものではない。その違いも含めて、暮らしの中で続いている。

2|新しい商品は、何と競争しているのか

ある市場へ新しい化粧品を届けようとするとき、競合として、似た価格や機能の商品を調べることが多い。

けれど、実際に選ぶ人の生活には、すでに何らかの方法がある。

以前から使っているもの。
家族が用意してくれるもの。
買わずに済ませている方法。
何も使わないという選択。

新商品が向き合うのは、別のブランドだけではない。こうした、すでに一日を回している習慣でもある。

タナカを使う人に対して、新しいクリームの性能を説明するだけでは、その人が何を変えなければならないかは分からない。

いつ塗るのか。
いまの手入れと一緒に使えるのか。
使用後の見た目は、自分の生活に合うのか。

こうした問いを飛ばすと、商品の説明は正しくても、使う場面が浮かばない。

新しい価値を届けるには、いまの暮らしが何によって成り立っているかを知る必要がある。

3|日本の化粧品にも、「毎日使えるか」という問いがある

日本側の具体例として、資生堂の日焼け止めの選び方に関する発信を見てみたい。

そこでは、機能の表示だけでなく、べたつき、保湿感、塗り直しのしやすさ、落とし方などが、選択のポイントとして挙げられている。[3]

これは、商品が持つ性能を、生活の中で使える条件へとつなぐ説明である。

使う場面を考えると、性能以外にも多くの接点がある。

朝、急いでいるときに塗れるか。
化粧の手順と組み合わせやすいか。
外出先へ持っていけるか。
一日の終わりに、無理なく落とせるか。

一度試したときの印象がよくても、毎日の手順に合わなければ、使い続けにくい。

ここで、タナカとの共通点が見えてくる。

どちらも、肌に何かを塗るという一回の動作だけでは完結しない。一日の支度や、身近な人との関係、自分が心地よいと感じる姿の中に置かれている。

ただし、これは効能の比較ではない。タナカの伝統的な用途と、試験に基づく機能表示を持つ化粧品の性能を、同等とみなすことはできない。

比べているのは、人が日常へ取り入れ、使い続ける条件である。

4|文化と商品から、異なる入口を見つめる

今回の事例を、マーケティング上の問いとして整理すると、次のようになる。

視点タナカの文化的実践日本の化粧品の具体例
価値を知る入口家庭や身近な人、受け継がれる使い方商品説明、店頭、使い方の発信
体験の範囲材料をする、塗る、その姿で過ごす選ぶ、塗る、塗り直す、落とす
見るべき条件慣れた手順や見た目、周囲との関係使用感、機能表示、日々の手順との相性
商品づくりへの問い習慣のどの部分を残し、何を変えるか性能を生活の中でどう使ってもらうか

表の左右は、対立するものではない。

ミャンマーにも工業製品の化粧品があり、日本にも家族から受け継ぐ美容習慣がある。

ここから読み取りたいのは、国ごとの性格ではなく、価値を理解する入口が一つではないということだ。

性能を知ってから好きになる人もいれば、使い慣れた感覚から関心を持つ人もいる。

一つの商品にも、複数の入口を用意できる。

5|伝統は、変わらないから続くのか

タナカを、昔のまま残る習慣として見るのも、十分ではない。

JETROの2017年の現地レポートでは、タナカをローションとして使う例や、タナカ入りのクリームを製造・販売する動きが紹介されている。[4]

これは当時の事例であり、現在の市場規模や普及率を示すものではない。しかし、伝統的な素材が、異なる使い方や製品のかたちへ展開されてきたことは分かる。

ここには、商品開発の難しさと可能性がある。

木をする手間を減らせば、便利になるかもしれない。
持ち運びやすくすれば、使う場面が広がるかもしれない。

一方で、その手間を含めて好きな人には、簡便化によって失われる体験もある。

だから、「便利にする」だけでは、誰にとっての改善なのかが曖昧になる。

毎日使う人なのか。
外出先でも使いたい人なのか。
初めて知った人なのか。

相手によって、残すべきものと、変えたほうがよいものは異なる。

伝統を現代の商品へつなぐとは、古い姿をそのまま写すことでも、すべての手間を取り除くことでもない。

その習慣を大切にしている人が、何を価値と感じているかを、具体的に確かめる仕事である。

6|使い方を伝えることも、ブランドの仕事になる

日本の事例でも、商品を渡した先の行動を支える取り組みがある。

アネッサは、子どもや家庭などに向けた紫外線対策の情報提供や、日焼け止めの使い方を伝える授業を実施していると公表している。[5]

この取り組みをマーケティングの構造として見ると、商品を知ってもらうことに加え、使う場面と手順を理解してもらう接点でもある。

ただし、こうした活動が、どれだけ購入や継続使用に寄与したかは、別途検証が必要だ。

大切なのは、売れた時点で仕事が終わるわけではないという視点である。

何のために使うかが分かる。
使い方を覚えられる。
生活の中に置き場所ができる。
使ってみた感想を伝えられる。

そうした小さな接点の積み重ねが、続けられる体験をつくる。

タナカの使い方が身近な人から伝わることと、企業が使い方を伝えることは、同じ関係ではない。

けれど、商品や素材の価値が、使用の場面で理解されていくという点には、学べる接点がある。

7|文化を知ることと、効能を証明すること

最後に、線を引いておきたいことがある。

長く使われていること。
親しまれていること。
自然由来の素材であること。

それぞれに文化的な意味はあるが、それだけで、特定の効能や安全性を証明できるわけではない。

タナカがどのような目的で使われてきたかを伝えることと、製品として何が確かめられているかを説明することは、分けて扱う必要がある。

これは、文化の価値を小さくすることではない。

背景への敬意と、機能を確かめる姿勢を、両方持つということだ。

マーケティングでも、物語で伝える部分と、根拠を示して説明する部分がある。

その区別が明確なほど、読む人や買う人は、自分で判断しやすくなる。

ミャンマーのタナカと日本の化粧品を比べる意味は、どちらが優れているかを決めることにはない。

人は性能だけでなく、生活の手順や、心地よさ、身近な人との関係の中で商品を選ぶ。その事実を、違う角度から見つめることにある。

EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN

木をする手と、容器のふたを開ける手。

使う道具は違っても、その先には、自分の一日を整えようとする人がいる。

肌に触れるものには、数字で確かめられる価値がある。
同時に、使い慣れた手順や、誰かに教わった記憶も重なっている。

新しい商品を届けるとき、私たちは、その人の暮らしの途中へ入っていく。

だから、何を加えるかだけでなく、すでに何があるかを知りたい。

変えたい不便があるのか。
残したい手間があるのか。
その人が、自分らしいと感じる姿は何か。

ミャンマーのタナカは、そんな問いを、頬に残る淡い色から投げかけてくる。

毎日使うものは、毎日の一部になる。
その一部として選ばれることから、ブランドを考えたい。


文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal
※本記事は公開資料に基づくデスクリサーチ記事です。文化的実践と企業の具体例を比較した編集上の考察であり、両国全体の国民性や消費行動、製品の効能差を示すものではありません。冒頭は資料に基づく情景表現です。

参考資料

  1. UNESCO:Practice of Thanakha culture in Myanmarに関する2021年の審査資料・決定
  2. UNESCO:Practice of Thanakha culture in Myanmar 写真資料(2026年審査対象の申請資料)
  3. 資生堂:賢い日焼け止めの選び方(2023年)
  4. JETRO:ミャンマーの美容品兼医薬品「タナカ」(2017年11月22日)
  5. 資生堂:Empowering People Through the Power of Beauty

NEOTERRAIN JOURNALでは、マーケティングやクリエイティブ、社会の変化を、表面的な手法ではなく、その背景にある構造から読み解いています。

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