岐阜・長良川のアユから考える、水温と森と、人の営み
川底の石が見える。
水面の揺らぎが、石の輪郭をほどいていく。
長良川の風景には、「清流」という言葉を信じさせる力がある。
けれど、水が澄んでいることと、そこに生きものが暮らし続けられることは、必ずしも同じではない。
透明な水も、温まる。
流れが美しいまま、魚の居場所が変わることもある。
岐阜県の自然環境問題を長良川から見つめると、見えてくるのは、汚れた川をきれいにするという物語だけではない。
美しいと感じている風景の内側で、生きものの暮らせる条件が変わり始めている。
その変化を、一匹のアユの時間からたどってみたい。
アユが暮らせる夏は、どこへ動いているのか
長良川のアユに、温暖化の影響が現れている。
岐阜大学などの研究では、渇水と猛暑が重なると、鵜飼が行われる区間を含む約20キロメートルで、アユが姿を消す現象が報告されている。また、秋の水温上昇によって、産卵のために川を下る時期が約一か月遅れることも確認されている。国立大学法人 東海国立大学機構 岐阜大学 環境社会共生体研究センター
ここで注意したいのは、長良川全体からアユがいなくなったという意味ではないことだ。特定の条件のもとで、夏の居場所や季節の行動に変化が生じている。
私たちは川を見るとき、流れる水の量や透明さに目を向ける。
魚にとっては、そこに「温度」という、目に見えない地形が重なっている。
人にはひと続きに見える流れの中に、過ごせる場所と、過ごしにくい場所がある。
夏の暑さは、川辺に立つ人の身体だけを包むものではない。
水の中の地図も、静かに描き換えている。
春に戻ってくるから、大丈夫とは限らない
長良川の天然遡上アユは、川と海を行き来する。
秋に川で生まれた仔魚は海へ下り、沿岸で冬を過ごし、春になると川を上る。その一生は、山あいの流れだけで完結しない。
2026年に岐阜大学などが公表した研究は、その海での時間にも変化が起きていることを示した。海水温の上昇に伴い、アユが海で過ごす期間が短くなっているという。岐阜大学
さらに、この研究が示唆するのは、変化の見えにくさだ。
秋の産卵・孵化が遅れても、海で過ごす期間が短くなることで、春の遡上時期には目立った変化が現れない場合がある。いつもの季節に魚が戻ってきても、その一生の組み立てまで同じとは限らない。岐阜大学
春の川に銀色の魚影がある。
その光景に安心する前に、そこへ至る冬がどう変わったのかを知る必要がある。
岐阜は海に面していない。
それでも、岐阜の川の未来には、海の温度が流れ込んでいる。
冷たい水の行方を、森までたどる
では、暑くなる川を前に、何ができるのだろう。
手がかりの一つは、本川へ流れ込む支川にある。
長良川流域の研究では、流域の大部分が人工林である主要支川からの水が、本川を冷やし、水温上昇を抑えていることが明らかになっている。森林の管理を考える際にも、木材や炭素だけでなく、川の水温や流量への影響を合わせて検討する必要がある。nies.go.jp
この知見から考えたいのは、冷たい水を届ける上流の働きも、清流を支える大切な価値だということだ。
木を育てる人と、魚を捕る人。
山の仕事と、川の仕事。
別々の産業として扱われてきた営みが、水を通してつながっている。
ただし、木を増やせば川が冷える、伐採をやめればすべて解決する、というほど単純ではない。森林整備が水や土砂、炭素の循環に与える影響には、複数の側面がある。その関係を確かめながら、流域全体の管理を考える研究が進められている。nies.go.jp
川を守る仕事は、水際よりもずっと遠くから始まっている。
山が緑でも、足元の植物は失われている
森を見るときにも、外からの印象だけでは分からない変化がある。
岐阜県の調査では、ニホンジカの生息密度が高い西濃・中濃地域で、草や低木などの下層植生の顕著な衰退が確認されている。東濃地域や飛騨地域東部にも衰退の著しい場所があり、影響の広がりが示唆されている。岐阜県公式ホームページ(環境生活政策課)
遠くから見れば、山は緑だ。
けれど、木々の下で、次の森をつくる芽や、小さな生きものの居場所が失われていることがある。
林野庁は、シカの食害で下層植生が失われた森林では、土壌流出などによって森林の公益的機能に影響が及ぶおそれを指摘している。rinya.maff.go.jp
これは、長良川のアユの変化をすべてシカの影響で説明する話ではない。
水温上昇と森林の植生衰退は、それぞれの仕組みを調べ、必要な対策を考えるべき課題だ。そのうえで、水を受け止める土地と、その下流にある川を、別々に扱い切れるのかという問いが残る。
木の幹だけでなく、その足元に何が育っているか。
水の透明さだけでなく、その中に何が暮らしているか。
自然を守るためには、風景のもう一層奥を見る必要がある。
一匹のアユの向こうに、暮らしがある
長良川のアユは、水産資源であると同時に、土地の文化を支える存在でもある。
2015年に世界農業遺産に認定された「清流長良川の鮎」は、魚だけを評価したものではない。人々の生活、水環境、漁業資源、伝統産業が結びつく「長良川システム」が、その背景にある。maff.go.jp
川魚を扱う店。
釣り人を迎える宿。
流れを読み、漁の時機を見定める人。
食卓で、その年のアユの話をする家族。
魚のいる川は、人の記憶にも流れている。
だからこそ、アユの変化を観光の問題だけに縮めることも、生態系の問題だけに閉じ込めることも難しい。
川から受け取る恵みが変われば、仕事の段取りも、季節の感覚も変わる。環境の変化への適応には、そこに暮らす人が仕事を続けられるかという視点も必要になる。
長良川流域では、自然環境の変化と、農林水産業の持続性、住民の暮らしの豊かさを合わせて考える研究が行われてきた。nies.go.jp
清流を支えてきた人々が、その仕事を続けられること。
それもまた、川の未来をつくる条件なのだと思う。
次の世代に、どんな川を渡すのか
これからの長良川を考えるとき、確かめたいのは、アユが何匹いるかだけではない。
暑い時期にどこへ移動するのか。
産卵の時期はどう変わっているのか。
支川の冷たい水は、どこから届くのか。
森の整備と植生の回復を、どう進めるのか。
そして、その変化を見続ける人が地域にいるか。
川を知る人の経験と、長く積み重ねる観測。その両方があって、見た目には分からない変化を捉えられる。
「清流」という名前を次の世代へ渡すなら、その言葉を裏づける生きものと、人の営みも渡したい。
水面の美しさに立ち止まる。
そこから、見えない温度と、上流の森と、海まで思いを伸ばす。
岐阜の自然環境を考える入口は、私たちがすでに美しいと知っている、その川の中にある。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
川を見て「きれいだ」と思う。
その感覚を、大切にしたい。
同時に、美しいと感じられることが、変化を見落とす理由になる場合もある。
水は澄んでいる。
山も緑だ。
春になれば、魚も戻ってくる。
それでも、森の足元や、魚が海で過ごす時間には、変化が起きている。
NEOTERRAINが見つめたいのは、その見た目と内側のあいだにある距離だ。
一匹のアユをたどると、海に出る。
支川をたどると、山で働く人に出会う。
食卓をたどると、川と暮らしてきた土地の時間に触れる。
清流を未来へ渡すとは、そのつながりを受け渡すことなのだと思う。
参考資料
- 岐阜大学「岐阜県気候変動適応センターにおける共同研究」
- 岐阜大学「温暖化によるアユ生態の南方化——海水温の上昇が海洋生活を短縮、長良川の長期データで解明」
- 国立環境研究所「長良川流域における森・里・川の気候変動適応が中山間地域の生業の持続性とウェルビーイングに与える影響の研究」
- 岐阜県「森林下層植生衰退度(SDR)調査結果」
- 林野庁「野生鳥獣による森林被害」
- 農林水産省「連載 旅する農業遺産——岐阜県 世界農業遺産 清流長良川の鮎」
※本記事は公開資料・研究発表に基づいて構成しています。冒頭などの情景表現は、現地取材の記録ではありません。

