——地震による隆起と、人の営みから考える生物多様性の未来
海だった場所に、岩が広がっている。
そこには、かつて海の中で生きていた生物の痕跡が残る。岩を覆う白い色は、波に磨かれた石の色だけではない。海水から切り離され、干出して白くなった海藻の色でもある。
2024年1月1日の能登半島地震は、人々の暮らしとともに、生きものが暮らす場所そのものを大きく変えた。能登半島北西部の鹿磯漁港周辺では、約3.6〜3.9メートルの隆起が確認され、本来は海中にある生物群集まで陸上に現れた。九州大学(KYUSHU UNIVERSITY)
港や道路、住宅の復旧は、生活を取り戻すために欠かせない。その一方で、変わった海岸では、生態系も新たな条件のもとで動き始めている。
能登の自然を未来につなぐには、何を取り戻し、何の変化を見守ればよいのだろう。
その問いは、海岸線だけでは終わらない。山の手入れ、水田の水、集落の暮らしへと続いている。
1.能登の豊かさは、異なる環境が近くにあること
石川県の自然は、能登半島から加賀の海岸、白山へと広がっている。海辺から高山までの標高差と、対馬暖流や冬の季節風の影響が、多様な生きものの生息環境をつくってきた。石川県
そのなかで能登の特徴となるのが、山と集落と海の近さだ。
丘陵地には森林があり、その間にため池や水田、河川、湿地が点在する。海辺にも、外浦の岩礁海岸、砂浜、内浦の入り組んだ海岸、七尾湾という異なる環境がある。この多様な環境の組み合わせが、能登の生物多様性を支えてきた。pref.ishikawa.jp
ここで大切なのは、里山里海が、人の暮らしとともにつくられてきた環境だということだ。
田んぼに水を引く。草を刈る。山の資源を使う。海の恵みを採る。
そうした営みが続く場所には、人の生活空間と、生きものの生息場所が重なっている。「能登の里山里海」が伝えるのは、風景の美しさに加えて、自然を利用しながら関係を保ってきた暮らしの仕組みである。noto-giahs.jp
だからこそ、その保全を考えるときには、生きものだけでなく、土地に関わり続ける人の存在を見る必要がある。
2.海岸の隆起は、生きものにとって何を変えたのか
人にとって数メートルの高さは、階段で移動できる距離だ。
しかし、岩に付着して暮らす生物にとって、海中から陸上への数メートルは、生存条件そのものの変化になる。
水に浸かる時間、乾燥、温度、波の当たり方。海辺の生きものは、そうした条件に応じて分布している。
鹿磯漁港周辺では、地震によって、低潮時にも水中にある「潮下帯」まで陸上に露出した。共同研究グループは、地震発生から66日後に現地調査を始め、残された底生生物の遺骸から、震災前の生態系の構造を調べた。九州大学(KYUSHU UNIVERSITY)
この調査は、失われたものを記録する意味を持つ。同時に、これから何が変わるのかを判断するための出発点にもなる。
ただし、ある海岸で確認された変化を、能登の海全体の状態として捉えることはできない。隆起の程度も、海底の地形も、湾の条件も場所によって異なる。
「能登の海はどうなったか」という大きな問いに答えるには、一つひとつの場所を継続して見る必要がある。
3.山から流れた土砂は、海底にも届く
地震の影響は、隆起した海岸だけに現れたわけではない。
2025年に公表された研究では、地震前後の航空レーザ測深によって、能登半島北部の海底地形の変化が調べられた。そこでは地盤の隆起に加え、堆積物が移動して、新たに岩礁が現れた場所も確認されている。jstage.jst.go.jp
さらに、2024年9月の豪雨から約1か月後に行われた水中ロボット調査では、泥に覆われ、土砂が厚く堆積した海底が見られた。一方で、一部にはホンダワラ類の海藻が生育する場所もあった。jstage.jst.go.jp
この結果が示すのは、海の変化を海だけで理解することの難しさだ。
山の斜面、川の流れ、河口、沿岸の海底は、水と土砂の移動によってつながっている。陸上で起きた出来事が、時間を置いて海の環境に現れることもある。
また、海藻が見つかったことだけで、生態系全体が回復したとは判断できない。反対に、土砂の堆積が見られた場所を、将来も生きものが戻らない場所と決めつけることもできない。
どこに、どのような生物が、どのくらい生育しているのか。
その変化を追うことが、漁業の再建や沿岸環境の保全を考える基礎になる。
4.震災前からあった、里山の「手が届かなくなる問題」
能登の自然環境問題には、災害による急激な変化と、それ以前から続いてきた緩やかな変化が重なっている。
石川県の資料は、生物多様性への脅威として、開発や外来種などとともに、自然に対する人の働きかけが縮小する問題を挙げている。能登のため池についても、管理が行き届かず、放置されている場所があると説明している。pref.ishikawa.jp
人が手を引けば、すべての自然が豊かになるとは限らない。
水田やため池、採草地など、人の利用によって維持されてきた環境では、管理の変化が、生きものの暮らす条件を変える。
もちろん、すべての土地を同じ方法で管理し続ける必要があるわけではない。自然の推移に委ねられる場所もあれば、希少な生きもののために手入れを続けたい場所もある。
問われるのは、それぞれの土地で何を守るのか、そして誰がその仕事を担えるのかという判断だ。
災害からの生活再建に力を注ぐ地域に、従来と同じ環境管理を求めるだけでは続かない。里山里海の保全には、人手と費用、移動手段、技術の継承まで含めた支え方が必要になる。
5.復興に、自然の変化を知る時間を組み込む
暮らしの安全を確保するために、急いで進めるべき工事がある。
その一方で、長く使う施設や土地利用を考える場面では、変わった地形と生態系を把握することにも意味がある。
ここからは、調査結果を踏まえた本稿の提案である。
復興と自然環境の保全を結びつけるには、少なくとも三つの視点を持ちたい。
一つ目は、場所ごとの変化を記録すること。
海岸や藻場、ため池、水田について、調査した時期と場所を明確にし、比較できる記録を残す。変化の速度が異なるため、一度の調査で結論を出さず、必要な場所では観察を続ける。
二つ目は、地域の経験を調査につなぐこと。
以前はどこに海藻が生えていたか。どの水路が乾きやすかったか。いつ、どんな生きものが見られたか。
こうした地域の記憶は、科学的な調査を補う手掛かりになり得る。経験を聞き取り、記録として残せば、担い手が変わっても参照できる。
三つ目は、手入れを続ける仕事を支えること。
一度の支援に加えて、毎年必要になる草刈りや水路の管理、観察の費用をどう確保するかを考える。地元の人だけに負担を集めず、外部の人や組織が、地域の希望に沿って関われる仕組みをつくる。
自然の保全には、守る対象と同じくらい、守り続けられる条件が重要になる。
6.食卓から見える、里山里海との関係
能登の里山里海は、農林水産業だけでなく、食文化や祭礼、工芸とも密接につながっている。noto-giahs.jp
米や魚、海藻を味わうとき、私たちはその土地との関係に触れている。
ただ、商品を買うことが、必ず特定の生息地の保全につながるとは限らない。どこでつくられ、誰の仕事を支え、どのような取り組みにつながるのか。その背景を知ることで、応援の意味も具体的になる。
風景を眺めるだけでは見えなかった仕事が、食べものの向こうに見えてくる。
田んぼへ水を送る人。海の変化を確かめる人。道具を直し、翌年の仕事を準備する人。
里山里海の未来を考えることは、そうした仕事が続く条件を考えることでもある。
7.変わった土地で、関係を結び直す
海岸線が変わっても、季節は巡る。
けれど、季節が巡ることと、以前の暮らしや生態系が戻ることは、同じではない。
どこに生きものが戻るのか。どの田んぼで耕作を続けられるのか。どの場所では、これまでとは異なる関わり方が必要になるのか。
その答えは、場所ごとに探していくことになる。
能登の里山里海が育んできたのは、自然の恵みを受け取りながら、土地に手をかける関係だった。その関係を未来につなぐには、変わった自然をよく知り、そこで生きる人の選択を支える必要がある。
海だった場所に立つとき、見えている陸地の向こうには、かつての海がある。
そして、これからの海がある。
能登の自然を守ることは、変わった土地の上で、人と生きものが暮らしていける関係を、もう一度結び直していくことなのだ。
※本稿は、石川県の公開資料および大学・研究機関が公表した研究成果に基づくデスクリサーチ記事です。現地取材による描写・発言は含みません。

