新潟・佐潟から考える、水辺の自然と人の手の関係
冬の新潟を象徴する風景がある。
鉛色の空を渡る白鳥。刈り取りを終えた田んぼ。遠くまで続く平野と、その低い場所にひらけた水面。
新潟市西区の佐潟(さかた)は、そうした風景の一つだ。1996年にラムサール条約湿地に登録され、水鳥が集まる場所として守られてきた。
けれど、白鳥が飛来する水辺で、別の風景が失われている。
かつて夏の湖面に広がっていた、ハスの群落だ。新潟市の公式情報によれば、2018年ごろから生育が見られなくなり、ハスを取り戻す活動が続けられている。niigata-satokata.com
なぜ、守られているはずの湿地で、植物が姿を消したのか。
その問いをたどると、新潟の自然環境を考えるうえで大切な構造が見えてくる。
水辺は、水の中だけでは完結していない。周囲の土地利用、農業、人々の暮らし、そして手入れの歴史とつながっている。
1.佐潟を満たす水は、砂丘からやってくる
佐潟は、上潟と下潟という大小二つの潟からなる淡水湖だ。
周囲には砂丘があり、その斜面ではスイカやダイコンなどが栽培されている。外部から流れ込む河川はなく、周辺の砂丘から湧き出す水が潟を支えている。水位は出口の水門で管理され、排水路や排水機場を経て、水は海へとつながっていく。niigata-satokata.com
静かな湖に見えても、その水は周囲の土地と切り離されていない。
砂丘に降った雨が地中へ浸透し、地下を通り、やがて潟へ届く。だから、水面の環境を理解するには、岸辺の外にある畑や、地下の水の流れにも目を向ける必要がある。
水質の問題は、目に見える排水口からだけ生まれるものではない。
土地の上で行われた営みが、見えない経路を通って水辺に届く。そのつながりが、佐潟という場所の特徴でもある。
2.水を豊かにする栄養が、水辺を変えてしまう
佐潟では、アオコの発生など、水質の悪化が課題となってきた。
アオコは、植物プランクトンの一部が大量に増殖する現象だ。その発生には、水温や水の動きに加え、窒素やリンといった栄養塩の供給が関係する。栄養塩は周辺の土地から入るだけでなく、湖底にたまった泥から水中へ溶け出すこともある。adaptation-platform.nies.go.jp
窒素やリンは、本来、生き物に必要なものだ。
問題は、その存在そのものではなく、入ってくる量、外へ出ていく量、生き物に取り込まれる量の釣り合いにある。
植物を育てる栄養が、ある条件のもとでは水中の光環境や酸素環境を変え、ほかの生き物が暮らしにくい状態をつくる。
そのため、湖底の泥を取り除けばすべて解決するとも、周辺からの流入を減らせばすぐ回復するとも限らない。潟の内側と外側を、同時に考える必要がある。
3.ハスが消えた理由を、一つに決めない
ハスの衰退について、新潟市が公開する保全計画の評価資料では、「利用管理の減少」「水質の悪化」「外来生物による影響」が原因として考えられると整理されている。
復活に向けて移植した苗が、アカミミガメによる食害を受けたことも報告されている。新潟市
ここで気をつけたいのは、確認された食害と、群落全体が衰退した原因を、そのまま同じものとして扱わないことだ。
外来生物への対策は必要だとしても、それだけで以前の風景が戻るとは限らない。水質、底泥、水位、人の利用の変化が、どのように重なったのかを見ていく必要がある。
ハスを植えることと、ハスが育ち続けられる環境を取り戻すことには、距離がある。
花が咲いたかどうかだけでなく、その翌年も芽を出せるのか。周囲の植物や動物との関係はどう変わるのか。
再生とは、目に見える景色を再現すること以上に、その景色を支える条件を整える仕事なのだ。
4.佐潟は、人が使いながら守ってきた「里潟」だった
佐潟には、「潟普請(かたふしん)」と呼ばれる手入れの文化がある。
人々は湖底の泥を上げ、水辺を整えてきた。かつては潟の中でも水田耕作が行われ、底の泥は稲作の肥料として使われていた。環境省は、こうして地域住民が関わり続けてきた佐潟を「里潟」として紹介している。env.go.jp
泥を取り除くことは、水辺の手入れであると同時に、暮らしに必要な資源を得ることでもあった。
利用と保全が、日々の仕事の中で結びついていたのである。
現在も、地域住民や市民団体による潟普請が続けられている。ただし、気候変動適応に関する調査では、現在の潟普請は実施規模が小さく、水質改善の効果だけでなく、普及啓発としての意味合いが強いと評価されている。niigata-satokata.com
地域の活動は大切だ。けれど、地域の善意だけで、潟全体の問題を引き受けることは難しい。
人々が関わる入口を残しながら、調査、設備、専門技術、継続的な予算と結びつけること。その仕組みが、これからの里潟を支える。
5.温暖化を「水が減る話」だけで捉えない
気候変動も、佐潟の将来を考えるうえで無視できない。
ただし、ここでも単純化はできない。
佐潟を対象とした気候変動影響調査では、検討した条件のもとで、将来の環境変化には水収支の変化より、水温上昇の影響が大きいと考えられている。一方で、この調査は将来の水質そのものを予測したものではない。adaptation-platform.nies.go.jp
つまり、「温暖化で水が減り、潟が干上がる」という筋書きだけでは、この場所の変化を説明できない。
水が残っていても、水温が変われば、生物や水質に関わる条件は変わりうる。
必要なのは、一般的な危機の物語を当てはめることではなく、その場所で何が変わっているのかを測り続けることだ。
新潟市は佐潟の水質調査結果を継続して公開している。こうした観測は、変化を確かめ、対策を見直すための土台になる。city.niigata.lg.jp
6.守るべきものは、水面の内側だけではない
冬の佐潟をねぐらにするコハクチョウは、早朝に周辺の田んぼへ飛び立ち、夕方に戻ってくる。
鳥にとって、潟と田んぼは役割の違う、ひと続きの生活空間だ。ラムサール条約登録湿地関係市町村会議
人間が地図に引く「保護区域」と、生き物が使う場所は、必ずしも重ならない。
水面を守るだけでは、採食する場所まで守れるわけではない。湖岸を整えるだけでは、地下から届く水の状態までは変えられない。
佐潟の保全を考えることは、周辺の農業や土地利用を含め、地域全体で水辺をどう支えるかを考えることでもある。
農業を続ける人にも、保全に参加する人にも、無理が積み重ならない形を探す。その調整まで含めて、自然環境の問題なのだ。
水辺の未来には、人の関わり方が映っている
白鳥が帰ってくること。
ハスが再び育つこと。
水辺の小さな生き物が、次の季節へ命をつなぐこと。
それぞれに必要な条件は、少しずつ違う。
だから、佐潟の再生を一つの成果だけで測ることはできない。水質を確かめ、植物の変化を追い、外来生物への対策を進め、人が関わり続けられる仕組みを整える。その積み重ねが必要になる。
新潟の水辺は、自然の力と、人間が水を使い、動かし、手入れしてきた歴史の中にある。
佐潟で問われているのは、昔と同じ暮らしに戻れるかどうかではない。
かつて暮らしの中にあった水辺への関わりを、いまの社会でどうつくり直すか。
ハスの消えた水面は、その問いを私たちに残している。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
自然を守るという言葉から、人の手を遠ざけることを想像するかもしれない。
けれど、佐潟には、泥を上げ、資源を使い、水辺を整えてきた歴史がある。その営みは、暮らしを支えながら、生き物の居場所にも関わってきた。
その関係を、過去の美しい物語だけで終わらせたくない。
誰が手を動かすのか。誰が費用を負担するのか。何を測り、何をもって回復とするのか。
水辺の未来を考えることは、自然と関わる仕事を、社会の中にもう一度置き直すことでもある。
本記事は、新潟市・環境省・国立環境研究所などの公開資料をもとに構成しています。現地取材に基づくものではありません。

