2026年7月24日、「国家社会機能継続性確保施策及び副首都の整備に係る施策の推進に関する法律」、いわゆる副首都法が成立した。
東京に政治、行政、司法、経済の中枢が集中する日本で、大規模災害が起きたとき、国家機能をどこで維持するのか。その議論が、構想から制度へ動き始めたことになる。
副首都候補として注目されやすいのは、大阪、愛知、福岡など、東京から距離があり、独立した経済圏を持つ地域である。
では、東京に隣接する埼玉県は、副首都になれるのだろうか。
2026年7月28日の記者会見で、大野元裕埼玉県知事は、埼玉県全域が「首都直下地震緊急対策区域」に含まれるため、今後の政令が想定どおりに定められれば、法律上の副首都や首都中枢機能代替地域には該当しにくいとの認識を示した。
一方で知事は、埼玉には「現実的な首都のバックアップ機能」があり、人命を守るうえで大きな役割を果たせるとも述べている。埼玉県知事記者会見(2026年7月28日)
ここに、埼玉県の地政学的な本質がある。
埼玉は、東京から十分に遠い「第二の首都」ではない。しかし、東京に近いからこそ、発災直後に人員、物資、情報、行政機能をつなぐことができる。
埼玉が目指すべきなのは、東京に代わる都市ではない。
東京が動けなくなった瞬間、その外側で首都圏を支える「前線型バックアップ拠点」ではないだろうか。
副首都法が求めているのは、単なる避難先ではない
新たな副首都法では、副首都を、大規模災害によって東京圏で首都中枢機能の維持が困難になった場合に、その全部または大部分を一定期間代替し、同時に多極分散型経済圏の中核となる道府県と定義している。
つまり、副首都は「災害時に政府が移る場所」だけではない。
行政機構、交通網、通信、経済、都市機能を平時から備え、東京に依存しなくても一定期間、国家と社会を動かせる地域であることが求められる。
さらに、指定の前提には「東京圏との同時被災の可能性が低いこと」が置かれている。加えて、国の行政機構の立地、人口と経済の集積、地方行政体制などの要件を満たす必要がある。衆議院「国家社会機能継続性確保施策及び副首都の整備に係る施策の推進に関する法律案」
この条件で考えると、埼玉には大きな矛盾がある。
東京に近いからこそ支援できる。しかし、東京に近いからこそ同時に被災する。
県南部は都内と連続した市街地を形成し、鉄道、道路、電力、通信、上下水道の多くが首都圏の一体的なシステムに組み込まれている。都心南部直下地震が起きれば、県境を越えた瞬間に被害が小さくなるわけではない。
このため埼玉は、法律上の「遠隔型副首都」としては不利である。
だが、それは埼玉にバックアップ機能がないという意味ではない。むしろ、遠隔型副首都とは異なる役割を持っている。
さいたま新都心は、すでに行政の「準中枢」である
さいたま新都心には、国土交通省関東地方整備局、関東財務局、関東信越厚生局、関東農政局、関東経済産業局など、関東地方を管轄する国の出先機関が集積している。
これは、単に合同庁舎が並んでいるという話ではない。
道路、河川、住宅、医療、産業、食料、財政など、災害対応と復旧に不可欠な行政機能が、一つの都市空間に集まっていることを意味する。
特に国土交通省関東地方整備局は、災害時の道路啓開、河川管理、被害調査、復旧支援を担う。さいたま新都心周辺は、緊急災害対策派遣隊TEC-FORCEの進出拠点としても位置づけられてきた。国土交通省関東地方整備局、さいたま市総合振興計画
東京・霞が関の中央省庁が意思決定の中枢だとすれば、さいたま新都心は、関東全域で実務を動かす行政の準中枢である。
災害時に必要なのは、看板としての「首都」だけではない。
道路を開け、救援部隊を配置し、物資を振り分け、自治体間を調整し、被害情報を集約する実務能力である。その意味で、さいたま新都心には、すでにバックアップ拠点の土台が存在している。
埼玉の強みは「遠さ」ではなく、救援が届く近さにある
埼玉県の地域防災計画は、県が7都県と接し、5つの高速道路と主要国道が縦横に走り、東北や日本海側から首都圏へ入る玄関口であることを強調している。
関越道は新潟・北陸方面、東北道は東北方面、常磐道は茨城・福島方面へつながる。圏央道と外環道は、東京を通過せずに各放射路を結ぶ。
首都圏が同時被災すれば、東京、神奈川、千葉、埼玉の相互支援だけでは足りない。東北、北陸、北関東、中部から入る人員と物資を、どこかで受け止め、被災地へ再配分しなければならない。
埼玉県は自らの役割を、全国からの応援を受け入れ、被災都県へつなぐ拠点として位置づけている。埼玉県地域防災計画「第5編 広域応援編」
遠隔地の副首都は、国家機能を長期間代替することに向いている。
一方、埼玉は発災後の最初の数時間から数日間、首都圏の救命と復旧を支えることに向いている。
東京から離れていることではなく、東京に近く、なおかつ北・西・東から救援を入れられること。それが埼玉の地政学的な優位性である。
しかし、埼玉自身も被災地になる
埼玉を「東京より安全な県」と一括りにするのは危険である。
2025年12月に公表された国の新たな首都直下地震被害想定では、都心南部直下地震の最悪ケースで、死者約1万8,000人、全壊・焼失約40万棟、発災2週間後の避難者約480万人、帰宅困難者約840万人が見込まれている。内閣府「首都直下地震の新しい被害想定」
埼玉県が過去に行った地震被害想定でも、東京などで帰宅困難となる県民は約120万人に上るとされた。県内で足止めされる人だけでなく、東京都内から埼玉へ戻れない膨大な住民が生まれる。埼玉県「帰宅困難者対策」
つまり、埼玉には二つの役割が同時に発生する。
一つは、県内の被災者を救うこと。
もう一つは、東京を含む首都圏を支援することだ。
だが、救急、消防、医療、物流、行政職員、燃料、通信設備には限界がある。県南部や東部で被害が大きくなれば、東京へ支援を出す余力そのものが失われる可能性がある。
さらに、埼玉東部には利根川、江戸川、中川、荒川に連なる低地が広がる。地震だけでなく、台風や豪雨、河川氾濫が重なる複合災害では、「内陸だから安全」という前提は崩れる。
バックアップ拠点に必要なのは、平均的な安全性ではない。
電力、通信、水、燃料、道路の一部が失われても機能を継続できる冗長性である。
放射状交通だけでは、バックアップ拠点になれない
埼玉県の鉄道と道路は、東京へ向かう南北方向の移動には強い。一方で、県東部と西部を結ぶ横方向の移動には弱さが残る。
平時には、東京へ通勤するための放射状交通が合理的だった。しかし災害時に東京方面の道路や鉄道が寸断・渋滞すれば、同じ構造が弱点になる。
さいたま新都心を広域防災拠点とするなら、東北道、関越道、圏央道、外環道、首都高速を複数ルートで結び、どこか一つが止まっても救援部隊と物資が動ける道路網が必要になる。
現在検討されている核都市広域幹線道路や、新大宮上尾道路、東埼玉道路は、渋滞対策や経済成長のためだけのインフラではない。さいたま新都心と県内外の拠点を横につなぎ、東京方面に依存しない災害時動線をつくる意味を持つ。さいたま市「さいたまSMARTプラン」
防災拠点の価値は、建物の耐震性だけでは決まらない。
そこへ誰が到達できるか。そこからどこへ物資を運べるか。通信が切れたとき、別の経路を使えるか。
埼玉が首都圏のバックアップを担うには、「東京へ向かう交通」から「首都圏を迂回し、横につなぐ交通」への転換が不可欠である。
埼玉が目指すべきは、三層の分散型バックアップである
さいたま新都心だけに機能を集中させれば、新たな一極集中をつくることになる。
必要なのは、県内を三つの層に分けた分散型の体制ではないだろうか。
第一層は、さいたま新都心である。
国、県、市、鉄道、道路、警察、消防、医療などの情報を集約し、首都圏全体の初動を調整する司令・連携拠点とする。
第二層は、圏央道や高速道路のインターチェンジ周辺である。
民間物流施設、工業団地、道の駅、運動公園などを活用し、物資、人員、車両、燃料を一時的に受け入れて振り分ける広域支援拠点とする。
第三層は、県北部や秩父地域である。
県南部と同時に被災しにくい場所へ、データ、行政機能、備蓄、通信、エネルギーを分散する。県内に「近いバックアップ」と「遠いバックアップ」を併存させるのである。
この三層が接続されて初めて、埼玉は、県内被災への対応と首都圏支援を両立できる。
「副首都」の看板より、首都圏を動かす実装を
埼玉県は、法律上の副首都に指定されない可能性がある。
しかし、それは埼玉の地政学的価値が低いということではない。
大阪、愛知、福岡のような都市圏は、東京が長期間機能しなくなったとき、国家機能と経済機能を遠隔地で代替する役割を担える。
埼玉は、その前段階を担う。
東京の外側で救援を受け止め、道路を開き、行政をつなぎ、物資を振り分け、首都圏が完全に停止することを防ぐ。
言い換えれば、遠隔地の副首都が「代わりに動かす都市」なら、埼玉は「止まる前に支える県」である。
その役割を実現するには、さいたま新都心の名称を売り込むだけでは足りない。
非常用電源と通信の多重化、職員と応援部隊の宿泊場所、広域物資拠点、災害医療、東西道路、民間物流との連携、県北・秩父への機能分散を、平時から具体化する必要がある。
副首都になれるかという問いよりも、首都圏が壊れたときに何を動かせるのか。
埼玉の価値は、肩書ではなく、その実装によって決まる。
東京に最も近いからこそ、東京と共に被災する危険がある。
東京に最も近いからこそ、最初に手を差し伸べることもできる。
この矛盾を引き受け、救援、行政、物流をつなぐ「前線型バックアップ拠点」へ進化できるか。
それが、副首都法成立後の埼玉県に突きつけられた、新しい地政学的な問いである。

