雨上がりの道路に、黒い水が流れている。
それを見ても、多くの人は気に留めないだろう。アスファルトの汚れや、車の排気ガスが混じった雨水だと思うかもしれない。
しかし、その水の中には、車が走るたびにタイヤから削り取られた、ごく小さな粒子が含まれている可能性がある。
道路に残った粒子は、雨によって側溝へ流れ込む。雨水管を通り、河川へ入り、その一部はやがて海へ向かう。
私たちはプラスチックごみと聞くと、ペットボトルやレジ袋、漁具などを思い浮かべる。
だが、海へ流れ出すプラスチックは、誰かが捨てたものだけではない。
捨てていなくても、使うだけで発生するプラスチックがある。
その代表的なものが、タイヤ摩耗粉である。
タイヤは、走るたびに少しずつ消えている
タイヤは路面との摩擦によって車を進ませ、曲がり、止めている。
その摩擦があるからこそ、私たちは安全に移動できる。一方で、タイヤの表面は走行するたびに少しずつ削られていく。
新品のタイヤに刻まれていた溝が、数年後には浅くなっている。その間に失われた物質の多くは、道路上へ放出されている。
タイヤには天然ゴムだけでなく、合成ゴムなどの高分子材料や、性能を維持するためのさまざまな添加剤が使われている。このためタイヤ摩耗粉は、環境政策や研究のなかで、製品の使用中に非意図的に発生するマイクロプラスチックの一つとして扱われている。
国立環境研究所は、タイヤ摩耗粉塵について、環境中へ流出するマイクロプラスチックの「5割近くを占めるとされる」と説明し、道路排水、河川、河口、下水処理場などを対象に、流出経路や生態リスクを調べる研究を進めている。国立環境研究所
海洋プラスチック問題は、ごみ箱の外だけで起きているのではない。
日常の移動そのものから、発生しているのである。
日本から海へ、年間数千トンという暫定推計
環境省がまとめた令和6年度の検討結果では、日本から海洋へ流出するプラスチックごみの総量は、年間約1万3,000〜3万1,000トンと暫定的に推計されている。
そのなかで、タイヤ摩耗粉の海洋流出量は、走行距離から計算する方法では年間約5,700トン、タイヤの年間使用量と摩耗率から計算する方法では年間約9,400トンとされた。
ただし、これは確定した数値ではない。
タイヤの種類、車種、道路の状態、運転方法、降雨量、道路清掃、排水設備などによって、発生量も流出量も変わる。環境省も、使用した摩耗量データの一部が古いことや、日本の道路環境に適した流出率の精査が必要であることを明記している。環境省「日本の海洋プラスチックごみ流出量の推計」
重要なのは、数値を一人歩きさせることではない。
これまで十分に見えていなかった大量の粒子が、道路から水環境へ移動している可能性がある、という事実である。
ペットボトルであれば、拾うことができる。
しかし、タイヤ摩耗粉は目に見えにくい。発生した瞬間から道路の粉じんや砂、アスファルト由来の粒子などと混ざり合うため、回収も分析も簡単ではない。
見えないことが、問題を存在しないように見せてきた。
雨の日、道路と海がつながる
道路に落ちたタイヤ摩耗粉のすべてが、海へ到達するわけではない。
路面に残るものもあれば、風で移動するもの、土壌に入り込むもの、道路清掃で回収されるものもある。下水処理場や雨水浸透施設で除去される場合もある。
一方、雨水と生活排水を別々に流す分流式下水道では、道路上の雨水が雨水管を通じて、そのまま河川などの公共用水域へ排出されることがある。
環境省の暫定推計では、道路で発生するタイヤ、ブレーキ、道路標示材などの粒子が、雨水経由で海洋へ流出する割合を全体で24%としている。ただし、この値も道路や都市構造によって変わり、今後の精緻化が必要とされている。
つまり、道路と海は別々の場所ではない。
道路に降った雨は側溝へ入り、側溝は川へつながり、川は海へ向かう。
都市の表面を流れる水が、街で発生したものを海まで運んでいるのである。
湘南の海岸から街を見れば、道路は海から離れているように見える。しかし、水の流れを逆にたどれば、住宅地も駐車場も幹線道路も、海の上流にある。
問題は、粒子だけではない
タイヤ摩耗粉を考えるうえでは、粒子そのものだけでなく、タイヤに使われている化学物質にも目を向ける必要がある。
現在、国際的に注目されている物質の一つが「6PPD」である。
6PPDは、オゾンなどによるタイヤの劣化を防ぎ、安全性や耐久性を保つために使われている。ところが、6PPDが大気中のオゾンと反応すると、「6PPDキノン」という別の物質が生成される。
米国環境保護庁は、道路や駐車場に残ったタイヤ由来粒子が雨水によって河川へ流れ込み、6PPDキノンに一部の魚類がさらされる可能性を示している。北米では、ギンザケに対する強い毒性が確認されている一方、魚種によって感受性が異なり、環境中での挙動や人への影響など、まだ分かっていない点も多い。米国環境保護庁
ここで注意しなければならないのは、海外で確認された影響を、そのまま日本のすべての河川や魚類へ当てはめることではない。
タイヤ摩耗粉が日本のどこで、どの程度発生し、どこへ移動し、どの生物にどのような影響を与えるのか。
まさに、その実態を調べる段階にある。
分からないから安全なのではない。
分からないからこそ、測り、追い、確かめる必要がある。
EVになれば、解決するのか
自動車の環境問題では、これまで排気ガスや二酸化炭素が中心に語られてきた。
電気自動車が普及すれば、走行中の排気ガスはなくなる。回生ブレーキによって、ブレーキ摩耗粉の発生を抑えられる可能性もある。
しかし、電気自動車にもタイヤはある。
車体重量や大きなトルクが摩耗量に影響する可能性は指摘されているが、実際の摩耗はタイヤの性能、車両設計、運転方法など複数の条件に左右される。「EVだから必ず摩耗粉が多い」と単純に結論づけることはできない。
ただし、動力をガソリンから電気へ替えるだけでは、タイヤ摩耗粉の問題は消えない。
これは、自動車の環境負荷が、エンジンだけの問題ではないことを意味している。
欧州連合は、自動車排出規制「Euro 7」で、排気管から出る物質だけでなく、ブレーキ粒子とタイヤ摩耗も規制対象に加えた。乗用車では新型車について2026年11月から段階的に適用される予定である。EUR-Lex「Euro 7」
世界の規制は、「何を燃やすか」だけでなく、「走ることで何が削られるか」へ視野を広げ始めている。
車を悪者にしても、問題は解決しない
地方で暮らす人にとって、車は生活を支える重要な移動手段である。
高齢者の通院、子どもの送迎、買い物、観光、農林水産業、宅配便、災害時の物資輸送。私たちの暮らしと経済は、道路交通によって支えられている。
「環境のために車をなくせばいい」という話ではない。
問われているのは、移動の利便性を維持しながら、そこで発生する環境負荷をどこまで減らせるかという、社会全体の設計である。
対策は一つではない。
タイヤメーカーは、安全性を損なわずに耐摩耗性を高め、環境負荷の低い材料や添加剤を開発する必要がある。
自動車メーカーには、車両の軽量化やタイヤへの負担を抑える設計が求められる。
道路や都市の側では、集水ます、道路清掃、雨水浸透施設、植栽帯などを活用し、粒子が河川へ入る前に捕捉する仕組みが考えられる。国立環境研究所も、集水ますや下水処理場による削減効果の検証を研究対象としている。
生活者にも、適正な空気圧の維持、急加速や急ブレーキを避ける運転、必要以上に重く大きな車を選ばないといった選択肢がある。
そして都市や地域には、公共交通、自転車、徒歩、共同配送など、車一台当たりの負荷だけでなく、社会全体の走行量を減らす視点も必要になる。
メーカー、道路管理者、自治体、研究機関、生活者。
一人の努力ではなく、それぞれの場所で負荷を少しずつ減らすことが求められている。
豊かさの足元から流れ出すもの
タイヤ摩耗粉は、悪意によって生まれるごみではない。
誰かが海を汚そうとして捨てたものでもない。
仕事へ行く。家族を迎えに行く。荷物を届ける。旅に出る。
私たちが日々の暮らしを営み、社会を動かすなかで発生している。
だからこそ、この問題は難しい。
便利さを手放せば済むのではない。新しい技術へ置き換えれば、すべて解決するわけでもない。
人間の豊かさは、多くの移動を生み、その移動はエネルギーだけでなく、道路や車体、タイヤという物質を少しずつ消費している。
私たちはこれまで、車が何を排出するかには目を向けてきた。
しかし、車が走ることで「何が削られているのか」までは、十分に見てこなかったのではないだろうか。
雨の日、道路に残った小さな粒子は、側溝へ流れ込む。
その先には、川がある。
そして、海がある。
海洋プラスチックは、海辺だけの問題ではない。
私たちが毎日走っている、その道路から始まっている。
移動の自由を守りながら、その足元から流れ出すものを、どう減らしていくのか。
それは、便利さを諦めるための問いではない。
便利さの先にある負荷まで引き受けられる社会を、どうつくるかという問いである。

