鳥取県米子市、日本海に面した皆生温泉。
旅館の窓から海が見える。波音を聞きながら湯に浸かる。夏には海水浴場として人が集まり、冬には日本海の荒々しさが温泉地の風景に重なる。
皆生温泉は、海のそばにある温泉地だ。
けれど、その「海のそば」という魅力は、同時にリスクでもある。
海が近いということは、波が近いということ。砂浜が削られれば、温泉街と海の距離は縮まっていく。観光地としての景観だけではなく、背後にある旅館、道路、住宅、暮らしの安全にも関わってくる。
砂浜は、ただの風景ではない。
皆生海岸では、長い時間をかけて海岸侵食への対策が続けられてきた。離岸堤、人工リーフ、突堤、護岸、サンドリサイクル。これらの言葉だけを見ると、土木の話に聞こえるかもしれない。
しかし、その奥にあるのは、海辺の温泉地をどう未来へ残すかという問いである。
温泉地の前にある砂浜は、なぜ守られてきたのか。
その答えは、観光と防災の境界線にある。
海辺の温泉地という、特別な風景
温泉地には、山あいのイメージがある。
湯けむり、渓谷、森、川沿いの旅館。そうした風景も日本の温泉文化を形づくってきた。
一方で、皆生温泉は海辺にある。
日本海を望む開放感。海水浴場に隣接する旅館街。海と温泉を一度に楽しめる立地。その特別さが、皆生温泉の魅力になっている。
ここでは、砂浜は観光体験の一部だ。
海を眺める。浜辺を歩く。夏に泳ぐ。夕方の水平線を見る。旅館から少し歩けば、すぐ海に出られる。
その距離の近さこそが、皆生温泉の価値を支えている。
しかし、海に近い観光地ほど、海岸線の変化に敏感でなければならない。
砂浜が痩せれば、海水浴場としての魅力は下がる。波が護岸に直接当たりやすくなれば、越波や浸水のリスクも高まる。景観の変化は、観光の価値にも、防災にも影響する。
海辺の温泉地にとって、砂浜は単なる余白ではない。
それは、観光資源であり、防災インフラでもある。
砂浜は、波を受け止める柔らかな防波堤
砂浜には、目に見えにくい役割がある。
波が海岸に押し寄せるとき、砂浜はそのエネルギーを受け止め、弱める。広い砂浜があることで、波は陸地に届く前に力を失いやすくなる。
つまり、砂浜は自然の防波堤でもある。
コンクリートの護岸のように硬く見えるわけではない。けれど、砂浜は波を吸収し、海と陸の間にある柔らかな緩衝帯として機能している。
その砂浜が狭くなれば、波の力はより直接的に背後地へ届く。
観光地の砂浜が失われることは、景色が変わることだけを意味しない。海水浴場の利用が難しくなる。旅館街の安全が脅かされる。道路や住宅地の防護にも影響する。
皆生海岸で行われてきた海岸保全は、この砂浜の役割を取り戻し、維持するための取り組みでもある。
砂浜を守ることは、海辺の暮らしを守ることでもある。
離岸堤、人工リーフ、サンドリサイクルという技術
皆生海岸では、海岸侵食に対してさまざまな対策が行われてきた。
離岸堤は、海岸から少し離れた沖合に設けられる構造物で、波の力を弱める役割を持つ。人工リーフは、海中に設ける浅瀬のような施設で、沖から来る波を砕き、海岸へ届くエネルギーを低減する。突堤は、沿岸を移動する砂の流れを調整し、砂浜を維持するために使われる。
そして、サンドリサイクル。
これは、砂がたまりやすい場所から砂が不足している場所へ移動させ、海岸全体の砂のバランスを保とうとする取り組みである。
海岸の砂は、常に動いている。
波や流れによって、ある場所では削られ、別の場所ではたまる。だから、砂を完全に固定するのではなく、動く砂の性質を理解しながら、必要な場所へ戻していく発想が求められる。
海岸保全は、海を押さえつけることではない。
動く海と、動く砂を読みながら、人間がどこまで手を入れるべきかを考える仕事である。
人工物は、自然を壊すだけなのか
海岸に人工リーフや離岸堤がある風景を見て、違和感を覚える人もいるかもしれない。
自然の海岸に、なぜ人工物を置くのか。
その疑問は自然だ。
環境問題を考えるとき、私たちは「自然に手を入れないこと」が正しいように感じることがある。
しかし、すでに人間社会と深く結びついた海岸では、何もしないことが必ずしも自然を守ることにはならない。
背後には温泉街があり、道路があり、人の暮らしがある。砂浜が失われれば、観光も防災も影響を受ける。海岸線が変われば、地域の未来そのものが揺らぐ。
もちろん、人工物を増やせば解決するという単純な話ではない。
構造物は、波や砂の流れを変える。ある場所を守る対策が、別の場所の侵食を招く可能性もある。景観や生態系への配慮も欠かせない。
だからこそ、海岸保全には、技術だけではなく、慎重な判断が必要になる。
守るべきものは何か。残したい風景は何か。どこまで人工的に支え、どこから自然の変化を受け入れるのか。
皆生海岸は、その難しい問いの上にある。
温泉地の砂浜は、地域経済を支えている
皆生温泉にとって、海岸は地域経済の一部でもある。
旅館、飲食、海水浴、散策、観光写真、地域イベント。海辺の風景は、訪れる理由をつくる。
温泉だけでなく、海があるからこそ選ばれる場所がある。
日本海を眺めながら泊まること。朝の浜辺を歩くこと。夏に家族で海へ入ること。そうした体験が、皆生温泉の価値を厚くしている。
もし砂浜が失われれば、その体験は少しずつ変わっていく。
海水浴場として使いにくくなる。浜辺を歩く余白が減る。波が近づき、旅館街の風景が変わる。
砂浜の喪失は、自然環境の変化であると同時に、観光経済の基盤が揺らぐことでもある。
だから、皆生海岸の保全は、観光地のブランドを守る取り組みでもある。
砂浜は、宿泊施設の外にある自然のロビーのようなものかもしれない。
訪れた人を迎え、記憶に残り、また来たいと思わせる場所。その海岸を守ることは、地域の価値そのものを守ることにつながる。
海水浴場の砂浜は、防災と観光の交差点にある
皆生温泉海水浴場は、観光客が訪れる場所である。
けれど同時に、その砂浜は防災上も重要な場所である。
これは、海辺の観光地に共通する視点だ。
普段はレジャー空間として使われる砂浜が、荒天時には波の力を受け止める。観光のための風景が、災害から背後地を守る緩衝帯にもなる。
海水浴場は、遊びの場所であり、防災の場所でもある。
その二つを分けて考えることはできない。
だからこそ、砂浜を守る事業は、単なる観光整備ではない。地域の安全を守るインフラ整備でもある。
観光と防災は、対立するものではない。
むしろ、海辺の地域では同じ砂浜の上で重なっている。
海岸線は、地域の未来を映している
日本各地で、海岸線は変化している。
砂浜の侵食、漂着ごみ、磯焼け、魚種の変化。海の変化は、風景だけでなく、観光、漁業、防災、暮らしに影響を与えている。
皆生海岸は、その中でも「観光地の前にある砂浜」という意味で、非常に象徴的な場所だ。
ここでは、砂浜の価値が分かりやすい。
海水浴場として使われる。温泉地の景観を支える。背後地を守る。地域経済に関わる。
つまり、皆生海岸の砂浜は、自然環境であり、観光資源であり、防災インフラであり、地域の記憶でもある。
その砂浜をどう守るのか。
それは、地域がどんな未来を選ぶのかという問いでもある。
風景を守るとは、暮らしの土台を守ること
旅人にとって、皆生温泉の海岸は美しい風景かもしれない。
海を眺め、湯に浸かり、波音を聞く。その体験は、日常から少し離れた時間を与えてくれる。
けれど、地元にとって、その海岸は日常そのものでもある。
商いがあり、暮らしがあり、記憶があり、防災がある。
砂浜を守ることは、観光客のためだけではない。
地域で暮らす人たちの安全を守り、温泉地としての価値を守り、次の世代に海辺の記憶を残すことでもある。
温泉地の前にある砂浜は、なぜ守られてきたのか。
それは、その砂浜が、ただの砂ではないからだ。
海と温泉をつなぐ風景であり、観光と防災をつなぐ境界線であり、地域の未来を支える土台だからである。
皆生海岸を見つめることは、海辺の観光地がこれから何を守るべきかを考えることでもある。
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NEOTERRAIN Journalでは、これからも日本各地の海岸線に起きている変化を、環境・観光・防災・暮らしの視点から読み解いていきます。
参考資料・引用元
- 国土交通省「皆生海岸直轄海岸保全施設整備事業 再評価資料」
皆生海岸における離岸堤、人工リーフ、突堤、サンドリサイクルなどの海岸保全対策、皆生温泉海水浴場の利用状況、背後地保全の必要性などを参照。
https://www.mlit.go.jp/tec/hyouka/public/jghks/karute/img/2022/06/22260687004/22260687004_0.pdf - 鳥取県「サンドリサイクル効果検証及び課題抽出」
日野川漂砂系における離岸堤、人工リーフ、突堤、緩傾斜護岸などの整備履歴、サンドリサイクルおよび人工リーフの効果検証を参照。
https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1269795/… - 皆生温泉旅館組合「皆生温泉公式サイト」
皆生温泉が日本海に面した山陰を代表する海辺の温泉地であり、海岸線や大山を望む立地であることを参照。
https://www.kaike-onsen.com/ - 土木学会論文集B2「皆生海岸富益工区における人工リーフの改良効果の分析」
皆生海岸富益工区の侵食傾向、人工リーフ整備、サンドリサイクル、人工リーフ改良効果などを参照。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kaigan/75/2/75_I_619/_article/-char/ja/

