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島根県|しじみの湖は、川と海のあいだにある。

宍道湖をモチーフに、夕色の湖面でシジミ漁をする小舟と岸辺のヨシを描いた水彩画風イラスト。「この一椀は、川と海が育てた。」の文字。
宍道湖をモチーフに、夕色の湖面でシジミ漁をする小舟と岸辺のヨシを描いた水彩画風イラスト
Contents

宍道湖・中海の水環境と、汽水が育む命

しじみの殻が開き、湯気が立つ。
味噌汁の一椀に、湖の恵みが溶けている。

島根県の宍道湖を思うとき、夕日に染まる湖面とともに、この小さな貝を思い浮かべる人も多いだろう。

けれど、宍道湖のシジミは、湖だけで育っているわけではない。

山から流れてくる川の水。
日本海から、中海と大橋川を通って届く海水。
その出会いがつくる「汽水」の環境が、ヤマトシジミの暮らしを支えている。

そして今、その水の重なりが、湖底の命を脅かす条件にもなっている。

豊かさを生む仕組みと、生きものを苦しめる仕組みが、同じ水の中にある。
宍道湖と中海の自然環境を考えるには、その両方を見つめる必要がある。

1.二つの湖は、日本海までつながっている

宍道湖には、斐伊川などから淡水が流れ込む。
水は大橋川を通って中海へ向かい、中海は境水道を介して日本海とつながっている。一方で、海側からも塩分を含む水が入り込む。[1]

宍道湖は島根県、中海は島根県と鳥取県にまたがる湖だ。
県境を越えた一つの水のつながりの中に、それぞれ異なる環境がある。

塩分濃度は場所や時期、水深によって変わるが、目安として宍道湖は海水の約10分の1、中海は約2分の1とされる。[1][2]

同じ汽水湖でも、宍道湖と中海では、塩分の条件が大きく違う。

ヤマトシジミは、薄い塩分のある水域に適応した貝だ。宍道湖の砂泥に潜り、水管から湖水を取り込んで、呼吸するとともに、植物プランクトンなどの餌をこし取っている。[3]

食卓に届くしじみの味は、川と海が出会う場所の味でもある。

2.穏やかな湖面の下に、酸素の届かない場所がある

湖岸から水面を眺めても、その底の状態までは分からない。

宍道湖・中海で長く課題となっているのが、湖底付近の酸素が少なくなる「貧酸素化」だ。

塩分の濃い水は、薄い水よりも重い。そのため、湖に入り込むと下層にたまりやすくなる。上に塩分の薄い水、下に濃い水が重なると、上下の水が混ざりにくくなる。

塩分が急に変わる境目は「塩分躍層」と呼ばれる。

この境目ができると、表層の酸素が湖底へ届きにくくなる。その間にも、底泥の有機物の分解などによって酸素は消費される。特に水温の高い夏は、その消費が活発になる。[4]

宍道湖では夏を中心に、中海ではより安定した塩分躍層の下で、貧酸素水が生じやすい。ただし、年ごとの気象や水の動きによって状況は変わり、宍道湖では塩分躍層が形成されなくても湖底が貧酸素化する場合がある。[5][6]

原因は、一つに絞れない。
水の重なり、温度、有機物、風。その組み合わせが、湖底の環境を変えていく。

ヤマトシジミが多く生息するのは、宍道湖でも主に水深4メートルより浅い沿岸部だ。県の解説では、深い場所の底質や夏の貧酸素化が、その分布を制限する要因と考えられている。[3][7]

広い湖の中にも、貝が生きていける場所には限りがある。

3.海水は、湖の命に欠かせない

湖底の酸素不足を知ると、海水が入り込まないようにすればよい、と考えたくなるかもしれない。

けれど、ヤマトシジミの繁殖には、ある程度の塩分が必要だ。

また、中海から大橋川へ入ってくる塩分の濃い水が、すべて酸素不足というわけではない。十分に酸素を含む水もある。[6]

海水の流入そのものを、悪いものと捉えることはできない。

一方、中海の下層にできた貧酸素水が、風などの影響で浅い場所へ移動し、大橋川をさかのぼって宍道湖へ届くこともある。[6]

同じつながりが、塩分という恵みも、酸素の少ない水も運ぶ。

大切なのは、水をひとくくりにせず、いつ、どの深さを、どのような状態で動いているのかを知ることだ。

「汽水」という言葉で一つにまとめられた環境は、実際には、絶えず変わる水の重なりの中にある。

4.淡水化を目指した時代から、汽水を生かす時代へ

この地域には、湖を淡水化しようとした歴史もある。

宍道湖・中海では、1963年以降、干拓・淡水化事業が進められた。しかし、国の減反政策や市民運動などを背景に、2000年に干拓事業、2002年に淡水化事業が中止となり、2005年には両湖がラムサール条約湿地に登録された。[2]

土地や水をどう使うかという社会の判断が、大きく転換した歴史でもある。

ラムサール条約で大切にされるのは、湿地の保全と「ワイズユース」、すなわち賢明な利用だ。

宍道湖のシジミ漁でも、漁業者が自主的な資源管理を続けてきた。ジョレンと呼ばれる漁具を使い、貝の大きさを選びながら漁獲する営みがある。[8]

食べること、働くこと、次の世代の貝を残すこと。
湖の保全は、その関係を続けられるかという問いにつながっている。

5.シジミの変化を、一つの物語にしない

自然環境の記事では、減少や危機に目が向きやすい。
けれど、回復の動きも、同じように確かめておきたい。

島根県が2026年8月に公表した春季調査では、宍道湖のヤマトシジミ資源量は約5.5万トンと推定された。

県によると、資源量は2022年秋から2024年春にかけて急減した一方、その後は増加し、2026年春も高い水準を維持していた。[9]

これは、漁獲された量ではなく、湖に生息する資源量の推定である。

この回復を、湖の環境問題がすべて解決した証拠と見ることはできない。同時に、シジミが減り続けているという描き方も、実態を捉え損ねる。

資源量と水質は関係しているが、同じ指標ではない。
一回の調査結果から、増減の原因を貧酸素化だけに結びつけることも避けたい。

貝の量や大きさを調べること。
塩分、水温、酸素を測ること。

違う角度から湖を見続けることで、変化の意味が少しずつ分かってくる。

6.水をきれいにすることと、命の居場所をつくること

宍道湖では、生活排水処理施設の整備などによって、湖へ流れ込む汚濁負荷は減ってきた。一方、県の第8期湖沼水質保全計画の概要版は、水質がおおむね横ばいで推移していると説明している。[10]

流れ込む負荷を減らす努力は、これからも欠かせない。
そのうえで、湖の中の環境をどう回復させるかも課題になっている。

2024〜2028年度を対象とする第8期計画には、下水道や浄化槽などの整備に加え、浅場の整備、自然浄化機能の回復、観測体制の充実が盛り込まれている。

中海でも、浅場や藻場の造成、沿岸域の底層溶存酸素量などの観測が位置づけられている。[10]

数字を改善することと、生きものが暮らせる場所を整えること。
両方を確かめながら進める必要がある。

宍道湖の夕日を見に行くとき、私たちは湖面の色を見つめる。
けれど、その風景を支えているのは、目に見えない水の動きでもある。

川から届く淡水。
海から入り込む塩分。
湖底まで届いてほしい酸素。
その中で息をし、次の世代を残す小さな貝。

しじみの味噌汁をひと口飲むとき、そのつながりを思い浮かべてみる。

しじみの湖を守るとは、川と海のあいだに、命が続く条件を残すことなのだと思う。


参考資料

  1. 島根県「宍道湖・中海の概要」
    https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/yutakana/shinjikonakaumi.html
  2. 島根県「ラムサール条約湿地 宍道湖・中海へようこそ」
    https://www1.pref.shimane.lg.jp/infra/kankyo/kankyo/shinjiko_nakaumi/ramsar/shinji-ko_and_nakaumi-j.html
  3. 島根県「ヤマトシジミの生態」
    https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/yutakana/shijimi_seitai.html
  4. 島根県「貧酸素水塊の形成」
    https://www1.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/kaisetu/sikumi3.html
  5. 島根県「宍道湖・中海の湖底貧酸素化の現状」
    https://www1.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/kaisetu/sinjiko_nakaumi.html
  6. 島根県「中海から宍道湖への貧酸素水の移動」
    https://www1.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/kaisetu/sinjiko_nakaumi6.html
  7. 島根県「湖底貧酸素化が生物に与える影響」
    https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/kaisetu/sinjiko_nakaumi7.html
  8. 島根県「宍道湖のシジミ漁業」
    https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/shinkou/kawa_mizuumi/yutakana/sijimi_gyogyou.html
  9. 島根県「令和8年度春季ヤマトシジミ資源量調査結果」(2026年8月17日公表)
    https://www1.pref.shimane.lg.jp/press_release/2026/xbslceiaqgff.html
  10. 島根県「宍道湖・中海に係る湖沼水質保全計画(第8期)」本文・概要版
    https://www.pref.shimane.lg.jp/infra/kankyo/kankyo/shinjiko_nakaumi/kosyou_suishitu_hozen_keikaku/dai_8_kosyou_keikaku/
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