一杯のお茶に、見えない手仕事。——愛知・常滑焼、急須を「使える道具」にする技
茶葉を入れる。湯を注ぐ。
少し待って、急須を傾ける。
湯呑みにお茶が満ちていく、その短い時間。
私たちは、急須の仕組みを意識することがあまりない。
どこを持てば、注ぎやすいか。
蓋は、どのように収まっているか。
注ぎ終えたあと、手元にはどんな感触が残るか。
いつもの動作のなかに、つくった人が考え、整えてきたことがある。
愛知県常滑市を中心に受け継がれる「常滑焼」。
朱色の急須で知られるこの産地の仕事をたどると、工芸の美しさは、棚に置いて眺めるときだけでなく、使う動作のなかにもあることに気づく。
朱色は、土のなかから生まれる
常滑焼の急須を思い浮かべるとき、まず、あの赤みを帯びた色が浮かぶ。
代表的な朱泥は、粘土に含まれる鉄分を赤く発色させたものだ。愛知県は、土の性質を生かし、多様な製品をつくってきた産地として常滑焼を紹介している。[1]
表面の色を見ることが、そのまま材料へ目を向ける入口になる。
一方、常滑焼には、土肌を生かした製品も、釉薬を施した製品もある。朱色の急須は、その豊かな仕事の一つの顔だ。[2]
土をどのように整え、どんな形にして、焼くのか。
同じ産地の名で呼ばれるものにも、異なる選択が重なっている。色や形に惹かれたとき、その器がどうつくられたかを知ると、選ぶ楽しさも深まっていく。
一つの急須には、別々につくる部分がある
丸い胴に、注ぎ口と持ち手が付いている。
上には、取り外せる蓋がある。
見慣れた急須を、部分ごとに眺めてみる。
常滑焼の窯元・宇幸窯が公開する工程では、泥状の原料を石膏型に流し込む「泥漿鋳込み成形」で胴体をつくり、仕上げをした後、持ち手や注ぎ口を取り付けている。乾燥、焼成を経て、さらに仕上げへと進む。[3]
完成品では一つに見える道具にも、接ぎ合わせ、整える過程がある。
胴体だけが美しくできても、急須としての仕事は終わらない。
持つところがあり、注ぐところがあり、開け閉めするところがある。それらが一緒に働いて、ようやくお茶を淹れる道具になる。
使い手にとっては、ほんの一続きの動作。
つくり手にとっては、いくつもの箇所を整える仕事。
その距離を埋めることも、急須づくりの技術なのだろう。
焼き上がったあとに、蓋を合わせる
窯から出たら、完成する。
焼き物には、そんな印象がある。
けれど、急須には、そこから先の仕事がある。
宇幸窯が紹介しているのが「蓋すり」だ。焼成後、蓋と胴の間に磨き粉を付け、一つずつすり合わせている。同窯は、蓋と胴を対にして仕上げるため、別の急須の蓋では微妙に合わなくなることも説明している。[4]
見た目が似ていても、この胴には、この蓋がある。
使い手が何気なく蓋を置く、その収まりのために、最後の調整が行われている。
工芸の技は、目立つ模様や大胆な造形に現れることもある。
一方で、手に取った人が、特に意識せず使えるようにする仕事もある。
「きちんと閉まる」という、ごく当たり前に思えること。
それを一つずつ確かめ、整えて届けるところにも、職人の仕事が宿っている。
手のひらの器から、町の足元まで
常滑の歴史は、急須だけでは語れない。
とこなめ焼協同組合によれば、平安時代末期には知多半島の丘陵地に窯が築かれ、中世には大型の甕や壺などを生産していた。それらは海を渡り、各地へ運ばれた。[5]
さらに、江戸時代後期には土管や朱泥茶器などがつくられ、近代には煉瓦、タイル、衛生陶器へと生産が広がっていく。[6]
水をためる。
水を通す。
建物を覆い、暮らしの場所を整える。
土を焼く仕事は、食卓にも、建物にも、人目に触れにくい場所にも届いてきた。
小さな急須を手にすることと、町を支える製品の歴史を知ること。その二つが、同じ産地でつながる。
常滑焼の奥行きは、美しい器の種類が多いことだけにあるのではない。
人が暮らすための、さまざまな必要に応えてきたところにもある。
型を使っても、手の仕事は続く
手仕事と聞くと、ろくろの上で土を形づくる姿を思い浮かべやすい。
しかし、常滑には、型を使う生産のなかで磨かれてきた技術もある。
山源陶苑が展開する「TOKONAME」は、急須づくりの技術や素材を生かし、日本茶に用途を限らないティーポットなどを開発。安定した生産のために石膏型を用いながら、使い勝手を整える繊細な手作業を大切にしている。[7]
形を繰り返しつくれること。
その一つひとつを、使える状態へ仕上げること。
両方が必要な製品がある。
つくり方を知ると、私たちが工芸に向けるまなざしも、少し細かくなる。
手で成形したかどうかに加えて、どこで判断し、何を調整しているのか。その仕事が、自分の使い心地にどう届いているのか。
そこまで伝われば、道具を選ぶ理由は、もっと豊かになるだろう。
次のつくり手が、暮らせる場所へ
常滑には、技術を学ぶ人を受け入れる場もある。
「とこなめ陶の森」の研修工房では、二年間の研修を行っている。目的に掲げるのは、焼き物づくりを生業とする人材を育てること。現役の職人や作家が講師を務め、成形や焼成などを学ぶ。[8]
技術を覚える。
自分がつくりたいものを探す。
それを、誰かの暮らしへ届ける。
学ぶ時間の先には、仕事として続ける時間がある。
急須なら、使う人は何に困っているのか。
どんな大きさが、今の生活に合うのか。
どこで手に取り、その違いを確かめてもらえるのか。
つくり手だけでなく、売る人、使い方を伝える人、茶葉と一緒に提案する人も、その接点をつくれる。
一杯のお茶を淹れる人がいる。
その人に向けて、次の急須をつくる人がいる。
二つの暮らしがつながるところに、産地の仕事が続く道があるのだと思う。
EDITOR’S NOTE — NEOTERRAIN
常滑焼の資料を読んでいて、焼いたあとに蓋をすり合わせる工程に目が留まった。
形ができたあとにも、まだ、使う人のために整える仕事がある。
そのことを知ると、急須の蓋を閉めるという小さな動作も、少し違って見えてくる。
私たちは、使いやすい道具ほど、使っている最中にその存在を意識しなくなるのかもしれない。
お茶を淹れ、誰かと話し、次の用事へ向かう。
道具は、その時間のなかで静かに働いている。
けれど、その自然な使い心地の手前には、材料を整え、形をつくり、焼き、合わせた人がいる。
次に急須を手にするとき、蓋の収まりや、持ち手に触れた感覚を、少し確かめてみたい。
一杯のお茶に届いている、見えない仕事を思い浮かべながら。
参考資料
- 愛知県「常滑焼」
- 伝統工芸 青山スクエア「常滑焼」
- 宇幸窯「常滑焼急須ができるまで」
- 宇幸窯「蓋すりと帯茶漉し網の取付」/「急須の蓋すり【製造工程】」
- とこなめ焼協同組合「常滑焼の歴史」
- 日本六古窯公式サイト「常滑焼の概要と歴史」
- 山源陶苑「ABOUT|TOKONAME」
- とこなめ陶の森「研修工房」/「研修生募集」
※本記事は自治体・関係機関・事業者の公開資料をもとに構成しています。現地取材・職人への直接インタビューは行っていません。
文・構成:三宅雅之/NEOTERRAIN Journal

